第11.1話 惹かれる思い
「休めなかったね」
「まぁどうにもならないわよ。この空気じゃ」
会話しながら、目の前の料理に手を出す。野菜、肉と素材は少ないが、様々な方法で調理されており、品もその分多い。味付けも様々で、飽きることもない。
「それにしても美味いな、これ」
「話はもういいのね」
「だってどうにもならないんだろ?」
止まることなく、手と口を動かす。箸は用意されていないので、スプーンとフォークで次々とよそっていく。
「ヒロナとシュリィは何か料理とか作ってないの?」
「作るわけないじゃない。これ以上働きたくないわ」
「私も今日は何か料理したわけじゃありませんけど、普段は料理したりしますよ」
「へぇ。何作るの?」
「故郷の伝統的な料理です。まぁ、単純でそこまで難しいものではありませんけどね」
「いやいや、出来るだけでも凄いよ。俺なんてやったこともないし」
「まぁ、やらなさそうだもんね。あんた」
「あ、分かる?」
いつかヒロナの故郷の料理とやらを口にする日は来るのだろうか。そんなことを考えながら、目の前の料理に手を伸ばす。疲れていたのか、腹が空いていたのか。思っていたよりも飯が進む。
両道がそうである一方で、ファヴニールは全く食事に手をつけていなかった。
「どうしたんだよ。食べないの? せっかく美味しいのに」
「まぁ、あまり・・・・・・。嫌いなものがあるとか、不味そうだとか、決してそういうわけではないのですが」
「ふぅん。ま、そういう時もあるか」
「あんたさっきから食べてばっかで飲んでないじゃない」
シュリィに言われる通り、両道は酒に口をつけていない。
「怖いの? 苦手なの?」
「今飲もうと思ってたとこだよ!」
そう言って両道は一気にジョッキに入っていた酒を飲み干す。
「ふぅ。シュリィは飲まないの?」
「はぁ!? 飲むし!」
「2人とも酔払たりしないでくださいね」
3人がワイワイと場の空気に飲まれるようにして騒ぎ始める。しかしそれにあまり混ざることの出来ないファヴニールは、1歩引いた場所から見ていた。そんな彼に声をかけてきた人がいた。
「あの、ファヴニールさん」
「あなたは確か、受付の」
「あ、はい! そうです! 覚えてくれたんですね!」
「えぇ、まぁ」
場の空気のせいか、受付嬢は頬を紅くしながらファヴニールとの会話を続ける。ファヴニールは自分が何故話しかけられたのかも分からず、その話し相手となった。
「あの、ここだと少しあれですし、外でお話ししませんか?」
「いいですよ」
受付嬢からの提案に素っ気なくのる。2人はそのまま誰も見ていないなか、ギルドの外に出た。
外は夜の爽やかな風が吹いている。ギルドの中とは違い、ここは静かで、落ち着く。
「こっちの方が性に合うような気がします」
「え?」
「いや、実はあまり騒がしいのは得意ではなくて。ですからこう、静かな雰囲気の方が落ち着けて僕は好きです」
「そうなんですね。実は私も静かな方が好きだったりします。なので今日みたいなのは実はちょっと。ふふっ、ギルドの受付嬢がこんなこと冒険者の方に言ったら怒られちゃいますかね?」
「どうして?」
「ほら、冒険者って騒ぐのとか好きそうじゃないですか。だから冒険者と接する機会の多い受付嬢がそういうのが苦手だと困っちゃいませんか」
「他の方はどうかは分かりませんが、僕はそういう人がいても良いと思いますよ」
「そう、でしょうか」
「えぇ、何も他人も合わせることだけが全てではありませんから」
ファヴニールにとっては当たり前で何気ない一言ではあったが、それを言われた受付嬢にとっては、重く響く言葉であった。思い人の言葉だから、というだけではなく、何よりも調和を重んじて他人に合わせてきた彼女のそれまでの生き方とは相反するものだったからである。しかし否定されるような気持ちにはならず、むしろ肯定されつつも別の道が与えられたような感覚だった。
「あ、あの!」
突然、受付嬢が大きな声を出す。手を強く握り、何か訴えたいことがあるように思える。
「ファヴニールさんって、この後どうなさるおつもりんでしょうか?」
「どう、とは?」
「もし、何もないのであれば、私とどこか、遠くにでも行きませんか」
「急に何を・・・・・・」
「私、今の仕事とか、今の自分とか、あんまり好きじゃなくって。でも、そこにあなたがやってきて、付いていきたい、というか、一緒にいきたい、というか」
絞り出すような声で受付嬢はファヴニールに語る。彼女は今に満足出来てなかった。ギルドの受付嬢という役職は、彼女の心に合うものではなく、今後満たすようなこともないだろう。
「わがまま、かも、しれません、けど」
今にも泣いてしまいそうな、いや既に涙がこぼれかけている。
彼女はこの町の出身ではない。たまたまこの町のギルドに配属されただけの、不幸な受付嬢である。そんな彼女にとって、このような田舎は退屈で重苦しいものであった。だが彼女にとって何よりも不幸だったのは、そんなにも不幸であったのにも関わらず、抽象的で曖昧な不幸だったことだ。
「あなたはどうしたいんでしょうか。僕は何をすれば良いんでしょうか」
この問いが何よりも辛い。いっそのこと否定してほしかったかもしれない。何が自分を苦しめているのだろう。何が変われば自分は幸せになれるのだろう。一切分からない。どんなに考えても想像すら出来ない。
都会に行けば何か変わるのだろうか。ここでさえなければいいのだろうか。受付嬢という職が駄目なのだろうか。では一体何だったら良かったのだろうか。
ファヴニールが魔物を殺したと聞くたびに、冒険者がバッタの死骸を持ってきた時に、羨ましいと思ってしまった。自分もあぁなりたいと。考えが過ってしまった。そうなってしまった以上、自分の胸の内だけに留めておくことが出来なくなって、ついに1番聞いてほしい人に吐いてしまった。
「僕があなたにどうこう言えるようなことは何一つとしてありませんが、もしひとつだけ許されるのであれば、あなたはまだ、あなたの言う遠くへと行くべきではないと思います。こんなことを言うと、ただでさえ傷ついているあなたをさらに傷つけることになるかもしれませんが、これが、僕の嘘偽りのない言葉です。僕のことを嫌いになってくれて構いません。僕のことを憎んでも、恨めしく思っても、構いません」
「いえ、そんな・・・・・・。あなたは確かに私にとって、とても素敵な方です。今だってそうです。だからあなたが言ってくれたその言葉は大切にしておきたいと思います」
受付嬢の顔に笑みが戻る。花は踏まれてもまた上に向かって咲く。そんな笑み。
「わざわざ連れ出してしまってすみませんでした。では私は中に戻りますね。仕事、しないとですから」
そう言って去る彼女の背中をファヴニールは見つめる。彼女は強かった。逃げ出すこともやめることも出来たのに、また元の場所へと戻っていった。仮に逃げ出してもやめたとしても、誰も彼女を責めることは出来ない。それなのにも関わらず。何が彼女をそうさせるのだろうか。理由のない何かか。
夜。風が吹く。透き通る風だ。その風は未だ悩みから解放されることのない1匹の竜の孤独を浮き彫りにしながら、どこかへと過ぎ去っていく薄情な風だった。月明かりの、陽の光ほど強くない影が今はあるだけだ。




