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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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わがままの結末と忘れ去られた彼

 ツキガスが目を覚ますと、突き抜ける青空が見えた。自分の体があることを不思議に感じながら、戸惑ったように瞬きを繰り返す。


「あれ……天国か、ここ?」


 でも、体は先ほど同様汚れた鎧姿のままだ。最上級魔法を連発したせいで節々はいたむし、満足に起き上がることもできない。


「あいにくだが、まだツキガスは天国に行くには早すぎる」

「オルワルト、先輩……?」


 首を回すとそこにはサイの武人が見えた。オルワルトはツキガスの頭を膝にのせて座りこんでおり、時折いたわるように撫でる。


「えっと、何してるんですか?」

「うむ、以前ヒベロットに聞いたのだが、こうすると男の子は元気になりやすいのだとか」

「もはやその間違いがわざとなんじゃないかという疑問は置いておいて。それはかわいい女の子にされたらって話ですよ」


 しかも、硬い鎧に頭を乗せたってなんの癒しにもならない。

 ツキガスは苦笑しながら変わらないなあと安堵し、そして、互いの無事を喜んだ。


「オルワルト先輩が無事でよかったです。せめて、先輩だけでも、本当に……」

「あのオル仲間の姫君が回復してくれてな。お前も蘇生してくれた」

「ああ、じゃあやっぱりおれはさっきまで死んでたんですね」


 ハウゼンが言っていたことを思い返し、あの姫君の魔法のすごさを今更ながら痛感させられる。

 どうやらオルワルトはツキガスを心配してここにいたようだ。そうわかってしまうとどく気にはなれず、硬い枕で少し休もうと決めた。


 ツキガスを囲む空気に先のような死の臭いはなく、戦争は終わったのだと気づく。負けてしまったのだろうと察しはついていたが、あえて言う気にはなれなかった。


 兵たちはどこか放心しており、自分の身に起こったことを把握していない者もいる。

 ありえない力を持つ化け物と、その傷跡を治していく姫君。字面だけ見るとおとぎ話かと思うのも無理はない。ツキガスすら、完全にかみ砕けていないのだから。


「なんだかいい雰囲気じゃない。お邪魔だったかな?」


 へらへらした言葉遣いはツキガスにとって記憶に新しいもの。熊は溜息をついた後、わざとらしくこう返す。


「どう見たらそう見えるのか聞きたいものだな、ハウゼン。お前の方こそ、冷やかしに来たのか?」

「え、そうだけど?」

「今すぐ帰れ!」


 声荒げると体が痛んだのか、ツキガスがすぐに顔をしかめてしまった。


 糸目の青年はぴんぴんとしており、先ほど死を迎えたとは全く思えないほど。人をイラつかせるのが仕事のような顔をして、ハウゼンはにへらと笑う。


「痛むなら寝てた方がいいよ。最低限の蘇生はかけたけど、体力は回復してないからね。さすがにそこまで魔力は回せないってさ」

「そうか。蘇生してもらえただけでもありがたいんだ。それ以上言う気にはなれないさ」

「だよねー。僕は体が痛んだから自軍の魔法使いに治してもらったけど」

「……お前、本当にからかいに来ただけなのか」

「それで親交を深めたい気持ちはあるのだけど、残念ながらそうじゃないんだ。僕のことは見張りだと思ってもらっていいよ」

「そういうことか」


 蘇生した兵が暴れださないようにこうして目を光らせているのか。確かにオルワルトやツキガスが反旗を翻した場合、止めるにはハウゼン以上の猛者が必要になる。


「あの姫様の優しさをそんなことでふいされたらたまったもんじゃないからね。君らはそんなことなさそうだけど、自分の軍ぐらいは何とかまとめてよね。反抗されたら手加減しないから」

「了解した。動けるようになったらおれの方からも通達を出しておこう。それで、今どういう状況だ?」

「君ら将軍が全員負けたので、戦争はこっちの勝ちで終了。それで、ネーストの姫様ができる限りみんなを治そうと動き回ってるところ。まあ、死体の損壊と姫様の魔力量のせいで限界はあるけれど、全滅よりはるかにましな状況なのは保証するよ」


 戦争をしておいて損害なしとはいかないだろう。そのくらい、ツキガスも覚悟している。

 むしろ自分がいま生きていることが奇跡だ。ツキガスは脳裏に彼女の姿を思い浮かべると、胸がほのかに暖かくなっていくのを感じた。


 ツキガスはこれまでのどの物語においても、敵軍を治して回るなんて聞いたことがなかった。彼女ならそれをしてもおかしくはないのだが、あの従者たちがよく止めなかったものだと素直に感心する。


 そこで、ツキガスはふっとあることに思い至った。敵を治してまわっているというのなら、彼は、ツキガスの友人はどうなっているのか。


 一度火が付いた思考は止まらず、熊はオルワルトに食い入るように質問を投げかける。


「あ、あの、オルワルト先輩! あいつは、ヒベクリフは――」


 その言葉を最後まで言い終わらないうちに、聞きたかった声が遮った。


「おー起きたのかツキガスちゃん! よかったよかった! 蘇生しても目を覚まさないと聞いたときは、おれも心配したもんだ」

「あ、あ……」


 傷だらけの体躯はとても大きく、つるりとした肌をさらに無骨に見せている。長い尻尾はうれしそうに揺れており、いかついトカゲの顔が人懐っこそうに笑っていた。


 ツキガスが会いたかった相手、ヒベクリフがここにいる。


 眼窩に涙があふれでてくるのを、ツキガスは止められない。もう会えないとばかりに思っていたのに、こうして元気でいてくれる。涙でぼやけるシルエットが夢ではないと確信させる。歓喜を歌うように、彼は雫をこぼすのだ。

 熊族の中でも短い手は勝手に伸びていき、ヒベクリフを目指す。届かないと分かっていても、どうしても追いたかった。


 だが、ヒベクリフからするとツキガスがなぜ泣き出したのかわからない。トカゲはおろおろと困ったように慌てだし、助けを求めるようにオルワルトを見た。


「え、え、え、どうしたんだツキガスちゃん! まだどこか痛むとか?! どうしようオルワルトさん! おれのツキガスちゃんが死んじゃう!」

「落ち着けヒベリアス、これはうれしくて泣いているだけだ」

「だからおれの名前はヒベクリフなんですけどね。そっかあ、ツキガスちゃんがおれに会えてうれしくて泣くのかあ……そうかそうか」

「う、うっせえ……その気持ち悪い顔を、やべろ……」

「泣きながら言ってもかわいいだけだぜ」


 体が動けば殴りかかってやるのにと、ツキガスは照れを隠すようににらみつける。だけど、涙目でにらみつけても全く効果はなく、逆にヒベクリフが嬉しそうに笑うだけ。


 にやついた顔のままヒベクリフはツキガスをのぞき込み、頬をもふってくる。武人らしい硬くて節くれだった手の感触が懐かしくて、さらに涙が出てしまった。


「泣くなってツキガスちゃん。ツキガスちゃんが泣いてると、おれも泣きたくなるだろ」

「うるさい、だったら泣けよ……おれにばっかり、泣かせるんじゃねえ……」


 にこやかな顔のヒベクリフの目にうっすらと水滴がたまるのをツキガスは見た。ツキガスほどの量はないが、確かにそれは感動によるものだった。


「よかったなあ、ツキガスちゃんが生きてて、本当によかった。もう駄目だとばかり思ってたから」


 頬をもふりながら、ヒベクリフが笑い泣く。今は体が動かないからと自分をごまかして、ツキガスはされるがまま。


 そこに入ってくるのは無機質な、でも、ちょっとすねたような声音。


「私もこの通り無事なのだが?」

「あーまあ、オルワルトさんは無事だろうなって思ってたから、うん」

「なにせオルワルト先輩ですし……そこはあまり心配してませんでした」

「遺憾の意」


 オルワルトはその大きな体で熊とトカゲを抱き寄せ、二人を腕に収めた。鎧が固い音を奏で、ツキガスとヒベクリフはくすぐったそうに笑う。


「よくぞ無事で帰ってきた、二人とも。私も上官としてうれしく思う」


 三人の将軍が互いの無事を喜んでいる少し遠く。ハウゼンはその光景をとてもうらやましそうな目で見つめていた。


「いいなー、ああいう男の友情、みたいなの。僕ももっと熱血キャラになろうかなあ」

「逆立ちしても無理なので、やめてください。きもいです」

「そんなにきっぱり言われると、さすがの僕も傷つくんだよラップス、およよよ」


 いつの間にかそばにいたラップスに嘘くさい演技で対応するハウゼン。この人がこういう人である限りあんな光景は絶対訪れないだろうと、ラップスは冷めた目で見つめている。


 そこから少しして、近づいてくる足音が一つ。全員がそちらを見ると、つややかできれいな黒い毛皮を持つ狼が一人。そして、その腕には美しい姫君を抱えていた。


「お、ツキガスも起きたのか」


 まるで太陽のように華やかに笑う姫君を見て、ツキガスは瞬時に顔を真っ赤にさせた。ヒベクリフがにやにやしながら頬を指でつついても、なんの反応もなし。


 だがすぐに異変に気づく。狼に抱えられているということは歩けない事情でもあるのだろうか、と。

 もしや怪我でも? などと感くぐっていたが、その疑問はあっという間に氷解した。


 なぜなら、彼女には足がなかったのだ。すらりとしたきれいな足の、膝から下がすっかりなくなっていた。


 ツキガスの驚愕の先に気づいたオルヴィリアがなんてことないように笑う。心配かけさせないようにと配慮された笑顔は、ツキガスの胸をきゅんと打った。


「ああ、これ。ちょっと魔法を使いすぎちゃってさ。灰になるって本当だったんだな」

「大丈夫、なのか……?」

「平気平気。ちょっと休めば魔力も回復するし、そしたら治せばいいだけだよ」


 欠損を治せる彼女からしたらこんなのは怪我のうちに入らないようだ。

 それがわかっていても、ツキガスは直視に耐えない。彼女は敵の兵のためにこんなに身を削っている。そんな彼女がこれから国を背負おうなど、はたして耐えられるのだろうか。


 その感情は顔に出ていたのか。姫君は薄く、しかし折れない花をほうふつとさせる美しい笑みを浮かべてこう言った。


「いいんだ。これはおれのわがままだから。おれが治したいと思った、それだけなんだ」


 白い髪が陽光にきらめき、慈愛の精神を何ときれいに輝かせるものか。

 ツキガスは彼女から目が離せず、ただ見とれるだけ。


「でも、さすがに全員は無理だった。ごめんな」

「これ以上は姫様のお体に障ります。それに、灰になったものはすでに取り返しがつきません」

「別に腰くらいまでならまだいけると思うんだけどなあ」


 申し訳なさそうに眉をゆがませる彼女の言葉を、狼が補足する。姫君の足となっている狼は宝物を抱えるように扱い、それはとても絵になっている光景だ。


 だが、あの狼はこんな柔らかい顔をするような奴だっただろうか。どこか憑き物が落ちたような表情をしており、普段のとげが幾分か減っているように見える。


 あの姫君の効果だとでもいうのか。彼女に対する崇拝とも恋慕ともにつかない感情が、彼にあんな顔をさせているのかもしれない。


 ツキガスの自分の内からムッとする感情がわいてくる。それはどう考えても嫉妬と呼ばれる感情で、あの姫君の隣に立つに見劣りしない美麗な狼が恨めしいと眉をしかめてしまう。


「そりゃ、おれは童顔だし、足とか短いし……全く歯が立たなかったし……」

「オルワルトさん、オルワルトさん、ツキガスちゃんがめっちゃ嫉妬してますよ」

「よいよい、それもまた愛が織り成す成長の糧よ」

「……ひょっとしてオルワルトさんって、かなり経験豊富だったり?」


 隠す気もないこそこそ話に、ツキガスは「うっせえよ……」と力なくぼそりとつぶやいて肩を落とす。ライバルの手ごわさを再確認して、彼我の距離を嘆くのだ。


「焦るなよツキガスちゃん。ツキガスちゃんにだっていいところが山ほどある。それに、だめでもおれがいるだろ?」

「……お前、本格的にオレナに似てきたな」

「う、うーん、それはちょっと……あの人に似てるって言われると複雑なんだよなあ」

「それだけヒベベベベがツキガスのことを慕っているということだな」

「そろそろ言い間違いネタに無理が出てきたのでやめません?! ねえ、ねえ!?」

「オルオル~」

「ごまかし方が雑!」


 口を開けば漫才しかしないビストマルトの三将軍を見て、姫君がげんなりしたように苦笑する。だが、態度とは裏腹に、どこか楽しそうに見えるのも間違いではないだろう。


「ほんっとにビストマルトの将軍って人格者兼ギャグキャラって感じだよな」

「どうやらビストマルトの将軍というのは、戦闘に関する才の他にも道化としての才能も必要なようですね」

「……うん、ややこしくなりそうだからヴァルはちょっとの間静かにしてようか」


 相変わらず口を開けば罵倒しかしない慇懃無礼の権化に姫君は待ったをかける。せっかくの団らんをぶち壊すのも申し訳ないという判断だ。


 微笑ましい光景を見られたおかげか、白い彼女が嬉しそうに髪の毛を揺らす。

 しかし、遠目からでもわかるほど、彼女の顔は生気を失っていた。戦争からの魔法の連続行使によって、瀕死に近い状態まで憔悴している。魔力はとうに枯渇して、体を削ってなんとか使用しているだけ。


 足が灰になっていなくとも、彼女は自力で歩けはしないだろう。作り物のような顔を青くして、まさに人形と言っても差し支えないほどに退廃的な美に満ちている。


 もちろん、ツキガスもそれに気づいている。

 だが、無理してまで微笑む彼女を前にして、それを暴くほど無粋ではない。


 おそらくはみんながそうだろう。誰もかれもが彼女の危うさを理解してもなお、それを受け入れて口を噤むのだ。


「姫様、そろそろ戻りましょう。後の処理は我らに任せ、今は存分に休息をとってください」

「そうさせてもらおうかな。さすがに体がだるい」


 油断すればすぐにでも寝入ってしまいそうなほど、彼女のまぶたは落ちかかっている。体が激務に悲鳴を上げて、休息を求めた結果だ。

 しかし、ここで寝てしまうとヴァルの迷惑になるだろう。彼女はそれを案じて、狼へと声をかける。


「ごめんな、おれのわがままに付き合わせて」

「とんでもございません。姫様がわがままだとおっしゃる命令で、道理を根こそぎ駆逐するのがヴァルデックの喜びでございます。姫様のご希望がわがままになる世界など、世界のほうが狂っているに違いないのですから」

「こいつ全然変わってねえなあ!」


 すました顔で暴論を吐き捨てるヴァルは一見して変わっていないように見える。

 だけど、彼女を支える手はしっかりとしており、触ることへの忌避感が若干薄らいでいるのがわかる。自らの邪悪を誇りながら他者への接触を疎んじていた彼。それは、かなり大きな進歩なのだろう。


 これであらかた治せる人は治しただろう。彼女はそう結論付ける。ヴァルがさっそうとかけてくれたおかげで、だいぶ楽に行えた。魔力だってホリークから何度か補給してもらったし、おかげで足の半分を灰化させただけで済んだ。


「姫様」


 狼の声に彼女も頷いて返す。『思考伝達(チャット)』が流れ込んできた瞬間に、言いたいことを理解したから。


 しかしそれは、あまりにも遅い。


「今回全く役に立たなかったあやつの準備が終わったそうです」

「……はい、おれも聞いた。正直いらなかったな」

「後で仕事を倍に増やしましょう。姫様がこんなにも身を粉にして働いているというのに、まったく……」

「さすがにいいよ。あっちも大変だっただろうし。……どうでもいいんだけど、身を粉にして働くってこの世界だとガチ表現だよなあ」


 足を粉にした彼女はなんとも言えない顔で自らの足を見て、それから空を見る。


 戦争を終わらせるための切り札だったものが、遅まきながら登場するのだ。


 主と執事の微妙な心境も知ることなく。大地を揺るがす竜の咆哮が、すべての者へと届けられた。

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