第17話 情勢
結局、シュリィはルカに自分が使う魔法を教えることはなかった。ルカは「無理を言ってごめん」とシュリィに対して謝っていたが、チャンスを逃した彼は軽く沈んだ表情をしていた。
少し暗くなってしまった雰囲気をリアが新たな話題を出して元に戻す。
「ねぇ、3人はこれからどうするつもりなの?」
「これから?」
両道達3人はお互いにお互いの顔を見る。誰も何も考えていなかったようで、リアの質問にすぐに答えることは出来なかった。
「じゃあ、2人はどうするか決まってるの?」
「うん。私達はこの依頼を達成したら、帝国に行くつもり」
「帝国?」
「オズマ帝国ね」
「そう」とリアが答える。
何かと最近話題だそうだ。両道はまだこの世界に来たばかりで、そういった国などの情報には触れられていないので全く知らなかった。
「帝国がね、傭兵を募集してるんだって」
帝国が話題に上がる理由の1つとして、人類と魔族の戦争が終わった後で他国へ侵略をしているからだ。魔族との戦争によって疲弊しきった国々の領土を奪い、その領域を拡大している。傭兵を募集しているのも戦力増強の1つであり、既に数多くの冒険者が集まっているそうだ。また帝国は、戦争によって自らの国を失った魔族を奴隷として輸出し、それは今や1つの産業として成立する規模だという。奴隷によって稼いだ資金を元手に戦争を繰り返し、さらに国を発展させているらしい。
そのことについて多くの国が批判しているが、冒険者や多くの一般人は興味など抱かない。そんなことよりも、帝国が志願兵や傭兵に提示する優良な待遇に人々は注目している。
「食事も支給されるし、住む場所だってもらえるんだって。給料まで支払われるらしいよ。それでいてとくに厳しい条件もないの。だから2人して行こうって」
帝国の周辺の国々の中には、聖騎士のいるアルビニオン神皇国や魔術力ならば右にでるものはいないウィザーニア連邦などがあり、帝国も迂闊に手を出すことの出来ない国が多く存在するため、帝国が攻めるであろう国というのは必然的に分かってくる。この世界の情勢に詳しい者ならば、帝国が次に相手にするのはワーランドという小国であるとそう考えていた。
そしてルカとリアも、その時までには帝国に着き傭兵になりたいと考えている。
「帝国とワーランドだったら必ず帝国が勝つだろうね。皆そう思ってるよ」
いつまでも落ちこんではいられないと、ルカは情勢について語った。
ワーランドは絶対に勝てないだろうということに、ヒロナは感情移入してしまったかのように暗い顔をした。しかし夜の暗い森の中では例え焚火に照らされていようと顔の表情までは簡単に読み取れはしない。その方が彼女にとっては幸いだった。
「帝国ってそんなに強いの?」
「そりゃね。魔族との戦争が終わってからの戦いじゃ、もう負けなしだよ」
「他の国に勝って何がしたいの?」
「さぁね。俺らには分からないことだよ」
帝国は、自分達こそが最も優れた人種だとして、世界の頂点に立つべきだと主張している。魔族との争いの後に行われた帝国による侵略戦争は、全てこの考えのもとに行われており、いずれは神皇国や連邦ですらも自分達のものとしようと考えているのだ。
このことに対して聖騎士を保有して世界の平和と秩序を守るという使命と責任を持つ神皇国は、帝国に警告はしているものの帝国はまるで聞く素振りを見せていない。
今後どのようになっていくのか、多くの国々が予想と注目をしているがどう転ぶかは分からない。
「そういえばさ、この街に来れば奴隷っていうのが見れるって聞いたんだけど、全然いなくない?」
両道は話題を変え、気になっていたことを聞いた。
「奴隷を見に来たの?」
「そうだよ」
「ふーん」
ルカの仕草は両道に何か含みを持たせたように感じさせた。まるで少し軽蔑するかのようなそれは、両道の気に触れるには十分だった。
「なに?」
「いや、別にいいんだよ」
「聞かせてよ」
「・・・・・・最近多いんだよね、そういう人。まぁ物珍しさっていうか、興味があるのは分かるし、敵だった奴らのそういう姿ってのは見てて楽しいのかもしれないけど、あんまり良いとは思えないなぁ」
「そう?」
「まぁ俺はそう思うってだけなんだけど。そもそも奴隷っていうのがどういうのか分かる?」
分からない、と伝わるように両道は首を振る。それを見てルカは、胸から上を前に出して少し大きく息を吐いた。
「奴隷ってさ、首に輪っか付けて、手と足に重りを付けて動きづらいようにするんだよ。力の強い魔族だから、そうするのかもしれないんだけどね。それにさ、鞭で強く打っていたぶったりとかなんだりしてさ。それを楽しそうに見てるんだよ。どう思う?」
「酷いね・・・・・・」
だろ? と返してきたルカから聞いた奴隷に関することは、今まで両道が抱いていた奴隷への興味を冷めさせた。それと同時に、両道には言い表せないものを彼に感じさせた。
「見てきたいんだったら、街の中央から外れた道に行くといいよ。そこなら奴隷がたくさんいるからさ」
「中央にはいないの?」
「いないよ。奴隷は汚いからね」
ドラグニアという街は観光でも賑わっている。街に来る観光客の中には、魔人など見たくないという人もいて、さらには街自体も綺麗に見せたいからといった理由によって、両道達の通ってきた街の真ん中を通る道には奴隷を置かないことが、暗黙の了解となっている。
「ルカ、ちょっと熱くなりすぎ」
「あぁ、ごめん。つい、ね」
ルカとリアのやり取りを見ていた両道は、横から腕を掴まれた。隣に座っていたシュリィだ。彼女は両道に顔を近づけて小声で言った。
「あんたも話す話題ぐらい選びなさいよ」
「これってそんなにまずいことなの?」
「人によってはそうね。少なくとも初対面で話すことじゃないわよ」
「でもシュリィが俺に言ったんじゃん。奴隷がいるって」
「別に私とあんたはあの時、初対面なんかじゃなかったでしょ」
「・・・・・・気を付けるよ」
少し気まずくなってしまった。そんな場の空気を変えようとして、ルカは話し出した。
「ごめん、さっきは。あんな感じになっちゃったけど、俺は気にしてないよ」
そう言ってルカは両道に手を伸ばしてきた。両道はルカが伸ばした手を握る。
「こっちこそごめん」
双方ともに謝り、お互いの仲が良くなったことを確認する。
些細なことで相手との仲に溝が出来て良いことなどない。ここで全員が思っていたのは、それによって依頼が達成できなくなることの方が悪いことだということである。もちろん、そんな損得勘定だけで見ているわけではない。ただ、今が依頼の途中だということを忘れていないだけだ。
その後も5人の団らんは続いた。時間が経つにつれ、賑やかになっていくそれは静まった森の中で異様な空気を周囲に与える。その空気を察知した森の魔物を誘き寄せていた。ガサガサと音のなる森の草木と、遠くまで見渡す目が輝く。
夜はまだ長い。魔物は冒険者達の隙を付ける瞬間をジッと待ち続ける。狩りのための苦労は惜しまない。それ以上の利益を得ることが出来るからだ。
彼らが待ち続ける間に、もう一つ話が出来るだろう。この時に街の中で起こっていたことを両道達は知らない。街から見える月は、森から見えるものとは少し違う印象だったはずだ。




