第23話 邪竜ファヴニール
空に巨大な模様が浮かび上がっているのを、両道達はヘラ達とは別の場所から見ていた。分からなくても完璧と言えてしまうほどに綺麗なその模様から、両道達もまた目が離せなくなってしまっている。
晴天の中でそれほどまでに目に映る模様。
「魔法陣?」
シュリィが空の模様をそう呼んだ。「何それ?」と両道は聞く。知らない言葉だ。
「あれは魔術を使う時に発動するものなんだけど・・・・・・」
魔術とは、高度な技術を要する魔法のことを言う。魔法は世界の中に存在する魔素を使用して行われるが、魔術は魔素を一般の魔法よりも多く使用して行われる。そのため、一般の魔法よりも制御が難しいとされており、魔術の制御をより簡単にするためのものとして魔法陣は開発された。
「じゃあ、今ここにあの魔法陣を出した人がいるってこと?」
「そうね、それもあの大きさとなるとかなりの魔術師のはずよ」
しかし、既にそうとは限らないのだが、そのことに気付ける間のなく時間は進む。
魔法陣から白いドラゴンが出現した。そのまま街へと降り立ち咆哮を上げたドラゴンは、周囲の建物を次々と破壊していく。崩れる建物の下敷きとなった人もいた。
「ド、ドラゴン!? あれって伝説上の生き物じゃ」
「一応はいますよ! ただ人が生きられないような場所にいるっていうだけで」
「そんなことよりも逃げようよ!」
ドラゴンから出来るだけ遠くに離れようと逃げる人々。その流れに両道達も乗った。途中、人の少ない道を見つけそちらの道に行くために角を曲がった。
ドラゴンが出現して、ヘラは真っ先に狼顔の魔人をドラゴンとは逆の方角へと走らせた。自分達もすぐに逃げようと思っていたのだが・・・・・・。
「ファブニール!? どうしたの!?」
突然、ファヴニールが棒立ちとなったまま一歩も動こうとしなかった。彼の腕を強く引っ張るが、まるで微動だにしない。
目の前にいるゴッパーは、腰が抜けてしまい動けないようだ。その場に尻を付いて震えている。
ファヴニールは、まるで魂を抜かれてしまったかのようにただ立っている。街で暴れているドラゴンを見て、彼の中で変化が起きていた。聞こえてくる悲鳴、いとも簡単に潰されていく命。それら全てが彼の器を満たしていく。
ただ、ヘラはそのようなことなど全く知るはずもない。
彼の中で、空気を入れるように膨れ上がる精神が破裂しそうなほどになる。激情は喉元まで駆け上がり、ついには彼の器から溢れ出した。
気づけば、彼の胸からは黒く染まった巨大な腕が飛び出してきた。そうして、彼は彼自身に飲まれた。
まず腕は目の前の男を飲み込んだ。飲み込まれたゴッパーという男は、その腕から解放された時にはもう動かなくなっていた。
腕はさらに、胸をこじ開けるようにして本当の姿を現す。深い黒に染まったそれは、今この場にいる最も強い存在と似た姿をしていた。
それは先ほどゴッパーを飲み込んだ時のように、他の人々も次々と飲み込んでいく。ゴッパーと同様に、飲み込まれた人は動かなくなり、その場に倒れた。隣にいたヘラのことは無視するかのように、前へ前へと進んでいく。その先には、ドラゴンの姿があった。
角を曲がった両道達。しかし彼らはその先で右から来た黒いそれを見た。両道と目を合わせた後、それは再び進んで行ってしまった。
「な、なにあれ・・・・・・」
「ドラゴンがもう1体?」
「いや、あれはドラゴンじゃないよ」
「何で分かるのよ」
「そんな気がする。よく分からないけど、そう言い切れる」
両道の目が嘘をついているような目ではなかったため、ヒロナとシュリィはそれ以上は聞かなかった。
3人は止まった足をもう一度動かし、前へと進んだ。通りへと出た3人がそこで見たのは、多くのその場に倒れている人々と、その中で1人立っているヘラの姿だった。3人はヘラのもとへ駆け寄り、声をかけた。
「えっと、ヘラさん、ですよね・・・・・・?」
両道がかけた声で、ヘラはどこかへ飛んで行ってしまっていたような意識を戻したように両道達の存在に気づいた。それまでは、あの黒いものに見入ってしまっていたようだった。
「あ、あなた達、まだ逃げてなかったの?」
両道と目があった黒いそれはこの通りを進んでいた。ヘラならば何か知っているかもしれないと、両道は聞いた。
「あの、あれは一体?」
「さぁね。私にも何が起きたのか分からないわ。気づいたら、ファヴニールがああなってたのよ」
「じゃあ、あれはファヴニール・・・・・・!?」
先ほど見た黒いものの正体に両道達は驚愕する。
そして、姿を変えたファヴニールは、街を破壊していくドラゴンの首に噛みついた。
「Gaaaaaaaaa!!!」
ファヴニールに必死に抵抗するドラゴンだったが、まるで意味をなさなかった。ファヴニールに飲まれた人々と同様に、やがて動かなくなっていく。ドラゴンを咥えたファヴニールは、それをこの街の港の方へと投げた。完全に動かなくなったドラゴンは抗うことなく湖に落ち、大きく上がる水しぶきとともに底へと沈んでいった。
やがて、水しぶきも落ち着くと、ファヴニールは顔を街の中央へと向け、その視線の先には両道達の姿がある。
ファヴニールは僅かに静寂をその場に与えると、ゆっくりと背中に見える翼を最大限に広げた。
「ーーーーーーーーー!!!!」
魂に直接響く咆哮を鳴らすとともに、翼からは黒い霧が街に流れる。それはやがて街全体を包み、人々は霧に飲まれ悲鳴を上げることもなく倒れていった。
未だ街にいた両道達は迫りくる霧に対して、ヘラが咄嗟に自分達を覆う透明な障壁を発動させた。その障壁の中にヘラと両道達3人を入れ正体不明の霧から身を守る。障壁は霧を通さず、そのおかげで4人は倒れることはなかった。
街を覆った霧からは、とても美しい光がいくつも地上から天へと昇っていく。そうした光景になった時には既に、空は昼であるというのに暗闇に染まっていた。
ゆっくりでありながら、あっという間の出来事であった。
「どうなってるんだよ・・・・・・」
辺りを見渡しながら、今の思いを吐く。何とも言えない、疑問しか湧かず、それさえもとても曖昧なものだ。
「あの霧にだけは、触れない方が良いみたいね。何とか私の魔法で防げてるけど、これもいつまで持つか分からないわ」
今、両道達を包むこの障壁は、ヘラの防御魔法である。ファヴニールから放たれる霧を全て防げているが、彼女が全力で展開しており、この状態のままではいつか彼女の力が尽きてしまうことは明らかであった。
「これほどの防御魔法を使えるなんて・・・・・・。魔術であってもいい程なのに、こんな簡単に」
「ありがとう。でも、やっぱりこれは全力よ。早いとこ何とかしないと」
魔法使いであるシュリィには、この防御魔法の凄さが理解出来たが、例え魔法であっても人が使うものである以上限界は必ずある。
このまま霧に飲まれることを待つか、それともこの状況を打開するか。するにしてもどのようにして打開するのか。ヘラは魔法を展開することに全力であり、とても動けるようには見えない。彼女の顔にも焦りが見える。
その時、両道の目に入ったものは、目の前に落ちているファヴニールの剣だった。両道はその剣に不思議な運命を感じ、そして全てをその剣に賭けようと思えた。不自然であるほど自然に剣に惹きつけられる。
彼は剣に手を伸ばした。




