第30話 流れない
また同じ道を歩く颯とスサノオ。このまま行けば、またあの川にたどり着くだろう。分かりつつも歩き、その途中でスサノオが話しかけてきた。
「なぁ、お前は「竜」って知ってるか?」
「「竜」?」
知らない、と言うように颯は沈黙する。おそらく颯の知っているものとは別の意味を込めた言葉だろうと、直感としてそう思った。するとスサノオは、「竜」について話し始めた。
「「竜」ってのはな、この世界、いや、どの世界でもそうなんだが」
前置きをした後に、スサノオから颯に語られたこと、それは、「竜」というのは、世界というものを構成する要素であること。世界に存在する超常的な、まさに神ともいえる存在によって生み出されたものだということだった。
「じゃあ、その「竜」っていうのがないと、世界は成り立たないんですね」
「いや、そんなことはない」
それがなくても世界は成り立つ。「竜」は必ずしも必要というわけではないそうだ。では何故、神はそんなものを生み出したのか。
「それは、魂をより幸せに導くためだ」
「魂?」
「あぁ。俺も、お前も、それ以外の全ても、この世に生きている全てのものは魂っていう存在でもあるんだよ」
聞けば、世界はいくつも存在しており、この世界もその1つに過ぎないのだという。そして魂とは、その世界を渡り歩く存在だそうだ。他の世界からやってきて、生まれ、生きて、そして死んで、次の世界へと行く。全ての魂はそれを繰り返し続けるのだという。「竜」というのは、その魂達が世界で生きている間、幸せに過ごせるようにある。超常的な、つまりは神によってそのように創られ、魂を幸せへと導くという使命を任せられた存在なのだ。
「おっ、川に着いたな」
スサノオからの説明を聞いている間に川に着いた。一見、先程に来た時と変わらないように見える。しかし、よく見てみると、この川はこちら側と向こう側で流れが大きく異なっている。前に来た時は気づかなかっただけかもしれないが、目で見て分かるほどに川の流れに差があった。こちら側は非常にゆっくりとした流れであり、向こう側は足を踏み入れれば流されてしまいそうなほど急で激しい流れをしている。
それと、この川に来るまでにかかった時間は、前に来た時とは大きくずれていた。別にゆっくり歩いていたわけではないのにも関わらず、大分遅い。時間がかかり過ぎている。
「そこ座れ」
スサノオはそう言い、颯を川の手前の岩の上に座らせ、逆に彼は颯とは向かい側にちょうどあった岩に腰掛けた。2人は流れる川の前で向かい合った。
「でな、「竜」ってのは、そういう使命を背負っちまったもんだからさ、他にどうすることもできねぇわけよ。魂を幸せにしたくてたまらねぇんだよ。例え世界が滅んだとしても、それは変わらねぇ」
話は続けられた。
世界は滅ぶ。それは単純に、神がその世界から消えてしまったら、そうなってしまうのだそうだ。しかし、世界が滅び消えたとしても、「竜」は消えはしない。神とは別に存在しており、それが彼らの強さでもあれば、弱さでもある。そしてそうした、世界が滅び消えるような時、彼らは自らに課された使命を果たすために、幸せにすべき魂のある場所、つまりは別の世界へと向かう。
「でもそれは、来られる側からしちゃ、立派な侵略だわな。許可があって来てるわけじゃねぇんだからよ。しかも勝手にやってきて、勝手に幸せに導こうだとか、そんなことすんだぜ。当然、怒られるんだよ」
別の世界から侵略に来た「竜」は「龍」とも呼ばれるらしい。2つに大きな違いなどなく、本質としては変わらない存在であるが、強いていえば、その違いは求められているか、そうでないかだけだ。そしてその差は、時に大きなものとなる。
「怒られたら、どうなるんですか?」
「怒られたらな、消されるんだよ。消すのはその世界の神の仕事だ。んで、消されることをあいつらは一番怖がるんだよ」
「どうして?」
「幸せに出来なくなるから。ただ、それだけだ」
スサノオはそう言った。あまりにも流暢に喋るその姿は、まるで見てきたかのようだった。彼の目からは、男らしい熱いものは感じられず、燃え尽きたようなそんな、どこか哀しい寂しげな雰囲気を感じさせた。
「それでも、あいつらは使命を果たそうとするんだ」
侵略した先の世界で、彼らは自分が消されてしまうかもしれない恐怖に怯えながら、自分たちの信じる幸せを他者へと広めることをやめはしない。しかしそれは、その場所にもともといた神や「竜」からすれば、迷惑極まりないことである。世界というのは、その世界を創造した神の設計図通りの形をし、台本通りに動く。そうして秩序が保たれる。
「秩序は、なによりも大事だ。平和そのものだからな」
設計図と台本にない者たちがやってきたところで、秩序は乱れるだけであり、最悪の場合はその世界そのものが滅んでしまうかもしれない。だから神は、「龍」を滅ぼそうとするのだ。
「あいつらも自分のやってること、理解してないほど馬鹿じゃねぇ」
颯にはスサノオが「龍」に肩入れしているように見えた。何故、そんなことをしているのか、颯には分からなかった。自分達を害するもの、世界を滅ぼしてしまうかもしれない相手に、何故そんなに同情なんかするのか。
「俺は、ここまで逃げてきたんだ」
「逃げてきた?」
「あぁ。まぁ、もっと正しくいえば、追い出されたんだけどな」
話は変わり、スサノオが自身のことを語り始めた。彼は、ここではないどこかからやって来たのだそうだ。ここに来る前は、乱暴で怒りやすかったという。彼曰く、それらの性格はここに来るまでに落としてきてしまったらしい。彼がここに来る前は、行く当てもなく、ただ彷徨うだけだった。しかし、そんな中、ある場所(彼はこの場所を「トリカミ」と呼んでいた)で、1人の女性と出会ったのだという。その女性と、女性の両親に頼まれ、怪物の討伐を依頼され、スサノオはその怪物と戦った。
戦いの中、スサノオは怪物も彷徨っていたことを知る。討伐は果たせず、彼はその怪物とともに再び逃げたらしい。
「じゃあ、その怪物って・・・・・・」
スサノオは颯の呟きに何も返さなかった。ただその代わりに、彼は独り言を吐いた。
「こうしてだらだらと話すのも、俺が何も変われてないからだ。ただそれだけだ」
その後、彼は足元の石を拾い、目の前の川に投げた。石は川にポチャンと落ち、その水面を揺らした後、水面はゆっくりと消えていった。投げやりになったのか、どうなったのか。その心の内は、彼しか知らない。
「女性の方はどうなったんですか? その、怪物を倒せなかったってことは・・・・・・」
「助けはした。だが俺は、その全てを達成したわけじゃあない」
颯はスサノオのその言葉が矛盾のように感じた。ただそこはやはり、スサノオしか知ることの出来ないことなのだろう。
そこにしばらくの静寂が流れたあとに、スサノオが立ち上がった。
「そろそろ戻るか」
颯はスサノオの後を追い、川を後にした。そこから家まではあっという間だった。すぐに着いた。この歩くたびに変わる家から川までの距離について颯は考えたが、ついに分かりはしなかった。
外で遊んでいたカグヤが、2人を最初に出迎え、その後にスサノオが玄関の扉を開け、クシナダが出迎える。
「今度は早かったな」
「早く帰ってくるって、そう言ったろ」




