第25話 新たな魔王
戦いが終わってしばらくした後に、両道とファヴニールは目を覚ました。ギルドで机に突っ伏して寝ていたので、その顔には間抜けに寝ていた痕が残っている。
「やっと起きた・・・・・・。気持ち良さそうに寝てたのよ?」
シュリィにからかいも混じった言葉をかけられる。
「別にいいだろ、寝るくらい」
「2人とも傷もないみたいですし、良かったです」
「当然じゃない! 私が回復魔法かけたのよ、治らない傷なんてないわ」
あれだけ激しい戦いの後だ。傷があっても不思議ではない。しかし、両道にもファヴニールにも、傷や痛みはまるでなかった。ファヴニールに至っては、背中を剣で刺されたというのにその痕すら残っていない。それもこれもヘラが回復魔法をかけたからなのだが、魔法というにはあまりにも規格外の効果だった。
「おかげで僕の体も、今まで以上に調子が良い気がします」
「いや、俺は筋肉痛がすごいんだけど」
目覚めてから両道には激しい痛みがあらゆる関節で起こっていた。おそらくはあんな常人離れした動きをしたせいだろう。
「あー、まぁ確かにとんでもない動きしてたものね、あんたは」
「なによ、筋肉痛なんて怪我じゃないんだから問題ないわよ!」
そう言うと、ヘラが身を乗り出して両道の右肩を横から思いっきり叩いた。いい音がした。
「いっっったぁ!!?」
激しい痛みが両道を襲う。叩かれた箇所を左手で押さえ、次第に痛みが和らぐと両道は別の話題を切り出した。
「そういえばさ、ファヴニールがなったあれって何だったの?」
あのドラゴンに似た姿をした存在。それによってドラグニアの街は霧によって満たされ、霧に触れた者は両道を除いて全員が死んでいた。霧が治まった後、この街はそこら中が死体で溢れかえり問題となっている。両道達のいるギルドでも、この件についてのことで職員達がそこら中を走り回っていた。
そんな騒動の中心であるファヴニールには、騒動の前から何か変わった様子はない。
「・・・・・・自分でも分かりません。急に何かが込み上げてきて、僕の体から飛び出したことは覚えてます。でも、その後は・・・・・・」
ファヴニールは自身がどうなったのかを覚えてはいなかった。しかし、少し察するところはあったようだ。
「途中で僕に向かってくる人が見えました。うっすらとですけど、それだけは覚えてます。・・・・・・あれって両道さんですよね?」
「えっ!? ま、まぁ、そうだけど」
なぜ分かったのだろう。ファヴニールはしっかりと記憶していたが、両道はそんなはっきりとは覚えていなかった。彼もまた、自分とは違う何かの曖昧な映像が頭の中に残っているだけだ。
ほとんどの質問には笑って誤魔化している。自分にとって曖昧なことを聞かれているのだから仕方がない。
「それにしても、おとぎ話みたいだったわね」
「おとぎ話?」
「両道さんも聞いたじゃないですか」
どうやらそのおとぎ話というのは、街の中心で両道達が聞いた、ジークフリードという英雄の話みたいだ。その話の中に出てくる「恐ろしきもの」というのがファヴニールで、ジークフリードが両道といったところだろうか。
「まさか、そんなわけないじゃん」
「まぁ、そうよね」
自分で言っといて否定しやがった。
シュリィの言葉に両道は一瞬だけ驚いたが、彼女はおとぎ話みたいだったと思っただけで、実際にそうだったなんて微塵も思っていないようだ。それは、他にも間近で見ていたヒロナとヘラも同じようで、おとぎ話に関しては所詮おとぎ話だ、と考えていた。
「というかそんなことよりも、あなた達はこれからどうするの?」
質問が飛んできたのは、意外にもヘラからだった。
「これから、か・・・・・・」
冒険者として依頼を頼りに来たドラグニアの街は、元々が期待したほど依頼があったわけではないし、それに加えこの惨状だ。ここにいても冒険者としての活動はできないだろう。それならば、別の街へと移った方が良い。しかし目的がこの街だったため、3人ともその先のことなど何も考えていなかった。ドラグニアにくれば何とかなるだろうと高を括っていたのだ。
「帝国に行けば依頼はありそうなのよねぇ」
「ルカとリアも言ってたね」
この街から行ける依頼も豊富な場所は、湖を挟んで反対にあるオズマ帝国だ。どうやら国の政策として、魔物狩りに力を入れているようで、魔物を討伐することの多い冒険者にも支援がなされているらしい。
「帝国ぅ? あんた達そんなとこ行くの?」
横やりを入れてきたのは聞いてきたヘラだった。
「やめた方がいいわよ、あんなとこ」
彼女は魔人であるため、奴隷の魔人の交易の中心となっているオズマ帝国を酷く嫌っていた。しかし、魔人の国をつくるために捕らわれた奴隷達の解放は必要だとも考えている。いつか自分も訪れることにはなるだろうとは思っているが、それでも嫌な気持ちはどうしても消えない。
「どうする?」
「どうするもなにも、行く方法ないわよ」
「え、何で?」
「お金がないからよ」
つまりは船に乗ることが出来ないのだ。両道とヒロナ、そしてシュリィの持っているお金を合わせても、3人分の船代にはどうしても届かない。
「船に乗るお金すらないの? あんた達」
「もしかして、お金くれたりする?」
「お生憎様、私もそんなにお金は持ってないのよね」
ヘラに頼もうとする前に断られてしまった。しかし両道は残る1人に目を付ける。
「じゃあ、ファヴニールは・・・・・・」
その瞬間、机をドン! と叩きヘラが勢いよく立ち上がった。そして彼女は隣に座っていたファヴニールの腕を引っ張る。急に腕を掴まれながら引っ張られ、戸惑いの表情を見せるファヴニールのことなど気にせず、彼女は机の向かい側に座っている両道の側によると、彼の頬に唇を当てた後、すぐにギルドを出てしまう。彼女はギルドを出る前に振り向き言った。
「じゃあね、颯! あと2人も、そいつのことちゃんと見張ってないと、誰かに取られちゃうかもしれないわよ?」
そうしてヘラとファヴニールは3人の前からいなくなった。あまりにも急にいなくなったので、しばらくは唖然としていた。ヘラの唇の感触が残る頬を撫でながら、両道はふと思う。
「俺、下の名前なんて言ったっけ?」
颯と書いてカケルと読むその名前は、ヘラには教えていなかったはずだ。しかし、彼女は颯という名前を知っていた。
実はヘラは、回復の魔法を得意とするだけでなく、隠しているかいないかなどに関係なく、相手の持つ真実を見破ることも得意としているのだが、そのことを両道は知るはずもなかった。
ギルドを飛び出したヘラと、彼女に連れてこられたファヴニールは、誰もいないドラグニアを歩きながら、ついに目的へと歩みだした。
「あの、あんな急ぐ必要はなかったんじゃ」
「駄目よ。あのままじゃファヴニール、お金渡してたじゃない」
「別に良くないですか? 困っていたんですし」
「それがいけないのよ! そのお金はこれからすっごく大事になってくるんだから! 一銭も無駄にしないでよね」
頷くファヴニール。しっかりとヘラの考えが伝わったのかは分からないが、今はそれでよしとするしかない。
「とにかくまずは、街の外に待たせた狼顔のあの子と合流して・・・・・・」
どうやらヘラの中では既に旅の計画は出来上がっているようだ。彼女にとって、この旅立ちは待ちに待った日なのだろう。
誰もいない道を並んで歩く2人の背中からは、時代が少しずつ変わり始める予感を抱かせる。それは誰も見ていない場所で、静かに始まろうとしていた。
一通り考えた後、ヘラはファヴニールを見て、屈託のない綺麗な笑顔で言う。
「これからよろしくね、ま・お・う・さ・ま!」




