第22話 動き出す物語
ヘラが立ち止まり見た路地裏にいたのは、3人の少年と少女だった。そしてその少年と少女の中心には、傷だらけの魔人が横たわっていた。
それを見た瞬間、ヘラはつい口を出してしまう。
「あんた達なにしてるのよ!」
その声に後ろから歩いてきていたファヴニールも路地裏を覗く。そこにいたのは、彼が探していた人物だった。
「両道さん!」
「あっ、ファヴニール!」
ファヴニールはヘラを押しのけ、両道のもとまで駆け寄る。両道の方も、魔人のことは忘れてしまったかのごとくファヴニールの方を向く。2人はまるで古い親友に久しぶりに会ったかのように会話をした。
そこに、除け者にされてしまったヘラが2人の会話に割って入った。
「ねぇ、ちょっと! こんなに傷だらけにして、これはどういうこと!?」
「別に俺らがしたわけじゃないよ! 道の真ん中にいたのを助けようと思って」
「人間の言うことなんか信じられるわけないじゃない! どうせ今言ったことも嘘なんでしょ!」
ヘラは自分が魔人であることを隠さなければいけないことを忘れてしまうほどだったが、今この路地裏ではヘラの言ったことは些細なことだと受け流すような者達ばかりなのは、彼女にとっては幸運なことであった。
熱くなってしまったヘラをファヴニールが醒まそうと落ち着かせる。
「ま、待ってください! 両道さんは嘘をつくような人じゃありません!」
「両道・・・・・・。あなたが許可とかなんとか言ってた人間? これが?」
彼女は両道を指さし、ファヴニールに聞く。この目の前の頼りない少年が、男らしいファヴニールを従えている、上に立っているとは考えられなかった。
「はい、この人が両道さんです」
その言葉はヘラにとって、とても受け入れにくいものだった。
「ん? ファヴニール、この人と知り合いなの?」
「紹介します。ヘラさんです」
ファヴニールはその後に続けて、自分がこれからはヘラと共に旅することを言おうとしたが、それはまたも2人の間に入ってきたヘラに遮られてしまった。
「とにかく! その魔人を治すからちょっとどいてて!」
魔人の側にいた両道を跳ね除け、ヘラは傷だらけの魔人に手をかざす。すると、彼女の手からは優しい緑色の光が溢れ、瞬く間に魔人の傷を消してしまった。一瞬で治ってしまったのである。その光景に、ヘラ以外の全員が驚いた。
「これ、もしかして治ったの?」
「回復魔法よ。こんなのちょちょいのちょいで終わりなんだから」
先ほどシュリィが買ってきた回復薬ではどうにもならなかった傷が、あっという間になくなった。このヘラという女性の使う回復魔法というのが凄いものなのだというのは、両道の素人目から見ても一瞬で分かる。
「う・・・・・・」
回復魔法を受けた魔人が意識を取り戻した。呼吸も安定し、閉じていた目を開く。
傷の癒えた魔人は、上半身をゆっくりと起こした後、近くにいた両道達に驚く。周囲を人間に囲まれている状況は彼にとって、恐怖以外のなにものでもなかった。魔人は声も出せずにただ身体を微かに震わせている。
そこに、ヘラが手を差し伸べた。
「もう大丈夫よ」
ヘラの手は魔人の頬を優しくなでるように触れ、怯える魔人の心を安心させた。
「あ、あなたは・・・・・・」
「心配しないで。私はあなたを傷つけようなんて思ってないから」
両道に対して使っていた厳しい言葉遣いとは反対に、ヘラの魔人への言葉は温かく包み込むようなものだ。
そして、魔人の身体の震えが止まった後、彼女は次の言葉を吐いた。
「魔人はこの街にいない方が良いわ。だから早く街の外に行きましょう」
「でも、途中で見つかったりするかも・・・・・・」
「私達も一緒に行くから問題ないわ」
傷が癒えた魔人を街の外へ逃がすとヘラは言う。しかし1人では、狼の顔をしたこの魔人だけだと怪しまれてしまう。そこで人間と変わらない姿を持つヘラとファヴニールが側にいれば、人間の奴隷を装うことが出来る。
このヘラの提案に魔人は賛同した。
「ぜ、ぜひ!」
そして魔人は立ち上がり、奴隷を装って街の外へ出ることにした。さっそくこの路地裏から出ようとする3人。その前にヘラが両道達の方を振り向いた。
「一応だけど、感謝はするわ。でも、ここで見たことは秘密にしてちょうだいね」
そう言って、ヘラと魔人、そしてファヴニールは路地裏を離れた。取り残された両道達はしばらくの間、唖然としていたが、少し経ってから路地裏を出て、街の中を再び歩き回った。
街の外を目指すヘラ達。ただ後ろを付いて歩くだけのファヴニールと、周囲に目線を配って警戒しているヘラと狼顔の魔人では心持ちが違っていた。
緊張して歩くヘラの前に1人の男が現れるのだが、ヘラはそれに気づかず、声をかけられて初めて気づくのだった。
「あれー? ヘラちゃん? 偶然だねぇ。こんなところで何してるのー?」
「うわ、ゴッパー・・・・・・」
その男は、ヘラが何度かお金を稼ぐために相手をしていたゴッパーという商人だった。側には護衛と思われるガタイの良い男を何人か従えている。彼は偶然にもヘラを見つけ、声をかけたのだが、側に連れている存在に疑問を持つ。
「もしかして隣に連れてるの、魔人?」
「そ、そうだけど?」
「どこで買ったのか知らないけどさ、奴隷にしては、状態が良すぎない?」
ゴッパーの指摘に、ヘラに緊張が走った。今はただ怪しまれるだけであっても、とても都合が悪い。
「そんなことないんじゃない? ただ荷物持ちとかさせてたぐらいでぇ、他みたいに傷つけるのとかぁ、してないってだけだと思うの」
「ふーん、そっかぁ・・・・・・」
なんとかヘラが言い訳を考えて取り繕う。この場さえ乗り切ることが出来れば、後の不安は無いに等しい。
しかしゴッパーは他にもヘラに疑問を投げかけた。
「ところでさぁ、さっきから後ろにいるその男って、もしかして彼氏?」
ファヴニールのことだ。関係ないのならばこの場を通り過ぎるが、ずっと後ろにいるのは何かヘラとの関係性があるということ。明白なことだった。
「残念だなぁー。ヘラちゃんはそういうことはないって信じてたのになー」
駄々をこねるように話すゴッパー。ヘラとしては、この場を荒立てるようなことはしたくない。彼氏だと思われているのなら、それを否定し、目の前の商人の機嫌をなんとか損ねないようにしたかった。
ファヴニールとはそういう関係でないことを言おうとしたその時、街の近くの空に突然として巨大な円形の模様が浮かび上がった。あまりにも巨大で不自然なため、街中の人々のすべての視線がその模様へと集まる。
その模様はヘラ達から見て正面に、ゴッパーの背後に見えた。ヘラや周囲の視線に気づいてゴッパーも後ろを振り向き見る。
そして模様の中から、出てきたものがいた。その姿に街の人々は驚愕する。
「ドラゴン・・・・・・?」
誰かがそう呟いた。
人の何倍もある巨大な体。頭の左右から生える鋭く尖った角。白い鱗を全身に纏い、見る者を魅了する。この世界においては人が住めないような過酷な環境に生息し、それでいて生態系の頂点にも君臨する最強の魔物。多くの人々は、伝承によってしかその存在を知らない。
閉じていた翼が大きく開き、咆哮が耳に響いた。
「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」




