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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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(番外編)後日談:ネースト

これで最後になります。

「ほいほいっと、これで義理は果たしただろ」


 ネーストにあるギルド兼王宮予定地のホールに楽しそうな声が響いている。縞模様の尻尾をくねらせて、のんきが形になった声音に合わせて踊っているようだ。


「というわけで、物資とお金のことは頼んだぜ。色を付けてくれよ」


 虎がしゃべりかけているのは鈴のような物。しかしそこに音を奏でるための芯はなく、一見してそれが通信魔道具であると気づく者はいないだろう、ビストマルトで開発中の魔道具ベルベルを持って、ハンテルは誰かと通話している。


「そりゃ、うちの国は戦力こそ最強だが、新進気鋭過ぎていろんなもんが足りてねえ。まあ戦勝国として、がっぽりいただく予定だから。そこんとこよろしく」


 向こうでなんと答えが返ってきたのか。それを聞くものは虎しかいなかったが彼は楽しそうに笑った。


「大国からしたら安いもんだろ? それに、お前の大事なツキガスを生かして返してやったんだからさ。そこは頑張ってもらわないと」


 戦争になると知った『彼』が帰る前にハンテルに持ち掛けた取引ごと。このベルベルとともに持ち寄られた取引を、ハンテルは当然のように快諾した。


「『ツキガスを生かして返す』、約束は果たしたはずだ。だからお前も『物資の融通』を頼むぜ。これからが正念場なんだから。ってか、そんなに大事なら戦争なんかに送らなきゃいいのに。まあ、あいつなら振り切ってでも来るだろうけど」


 そこでハンテルが大きく笑い声をあげた。向こうにいる獅子から何か変なことを言われたのだろう。


「お前が秘密にしときたかったらそれでもいいさ。おれはべつに姫様にばれても何の問題もないし」


 おそらく、これがばれるとあのツキガスが落ち込むからだろうとハンテルは思っている。

 真面目な彼からしたら、その約束で自分だけ助かるなんて我慢ならないだろうから。そこからこじれて、せっかく将軍職まで持ち込んだ手駒を失うのは悪手だ。策士としても、友人としても。


「いやーさすがの観察眼だと思うぞ。姫様が誇る従者の中で唯一、おれだけが『姫様の利益のためなら裏切れる』と見極めたんだからさ。えらいえらい、やっぱぶっ殺しておくべきだったかなあ」


 他の面子は言わずもがな。ヴァルですら、見下している相手からの取引なんて一笑に付して終わりだろう。

 ハンテルだけが、この取引に乗ってくれる唯一の可能性だった。


 それに、裏切りと言ったがハンテルに裏切っているつもりなど当然ない。別にこの程度の取引、後々ばれたところで何の問題にもならないからだ。彼の主のためにこっそりと進めていた、それだけの話。


 ただ、秘密にしているだけ。


(だけど)とハンテルはにやりと笑む。先ほどとは違う、ちょっとだけ陰のある笑みで。


(だけど、秘密っていうのはそれだけで毒になる。猜疑はいつか確実に牙をむく。おれらの結束を緩めるための、実るかもわからない策事ってとこか。ほんっとにさー、こいつ殺しておくべきだったんじゃねえかな)


 罪悪感をゆっくりと積もらせるための下準備と言い換えてもいいだろう。秘密というのは抱えているだけで重荷となる。それをこうやって使うのだと知らしめているようだ。遅効性の毒を巡らせていき、時間がたつごとに彼らの結束にしみこんでいくように。


 もちろん、彼にとってツキガスが大事だったのは本当だろう。だけどそれだけで終わらないし終わらせない。あの獅子は利益をちらつかせながらこちらの心臓を狙い続けている。


(こんなこと持ちかけられたのはおれだけだろうけどさ。むしろおれ以外なら確実に姫様の耳に入ってる。おそらくは足掛かりにするつもりなんだろうな。おれから猜疑を広げていく、感染源として)


 猜疑は猜疑を呼び、疑心暗鬼をばらまいていく。強固な忠誠心を内部から腐らせていくつもりだろう。確かに、戦力で勝ち目がないのなら有効打だ。戦争に負ける前提で動き続けた慧眼は、脅威と言って差し支えない。


「できれば資材は原料系がいいな。加工はこっちでやるから。そうそう、おれら独自の文化は金になると思うぞ。って考えたらお前はその流通を押さえることができるポジションにもいるよなあ。つくづく抜け目のないやつだよ。まあ、おれらはお金さえ弾んでもらえればそれでいい。ビストマルトの勢力闘争なんて心底どうでもいいからな」


 ハンテルにとってこれらのことすべてが想定の範囲内だ。秘密を毒とすることも、流通経路を確保されることも。


 あの戦争で誰もかれもがわかったに違いない。この国では戦争で勝てないと。


 だから、次に行うべきは戦争以外の勝利。それは国として、いかにネーストを崩壊させるかでもある。


(それに、国さえなくしてしまえばおれらを自陣に呼べる可能性もある。そりゃ躍起になるってもんだ)


 今回の戦争で彼らの主こそ弱点だと知れ渡ったはずだ。彼女の優しさと、戦闘能力のなさ。それこそ、突くべき隙であると。

 獅子の一手こそそれにほかならず、こうして回りくどい手でじわじわと攻めてきているのだ。自分の利益を守りつつ、こちらにおもねりつつ、そしていつか寝首をかくために。


(そんなことはおれがさせない。姫様の絶対の盾であるこのハンテルの名にかけて、あらゆる害悪をはじき返してみせる)


 綺羅星のような決意を胸に秘めつつ、それをまったく表に出さないままハンテルは通話を続けていく。声だけなら、いつも通り軽薄な音にしか聞こえないだろう。


 そのまま会話はつつがなく進行し、これでおしまいかと思ったその時だった。


 獅子が、何かを問うた。


「あ、なんだ?」


――――君らはあのお姫様を神様のように扱うね。ただ、玉座は人のものだ。


「何が言いたいんだ?」


 虎の耳を打った声は、そのまま脳みそを揺さぶった。


――――君らは、神を人の地位に縛り付けて、何をしようとしているんだい?


 しまったと思うが反応するのがわずかに遅れてしまった。それでも切り返しの速さはさすがだが、動揺を悟られたことは否めない。


――――君らは何かにおびえているように見えるのだけど、気のせいかな?


「別に、大した意味はねえよ。ただ、姫様こそ王様にふさわしく、お前らの好き勝手に巻き込まれることがないようにしたかっただけだ」


 それだけ確認して、獅子は満足そうに通話を切った。

 やっぱり殺しておきたかったなあとハンテルはイラつきのままベルを置き、ふてくされた顔であたりを見回した。


「とまあこんなところだ。何かあったらおれの潔白を証明してくれ」

「その時が来たら真っ先に首をはねてやるから覚悟しておけ」

「おれの話聞いてた?!」


 ハンテルが大仰に突っ込みをいれたのは黒狼のヴァル。ヴァルはハンテルの隠し事を確認して、つまらなさそうに冷たい目で虎を見る。姫君相手には丸くなった彼も、まだまだ鋭利な氷のような精神は溶けきっていないようだ。


 次に口を、くちばしを開いたのはホリークだった。


「大体の流れは確認した。お前が裏切っていないことも把握した。それでいいだろ。おれはもう帰るぞ」


 めんどくさそうに頬杖をついていたホリークが背筋を伸ばしながらうめく。呼ばれてきたのはいいが、こんなつまらないことだったとは。と、隠すことなく顔に書いてある。ハンテルから一言添えるだけで納得するだろう彼からしたら、こんなことはただの確認作業だ。


 おそらくそれはヴァルも同じ。彼らは姫君への忠誠において、誰も疑うことのないものだと認識を共有している。たとえ毒が回り切ったところで暴露されても、あまり効果はなかったであろう。

 それでも秘密を共有することで毒を薄めるくらいの対処は必要だ。少なくとも、ハンテルはそう思っている。


 ここにいるのは彼ら三人だけ。ハンテルが聞かせても問題ないだろうと判断した、顔色を装える曲者三人。

 残念ながら竜と兎は隠し事が死ぬほど下手なので除外されてしまったようだ。姫君も合わせると、半分くらい隠し事に向いていない性格ということになる。


「まあ待てって、まだ話は終わってないんだ」

「なんだ、まだあるのか」


 立ち上がったホリークをハンテルが止めて、もう一度座らせる。本でも持ってくればよかったなとホリークは思いながら、しぶしぶ最後まで付き合う態度を見せる。


 ヴァルも動きを見せないことから、ハンテルはさっそく口火を切る。ここからが、彼にとっての本題だ。


「たぶんさ、お前らは気づいてると思うんだ。姫様が『気づいていない』ことに」


 間があった。明確な空白は互いの腹の内を探っているようで、それでいて確信を深めていくだけの時間がそれだ。


「……姫様が最初おれらを集めたとき、『他の子は来ていないのか』と問うた」


 ホリークがぽつりとしゃべる。やはり気づいていたとハンテルは納得し、ヴァルも声を上げないことから同じだったのだと確信する。


「おれからすれば、それはおかしい問いかけだった。だって、おれらは姫様に作られ、この世界で生かされている。なら、当然姫様は『誰がここにいるのか把握している』はずだ。それでも我らの同胞を探すということは、あの質問は自分の作った子が『この世界』にいるのかいないのか、という意味となる」

「そしてそれをわざわざ確認するということは、姫様は自分がこの世界に呼ばれたことがアクシデントだと思っているということ」


 次にヴァルが受け継ぎ、パズルのピースをはめていく。心の底でたまっていた(おり)を吐き出すように。


「つまり、姫様は『我らによって呼ばれた』ことを知らない」


 狼の声が、ホールに響く。小さな声であるはずなのに、彼ら全員にしみわたっていく。


 最初彼女が目を覚ました時、少し歩けば離れたところに魔法陣が見えただろう。

 ハンテルとレートビィが倒れていたのは、彼女を呼ぶための魔力を気絶するまでふりしぼったから。


 姫君が来る前、彼らが目を覚まして感じたことは途方もない絶望だった。

 主がいない、神がいない、彼らを作ったあの方がこの世界のどこにもいない。それを本能で感じ取ったのだ。彼女は彼らを作ったものの、目的を与えなかった。膨大な力だけを詰め込まれながら、振るう先を持たない木偶人形だった。


 だが、彼らには神を呼ぶ技術があった。


 周囲の状況を確認するよりも早く、目的を見つけるより早く、彼らは彼女()を呼んだ。空白の目的を、彼女に設定してほしかった。


 一目お会いして、言葉を受け取って。それだけでよかったのに。


「だから、姫様は我らによってこのような不条理にさらされていることを知らない」


 最後、言い切ったヴァルの声には多大な沈痛な色が含まれていた。


 彼らが呼んだから、彼女はその優しい心を傷つけられてしまった。泣きながら傷ついて見たくもない死を見続けた。


 ああ、だとしたら、どんな顔で告げることができるのか。彼女が傷つき悩みそれでも進んでいるいばらの道を用意したのは自分たちだと。これから降りかかる災難すべての発端は、彼らの愚行だと。


 もしばれたら嫌われてしまう。彼らの忠誠心の柱が、根元から折られてしまう。

 それは、死ぬより恐ろしい。どんな拷問よりつらく、そのまま自死することもいとわない結末だ。


「きっと姫様は帰る方法を持っていない」


 ここまでの行動を見て、ハンテルたちは確信している。


 彼らは、帰る方法も持たない姫君を呼び出したのだと。


「つまり、おれに死ねということか?」


 ホリークが淡々と問いを投げかける。そこには怒りも悲しみもなく、ただ求められればすぐにでも首を斬るという意思があった。


 召喚獣は術者が死ねば消える。それは先の戦争で天級モンスターを前にしたビストマルトも狙っていた手段だ。


 同じことが彼女にも言えるはず。ハンテルとヴァルはそう考えていた。


「……普通に考えたらそうなんだが」


 珍しくホリークの口がはっきりとしない。つねにばっさりと正面から切り込んでいく彼がこんなふうに言葉を濁すということは、何か釈然としていないことがあるに違いない。


「どうも、おれと姫様の線が切れてるみたいなんだ」

「つまり、今の姫様は召喚獣扱いじゃないってことか?」

「そうなるな。おれとしても不思議なんだが、どうやら召喚したというより、『新しい肉体で生まれ変わった』に近い現象なんじゃないかと睨んでいる」

「そんな魔法じゃなかったはずだが?」

「ああ、おかげでおれも困惑している。おれらは姫様を召喚したはずだ。だが、この現象を説明するにはそういうしかあるまい。あの方は確かに、この世界の住人として生きている」

「……つまり、戻し方はわからないってことか」

「今の姫様は完全にこの世界の住人だ。召喚獣を戻す魔法じゃなく、別の世界に転移させる魔法が必要になる。そして当然、おれにそんな魔法はない」


 沈黙が彼らに舞い降りる。戻す手段がないのなら、彼女が帰りたくなった時はどうすればいいのか。

 それが怖くて、彼らは黙っていた。彼女がそばにいるという幸福を噛み締めながら、その時が来ないことを願って。


 あの獅子は神を人の地位に縛り付けて、と言った。

 違う、事実は逆だ。


 彼らは少しでも彼女を高みへ返そうとしたのだ。神の国にいたであろう彼女が、少しでも近づけるように。

 そして、退屈しないように贅を尽くした生活で満たし、娯楽を提供するには王という立場はやりやすかった。彼女が退屈してこの世界に嫌気がささないように、王様という地位は必要だったのだ。


 彼らはすでに気づいている。彼らもこの世界に産み落とされたのはイレギュラーだと。他ならぬ姫君の態度が、それを肯定していた。


 そんなイレギュラーに姫君を巻き込んだというのなら、それがばれたらどんな顔をされるのか。彼らの中の誰一人、それを確かめる勇気はない。

 世界の崩壊に等しい絶望が、その先に待っているのかもしれないのに。


『ヴァル、大好きだ』


 だが、彼らの中でたった一人、ヴァルだけがわずかな希望を胸に灯している。


「……姫様」


 ヴァルの腕にはまだ彼女のぬくもりが残っていた。邪悪なんて大したことはないと体すべてで表現してくれた彼女の白色が、今もまぶたの裏で輝いている。

 必要だと言って、抱きしめてくれた。細くてきれいな体。傷だらけになって涙をこぼしていたけど、笑顔でヴァルを受け入れた最愛の主。


 ひょっとして、とヴァルは淡い期待が芽生えることを阻止できない。彼女の優しさは、確実にヴァルを救ったのだから。


 彼女なら受け入れてくれるのかもしれない。自分らの過ちを、襲い掛かる不条理の根源を。


 昔のヴァルなら絶対に思わなかったことだ。自らの失態をさらけ出し嫌われてもいい覚悟など、あるはずがなかった。彼女の寵愛を失うことは存在意義の消失で、世界に絶望して死ぬしかなくなってしまう。


 そんなヴァルが、もしからしたらと思ってしまう。彼女がわがままを通したように、もしかしたら、自分のわがままも通るのではないかと。彼女のそばで、その笑顔をずっと見ていられる夢を。


 あの細い体の感触は、今でも忘れられない。戦いなんて全くできないのに、自ら傷つきに行って、それでも笑顔で慰めてくれた。それがどれだけ尊いことか、きっと彼女はわかっていないだろう。

 そして、それがどれだけヴァルを救ったか、絶対に気づいていないに違いない。ヴァルはもう、自らの邪悪に遠慮することはないのだ。


 ここにいる三人の中でヴァルだけが、その優しさに触れている。

 だからこそわかるのだ。


(彼らを説得するのは不可能だ)


 いかにヴァルが姫様なら打ち明けても大丈夫だと語ったところで、二人は納得しないだろう。なぜなら、口を噤んできたヴァルも同じ気持ちだったのだから。あの優しさを踏みにじることがどれだけ怖いかなんて、痛いほどわかっている。


 嫌われてしまうかもしれない。その可能性だけで、彼らは毛皮を恐怖で逆立てる。

 

 言えるはずがない。それはわかる、でも――


(姫様なら、きっと……)


 胸に残る華奢な体の感触をヴァルは信じている。

 否、信じることができるようになった。彼女が体を張って、ヴァルへの親愛を表現したのだから。信じないことこそ、彼女への侮辱だ。


(姫様の優しさが、彼らにも届くといいのだが……)


 彼女がもっとみんなと仲良くなれば、きっとこんな澱など消えるだろう。

 だけどそれはヴァルの役目ではない。彼はそれを自覚して、秘密を共有し続ける。


「ブレズやレビィがうっかりしゃべっちまうのが問題だな。そうならないように手を尽くすとして、姫様がおれらの秘密に気づく前に、異世界への転移魔法を探す。当面の目標はこんな感じか。……で、いいよなヴァル?」


 ハンテルが物思いにふけっていたヴァルに問いかける。狼は平然と頷き、それを了承する。内心はおくびにも出さないまま、彼らの行動を見守って。

 この希望があるかないかではだいぶ違うだろう。ヴァルはそれを持っているがゆえに、秘密が孕む毒には耐性がある。


 あの獅子の策事など、全く必要なかった。彼らはすでに、世界の終わりにも等しい秘密を抱えているのだから。


(姫様)


 もちろんこんな希望などヴァルの希望的観測だと承知している。実際は怒り出すかもしれないし泣き出すかもしれない。その結果見捨てられたら、その時は潔く死を選ぼう。


 だが、そうならないという希望が胸にある限り、ヴァルは彼女のそばに立ち続けるだろう。

 それこそが、彼のわがままなのだから。


(どうか、彼らにもその慈悲をそそいでやってくださいませ)


 決してばれてはいけない策事を前にして、ヴァルは切に願っている。彼らにも希望を。姫君がともに歩んでくれるという夢を。


 そして、ずっと自分のそばに。


****


「えっと、もう一回言ってくれるかな」


 おれは自室でブレズからの言葉をうまくかみ砕けなかったので、お願いしてみた。ブレズはお任せあれと胸を張り、またも朗々と低くかっこいい声を響かせる。


 それによると、戦争に勝ったのでたくさん物資が来るよ! 

 あと人材も足りないだろうからこっちで派遣するよ!

 それで飛び地の整理を手伝うから軍隊を常駐させてね!


 ってことだな。物資はわかるけど、なんで軍隊までくるんだ?


 おれが首をひねるとブレズも続けて首をひねる。知恵者がいないとその意図が全く把握できないから困るね。


 おれはいつも通り真っ白できれいな服を着て、執事服のブレズと一緒に目を点にしている。手伝ってくれるのはありがたいけど、常駐ってなんでだろう。安全保障条約的な感じなのかな。


「おそらくは、我らの国をあきらめ、ヨルドシュテインへ攻め入るための準備でしょうか」


 そばに来ていたヴァルがお茶を入れながら解説してくれる。ようやく戻ってきた平穏が湯気でくゆり、香ばしい匂いで鼻腔をくすぐった。


「もともと今回の騒動の発端はビストマルトとヨルドシュテインの戦争への布石でした。我らの行動でそれが阻害されてしまったので、最初の案に乗ることにしたようです」

「最初の案って?」

「飛び地を譲るのでポータルの管理費で稼ごうという案です。今は手伝いと言う名目で常駐しますが、のちに大金をはたいて同盟を持ちかけてくるつもりかと思います」

「飛び地に軍を常駐させて、ヨルドシュテインを攻め込むからってか」

「ええ、そうすると否応なくノレイムリアと我が国は巻き込まれますね。ですので、勝ち馬に乗るためにもしっかりと今後を見極めておきましょう」


 うーむむ、案の定どんどん話が難しくなっていくなあ。やっぱりおれに王様ってできる気がしない。


 でも、やるって決めたんだ。弱音ばかりはいていられない。


「それで、その軍隊っていつ来るんだ?」

「今日ですね」

「今日?!」


 待って待って、おれ全く話聞いてない。なんで肝心なところで情報伝達が事故ってんの。


 思わずお茶を噴いてしまうところだった。美少女として落第点の醜態をさらす前に切り抜けてよかった。が、その話早すぎないかな?


 おれがつっこみを連打すると、ヴァルが非常に申し訳なさそうな顔になってしまった。すると、戦争で震えながら土下座していた姿が浮かんでしまうのでメンタルによろしくない。

 違うんです、おれはヴァルを泣かせるつもりなんてないんですよ。


「申し訳ありません。姫様が寝込んでいた時に決まったことですので……こちらの不手際です。姫様には今回の報告だけで済ませようなど、自分の考えの甘さにほとほと嫌気がさします」

「それはしょうがないかあ。回復したのもついこの前だし、役に立てる気がしないもんな」


 ヴァルが泣くなどというUMAなみに珍しいことが起こるわけもなく、ただただ申し訳なさそうに話しかけられる。

 言いたいことももっともなので、おれはそのままお茶を流し込む。回復してしばらくはおれの負担を減らすために、みんなを働かせすぎてるからな。なんで教えてくれなかったんだとはあまり言いづらい。


 そこで間をきれいにとりもってくれるのがブレズという男だ。彼はにっこりと笑ってほんわかした空気を流し込む。


「でしたら、今から来る軍の隊長は姫様が面談なされてはいかがでしょう。確認事項の共有だけですので、簡単に済むかと思います」


 ごつい顔にふわっと笑みを浮かべて、おれでも役に立つんだよと背中を押してくれる有能。


「そうですね。私が対応しようかと思っておりましたが、姫様がお出になるのでしたら補佐として同席させていただきます」

「ええーっと、じゃあ、お願いしようかな。何すればいいんだ?」

「いえ、ただ今回の発展工事がどれほどの規模か、目標は何なのかという確認です。すでに案は送ってありますので、確認の意味で姫様もご清聴ください」

「なるほど、それは聞いておきたいな」


 というわけで、その使者がそろそろ来るというのでおれはホールへと向かう。前まではただのギルドホールだった場所は、今では来客との面会用になってしまった。


 軍が来るということは、ビストマルトの将軍の誰かが来るということだ。おれが知ってるやつが来るのかなあ。今のところ見た将軍すべてが人格者でギャグキャラなんだけど、大丈夫なんだろうか。


 ヴァルを引き連れてホールへと近づいたとき、声が聞こえてきた。どうやらすでに待ってくれているようだ。


「本当に本当だな。これで行けばいいんだな?」

「もちろん、たまには私の言葉を信用してくれてもいいじゃないか。これでも男遊びは君よりずっと造形深いんだよ」

「日頃の行いのせいでいまいち信用できねえんだよ。それにあの方は男じゃねえし」

「似たようなものだよ。ついてるかどうかの違いだけで、プロセスは一緒さ」

「ぶん殴るぞ!」


 あ、もう嫌な予感しかしないわ。


 漏れてきた声はどう聞いてもなじみのもので、今から頭痛がしてきた。ギャグキャラの中のギャグキャラが扉の向こうにいる気がする。


 すでにめんどくさい展開が脳内で上映されているが、ここまで来て引き返すわけにもいかないよなあ。


 おれは全力で帰りたい欲求を押さえつけ、扉を開けるヴァルを止めることなく前を向く。本心で言うならすっごく止めたかったんだけど、なんかもうどうにでもなれって気持ちになりました。


 扉を開けるとそこにいたのは案の定、熊と獅子の男。こうしてみるとビーグロウのほうが身長高いんだなあと、無駄なことを考えてしまった。


「お久しぶりでございます!」


 おれを見たツキガスが目をぱあっと輝かせ、即座にひざまずく。仮にも他国の将軍がこんなに簡単にひざまずいていいの、とは思う。


 そんな彼は手に大きな花束を持っており、それは真っ白な花で作られていた。おれに合わせた純白のブーケを掲げるツキガスは顔を真っ赤にしており、茶色い毛皮をよりきれいに発色させている。


「このたびネーストの発展に尽くす任を拝命したサウステン=ツキガスでございます! 貴方様のために、全力を持って任にあたりましょう!」

「口調もどってないかなこいつ」


 おれの生理的に無理って発言をもう忘れたのかよ。隣のビーグロウがにやにやしてるのがすっげえむかつくから何とかしてくれ。


 あ、いや、でも今は王様と将軍という立場での公式の会見か。そりゃ言葉使いも硬くなるか。


 ツキガスはその立場からいつもの鎧姿でびしっときめている。その手に持った花束をおれに向けたまま、受け取ってくれるのを待っているようだ。


「この花束は私の気持ちそのものです。どこまでも白く、貴方様に染められた恋の奴隷でございます。貴方様がいなければ呼吸することもできないほど胸が焦がれる哀れな私をどうかお救いください」

「うんうん、よく言えたね。これでぐっと好感度アップだよ。後は最後に、できればベッドの上で、とかつけるとなおよかったよ」


 隣のビーグロウが小さく拍手をしている。ってお前の差し金かよ。だからそんな歯の浮くようなセリフは寒気がするって言ってんだろうが!


「どうしましょう、殺しますか?」


 ヴァルが聞いてきてくれるけど、その眼の本気っぷりにビビる。あれはおれがうなずけば情け容赦なく首を狩るぞ。それほどまじで凍てつく目をしている。


 前には花束を受け取ってほしいとキラキラした目を向けるツキガス。

 後ろでは殺意をいかんなく発揮しているヴァル。

 そしてツキガスの横で楽しそうな傍観者を気取っているビーグロウ。


 あー……なんだか懐かしいなあこのドタバタ感。王様になったらもっと胃が痛くなるような雰囲気ばかりだと思ってたよ。今でも別の意味で胃が痛いんだけどさ。


 飛び地の発展と、それを援助しようとするビストマルト。


 さてさて、今度はどんなめんどくさいことが起こるのやら。


 おれはできるだけそれを受け入れようと決意して、花束を受け取った。にっこり微笑むと、目の前の熊から鼻血がたらり。


 王様になって、もっとみんなと仲良くなって、頑張って生きていこう。

 みんながいるから、きっと大丈夫。


「ありがとう、これからもよろしくな!」

これにて一旦筆をおかせていただきます。

ここまでお付き合いいただいて、本当にありがとうございました!

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