そういえば、女の子なんですよおれ
異世界に飛ばされたショックやらギルド立ち上げだとかいろいろバタバタしていたけど、そういえばおれは女の子になったんだよな。それも超絶美少女。
ちくせう、これがおれじゃなかったらどんなにいいことか。慣れてないせいか、鏡を見ては感嘆とため息をついてしまう。自分の顔に、だ。おれはナルシストかよ。
ヴァルデザインの無駄に華美な寝室はランプの光に照らされて幻想的な空間になっている。蛍光灯では出せないほのかな柔らかさが部屋に満ちており、おれの白色をよりはかなく輝かせてくれる。
備え付けの鏡を見て、またもため息。
めっちゃ美少女。
鼻筋から目の大きさから輪郭まで、どこをとっても隙ひとつない完璧な造形美。日本人では到底あり得ない白さを持つ肌はつややかで、流れ落ちる髪の毛もまるでシルクのようにさらさらと指から零れ落ちていく。
情欲を抱かせるとかそんなものではなく、おれならこんな顔が目の前に来たら触れもしないと思う。恐れ多すぎて薄目で脳みそに永久保存する。
鏡の中のおれがスマイルを浮かべると、うわ、なにこの美少女、そこらのアイドルなんて目じゃないんですけど誰よ。おれだよ! って理解しては悲しみに暮れる遊びをしている。あまり楽しくない。
それに、女の子ということはそれ相応の格好があるわけで。しかも、みんなから姫様と呼ばれていては、今更ボーイッシュな格好をするわけにもいかない。スカートがすーすーするってまじだったんだなあ。とどうでもいい知識を吸収してしまった。
「姫様、水差しの水を交換に参りました」
「ああ、ヴァルか。どうもありがとう、入っていいよ」
そろそろ水差しの中身がぬるくなるだろうと察して、ヴァルが部屋をノックしてきた。
おれはそれに応えると、ガチャリとドアノブが回される。現れた執事はおれを一見し、すぐさま目をしばたかせた。
「……姫様」
「え、どうしたの?」
「せん越ながら意見させていただきますと、せめて部屋着は着用なさったほうがいいかと思います」
「あっ!」
やっべえ、いつものくせで下着だけだったわ! 男だったときは部屋ではパンツとシャツ一枚のおっさんスタイルだったからな。その癖が抜けきってない。
ただ、下着を見られたというのに、予想よりは動揺してない。心は男なのだから、だからなにって感じだ。
うーん、まあいいかな。別に羞恥心はないし。
それにしても、我ながらきれいな体してるよな。隅から隅まですべすべ。陶磁のような肌ってこんな感じなんだろうな。
おれは下着姿のまま腰を何度もひねり、自分の体をしげしげと眺めた。唯一問題があるとすれば、胸がそこまで大きくないことだろう。まあでも、胸を大きく作り過ぎなかったのはよかった。肩がこるって聞くし。
「あの姫様……?」
あ、ヴァルが見てたんだった。狼は奇行に何と言ったらいいものか困っているようだったけど、強く言うことができずにそのまま尻尾をしおれさせたまま。
だけど、何か感じたらしく、凛々しい声を明瞭に響かせた。
「そういえば、姫様の湯あみがまだでしたね」
「へっ!?」
湯あみってお風呂? いや、そうだけど、今日はいろいろありすぎてそれどころじゃなかったし……。廃人生活において一日の未入浴は誤差の範囲だよ。
「申し訳ありません、私としたことが。至急、部屋を改造させます」
「え、いや、何もそこまでしなくても。みんな疲れてるだろうし……」
とかなんとかまごついているうちに、有能すぎる狼は『思考伝達』で全員に召集をかけてしまった。みんなすわ一大事みたいな体で駆けつけてくれるけどさ、おれのお風呂がまだだってだけだからね。最悪そこら辺の川とかでもいいからね?
「いけません。聞くところによると、ここら辺の水源は盗賊たちによって毒を入れられたことがあるらしく、飲み水にするには一度浄化しなくてはいけないそうです」
なにそれファンタジーかよ! ファンタジーだったわ!
おれがシビアな現実に恐れおののいていると、駆け付けたホリークがあくび交じりに提案を投げつけてきた。……いや、ちょっとまて。なんでお前裸なんだ?
「そりゃ部屋に一人なのに服とか着るわけないからな。めんどくさいだろ」
まあ、獣人特有の毛皮で何も見えてないから全年齢的に問題ないんだけどさ。毛皮というか、羽毛か。
そのほかの全員が廊下でこっちを見ているが、いろいろ個性ある服装だ。気張った装備品とかじゃないし、ちょっと親近感がわく。
「んで、姫様の湯あみだが、水も魔法で生み出せるし、お湯を沸かすのだってできる。だから、ちょっと待っててくれればシャワー付きで作るから、あと少しだけ辛抱してくれ」
「ホリーク、姫様の前でそのようなだらしない恰好をするな。ほら、これで隠せ」
「いいだろ別に、姫様も気にしてなさそうだし。どうせ風呂を作るんだ、水場仕事をするにはうってつけじゃないか」
それでもとヴァルは持ってたナフキンを投げてよこし、ホリークが煩わしそうにそれで股間を隠す。なんか堂々としてたほうがまだましだったんじゃないのかこれ。どうせ見えないんだし。
とかなんとか思ってたら、ヴァルさんが唐突に爆弾発言を落としてきやがった。
「では、建設はホリークに任せるとして。姫様の湯あみは、ブレズに任せよう」
ちょっと意外そうに尻尾をくねらせる竜。こいつは律儀に質素な部屋着を着てる。ゆったりした服でなくきっちり着こなせるものを好むのは性格が出ているが、そのせいで体格がより誇張されていかつさが半端ない。この異人の町においてでさえ合うサイズがない特大のドラゴンは、あごの下をさすってヴァルの真意を問いかける。
「ふむ、かまわんがその心は?」
「お前が一番抜け毛の心配がない」
「道理。謹んで受けよう」
いやちょっと待って待って待って。さらっと流したけど湯あみ担当ってなに?! 別に風呂ぐらい一人で入れるからね!
確かにやんごとない身分の方はそうかもしれないけど、こちとら引きこもりの現代人だぞ。無理に決まってんだろ。せめてお風呂は一人でゆっくりしたいぞ。
「おれも! おれも!」
「馬鹿も休み休み言え」
ハンテルさんの挙手は見事にばっさりされました。ちなみにハンテルさんはおれと似たような感じで、シャツとパンツだけって感じだ。ラフな格好が好きなんだろうな。
部屋着とかはおれが設定した装備品ではないので、各々の好みが如実に反映されている。個人差があっておもしろいなあと思考がそれていたら、長い耳がぴょこんと視界に入ってきた。首を傾けると、ウサギの子が首をかしげて見上げているのが目に入る。
「ねえ、姫様、だったら僕、今から薬草をとってこようか? 入浴剤とかあったほうがいいよね?」
うお、子供らしいだぼだぼパジャマだ! あざといところ狙ってきたなこいつ!
「ん、どうしたの姫様?」
いかんいかん、天然あざといレートビィに思わずつっこみを入れてしまいそうになった。
でも、もう夜になるんだし、こんな子供を森へ行かせるのは鬼じゃなかろうか。
「子供じゃないよっ。だから全然大丈夫」
おっと、ちょっとむきにさせてしまった。かわいいなあ。
って違う! そうじゃなくて、おれは一人でも風呂にはいれるんだって!
などと抗議しようとしておれだが、ここでとんでもない事実に気づいてしまった。
……だれもおれの姿に頬をそめない、だと。
今のおれは完璧な美少女であり、加えて下着姿だ。陶磁器を思わせるすべらかなおなかとか太ももが丸出しですけど。確かに質素すぎて色気のない上下セットだけど、それでもこの美貌だぞお前ら。もっと男としていうべきことないの? ねえ、ねえ。
まさか、ひょっとして、自分のことかわいいと思ってるの、おれ、だけ……?
くそナルシストかよーー! うっそだー、こんなにかわいいのにみんななんで食いつかないの!? この世界の美醜センスだと歯牙にもかからないってわけ!? ありえねーーっ!
あまりのことに足元がぐらつく。衝撃過ぎる。おれのことかわいいと思ってたのはおれだけだったなんて。あとこの字面やばい。
も、もったいない……。だったらおれが彼女にほしいくらいだぞ。つくづく自分であることが恨めしい。
ふらついて倒れそうになるおれは、最後の望みをかけてすがるように聞いてみた。こういうのはお世辞でもきちんとほめてくれそうな……ハンテルかな。
「なあ、ハンテル」
「なんだ姫様」
「おれって、その、か、かわいい、か?」
うおー、恥もプライドもなく肯定欲しさに従者に問いかけるみっともない男おれー!
でも、これでかわいくなかったら、おれは何をかわいいと思えばいいんだ。世界の価値観を教えてくれ頼む。
絶望まみれのおれだったが、ハンテルは当然のようにそれを一蹴した。
「え、当然だろうが。姫様より可愛い女性って想像つかないぞ」
「ふふ、ふ、ありがとうハンテル……おかげでちょっと立ち直ったよ」
「いやいや、嘘じゃねえから。姫様は世界で一番きれいだといわれても驚かねえよ」
おれが落ち込んでいると見抜いたハンテルは、おそらく慰めようとしたのだろう。そのまま部屋に一歩足を踏み入れて。
「はあああああああっ!? 姫様なんて格好してるんだよ!?」
形相をものすごい驚愕に彩った。古典的なビックリマークが頭上に幻視できるほど見事な表情を浮かべて、虎は牙を見せつけるようにあんぐりと口を開けた。
「っち」
隣ではヴァルが盛大な舌打ちをして、犯人ですよと名乗りを上げる。え、なに、これどうなってるの?
「いや、え、え、ちょっと、待って! ヴァル、お前幻覚系の魔法を使ったな!」
「当たり前だ。姫様の神聖な肌を、そうやすやすとさらすわけないだろう。ほら、部屋に入ってくるな」
「お前が呼んだんじゃねえか!」
とか何とか言いつつ、真っ赤な顔ですぐさま撤退する肉食獣。毛皮越しにでもわかる赤面で、他の面々が何事かと首をひねる。
だが、ホリークだけは察しているらしく、頭をぼりぼりかきながらけだるげな声で解説してくれた。
「そのドアのところにな、幻影を見せる薄い膜があるんだよ。こういう回りくどい手はヴァルの得意技だな」
「くっそぅ、油断した。いつもなら絶対に気付いたのに」
「まあ、ヴァルの練度はシャレにならんからな。普通なら見抜けないだろう。おれだってちょっと違和感を覚えるくらいだ」
「だったら教えてくれよ!」
「向こうがどうなってるか、誰か確認してくれないかなって思ってたんだ。お前の反応で大体察しがついたよ」
器用にくちばしをゆがめてにやりと笑うホリークに、ふてくされたようにそっぽを向くハンテル。呼んだのはおれだし、申し訳なく感じて一歩踏み出すとヴァルとホリークに止められた。
「お待ちください。ここを出られては先ほどの二の舞です。なにか羽織られてからのほうがよろしいかと」
「そうしてくれ姫様。さすがにそのまま出られるとブレズが卒倒する」
「私が?」
ハンテルの反応を見ても首をかしげたままの超絶ピュアな竜と兎を思うと、確かにそんなことはできない。その反応をみたい気持ちも当然あるが、ハンテルの反応でだいぶ留飲を下げたのでそんな悪魔のささやきに屈しない。
ヴァルがおれの下着姿を隠してただけで、魅力がないわけじゃなかったんだな。よかった、美少女の面目躍如だわ。
これで気持ちよくお風呂に入って寝れるな。よし、湯あみの件は断固拒否しよう。
だが、ここに不機嫌をこじらせた獣が一匹。湯あみ係は断られ、幻影にひっかかりと、いいところが一つもないハンテルだ。あげくに呼び出されてきたのに仕事がまったくなかったときた。これじゃあさすがにへそを曲げるのも無理はない。
おれがあとちょっと早く慰めに向かっていればよかったんだけど、虎はこんなものがあるからと八つ当たりのようにヴァルの魔法を解除した。解除、してしまった。
「ふん、こんなもの場所さえわかればすぐに解除できるんだよおれなら!」
「あ、この馬鹿!」
ホリークが止める間もないほど、ハンテルは素早くドアに向かって爪でひっかくようなしぐさをする。そうすると、ドアを覆っていた膜があっさりと切り裂かれ、おれの下着姿がさらされることになった。
まるでカーテンが緩やかに開くように、現れるおれの肢体。この中の誰とも違うきめ細やかな皮膚が、ランプの光を浴びて薄く輝いている。見るものが見たら人形かと疑ってしまうほど精巧な美を持った白い姿が、下着一枚であることがばれてしまった。
「あわわわわ、ごめん姫様!」
自分のしたことを悟ったハンテルは両手で顔を覆って廊下にごろんと転がった。これ以上見ないからという紳士アピールのつもりだろうが、もう台無しだからなそれ。
「姫様だめだよ、ちゃんと着ないと。風邪ひいたら大変だよ」
レートビィは照れるでもなくただおれを気遣ってくれる。ここら辺は純粋な子供が強いな。ませてない分その忠告は素直に受け止められる。これから気を付けます。
ホリークはじっと猛禽類の目でこちらを凝視しており、感心したように何度も何度も頷いていた。照れはないようだけど、若干視線が食い気味だ。
「さすが姫様。芸術品のような美しさだな。でも、それは隠しておいたほうがいい。残念ながら、周りの男には刺激が強すぎる」
自分がかわいいか自信を無くしたからって、ここまでしなくていいんですよ神様。というかヴァル。結構ひどい惨状じゃねえかこれ。
う、そりゃ中身は男だけど、体を見られてそんな反応されると嫌でも意識するというか、だんだん恥ずかしくなるというか。こうやって自意識って膨らんでいくんですね。くそう、中身が女の子に近づいてるみたいでなんかやだ。
そして、残ったブレズさんはというと。
「…………」
ものすごく固まっていた。脳が情報を処理できていないみたいで、さっきから微動だにしていない。
ひょっとして、目を開いたまま失神してる? 誰もが心配し始めたとき、ついに巨竜が動いた。
「申し訳ありません!」
飛び上がり、流れるように土下座を決めた竜。そのまま何度も頭を床にたたきつけていく。
鈍い音が鼓膜を揺らし、痛々しさに自分のおでこも痛くなっていく気がする。改築したばかりの床にひびが入っても、ブレズは上下運動をやめない。ギルド全体が揺れてるんだけどさ、どんだけの勢いで頭突きしてるの……。
「申し訳ありません! よりによって、このブレグリズ、婦女子の柔肌を無遠慮に見てしまうなど! なんたる不敬! なんたる背徳!」
「そこまで、しなくても……おれも悪いんだしさ」
「いえ、いえ! すべては自分の不徳の致すところ! すぐさま目を背ければよかったものの、見とれて……ああ、なんと我が意思の脆弱なこと! ほかの誰でもなく、私は自分が許せません!」
うん、これからはきちんと部屋着を着よう。やっぱり、おれは美少女だったわ。自分が思ってた以上に。
おれは賑やかになった眼前を見て、どうしたものかなあと頭を抱えるしかできない。
ヴァルは背中から暗黒オーラをゆらりと放出させてハンテルを踏みつけている。ダメージはないが、なすがままにされてるってことは罪悪感があるんだろう。おれも罪悪感あるわ……まさか下着だっただけでこんなことになるとは……。
「ふーむ、やばいな。まさかここまで神々しいとは。女に興味なんてなかったが、やっぱり姫様は別だな」
何がやばいんだ何が! 研究馬鹿で色恋沙汰とか絶対ないであろうホリークにまで言われると、羞恥が勝ってきたぞ! おれの自意識がこれ以上肥大化する前に、みんな逃げて!
レートビィは何が起きているのか理解できずに、ただブレズの周りでおろおろするばかり。男の持つ煩悩とはまだ無縁の幼子には、この心境はわからないだろうなあ。
いろんなことが怒涛にあった初日の締めがこれか。最後まであわただしい一日だった。
でも、なんだかこいつらに親近感を覚えたのも事実だ。見た目こそファンタジー色が強すぎるけど、中身はおれと変わらない。怒るし照れるし恥ずかしがるし。きちんと感情を持った生き物だ。ゲームのキャラクターなんかじゃ決してない。
それが分かっただけでも、まあ、いいということで。以後部屋着は絶対着用します。
おれは、そう固く誓うのであった。