終わりの合図は団らんで
『遅くなって申し訳ありません。竜騎士ブレグリズ、ただいまをもって参戦いたします』
律儀に教えてくれなくても、一発でわかるのに。おれは空に目をやり、ブレズを見ながら思う。
そこにいたのは巨大な、とても巨大なドラゴン。王都にある城と比べてもそん色ないほどに大きく、まさに生き物の頂点に君臨しているような赤が鮮烈な印象を与える覇竜。
飛竜に近い二足歩行形態であるが、そこらへんの飛竜とは格が違う。まるで宝石を思わせるうろこには、炎が閉じ込められているのではと思わせるほどの揺らめきが満ちている。体中に走る文様から橙色の光が流れ、胸部の宝石が心臓のように点灯する。小さな太陽を封じ込めているのだと言われている核からは、凝縮した熱量がほとばしっているのがわかる。
その竜に翼はない。つま先の少し下で炎の輪が浮かんでおり、それに乗って飛んでいるのだ。炎輪からでている巨大な翼は炎で形作られていて、世界を焼き尽くすには十分だと語られている。
『焔天覇竜ブレイグヴォルガリズ』これがブレグリズの持つ切り札であり、また、真の姿でもある。ステラとは違い、こいつは竜と人を使い分けることが可能なんだ。
神話にしか登場しない超天級モンスターの加護。それこそが、おれらの国を認めさせる最短にして最高の方法。後ろ盾がないのなら、作ればいい。連合や大国なんかなくとも、おれらはそれをなしえるだけの力がある。
それを知らしめるためのブレズだったのだけど。
ちょーっと遅かったなあ…………。
ブレズの登場によって、あたりからは音という音が消え失せた。誰もかれもが目の前の事実をかみ砕くことができず、突然現れた覇竜に視線を奪われる。これがおれの作ったキャラだなんて知らないものが見たら、神が降臨したように思うのも無理はない。
ツキガスをからかっていたハウゼンが糸目を最大限にかっぴらき、浮かぶ絶望の赤色に目を奪われている。この世界の住人として、神話でしか知らなかった生き物がそばにいるというのはどのくらいの恐怖なのだろうか。
「うわぁ、まさかこんな隠し玉を持ってたなんて。さすがに想像の範囲外だよねえ」
「あれは、本物……なのか?」
「君には偽物に見える? 僕には見えないなあ。挑んだら瞬殺されそう」
ハウゼンに言われ、ツキガスも納得せざるを得ない。命の脈動に満ちているあの体躯を前に、偽物だというのはそれこそ現実逃避が見せる願望と一蹴されてしかるべき。
誰もが肌で感じている畏怖。神話でしか語られていない化け物の秘密兵器が、遅まきながら姿をさらしたのだ。
この瞬間、本当に戦争は終わったと言っていいだろう。反逆する意思を根底から駆逐し、逆らう気など絶望で枯れさせる。
神そのものの到来は、確実に世界を揺るがす事件になる。これだけは確かだ。彼らは今、歴史の証人になった気でいるのかもしれない。
でも、もっと早く来てくれれば戦争なんか終わらせれたんだけどなあ。ヴァルと和解できたと考えたら、まあ結果オーライなんだけどさ。
ただ一人この場で畏怖に縛られなかったものと言えば、あらかじめ作戦を知っていたゴウランくらいのものだろう。ゴウランは詰まらなさそうに溜息を吐きながらオルワルトに歩み寄り、姿を見せるだけで戦争を終結させる竜に視線を向ける。
「あーあ、ばっかみてえ。勝てるわけねえよな」
辟易と嘆息するゴウランだったが、その目はさっきまでとは全く違ってぎらぎらと輝いている。完全なる戦闘狂に復活した彼にとって、ブレズすら切ごたえのある獲物にしか見えていなさそうだ。せっかく結婚して丸くなってたのに、めんどくさい侍を起こしてしまったものだ。
ブレズはただ現れただけであるのだが、それだけで空が赤くなった。『第二の太陽』とも呼ばれているこいつがでると、世界の環境が変わるのね。今まで軽率に出さなくて本当によかった。でももっと早く来て。
夕焼けよりも赤い、血を思わせる赤。それを背にして現れた覇竜は厳かに戦場を見下ろすばかり。あ、こいつセリフ恥ずかしがってるな。早く口を開かないと幻影を疑われるぞ。
その間に、ゴウランはオルワルトに詰め寄った。おれの気持ちがわかっただろ、と言わんばかりにニヤついた笑みを浮かべると、サイは口角を痙攣させて応える。
「なるほど、確かにお前が折れるのも無理はない」
「……折れてねえな。よかったよかった、やっぱりおれのおかげかな」
「そうとも言えるな。良き友のおかげだ」
「そうだ、こいつ馬鹿正直で生真面目なんだった……」
冗談が通じなくて気落ちするゴウランと首をかしげるオルワルト。なんだかんだいいコンビなのはいいけれど、このまま放っておくとせっかく張り詰めた空気が弛緩するから早くしゃべってブレグリズ。
おれの急かすような視線が伝わったのだろうか、覇竜がゆっくりと口を開いていく。
「――――聞け、獣の国の民よ」
重く響く声が戦場であった場所にいる兵にしみこんでいく。おれの近くにいた兵が、ひきつった声を上げて腰を抜かしていくのが見える。圧倒的過ぎる力の暴力を前に、彼らの闘争心が根こそぎ狩られていくようだ。
誰もあれが幻覚だなんて思うわけがない。そう思わせるだけの覇気が、あの竜から出ているのだから。
うなる声は静かに、しかし、体の芯まで震わせる威圧感とともに。
「なにをもって我が庇護を約束した国へ攻めいるのか。それすなわち、我に対する反抗と見なすが相違なかろう。太陽の化身とも謳われる、この『焔天覇竜ブレイグヴォルガリズ』、この時を持って貴様らにあだなす天道として災いを振りまくが、よいか」
反論の声はどこからも上がらない。ただ耳をそばだて息を殺し、覇竜を眺めるしかできていないのだ。
思った以上にだれも逃げ出さないので、場の空気が完全に凍ってしまった。そもそも戦争は終わったーって一息ついてからの登場だからね。逃げるとか元から選択肢になさそう。
そこでようやく場に流れる空気に気づいたのか、覇竜様は突然に体を凍らせた。あ、これは自分が遅かったことに気づいた顔だな。
そして、恐る恐るといった体で『思考伝達』が飛んできて、おれは事実を告げることにした。
『あ、あのぉ姫様。ひょっとして、もう終わっているのでしょうか……?』
『大変申し訳ないんだけど、そうなんだ』
『………………』
凛々しい覇竜様の相貌が絶望にまみれていく。もっとも、それに気づけるのはおれらくらいだろうけど、あれは間違いなく後悔に苛まれている。
というかさ、誰か教えてやれよ。なんでああなるまで放っておいたんだ。
……すっかり忘れてたおれが言えることじゃないけど。
さて、本来の台本なら、だ。超天級モンスターとかいう神話の中でもトップクラスの化け物の威光で、戦争を無理やり終わらせるつもりだった。それがまさか、こんなに変身に時間がかかるなんて思わなかった。
哀れ覇竜様はただ出てきただけになってしまい、おまけに台本が使えないためアドリブで勝負しなければならなくなっている。
あの堅物ブレズにアドリブなんて期待できないのは、無言で固まっている覇竜様を見ればわかること。
いつもなら土下座してそうなのだけど、あの姿でするとおれらの目論みがすべて潰えてしまうのでそれもできない。結果として、彼は言葉を封殺されてしまっている。
ぽかんとした群衆の視線を一身に浴びるブレズは、もうただただかわいそうでしかない。でも、目的の一つである後ろ盾の明示は果たしたんだ、もう適当に吐き捨てて帰ってもいい気はする。
おれらがそれをブレズに伝えると、はっとした顔になってようやく言葉が漏れてくる。完全にフリーズしていた覇竜様がようやく動き出したようだ。
「これで私は帰りますが、えー、二度とこんな馬鹿な真似をしないように!」
ブレズー! 素が! 素が漏れてる! ちょっとおとぼけたお兄さん的キャラが覇竜様から漂ってきてるぞ!
「次また同じ過ちで身を汚すなら、そのすべてを我が天道で灰と化そう! 生きとし生ける者すべてをだ! 本当に危ないのでおすすめはしません! 私は常に見ていますからね!」
演技下手か! いやわかってたけど!
個人的につっこみどころしかなかったブレズの口上が終わり姿を消した。あとに残ったのはお通夜のような雰囲気だけ。うわ、雰囲気が重すぎる。もう帰ろうかなこれ。
なんて思っていたけれど、こっちに向かってくる人影を見て気持ちを切り替える。彼は、決死の顔をしていたから。
それはオルワルトだ。彼は萎縮していた顔をすぐさま引き締め、こちらに歩いてくる。ゴウランに比べて将軍が板についている彼は真面目な顔でおれを見据えており、とても精悍だ。ああ、この戦闘狂と交換してくれないかなあ。
「どうかお願いがございます」
「え、なに、急に?」
「ここにいるのは貴方様の慈悲により命を長らえさせた者ばかり。どうか、国へ戻ることを許していただけないでしょうか。代わりに、私がここに残りましょう」
そう言って、オルワルトはその場で跪く。言われてみれば、確かに勝ったのだし、こいつらは捕虜みたいなものなのか。ぜんっぜん意識してなかったけど。
だが、これに納得いかないのはツキガスだ。彼は慌ててサイに食ってかかり、その意思を引っ込めようとする。
「ちょ、ちょっと待ってください! オルワルト先輩がそんなことしなくても、ああ……いや……」
「気づいたようだが、あえて言おう。私はこの中でもっとも席次が高く、責任を取る立場である。敗将として果たすべき責務は私が請け負おう。ビストマルト第8軍将軍として、私に恥をかかせないでほしい」
言いよどむツキガスをきっぱりと突き返すオルワルト。後ろでヒベなんとかというトカゲが顔をしかめており、理解はできるが納得はできないという顔をしていた。
だけど、もらっても困るんだよなあ。拷問とか趣味じゃないし。
なんて言うとオルワルトが虚を突かれたような顔をする。普通に考えたら人質ぐらいはほしいのだけど、おれは、まあ、縛りプレイするって決めちゃったしな。
「……はあ、死にぞこないの敵将を回復したばかりでなく、見逃すと。とらえて交渉の手とするなど、尋問するなど、使い方はいかようにもあると思うのだが」
それはそうなのだけど、ゴウランが回復を促したのは、そんなことのためじゃないと思うんだよ。それに、こういう人格者がいてくれた方がうれしいというか、ビストマルトがオレナみたいなやつばかりだったらさすがにもう滅ぼすしかないというか。
でも、ここで全員見逃すのはさすがにどうなんだろう。おれは別にいいんだけど、みんなは、ここまで頑張ってくれたみんなは納得してくれるのだろうか。
『姫様の意のままに』とヴァルが通信で答えてくれる。
『こちらはすでに勝利した身でございます。情けをかけるのは勝者の特権。義に厚い単細胞に恩を売るというのは案外馬鹿にできないものですよ。確かにとらえて尋問し、拷問し、洗脳して使い捨ての走狗とさせた方が有利ではありますが、それを姫様が望まないであろうことは、すでに私、承知しておりますので』
『……そっか、ありがとうな』
『恐れ多いお言葉。それにもし姫様が後悔なさっても、私ならすぐさま忍びこみ、殺すなり誘拐するなりできますので、ご安心ください』
『すがすがしく恐ろしい発言どうもありがとう。お前は本当に変わってねえなあ!』
なので捕虜はいらない! とおれが突っぱねてやると、オルワルトが目を丸くしておれを見た。ついでにツキガスとトカゲも驚いたように目を見開いた。その心配するような視線が逆に痛いなあ。
これには逆にサイも困ってしまって、首をひねって問いかける。
「ふむ、つまり、私も逃げていいということか。このような千載一遇の好機を、むざむざと見捨てるというのか」
「どうぞ。おれらは士気さえ落とせれば十分だから」
「これは余計なおせっかいかもしれないが、貴方に戦争は向いていない」
うわ、まじで心配されてる。ビストマルトの将軍ってこんな人格者ばかりかのかよ。うちの子たちもちょっとは見習ってほしい。特にヴァル。今絶対恩を売った気でいるよ。間違ってないけど。
オルワルトはどうにか困惑を振り切って、おれに頭を下げた。こうしてみると、その佇まいはやはりブレズのような騎士然とした気迫に満ちている。
「本来なら敵に情けをかけられるなど好まぬのだが、今回は素直に礼を言おう。恩に着るネーストの姫。これで私は更なる高みを目指して邁進していける。圧倒的覇者を抱える貴君とは、いずれまた会いまみえることになるだろう」
「そんときゃまた楽しく殺し合おうぜ。おれも刀を研いどくからよ」
「ああ、その時を楽しみにしている。今度は私が勝つがな」
「はん、言っとけ」
そこでオルワルトがわずかに顔をほころばせ、雰囲気に柔らかいものが混ざる。巌に花が咲いたような温かさを見せるそれは、まさに彼の人となりを思わせるものだ。まじで向こうに人格者しかいねえ……。もっとくそ下種な敵がいないとこっちもやりづらいんだけど。
オルワルトが大股でのっしのっしと戻っていくと、先輩の無事を確認したツキガスとヒベ……トカゲが感極まって抱き着いていた。仲いいよなー、あいつら。それに、あとであのトカゲの名前をこっそりと確認しておこう。
これでもういいかな。ブレズの脅しも効いて、オルワルトたちの処遇も決めた。すでに体は限界で、いつ気絶してもおかしくない。本当ならつっこみとかしたくないんだけど、体に染みついてるんだよなあ。明らかに無駄な体力を使っているぞ。
おっとそうだ、去る前に言わなきゃいけないことがあったんだ。おれは眠くなる体をなんとか奮い起こし、言葉を紡ぐ。
「ツキガス」
そう呼びかけると、肩がびくりと震えた。思い起こすのは戦場での記憶、勝利のためにおれをとらえようと自分を律していた熊の姿。
「なんでしょうか、オルヴィリア様」
明らかに無理して表情を整えてるよな。オルワルトより若いせいであろうか、もともとの率直な性格も拍車をかけて、今のツキガスは将軍であろうと律しているのが手に取るようにわかる。
急に緊張し始めたツキガスを見て、トカゲが頭に疑問符を浮かべている。戦場でのおれらの言葉を知らない彼からしたら、なんでツキガスが身構えているのかわからないんだろう。
「どうしたんだ、ツキガスちゃん。さっきまであんなにデレデレしてたのに」
「それは僕が教えてあげよう! 実は彼、姫様を無理やりつかめようとしたときに二度と触れないとかなんとか青臭い誓いを立ててたんだ!」
「ハウゼン! お前!」
「それでもなお姫君のために戦場を駆け抜けたってのか。ひゅー、さっすがツキガスちゃん! 愚直に愚かでかわいらしい! そのせいで話しかけられると緊張するとか、ピュアだねえ! かわいい!」
「やめろ!」
「しかも、おれのことは忘れてくれ、なんて言葉とセット!」
「ひゅーひゅー! ツキガスちゃんの悲劇の主人公的な殺し文句! おれも生で聞きたかったぜ!」
「ぶっ殺す!」
ツキガスの短い手がハウゼンとトカゲをぶん殴り、二人は腹を抱えてうずくまってしまった。どうやらハウゼンもツキガスと相性がいいらしく、トカゲと並ぶとストレスが倍になっていることだろう。
というか、なんだこのノリ。中学生かよ。
今ならはやし立てられる女子の気持ちがわかる。これ、めっちゃ恥ずかしいぞ。
だけど、ヴァル相手にわがままを通すよりは楽だな。なので、とっとと話を進めてしまおう。
「そういえば、だいぶ前にビーグロウから遊びに来てくれって言われてたんだよ」
「え?」
まあ、それは独立して敵対する前の話なんだが、ややこしくなるので置いておこう。大事なのは、おれがツキガスのことを嫌ってないって教えることだ。
「んで、その時にでもよかったら町を案内してくれないか。そっちの国と仲良くできたら、いつか遊びに行くからさ」
個人的に嫌ってないとわかってほしかった。戦争後に何を、と思われやしないだろうか。そう気をもんでいたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
ツキガスは熊の顔をわかりやすく喜色で満たし、敗戦したとは思えないほど明るい顔を見せてくれた。
「それは、つまり、結婚――!」
「ではないけど、これからもよろしくということで」
なんで一挙一動が結婚に行くんだこの熊。そんなに老けてみえないんだけど、婚期を逃してるのかなあ。ひょっとして、この世界の結婚適正年齢ってだいぶ低い? おれ、もう過ぎちゃってる……?
……よし、この話題は怖いので打ちやめ。ツキガスも嬉しそうだし、いいということで。
おれが勝手に疑心暗鬼に陥っている後ろで、赤鬼が眉をひそめてこちらを見ていることに全く気付いていなかった。うわぁと言いたげな侍は、聞こえない声で何かを漏らした。
「……やっぱ魔性の女だ」
「ん、何か言ったかゴウラン?」
ものすごい勢いで首を横に振るゴウラン。なんだ、おれ何か変なことしたかな。
問いただしたかったのだけど、いきなり退場したブレズから通信が飛んできてしまった。その声は後悔の塊で、きっとハンテルあたりからことの顛末を聞いたのだろう。
『姫様あああああっ! 申し訳ございません! このブレグリズ、主が命を賭しているときに何もお力になれず! かくなる上は、切腹! 切腹を!』
『いや、いいよ。お前にも無駄働きさせてごめんな。変身、大変だっただろう』
『うおーーっ! ぞ、ぞのようなありがだいおごどばをぉ……いただける身では……』
あかん。ブレズさんガチ泣きしてる。よっぽど役に立たなかったことが悔しいんだな。
ブレズは戦闘スキルしかないことを理解しているから、今回はさぞ張り切っていただろうに。本当、誰か早く教えてやってよ……。
『ブレズグリズ。確かにお前は戦闘しか役に立たない上に、肝心の戦闘で全く役に立たなかったからといって落ち込むことない』
『ヴァルぅ……』
『そうそう、ヴァルの言うとおりだぞ。ブレズが出てくるとみんな燃え死ぬからな。灰になると姫様の蘇生ができなかったんだ。そういう意味ではよかったと考えたらいいさ』
『ハンテルぅ……』
ブレズ慰め男子会が脳内通信で展開されている……。これは三日ぐらいブレズが馬車馬になりたがるぞ。仕事を求めて走り回る的な意味で。あいつは、たまにどMなのでは? って思うような行動をするから。
「やったなツキガスちゃん! これで一歩前進じゃん! 結婚式には呼んでくれよ!」
「け、けけ、結婚っ! 結婚! おれが! おれ、が、が……」
「うわ……すっげえ鼻血出してる。こんなツキガスちゃん見るの初めてだけど、これはこれでありか……?」
「ヒベキモイがどんどんこじらせていくな」
「さすがにそれは悪意しかなくないですかね?!」
向こうでは真っ赤になって鼻血を噴き出しているツキガスと、将軍二人がわいわいと騒いでいる。すでに空気はすっかりと弛緩して、わずか前に戦争があったなんて思いもよらない。
こうして、初めての戦争は恐怖を周りに植えつけながらなんとかしのぎ切った。
国として、これからこんなことばかりなのだと思うと、本当に胃が痛い。
でも、おれは心のどこかでやりきった気持ちを持っていて、限界を迎えた体を眠りの淵に落とし込んでいく。
傍で聞こえるみんなのにぎやかな声が何よりの子守歌で、おれはわがままの結果を胸に抱いて眠るのだ。生きているみんなの声が、おれの行動が間違ってなかったのだと思わせてくれるから。
できればそれは楽しい声のほうがよかったんだけど、ブレズがちょっとやりすぎたから、まあしょうがない。
おれのわがまま。駄々をこねる子供のようなわがまま。
でも、やっぱりおれは、みんなの声がするこんな空気が大好きなんだ。
願わくば、このまま平和でありますように。
次で終わりです。よければ最後までお付き合いください。