一日目04
いつもは電話に出るのが何故か遅い宗にしては意外というか、空と話すために前もって用意していたのか判らないが彼はすぐ出た
「久しぶりだな、宗」
「俺もだ、空。
こうして話をするのも一年ぶりだが」
空は苦笑した
確かに、久しぶりの会話だった
メールではニュースや珍しい事件について散々議論を交わしているのに電話越しとは言え、直接宗と対話するのは一年ぶりの事だった
実際、空は不思議なものを感じていた
宗とは全く連絡を取り合っていないわけでも無いのに、宗の肉声を聞くと不思議な懐かしさが胸の中に満ちていくような気がする
「俺がお前に電話するなんて、姉貴にお前が告って玉砕した時以来だよな」
「止めろ。マジであの時の話題は出すな
今でも傷ついてるんだからな、お前のせいで」
「悪い。あの時は少し悪ふざけも入ってた」
僅かに声量が下がった宗の声に慌てて空は答える
「いいさ。今ではいい笑い話だからさ
それに、あの時はお前にかなり助けて貰ったからな
いいさ。今の失言は許してやる
ただしいつかゲーセン行くとき奢れよな」
「ちょっ!待て
親愛なる友人である空様は高い学費をバイト台で賄っている俺にそんなことさせるのか?」
空は少しばかり言い過ぎたとばかりに目を閉じた
「冗談。からかってみただけだ」
「別にいいよ。さっきのは少し不謹慎だったからな」
空は過去の出来事を思い出していた
宗の姉でボーイッシュな活気溢れる礼子の事
昔に自分が足をすりむいた際に手当てをしてくれたこと
宗の家に行くのが彼女を見る目的という不純な動機であり、その時に変わり者の弟である宗と仲良くなったこと
そして高校一年生の時に悪ふざけで飲んだ酒の勢いで礼子に告白して降られた苦い思い出
それらの記憶を反芻し、彼は数秒間だけ蛍光灯の光が照らす白い天井を仰ぎ見る
その様子から察するに彼は宗の姉である礼子の事を未だ気にしているのだろう
それとも過去の失恋を思い出し、感傷に浸っているのだろうか?
それは空自信にもわからない事だったがいずれは決別しないといけない事実だと彼は思った
「まあいい。じゃあ連続通り魔について俺が得た情報を話すぞ」
「おけ。」
彼はすぐに気分を入れ替えると、マスターから聞いた奇妙な話と、自分なりに予測した推理を交えて宗に伝えた
謎の連続通り魔殺人事件は全国でここ何年の間、散発的に発生していること
マスコミによってニュースで報道されている情報は公開されていない情報が潜んでいること
情報操作の可能性を考慮して見ると、何らかの組織が圧力をかけている可能性があること
そして…
「これは俺も初めて聞いたとき嘘だと思ったけど一応言っておく
通り魔の犯人は実は人間じゃない別の生き物だっていう事を聞いたんだ」
電話越しに重苦しい間が発生する
恐らくは宗も驚くべき事実をすぐには受け入れられずに混乱した頭の中を整理している、と空は考えた
宗はこんな時に限って頭の回転が早い
すぐに返答を寄越してくれるだろう
空は前の隕石落下事件の時も宗を頼りにしていた
結局の所、得られた情報から推測できる事が少なかった事と宗や空自身の飽きもあったので中断したっきり中途半端な情報がHB鉛筆で殴り書きしてあるとてもレポートと言えない文章の落書きがページの半分を埋め尽くしたノートは空の部屋のどこかに放置してある
持ってくるつもりは無かったのだが引越の荷物に紛れ込んでいたらしい
確か事の始まりはこれだけの大事件に反比例してマスコミがニュースで流した情報があまりにも少なすぎる事実に不満を持った宗が独自に研究しようといった感じで、空がそれに便乗したものだったが
いくら調べたにもかかわらず情報は殆ど入らなかった
宗が得意としているネットサーフィンを用いた情報収集ですらガセネタの域を出ないだれかの妄想まがい情報だったからだ
一、二ヶ月経った頃になると空は既に事件への興味を無くし、熱心に調べていたはずの宗もマスコミが明かさない情報と憶測の域を出ない噂を収集する作業に疲れ、作業を断念した
つまりは今回の場合そのリベンジとなるわけだ
それに前回に比べて有力な情報もある程度は自由に使える時間とカネもある
それは前回成し遂げられなかったものに対する残り火であり、退屈な日常を少しでも楽しくする娯楽でもあり、宙ぶらりんな毎日を送る今の自分に対しての挑戦状でもあったのかもしれない
「ふーん
で、そのマスターって人はそんな事を話してたのか」
「信じられないけどな」
「けどな、通り魔事件は俺も少し調べてたんだけどな」
「えっ!」
意外な宗の反応に空は微かに驚く、宗は大学が忙しく学業に追われててそんな暇も無いと踏んでいたからだ
「だからさ、俺もお前が話した事は信じがたい。
もしかしたらマスターって人がお前をからかおうとして嘘をついた可能性もあるだろ」
空は言葉に詰まった
「それは…」
宗が言う
「俺は自分で見たもの以外は信じない主義なんだ。
だから他人のフィルターにかけたマスコミの情報は信用しないしネット掲示板の噂も参考程度に留めて鵜呑みにはしない
俺は真実が欲しいんだよ」
空はまた宗の野次馬演説が始まった
とうんざりした
正直に述べるならばこうなった時の宗は手に負えない事を重々承知しており少し鬱陶しい部分もあるのだが、宗の真っ直ぐした性根は嫌いではなかった
「なら、どうするんだ?」
「決まってるだろ
そのマスターって奴に直接話を聞く
で、案内頼むぞ
明日大学サボって来るからそちらも何とかしてくれ」
「お、おい
ちょっと待…」
ガシャン
ツー
ツー
ツー
何故だろうと空は思う
こうまで強引な奴なのに何故か嫌いにはなれない
しかし不快を感じていたのならばここまで友人関係は継続しなかったろう
宗は基本的にウソはつかない、それに意外と気を利かすので自分のバイトが終わる直後の時間にマンション前で待ち構えるのだろうと、明日の夕方の未来を空は容易に予想できた
だが悪い気はしない
むしろ、胸が躍った
さて、明日に備えて準備するかな
デスクパソコンの上に飾ってあるイーグルのプラモを見て、空は軽く苦笑していた