表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

二日目07

日本がヤバくなっても書き続けます。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


空は息を切らしながら昼間の街を疾走していた


既に休まず走り続けて5分


マスターの喫茶店からはずいぶんと離れ、バイト先のスーパーをも通り過ぎた


もう少し走れば、バイト通勤用の駅が見えてくるだろう


バイトで八時間労働しているとは言え、それでも体力的に見れば空は一般人なのだ


此処まで休まず走ったのは高校生時代のマラソン大会以来である


何も知らない道行く人が爆走する空を見て一瞬だけ奇異な視線を寄越し直ぐに視界から放す


日本人特有の面倒なモノには首を突っ込まない、なるべく保守的な特性の一つだ


仮に、この通りを歩く一般人の中で『空が何者かに追跡されている』と何者かに告げられたとしても少しばかり不快な顔を見せ、そそくさと足早に立ち去られるだろう


普通の人にとっての『日常』からの逸脱を確かに空は感じ取っていた


視界には確認出来ないが誰かが自分を尾行している


そいつはきっとプロ中のプロだ


姿どころか自身の陰すらも見せやしない


だが空は感じる


それは少しばかり勘が利く彼が下した己の判断だった


何かは分からない


怪しい人影なんて探偵ですらない自分には解らない


ただ密かに影のごとくすり寄ってくる尾行者の存在感が分かった


その信憑性は普段の空ならば気にしない位の小さな違和感


日常から微かにはみ出る非日常の匂い、感触


簡単に説明すればそんなものだ


無意識に誰でも感じ取れるが気にしないレベルの世界の歪み


彼をここまで鋭敏にしたのは空を逃がす際のマスターの言葉だった


『早く裏口へ!

奴はまだ死んでいない!』


それはつまり逃げろと言うこと


空はあの時、銃声で足が竦んでしまい動けなかった

それを叱咤激励したのがマスターだ

彼には感謝するしかない。いや、しても足りないだろう


確かに自分に出来ることは何もなかった

あの場にいてもマスターの足手まといにしかならなかっただろう


しかし、あの時あの場所に止まっていたとしても、もう一つの懸念が存在する


――奴はまだ死んでいない。と


これはどういった意味なのだろうか?


ゼイゼイと激しく呼気を吐きながら彼はループする思考を纏めようとする


思考すらも脳細胞は酸素を消費させる

だから運動中はなにも考えずに体を動かすことが望ましいと語られることを空は知識として心得ていた


だが、そんな事すらも気にせずに考えた


コートの男


男に対して殺気を剥き出しにしたマスター


平和な日本では決してお目にかかれないはずの鉄の殺人機械――サブマシンガン


サブマシンガンの銃弾をまともに体で浴び、吹き飛んだ謎の男


凶行の後で空を気遣い逃げろと言った何時もの優しいマスター


空には先の事件が夢であって欲しいと望む


しかし、これは悪夢にしては長すぎ、現実みに帯びていた


今は、亡霊のように自分を追跡するものから逃げることが先だ


余計な事は後から考えれば済むことである


今空に出来ることはひたすら走り続けるしか無かった


その時だ

百メートル前方の路地から黒いワゴン車が止まるのが見えた


普段ならともかくこの状況で車の一つや二つに気を配っては入られないのだが、何故か黒いワゴン車が気になった


これも直感で判断した空だが


車から降りた二人組は空の方を見た


二人は黒いコートを羽織っており、傍目から見るとかなり怪しげな服装をした男女だった

どう贔屓目に見ても恋人同士とかカップルには見えない

それとはもっと別の深い何かを匂わせる雰囲気が二人の間に漂っている


男の方は筋肉質そうな体つきをしておりコートがビチビチに張り裂ける程引き締まった体をしていた

女の方はモデルでかと見間違うかのような美人だった


勿論、そんな二人組など空の知り合いではない

変わり者の宗ならば何人かいそうではあるが


二人組が空の方を向く

その拍子に片方の男の視線を空の目が受け止めた


大男は空を指差しながら女と話している

此方からでは何を言っているか全く解らなかった


(こいつらがマスターの言っていた追っ手か?)


どうする?

空は自答した


コートを羽織った大男が体格の大きさに見合わない洗練された動作で人並みを掻き分け、空の方へと向かってくる


空は金縛りに逢ったように動けなかった

黒いコートを来た大男が自分を殺しに来た死神に見える


何故か映画のマトリックスを思い出した


後六十メートル


昼過ぎの大通りを流れていく群衆の中を縫って大男が近付く


後五十メートル


大男は人混みの中を泳ぐように進む

掻き分けわれた群衆はなんの抵抗も無く自分に向かって歩く男を通した

その様子はまるで泳法のようだ


ぐいぐいと人並みを縫うようにして空の方へと向かう


空は少し恐怖を感じた

後頭部あたりの髪についた湿気がやたらと鬱陶しく感じた


後25メートル


男は既にお互いの顔がはっきりと視認出来る距離に居る


ヤバい

と思った


何かしらあの二人組は自分に用があるらしい


空自身にあんな知り合いは居ないとするとマスターと戦っていたレインコート男の言った『追っ手』としか考えられなかった


男と再び目が合った


鷹のような鋭い視線が氷槍の冷たさと鋭さを持って空を見据える


時間が停止した


少なくとも空はそう思った

しかし、実際は空が男の眼光に萎縮したのだ


男は老け顔だが、厳つい顔立ちは意外にも整っており思ったよりは若く見えた


だが、眉間に刻まれた険しい皺とへの字に閉じられた口が全てを台無しにして男に威圧感を漂わせている


空は本能的に恐怖を悟った



(殺されるのか?俺は)



だが足が動かない


空は男の眼光をモロに受けているせいか、動かすべきアキレス腱がすっかり竦んでいた


まるで蛇に睨まれた蛙のようだ


男が歩きながら自然な動きで懐から何かを取り出した


それは喫茶店でさっき空が見たものに酷似していた


銃だ


その銃口から除く闇が真っ直ぐ空の方向に向けられている


周りの人間は気にした様子もない

まるで男の姿が見えていないようでもあるし、男の雰囲気が雑踏の人々からはあまりにも異質過ぎて無意識の内に認識の外へと排除しようとしているかのようだった


引き金に男が指を掛ける


ガチリ。という殺人機械にしてはやけに軽い鉄同士が接触するような軽い音が聞こえた気がした


その時、空は駆けた


そして銃口から螺旋の軌跡を空気中に描きながら弾丸が発射される


空には意外と発砲音は小さく聞こえた


先のサブマシンガンより銃声が小さいというのも一つの原因であるかもしれないが


しかし、その銃声は昼過ぎの通りを自分勝手に歩く雑踏を散らすには十分に過ぎた



場に混乱が訪れる中で空の姿をそこでは確認出来なかった


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ