一日目05
ようやく一日目終了
てか今ノートに書いてる小説の方が進んでるって事は…
7月23日23時06分某所
「また見つかった」
此処は空の住む街より北東にある人里離れた場所である
そこには道端に無造作に捨てられた喉を喰いちぎられ、そこで立ち尽くし、体の所々に欠損部が目立つ死体を眺めている黒ずくめの女は傍らに立つ黒ずくめ大男の隣でぽつりと呟いていた
この辺りは、ぽつぽつと木造の民家と通常の住宅が建ち、青々とした広大な田んぼが幅を利かせている
町というには人気が無く村と呼ぶにはアスファルトで舗装された道路が目立ちすぎる。
更には夜まで近くの工場が深夜近い今でも稼働しており、中途半端な農村とも呼べた
生まれつき文明圏に住を構え、そこから一歩も足を踏み出した経験が皆無な都会の人間からすると、辺境とも呼べるこの地では明らかに黒いコートを羽織った一組の男女はあまりにも異質かつ場違い過ぎた
女は一言で説明すれば間違いなく美人に類する顔立ちである
キリリと真っ直ぐ引き締まった眉、薄くても形の良い紅唇、少しキツそうな目つきはそれでいて強い意志を感じさせる輝きを放ち、うなじの少し上辺りでくくったポニーテールは腰の辺りまである絹のように艶やかでまっすぐ伸びた黒髪とセットで彼女の凛としながらも儚げな印象を他人に与えるのに一役買っている
夏の夜だとは言え、足元までの長さを誇る動きにくそうな黒いコートを着こなしたその体はくっきりとグラマラスなラインを描き、凛とした彼女の雰囲気と調和しつつ、さながら夜の女神といった荘厳さを演出していた
男の方はまさしく彼女とは対になるといった風情であった
彫りの深い顔、経験を積んだ歴戦の軍人という感じの落ち着いた雰囲気、血肉に飢えた狼すらも尻尾を巻いて逃げ出しそうな程に鋭く冷たい眼光、キッチリと無造作に切られた短髪、そして特筆すべきは二メートル近いその身長
身長の高さに比例して彼が羽織っている巨大なコートは女のそれとは違いあちこちにゴツゴツとしたラインが浮き出ている
何がコートの下に収まっているのか?
コートの下にゴツゴツ収まっている“モノ”の正体は一体何なのか?
平和ボケし過ぎたこの国の国民が好奇心から安易にその問いを発するには躊躇われる位の危険な雰囲気をこの男は自らの周囲に侍らせていた
「これで、三十人目か」
男が感情をあまり表に出さないながらもはっきりと聞こえるような口調で言う
「どうやら“感染”はしてないみたいね
喉を喰いちぎられた後を調べてみたけど、傷口に“因子”は殆ど残っていないみたい
“感染”させる目的で咬んだんじゃないわ
言うならば腹が減ったからつまみ食いした感じ」
男は訝しげに眉を顰めた
「要するにまだ連中による制御が行き届いている。と言うわけだな」
「そうね、それもいつ“暴走”を引き起こすか判らない
仮に“進化”してしまったら“アイツ”でも制御が困難になる」
「それなのにこんな田舎で犠牲者が見つかるとは連中は相当遊んでいるか、実験のデータ採集の目的か」
「あのバカが関わっているなら両方あり得る話だわ
だってアイツは人間を憎んでいるからなるべくなぶってやらないと気が済まないのかもね」
男は問う
「お前も昔は恨んでいたんじゃないのか」
女はまっすぐと形の整った眉をひそめて答える
「昔の事よ、昔の。
それに、私がまだあのバカと一緒に“先生”の考えに賛同してたらきっと似たような事をしでかしてたと思うわ」
そうか、と一言だけ男は相槌を打つ
女は言葉を続ける
「その私達を育ててくれた先生も今は居ないし、あのバカが独りではしゃいで騒いでるだけだから、アイツをどうにかして“実験”のデータも全て消去すれば全部丸く収まるわ…多分」
彼女はそうは言ったものの言葉とは裏腹に台詞の後半は声が小くなっていた
「そうだな。では早く行動するぞ」
「了解」
二人は死体をそこに残して近くに戦闘が起こった際にすぐに盾に出来る位置に止めてあったワゴン車に向けて歩を向けた
女は車に乗り込む前に置き去りになる死体に一瞥し
「ごめんね」
と小さく謝罪の意を示した
車に乗り込んだ二人はそれぞれ男が運転席女が助手席に座る、無論二人ともシートベルトなどは着用していない
これから起こる事態を前にして交通事故といった些事など気にしている場合ではないからである
それ以前に“敵”が襲撃してくる可能性が僅かでも存在する以上は常時に戦闘時に備えて身を束縛する行為はなるべく避けておきたい理由も兼ねている
「メンバーはもう向こうに着いているのだろう」
「なんの不都合も障害も無ければ。だけどね」
「そうか、だが何が起きても俺達はやり遂げなければならない」
――俺とお前の因縁に決着を付けるためにもな
男はそれをあえていわなかったが隣の相棒は口に出さなかった彼の言葉を汲み取ったかのように軽く頷く程度で応えた
男がキーを回してエンジンを始動させる
駆動音が夜の暗闇に響きわたると共に、車はすぐ空の住む街へと走り出した
彼らが去った夜天の中、雲の間に姿を見せる満月だけが残された死体を見守っていた
そして一日目は終わる
バラ蒔かれた不穏の種を内包しつつ
そして、それが発芽したときに人々の運命を巻き込んだ混乱が生まれるだろうことは想像に難くなかった