二日目06
現在の世の中の動きを見るに小説なぞ呑気に書いている場合では無いのであるが…
「―――ッ!」
常人から見ると信じられない速さで鋭い鍵爪が迫ってくる
完全にかわせないと悟るマスターは瞬時の判断でイングラムを前に突き出し盾にしつつ、後方へ大きく跳躍した
衝撃を逃す事で辛うじて即死の一撃を凌ぐ
だが、その代償としてイングラムの機関部には男の鍵爪が深々と突き刺さり、無残な傷を晒した
機関部の損傷は銃の機構上致命的である
イングラムが使い物にならないと判断したマスターは只の鉄塊と化なってしまったサブマシンガンを男に投擲しつつ、出血する胸の傷を庇っていた手で懐から第二の武器を抜きそのまま一瞬で男に照準を向ける
男も当然それを見逃す筈もなくマスターに致命傷を与えんと信じられない速さで直進し、一気に三メートルもの距離を詰めた
マスターの握ったベレッタ拳銃が至近距離まで迫ったコートの男の頭部付近に向けられ火を噴き
乾いた発砲音が三つ連続し店内に響いた
しかし、すんでのところで男は屈み銃弾を回避
決死の至近射撃は男の側頭部付近のコートを抉り、ズタズタにするだけの結果に終わった
コートを破られた男は己の顔にかかるボロ布の下からマスターに鋭い視線を向ける
「お前は…?」
微かに口を開き驚愕するマスターを見上げ、男がニヤリと笑ったのを見たのと同時に
マスターの腹に下方から拳が突き刺さり、重たい衝撃が彼の体を吹っ飛ばした
吹き飛ばされたマスターは周囲に血を撒き散らしつつ、椅子やテーブルを弾き飛ばし派手な音を立てながら彼のの体は壁に叩きつけられた
「よくやった、
今のは俺が人間なら間違いなく死んでいた
ただ二、三年戦闘訓練を積んだだけの奴なら最初の一撃で終わっている
並の人間では人を超えたこの身に対抗する事すら出来んのだからな
―――貴様。
以前に俺と似た奴と戦ったことがあるのか?」
その言葉に反応したのか服のあちこちが破け、血で赤黒く染まった満身創痍のマスターが僅か身を捩らせる
その様子を一瞥し、男はゆっくりとまるで警戒などしていないかのようにマスターの倒れている手前の地点まで歩いてきた
「そうだったな
貴様は“組織”の一員だ
だったら実験部隊とも交戦経験があるはずだ
そう言えば…」
男は何かを思い出したかのようにコートの上から顎を撫でる仕草をした後に告げた
「俺はデジタル資料でしか見たことがないが
お前
実験部隊の初期隊と交戦して全滅させた機関の部隊のひとりだろう?
なる程
だからこそ“オリジナル”に匹敵する身体能力を持つ初期型の俺を相手取ってここまで持つわけだ
……くくく」
男は嬉しそうに笑った
コートを深々と被った得体の知れない人物が体全体を震わせて低い声でくつくつと笑い声を挙げるその様はひたすら不気味としか言いようが無い
「だが、全滅させたと言っても貴様らの方も被害は甚大だったようだな
ヒトと試作ゴーレムの肉と骨があちこちに散乱し、どちらかが化け物か嘗ての仲間達の死体の判別などあの混沌とした戦場を生んだのはお前だ
まさしく殺戮機械に相応しい
際限なく無残な死体を生むという観点から見れば貴様もその仲間も怪物だよ」
「…違う」
「ン?」
「わかる、判るさ
どんな姿になっても、仲間は仲間だ
私はあの部隊の一人だった
国と同規模の組織を敵に回していつ死ぬとも解らないその時でさえも
恐怖や困難、苦楽そして
同じ目的を遂行する為に行動した同士達だ
どんな姿になろうとも損傷の激しい死体になっても私には判別が付いた
そして、その光景を二度と繰り返さない為にも目に焼き付けた
いや、脳裏に刻み込んだ
お前達の外道を忘れず、赦さず、打倒するためにだ」
その言葉が彼に力を授けたかのようにマスターは立ち上がった
その様はほぼ死に体に変わり無かったが、男を睨み付ける力強い目の輝きは少しも衰えておらず、空を逃がした時の迫力は今だ健在であった
マスターが立ち上がる間、男は手を出さなかった
それどころか満身創痍から復活した敵を目の前にして彼も闘志が沸いている
「仲間か
お前達人間の持つそれは只の口約束だと思っていたのだがな…
面白い
俺の名前はロウガ
貴様の気迫に敬意を評して全力で戦ってやる
――――来い」
言うと同時に男はコートを脱ぎ捨てた
白日に晒されたその異様な姿をマスターは微かに息を呑んだ
ロウガは外観からして人間では無かった
体中は黒い体毛に覆われておりそれは窓から漏れ出す日光を浴びて鈍く輝いている
腕からは先ほどマスターに切りつけた鋭い象牙色の鍵爪が三本伸びており、男の攻撃性を強調するのに一役買っている
更に目を奪われるのは男の頭部
どう見ても人間の頭ではない
狼に似たその顔は目だけがヒトと同じ明確な意志を持った光を宿している
この奇妙な、化け物としか表しようのない男の容貌はさながらエジプトのアヌビスか、伝承にて語られる狼男に酷似していた
「やはり貴様も化け物だったのか
それとも被害者なのか?」
男は微かに笑った
裂けた口から鋭い牙を覗かせながら
「それを聞いてどうする
この姿は俺であり全てだ
俺の考えはお前達の価値観や論理では理解出来ないし共有も不可能だ
来い
あの子供の仇を討ちたいのだろう?
逃げたガキを今度こそ守りたいのだろう?
ならば余計な事は考えるな」
その宣言で場は静かになった
後はお互いを殺そうとする意思のみが場に充満している
ロウガは一メートル程ある己の腕より生えた鍵爪を構えてマスターに対し正眼に構える
そして、ロウガから一切の余裕や雑念が消失した
マスターは出血している箇所を庇いもせずにベレッタをロウガに向け開いた手にはゴツいアーミナイフを逆手に構える
何がきっかけとなったかは知らない
只、そこにあるのは
二人が命を懸けた死闘を再開するという事実だけが在った
私達が今まで政治に無関心だったツケを払わされようとしている
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