第18話 出会い
両道達が他の冒険者たちに一緒に依頼をこなそうと誘われる、その少し前。道の真ん中で女性に囲まれていたファヴニールはようやく解放されることになった。
すでに気づけばもう夜になろうとしている。両道達の姿も見えず、ファヴニールはただ途方に暮れた。
これからどうしよう・・・・・・。そう思い、頭を掻く。
悩んだ末に、とりあえず、歩こう。という結論に至った。歩いていれば、両道に出会うことが出来るかもしれない。そうでなくても、何か良い案が浮かぶかもしれない。彼にとっては、今はそう思うしかなかった。
ファヴニールは視線の先へ歩き始めた。
歩き始めてからしばらく、ファヴニールの前から、不審に見えなくもない1人がファヴニールの方へ歩いてきていた。布で身体と顔を覆って、誰なのか分からないようにしている。
ファヴニールは考えごとをしており、前をよく見ていなかった。しかしそれは前の人物も同じようで、2人は当然のようにぶつかった。
「きゃっ!」
ファヴニールとぶつかった人物が高い声を出しながら後ろに倒れた。尻もちをついて、両手を地面につき、体を支えている。一方、ファヴニールの方は一歩後ろに下がっただけで、倒れることはなかった。
「いった~い」
ぶつかった人物の顔を覆っていた布がめくれる。白く綺麗な肌に、桃色の長いサラサラの髪。その人物は女性だった。
彼女の手には地面の砂がくっついていた。手についた砂を彼女ははらう。
「大丈夫ですか?」
倒れた女性にファヴニールは手を差し出した。女性が「えぇ」と言いながら差し出されたファヴニールの手のひらの上に自らの手を乗せる。
女性は、自分の目の前にいたファヴニールを時間を忘れたように見つめていた。
「あの・・・・・・」
「え、あぁ、ごめんなさい」
ファヴニールの声によって女性は見つめるのをやめ、立ち上がる。
目の前にいるファヴニールには、女性にとってとても惹かれる要素がつまっていた。整った顔立ちが甘い香りを放ち、装備に身を包んだ姿は冒険者であることを容易に連想させた。さらに彼の屈強な肉体は、冒険者においても相当な腕の立つものなのだろうということが見てとれる。腰に付けた鞘から少し見えるその剣も、この男には相応しいものであり、さぞ名のある名工が作り出した一級品なのだろうと思わせた。そのすべてが目の前の彼の魅力を引き立てているのである。
女性はそんなファヴニールに目を付けた。
「ねぇ、私お兄さんのせいで怪我しちゃったわ」
ファヴニールの手を掴み、グッと彼に近づく。腕を掴み、自らの胸を押し当て、耳元で艶やかな声を出す。息遣いまで聞こえてくる距離だ。
さらに彼女はありもしない理由をでっち上げ、身体を密着させる。その仕草は大抵の男ならば理性を失い、溢れ出る情に流されてしまうだろう。
「だからぁ、責任、とってくれないかしら?」
人通りも少ないこの時間、見ている者などいない。今だけは仕方のないことなのだ、と思わせるには十分すぎる状況だった。ファヴニールはごくりと喉を鳴らし、彼女の手を取る。2人は夜の街へと消えた。
「私、ヘラっていうの。あなたは?」
「ファ、ファヴニールです・・・・・・」
ヘラと名乗る女性はファヴニールの腕に自らの腕を絡ませ、まるで恋人かのように並んで歩いていた。それに戸惑うもファヴニールはヘラと共に、ドラグニアの中でも多くの宿が集まっている区域に向かっていた。
ドラグニアの街では、どこへ向かうのにも中央の広場を経由していった方が迷わず、そして近い。それ以外の道など、なにが起こるか分かったもんじゃない。2人も中央の広場へと続く道を通っていった。
街の中央に位置する広場では、夜だというのに明かりが消えておらず、人だかりも多い。どうやら広場の噴水の前で、語り部が話を披露しているようだ。眠れない夜に、話を聞きに来る人は多い。語り部もそのような客を狙っていたのかもしれない。
「さぁさぁ、お集まりの皆さん! ついにこの話も最後だよ! 世界を救った勇者様のお話だ!」
昼とは違う語り部が、勇者の話というのをしていた。
勇者は最近まで起こっていた戦争で活躍した、英雄視されている人物だ。まだ世界中の人々の記憶に刻まれて新しいその話は、連日多くの人が盛り上がって聞いている。
「希望の勇者、サイガ=シグル! 槍の乙女、ブリュンヒルド! 魔導師、グンナル! 3人の英雄達は幾多もの困難を乗り越え、世界に災いと混乱をもたらした、極悪非道の残虐なる魔王との決戦の時を迎えた! 多くの人々の願いを胸に抱いた、勇者の振るう剣は魔王を徐々に徐々に追い詰めていく! しかし魔王も簡単にはやられはしなかった! 最後の力で放つ極大の禁忌が勇者たちに迫ろうとしていたのだ! 魔王の放つ禁忌に、勇者は怯むことなく立ち向かっていく! そして勇者と槍の乙女は自らの命さえ犠牲にして、ついに魔王を倒した! 彼らの尊い犠牲によって、この世界は救われたのだ!」
世界を救った勇者とその最後。この物語は英雄の犠牲によって終わった。悪そのものとして描かれる魔王に仕えていた魔人の存在は、いわば悪の手先といったところだろう。この街や世界に広がりをみせる奴隷制の正当化を植え付ける物語として語られるそれを、人々は疑問など抱くことなく聞く。
不思議とこの物語に聞き入ってしまったファヴニール。決して無縁ではないような気が彼にはした。その横で、ヘラは少し具合が悪そうにしていた。
「どうかしましたか?」
話が終わり、横を見てヘラの具合が優れないことに気づいたファヴニールが彼女を支える。先ほどまで醸し出していた色気はすっかり鳴りを潜め、今のヘラはただのか弱い女性となっていた。
「なんだか、気分が悪くなっちゃった」
早く宿に行きましょ、とヘラはファヴニールに訴えた。ファヴニールは彼女の要望通りに宿を目指す。多くある宿の中から彼は最も近い宿を選んだ。広場から道路を1つ挟んだ小さな宿だ。ここからならば広場は見えない。
宿の一部屋を、ファヴニールは空いているところならどこでもいいと言い借りた。弱った女性を部屋に連れ込む彼の姿は、周囲からは夜ということもあって勘違いした目で見えたのかもしれない。通りすがりの人々は、一度はファヴニールと彼に連れられる彼女に視線を浴びせた。宿に入ってからも、ファヴニールは宿主に変な気を使われた気がした。
部屋に入りファヴニールはヘラを部屋のベッドに寝かせた。
「うぅ・・・・・・」
うなされていた彼女の体調も少しずつ良くなってきたのか、起き上がれるまでに回復した。
「えっと、ごめんなさい」
「いえ、良いんです。誰にだってそういう時はありますよ」
身体を起こした彼女が見たのは、部屋の中、1本だけのロウソクに照らされてゆっくりとした雰囲気の漂う空間だった。男に連れ込まれた部屋。彼女はファヴニールがその気なのだと解釈する。
「優しいのね。いいわ、サービスしてあげる」
ヘラは目の前に突っ立っているだけのファヴニールの腕を引っ張り、彼をベッドの上へと持ってきた。引っ張られたファヴニールは油断していたこともあって、驚き、困惑する。彼はベッドに両手をついて、その後すぐさま振り向く。息を乱していたファヴニールに、ヘラが迫る。ファヴニールの両頬を包むようにして触れる彼女の湿った息遣いが、彼の鼓動を速く打ち鳴らした。




