第21話 魔王の娘
両道達が魔物と戦っていた頃、ファヴニールとヘラは2人、宿のベッドで寝ていた。少し前まではこの部屋には艶めかしい声が響いていたのだが、それも収まり明かりも消えている。窓から差し込む月の光だけがこの部屋を照らしていた。
「ん・・・・・・う、ん」
ファブニールの目の位置にちょうど月の光が重なる。彼は薄く、目を開いた。
そこに月の光と共に入ってきたのは、羽を広げたヘラの姿だった。肌のほとんどを隠さずに、黒い羽と細い尻尾を背中から生やして外の景色を見つめている。
ファヴニールは自然と身体を起こし、ぼんやりとしながらもその姿に見惚れていた。
ファヴニールが起き上がった音で気づいたのか、ヘラはバッと振り向き羽と尻尾を隠した。そして羽と尻尾は彼女の背中から消えた。
「お、起きてたのね」
少しばかり、ヘラの声から焦りが見える。必死に取り繕うとしていた。
「あぁ、はい・・・・・・」
瞼を擦りながら返事をするファヴニール。彼の姿を見て、ヘラは訊ねた。
「ねぇ、見た?」
「見た、というのは?」
「いえ、分からないならそれでいいんだけど」
ヘラはファヴニールの返事を聞いて、一先ず安心した。彼に向けた疑いは完全には晴れないが、強く出てこない以上、信じるしかない。その後、ヘラはベッドの中へ戻った。
起きていたファヴニールも、もう一度眠りにつき、ヘラも眠りにつこうとした。彼女はファヴニールの顔を見た。
しばらく見ていると彼の頭に突起があることに気づく。ヘラはそっと、彼の頭を撫でるようにして確かめる。そして確かに、ファヴニールの頭から角が、左右に1つずつ生えていた。彼の髪に隠れて見えないが、薄い黒色の角だ。
ヘラは勢いよく飛び起き、ファヴニールにこの角のことを問いただそうと起こす。
「ねぇ、ねぇ! ちょっと!」
身体を激しく揺らされたファヴニールは再び目を覚まし、ヘラの方を見る。
「角! この角って何!? あなたもしかして」
「角、ですか?」
「そうよ、角! こんなの人間にはないわ! だからあなたもしかして、魔人!?」
「え、でも自分はただの人間で」
「じゃあこの角は何!?」
ファヴニールが自らも自身の頭を触る。そこには確かに角があった。ファヴニールは自分のことをただの人間ともう一度言うことは出来なかった。
「魔人なのよ! あなた! 知らないで生きてきたのね!」
急に気分を上げるヘラ。そして、さっき隠した羽と尻尾をさらけ出す。
「私も、私も魔人なのよ。私は、魔王の娘」
「魔王の・・・・・・」
宿に来る前に聞いた話をファヴニールは思い出した。勇者が魔王を倒す話。魔王は絶対的な悪として描かれ、倒されたことによって世界に平和が訪れたと言われていた。
「私の目的は、人間に奪われた故郷を取り戻すこと。もう一度、魔人の国を創るの!」
「でも、そんなことをしたら」
「あなたもこの街を見たでしょう? 魔人がまるで物のように扱われてるのを。魔人だって人間と同じように、それ以上にだってなれる! そのためのは国が必要なの、魔人だけの国が!」
ヘラは目の色を変え、ファヴニールに迫る。
「今までは仲間なんていなかった。それに、強い魔人は勇者に倒されてもう残ってないのかもって、ずっとそう思ってた。でもあなたからは強さを感じるわ!」
魔人にとって、魔王の娘であるヘラは最後の希望になれる存在だった。そして彼女自身もそのことを自覚している。魔人にとってのこの現状を変えたいという彼女の願いがこもった瞳が、ファヴニールに深く突き刺さる。
「私と一緒に来てくれない? 世界中を回って、説得していけばきっと皆も応じてくれるはずだわ。今に満足してる魔人なんて1人もいないもの!」
強くヘラに誘われる。しかし、ファヴニールはすぐには頷くことは出来なかった。
「でも、自分には仲間が」
「それって人間?」
「た、多分」
「ふーん、そう」
とヘラはつまらなさそうに返す。魔人が他にもいると期待したのか、それとも人間と仲良くしていることに失望したのか、どちらなのかは言われなかった。
「どうしても一緒には来てくれないの?」
「ど、どうなんでしょう。両道さんたちが良いって言ってくれれば、行けると思いますけど・・・・・・」
「はぁ? 人間なんかに許可を貰わなくちゃいけないの? それじゃ、奴隷となにも変わらないわよ。いいように利用されてるんじゃないの、あなた」
「いや、そんなことは」
「第一に、許可をもらうとしてなんて言うのよ? 魔人の国を創りたいのでー、とかって言うの? そんなの人間が良いなんて思うはずないわ」
記憶のないファヴニールにとって、両道達はとても大切な存在だ。それをヘラは人間だから、という理由で否定した。怒りが湧いたわけではなかったが、不思議と悲しく思った。
両道達に利用されているということを、ファヴニールは微塵も思いもしなかった。ヘラになんと言われようとも、ファヴニールの中では利用されてなんていないという考えは変わることはない。
それに加え、ファヴニールが自分が魔人だと知ったのもたった今のことだ。今までごく当たり前のように自分は人間だと思っていたし、迫害も差別も受けてはこなかった。お前は魔人だ、と言われたとしても今のファヴニールでは、そうですか、以外の気持ちなど浮かんではこない。
一緒に行くとは言ってくれないファヴニールに、ヘラも諦めがついてきたようで、だんだんと気持ちも冷めていく。
「まぁ、あなたの気持ちを無視してまで一緒に来てもらおうだなんて思ってないわ。ごめんなさいね」
はい、この話はもう終わり! 忘れて! と言ってヘラはベッドに横になった。急に置いて行かれた気分になったファヴニールもしばらくして再び眠り、そして朝を迎えた。
月に代わり朝日が部屋に差し込む。起きると隣にいたはずのヘラはそこにはいなかった。部屋を出たファヴニールは宿を出ようと受付へと向かう。その受付に立っていたニヤニヤと笑う年寄りの男にファヴニールは話しかけられた。
「兄ちゃん、夜はお愉しみだったかい?」
「お愉しみ?」
「全部言わせんなよ。あんな夜に弱った女を部屋に連れ込んでんだから何もなかったわけじゃねぇだろぉ?」
そう言われても、ファヴニールには目の前の老人が何を言っているのかが分からなかった。宿に一晩分の代金を払おうとすると、老人が止めた。
「あー、代金なら姉ちゃんが払ってったぞ」
「え?」
「ちゃんと2人分払ってってくれたぞぉ。何だ、兄ちゃんの金じゃねぇのか? 女に払わせるたぁ、兄ちゃん、悪い男だねぇ。情けないと思わないのかい。あんな悲しそうな目した女をよぉ」
老人の、悲しそうという言葉がどうにも引っかかったファヴニールは、宿を飛び出した。老人は出て行ったファヴニールに気づかずに話続けていたようだが、そんなものは無視して、ヘラを探し回った。
まだそんな遠くへは行っていないはずだと考えたファヴニールは、宿の近くを出来るかぎり探し回る。そして、中央から外れた暗い雰囲気の道の途中でヘラを見つけ出した。
後ろから近づき、声をかける。その声にヘラは振り向いた。
「あの・・・・・・」
「なに? あぁ、宿の代金のことならいいわよ。私、こう見えてもそれなりにお金は持ってるから」
「そうじゃなくて!」
ファヴニールは息を整えてから、頭に浮かんできたことを言った。
「あなたと一緒に、行きます。あなたの旅に、共に行かせてもらいます」
「許可とか、取らなくていいの?」
「大丈夫です。両道さんなら、きっと分かってくれます」
「そう・・・・・・こんなとこにいるのもなんだし、ちょっと歩きましょうか」
ヘラの言う通りにその場から少し歩く。後ろをついていく姿は護衛のような印象だ。そして少し歩いた先の路地裏で、ヘラはそこにあるものを見て立ち止まった。




