第24話 ジークフリード
「危ないわよ!」
聞こえる声に耳を傾けず、両道は障壁の外へと飛び出そうとしていた。しかし目的の彼が手に入れたい剣は目の前にあるというのに、その場所は黒い霧の中。これでは手に入れることは不可能だ。
そうであったとしても自然と引き寄せられるように剣の方へと動いてしまう両道の身体を、ヒロナとシュリィが腕を掴んで必死に引き留める。
「止まってください! 少しでもこの中から出たら、どうなるか分からないんですよ!?」
「このままこうしていたって同じだよ! それよりも、今はファヴニールを元に戻すのが先だよ!」
ヒロナの説得にすぐさま言い返す。4人ともこの状況をなんとかしなければならないことは分かってはいるのだが、それ以上に誰かを失いたくないという気持ちがあり、中でもヒロナはとくに強かった。
ヒロナへの言葉を口に出した時、両道はファヴニールと交わした話を思い出す。
「そうだ、助けなきゃ。俺が、ファヴニールを」
もしかしたらファヴニールは自分がこうなることを知っていたのかも知れない。バッタとの戦いの後、彼が言っていたのはこのことだったのか。と、その場では気づけなかった疑問が解けていく。よりいっそう、両道の剣を求める思いが強まった。
だがそうであってもどうやって助けるというのか。誰もがそう思った。しかし両道には目の前の剣だけが唯一、この状況を変えることが出来るという確信があった。
どうにかしてあの剣を手に入れたい。
「そもそも、あんたが取ろうとしてるあの剣じゃ、どうにもならないわよ!」
「なる! ファヴニールも皆も救える!」
「じゃあ、根拠は!?」
シュリィから投げかけられる言葉に言い返せなくなってしまった両道。根拠と言われれば、強く信じられるからというだけで、根拠とは言えず納得できるほどの説得力を持ってもいない。それでも両道は剣に惹かれるこの思いを疑うことは出来なかった。
「・・・・・・障壁ごと前に進めないの?」
「そんなことが出来るなら、とっくにここから逃げてるわよ・・・・・・!」
どうにか剣を手に入れようと、障壁の外に出ることが駄目なら、障壁の中にいるままならどうだろうかと、障壁ごと自分達が移動することが出来ないかとヘラに聞く。しかしその答えは当然のようなものだった。彼女はこの障壁となっている防御魔法を使うことに、かなりの魔力と神経を使っている。空気と変わらない霧を通すことなく、自分を含めた4人を包む半円球の障壁。これほどの防御魔法は簡単に扱えるわけではなく、そもそもこの障壁のような防御魔法を使うことが出来る魔法使いも少ない。魔力を扱うことが得意な魔人だとしても、ヘラは防御や回復などの身を守る術としての魔法は以上なほどに極まったものだった。その全力の中、さらに別のことに意識を向けることなど出来ない。両道は納得するしかなかった。
そしてこの障壁を抜けたとしても1歩でも外に出れば、街を覆う霧の餌食になってしまうだろう。だが、そのことに臆病になっていては、どうすることも出来はしない。例え危険を冒すことになったとしてもやらなければならないと、両道は息を深く吸い込み、覚悟を決めた。
次の瞬間、両道は障壁の外へ走り出した。急に走り出した両道に不意を突かれた形となって、ヒロナやシュリィは咄嗟に止めることが出来なかった。
深い霧の中に長くいては駄目だ。彼は自分に出来る限りの速さで走り抜け、そしてついに剣を手にした。剣は彼にこの霧をものともしない身体を与えた。
手にした瞬間、彼の頭の中に瞬時に流れ込んでくるものがある。剣が彼を待っていたかのように、運命がそうであったかのように、全てが流れ込んできた。この剣が何なのか、目の前に立ちはだかるものの正体は、自分は一体・・・・・・。それらが一瞬で頭の中に流れる。
彼は立ち上がった。そして鞘から剣を抜けば、深い霧の中であっても眩いほどの光が溢れだす。
剣の名はバルムンク。まるで、伝説を見ているかのようだった。
「霧が・・・・・・」
彼の背後から様子を見ていた3人。ヘラは思わず言葉を漏らした。バルムンクから溢れる光が霧を払いのけていく。いつの間にか、ヘラの障壁が無くても霧に怯える必要が無い程に、霧はたちまち消えていった。
光の中心である剣を持つ彼は、肩から下にかけて白い衣服のようなものを纏っていた。他を寄せ付けないような純白な姿に身を変える。息を飲み込むことすら許されないであろう光景。目の前の彼は両道とは思えない雰囲気と佇まいだった。後ろを振り向こうともしないというのも、両道らしくない。まるで人が変わったようだった。
この街が、音一つしない世界へと変わっていく。静寂の中で、彼は邪竜と化したファヴニールをただ見つめていた。
前へと踏み出す歩ですら、音が全くしない。そうして段々と近づいていく彼に向かって、ファヴニールは口から禍々しい黒球を勢いよく吐き出す。しかし彼はそれをいともたやすく真っ二つに切り裂いた。やがて歩を進める速度を上げていき、風であるかのように駆けていく。ついにファヴニールの足元まで辿り着けば、地面を蹴り街のどの建物よりも高いファヴニールの頭を超えるまで一気に飛んだ。そこから彼は背中へと回り込み、バルムンクを突き刺す。
「ーーーーーー!!」
叫びのようなものをファヴニールは静寂の中で響かせる。突き刺された背中からは、街を包んでいた黒い霧に似たものが溢れ出した。それが溢れ出ていくとともに徐々にドラゴンの姿をした身体が消えていくファヴニール。
街を包む空の様子も次第に晴れ間が差し込み、陽の光の先には今まで通りの見慣れたファヴニールの姿がそこにはあった。意識のないファヴニールを雑に手で掴み、彼は街の道路に飛び降りた。
彼が道路の砂利を踏む音が、全てが終わったことを知らせる。
目の前で起こった出来事に、それを見ていた3人はそれぞれが別々の思いを抱く。
ヒロナは彼の圧倒的な力に安心感を感じた。それまでの不安を振り払い、自分をどこまでも導いてくれるようなもの。例え全てを捨てて付いていくことになろうと、その先には幸せが待っているだろうと思わせる安心感。ヒロナは安らぎを見た。
シュリィは彼に自らの夢を重ねた。剣と魔法という違いはあれども、いとも簡単に敵を倒すその姿は彼女の憧れに近かった。おとぎ話に出てくる英雄のような活躍がしたい。そしていつしか人々に信じ頼られる存在へとなりたい。シュリィは栄光を見た。
ヘラは彼がこの先に必要だと感じた。あとから出てきた存在に倒されてしまったとは言え、あの力を操り自分のものに出来さえすれば、願っていた夢に一気に近づくことが可能だ。彼女にないものは圧倒的な力だけ。それさえあれば、魔人の国を創るという願いは達成されるだろう。かつての魔王の娘が、大きな力を持っているとなればそれだけで行き場のない魔人たちは集まってくるはずだ。さらにこの街の惨状を引き起こしたこの力なら、他の国にも負けはしないだろう。あの聖騎士を有する神皇国にさえ、対等に渡り合えるかもしれない。ヘラは希望を見た。
そんな3人が彼らのもとへ向かう頃には、既に両道を包んでいた白い衣服は消えており、2人とも先ほどまでが嘘であるかのように倒れていた。ヒロナとシュリィは両道に、ヘラはファヴニールに、それぞれ駆け寄った。




