ある場面
iphoneにて、LINEだろうか、若い男がそこにいない若い女と顔を見合って通話していた。彼のことをわたしは中国人だと思った。しかし日本語で右往左往するように恥ずかしがるのを見ていると、その男に対して奇妙なほどに親近感が湧いた。きっと操作を間違えたか何かで、そのような事態になったのであろうが、それでも駅のホームという衆目の中でさえ、架け直したりしようとしないのは恐らくまだあまり親しい間柄ではなくて、もしかしたら初めての通話なのかもしれなかった。やがてその彼は何処かへ立ち去り、替わりにやってきた最寄り駅方面の電車は混んでいた。座席は全て埋まっていた。この駅は地下にあったが、わたしが下りてしまう前の地上はまだ夕暮れ時で、赤信号が逆光に浮かび上がっているようだった。しかし地上へ現れ出たこの電車の窓は暗く、暮れたばかりの独特の闇の若さがあった。そうするうちにある駅での乗客の出入りによって、隅の座席が一つ空いた。その場所から立ち上がり駅へと降りていったのは細面の若い女だったが、座ってみると、思いがけず座面が熱いほどに温まっていたのだった。その熱が彼女自身の燃えるような何かであるような気がして、まるで肌を接したかのような錯覚を覚えた。ふと見ると、車両の奥のわたしの座席近くに太もも露わな若い女が立っている。やはり見入っている携帯デバイスのLED照明により、その顔が少し明るく照らされている。美しい女だった。彼女が何処から乗ってきたのか、そして何処で降りていくのかはわたしには関係の無い出来事だが、今もなお熱い座面から伝わる女の肌の感覚が、それらに興味を向かわせた。そのまま最寄り駅まで行き、その女も降りた。わたしは魅入られるようにふらふらと、その女の後を追った。