第13話 宿の一部屋にて
ドラグニアという街には物が集まる。それを求め、人が集まり、金も集まる。財を成そうと富豪や商人たちが次々とやってきて、さらに街は大きくなっていく。
そんな街の一角、夜の間だけ金持ちを相手にしている女がいた。
「いやぁ、ヘラちゃーん。今日も良かったよぉ」
小太りの、如何にも金を持っていそうな男がこの夜を共に過ごした女のことを褒める。女は男の機嫌を伺い損ねないように言葉をつなぐ。
「ありがとぉー! ゴッパーさんの具合もよかったしぃ、サービスしちゃおうかなぁー?」
「ぶっふぉ! 良いねぇ! どんどんやってくれたまえよ!」
見ていて気持ちの悪くなる顔をしている。吐き気まで催してしまいそうになるのをぐっとこらえ、笑顔のままで居続けられるように頑張った。その方が受けが良いこと、そうしなければいけないことを女は理解していた。
「でもぉ、サービスしたい気持ちはいっぱいなんだけどぉ、私最近お金に困っててぇ」
「いいともいいとも。いくらでもあげようじゃないか! 他ならぬヘラちゃんの頼みなんだからなぁ!」
彼女に指で胸を撫でられた男は正常な判断と理性が保てなくなる。目の前にある魅惑の身体の奉仕を受けられるのならと、男はありえないほど簡単にがま口を緩くした。
彼女にとってこうも簡単な獲物もそういないだろう。自分が甘い声で媚びれば都合の良いように動いてくれるのだから、おいしいことこの上ない。
「嬉しい! それならたーっぷりサービスしてあげる!」
女は喜々として男に覆いかぶさった。もちろん、そう見えるだけだ。
この街は夜であっても静かにはならない。
かつてこの世界では魔族と人類による戦いがあった。それまでにも、何度か小競り合いはあったものの、すぐに鎮火されるほどの戦いでしかなかった。
しかし、その平穏は急に崩された。魔族の頂点に立つ魔王によって、魔族の軍隊が人類の領域へ侵入。侵略を始めた。魔王の支配する、多数の魔族からなる、魔国連邦へと対抗するため人類側も軍隊を動員。今までにない大規模な戦争となった。
両者一歩も引かずに泥沼と化していく戦場。そんな中、どこからともなく現れた「勇者」と呼ばれる存在が戦況を大きく変えていった。勇者は人類側であり、敵対する魔族にとって大きな脅威となっていき、遂には勇者という個人が、魔王を打ち倒すこととなってしまった。
魔王が勇者によって倒されたことによって魔族の組織は崩壊。瞬く間にその勢力を衰えさせていった。
そこに付け入ったのが、人類側において功績をあげ、さらには勇者の支援も行ったオズマ帝国である。力を失った魔人を捕らえ、それを奴隷として売買したのだ。帝国は奴隷を労働力または慰安用として扱い、戦後の急激な発展を支えさせた。また、奴隷を商品として輸出することで、帝国は資金を稼いだ。それと同時に、奴隷が国外へと広く渡ることにも繋がった。
帝国から輸出される奴隷を最も輸入しているのが、ドラグニアという街なのである。その理由として、帝国の動きを察知したフィリッツ王国が港町であるドラグニアにおいての奴隷を含めた貿易品の扱いについてを取り決めたことが大きい。商人たちの活動を保護、保障することによってこの街は商人たちにとって天国にも似た地となったのだ。
ここまでが、この世界の大まかな歴史である。今を生きる全ての人は戦争は魔王から始まったというだろう。しかし、激動の時代を越えるとともに平和となった今を謳歌する者たちは、誰一人として魔王に娘がいたことを知らない。
一通りの行為を終えた、一夜限りの男女。注いだ情熱によって溜まった疲労で、ベッドに横になる男の隣に寄り添う女。
「はい、ヘラちゃん。これ、約束のお金ね」
そう言って男が出したのは札束の塊。いくらあるんだろうと女は数える。少なくとも、ここ最近では一番の収穫だ。
「こんなに、良いの?」
「良いんだよぉ。ヘラちゃんかわいいし、上手だし、何よりサービスまでしてもらちゃったからね。これはほんの気持ちだよ」
「やーん、ゴッパーさんカッコいいー!」
はっはっはっ、と機嫌よく男は笑う。
「ん? おっと、もうこんな時間か。すまないね、私はこれから仕事なんだ。ほんとはもっと一緒にいたいんだけどねぇ」
「えー、もう行っちゃうのぉ?」
「ごめんねぇ、どうしても外せない用事なんだよ。あっ、終わったらまた君を買おうかな」
脱ぎ散らかされていた服を着て支度を整えた男は、既に部屋の扉に手をかけていた。別れを惜しむ男はぎりぎりまで愛の言葉をささやく。
「この部屋の料金は私が支払っておくから。好きなだけいてくれていいよ。また会おうね、ヘラちゃん」
男が部屋から出て行った後、女は広いベッドに横になった。
「はぁ、なーにがまた会おうね、よ。二度と会いたくなんてないってーの」
ベッドに積まれている、男が置いて行った札束をもう一度確認する。一束10万G、それが五つ。合計で50万Gだ。
「金払いだけは良いのよね、あの豚。そこだけは褒めてあげるわ」
女が男にしていたのは、自らの身体を売ること。一晩の間だけ身体を自由にさせる代わりにお金を貰う。少なくともそこには女からの愛などというものはなく、ただの金稼ぎ、作業でしかない。男の方はそうは思っていないかもしれないが。
「下手なのよねぇ、なにもかも。あれに合わせて演技するの、すっごく疲れたわー」
これでもかと男を酷評する。彼女が男に対してかけていた言葉、見せていた表情、そしてその他全ては演技であり、本心からのものなど何一つとしてなかった。
彼女にとって男の相手をするなどお手の物だ。嫌々ながらも多く経験するなかで磨かれていったそれは、男をいとも簡単に虜にしてしまうほどのものとなっていた。
「あー、そうだ。あれやんなきゃ」
彼女は自らの下腹部に手をあて、魔力を流し込む。すると、彼女が男から注ぎ込まれた情熱は内から外へと出て、残ったものもその効果を失う。さらには喪失した純潔は形を取り戻し、彼女は清らかな身体へと戻った。これは彼女が使うことの出来る魔法のおかげだ。
彼女は自分が綺麗であり、なおかつ男受けの良い身体であることも知っている。数えきれないほど見知らぬ男と身体を重ねた彼女は、どうすればより自分の価値を上げることが出来るのかも知っていた。そしてそのための努力も惜しまない。彼女がそんなことをするのは、彼女が抱える1つの夢のためであり、そのために嫌なこともやり続けてきた。しかしその夢のためには、未だに多くの足りないものがある。その中で最も大きなものが「力」だ。
「魔人が多くいるっていうからやってきたけど、奴隷に求めてもね・・・・・・」
彼女が求めるのは、他を圧倒し覇を唱えることが出来るほどの力だ。もちろん、男に縋っていた彼女にそんな力はない。魔法も使えるが、それは回復と防御によるものでしかなく、攻撃に優れた魔法ではなかった。彼女自身が使うことが出来るというのが一番いいのだろうが、使えない以上他人を頼るしかない。それも魔人に限る。人間では駄目なのだ。しかし、勇者によって強い魔人がほとんど倒されてしまった今、彼女の希望通りの相手はいないに等しかった。
「もういないのかしら、そんな人は」
半ば諦めかけているせいで、暗い気持ちになる。こんなのではいけないと、自分を励まし疲れた身体を癒すために、彼女はもう短い夜に眠りについた。




