楽しいチャット会議
楽勝で踏破したローがBランクだからと言ってその上のAランクまでもが楽勝であるとは限らない。そこには越えられない壁があるのかもしれないし、腕利き冒険者がチームで必要となるとその可能性は高いのではと恐れていた。
だが、実際はそんなことなかったようだ。
「いやー、もう弱すぎてビビったよね。殺さないようにする方が難しかったし」
「殺してしまえばよかっただろうに。おれの範囲魔法なら奴らの巣ごと殲滅可能だったぞ」
日の入り前には帰ってきてくつろいでいるハンテルとホリークが感想を言い合っている。お前ら戦力をサーチするとか言っておいて、結局戦闘してんじゃねえか。
「見つかっちまったもんはしょうがねえよな」
「ああ、そうだな。おれらは普通にアジトらしき洞窟に入る時に挨拶したのに、刃を向けるなんて信じられん蛮行だ」
「そうそう、おれら挨拶したし。お邪魔しまーすって」
はなから隠密する気ねえのな! やっぱ斥候うんぬんはおれを言いくるめるためだけの方便か!
「予想以上に数がいてうっとおしかったんだよなあ。大半は見逃したけど親分と数人の配下は捕縛してあるし、明日にでも王都から馬車が来る。そいつらを引き渡して依頼終了だな」
予想以上に穏便に済ませていて、さすがに驚いた。殺しとかいまだにぴんと来ない平和ボケした人種だけど、そういうのは避けて通れないのではと懸念していたのに。
ハンテルからは褒めてほしいオーラがあからさまなくらいにじみ出ていて、期待に尻尾がそわそわしているのがわかる。ブレズやヴァルのような忠義にのっとっていれば満足するタイプとは違い、報酬で頑張るタイプのようだ。それがおれから褒められるだけで満足するのはちょっと謎だけど。
「よくやったな、お疲れ様」
「ありがとうございます。もっと褒めてもいいんだぞ?」
「具体的には?」
「れ、レビィにしたような、さ……」
照れながら頭を差し出してくる大型肉食獣。お前そんなキャラだったっけ?
まあ別に嫌ではないし、軽くぽんぽんと頭をはたいてねぎらってやった。締りのない顔でにへらと笑うハンテルは心底幸せそうだった。ごろごろと喉を慣らし、満足そうに席へと座る。
……後ろで歯ぎしりのような音が鳴ったのは全力でスルーする。おれは何も見ない。怖い狼なんていなかった。
「そ、そういえば、よく殺さずに切り抜けたな。そっちの方が大変だったんじゃないか?」
「殺してもよかったんだけど、そうすると姫様が悲しむかなーって。姫様から聞いてなかったしな、殺してもいいかって。許可がもらえてたらもっと早く帰ってこれたんだけどよ」
ハンテルは朗らかな笑みのまま物騒なことを言って、ヴァルが入れた紅茶を流し込む。ホリークは盗賊のアジトから奪ってきた魔法書にご執心で、すでに没頭していた。新しく使える魔法があったなら、ぜひとも習得してもらいたい。この世界での魔法の習得の仕方ってよくわからないし、先駆者になってほしいところ。
ハンテル・ホリークペアは何事もなく依頼を終えることができた。後は、ブレズ・レートビィペアか。あの二人は真面目に斥候に勤しんでる気がするし、帰ってくるのはまだ先だろう。
「そういえば、ギルドもだいぶ綺麗になったな。さすが姫様」
そう褒められると悪い気はしない。結構頑張ったし。
質素な中世ファンタジーな木造建築物は、いまや小さな宮殿みたいになっている。大元の形は残っているけど、所々に大理石のような床があり、扉一つとっても原型をとどめていないくらいには綺麗になった。魔石を使った照明で小型のシャンデリアを作り、それが酒場スペースの天井から悠然と光をふりまいている。
ギルドというよりかは、高級ホテルと言った方がまだ通用するたたずまいにランクアップ。これで暮らすのには不自由しないぞ。
……うん、頑張りすぎた。
だって楽しかったんだよ。魔道具作成のスキルが家具にも使えるなんて好奇心が刺激されてついつい。一応『女神は常にほほ笑む』発動中ということも視野にいれていたのだけど、特殊効果を付加するわけじゃないし消費MPなんて微々たるものだから、かなり派手に使い込んでしまった。そもそも自動回復するMPと『女神は常にほほ笑む』で消費するMPは四人分程度ならとんとん、どっちかというと回復の方が多いくらいだ。少しくらいはめをはずしたところで問題はない。
おしむらくは、もし本格的な制作スキルがあったなら、きっと本気でここを宮殿に改造できるんだろうなということ。トンカチ君来てくれないかなあ。
「これでオルヴィリア様にふさわしい住処へ一歩近づいたかと思います」
まあ、まだヴァルは満足してないみたいなんですけどね。ちなみに、こんな無駄に豪華なデザインはもちろんヴァル主体だ。おれにデザインセンスがあったならもっと質素な作りを提案できたのに、と悔やむばかり。
おれの寝室に天蓋付きのベッドとかおいてくれたけど、そんなもんラブホでしか見たことねえよ。あ、ラブホ行ったことねえわ。知識で知ってるだけだわ。悲しい。
「おれの部屋とかどんな感じになってるんだろうな」
「お前の部屋はまだ手つかずだ。ギルドの顔たるこのホールとオルヴィリア様の私室までしか手が回らなかったからな。これ以上この方に無理はさせられまい。改築したいのならホリークあたりにでも頼むんだな」
「断る。おれは本を読むのに忙しいんだ。地べたで寝てればいいだろ。おれはそれでいい」
いや、さすがにベッドくらいはあるし、ヴァルが簡単に掃除してくれてあるよ。
「おーよかった。まさか依頼を終えたのに床で寝ることになることになるかもなんて思ってたわ」
ひょっとして、布団という概念をこいつらは知らないのでは? いや、口を出すとややこしくなるので黙っていよう。
「盗賊退治の依頼料も入るし、そしたら買い物にでも行ってみようぜ。おれが姫様にささやかなプレゼントをやるよ」
「そうだな。おれからも何か送らせてもらおう。おれの作成スキルから考えても簡単なものにしかならないが、気持ちばかりというやつだ」
「そういうときに作成スキルもちはずりぃよな。おれなんて買った物をそのまま渡すだけだぞ」
「心配するな。お前の要望に応えて改造くらいはしてやる」
本を読んだままのホリークとハンテルはすでに依頼料の使い道について喜々として語っている。自分に使えと声を大にして言いたいが、言っても無駄なんだろうなと察しはついている。悪い気分ではないし、好きにさせておこう。
そこで、後ろから呼ぶ声が聞こえ、振り向くとヴァルと目があった。
「そろそろブレズ達も帰ってくることかと思います。私は夕餉の支度をいたしましょう」
「ああ、お願いしていいかな?」
「もちろんでございます。貴方様の口に入れるものは、このヴァルデックが責任を持って吟味いたします」
「でも、買い物とかいつしたんだ?」
「いえ、少しばかりお時間さえいただければ、森で食料を調達するなど朝飯前ですので」
「さすがヴァル」
ほんっとにこいつ有能だよなあ。コミュ障を除けば万能に優秀なんだ。
「それでは失礼いたします。ご入用のさいは、何なりとお申し付けください」
優雅に腰を曲げたのち、黒狼はキッチンへと引っ込んでいく。生まれたばかりのくせに何を作るというのだろう。そもそも、この国の料理とか知ってるのだろうか。まあ、ヴァルなら変なものを作る心配もないし、期待して待たせてもらおう。
ゆっくりと夜が近づいて来る時間帯で、にぎやかな話し声と豊潤なお茶の香りがホールを埋めていく。キッチンからも空腹を誘う香りが漂い始め、ヴァルが調理を開始したことがわかる。
さすがに食事にはまだ時間もかかるだろう。だったら、頑張ってくれた二人をねぎらう意味でも、もう少し改築に精を出してもいいかもしれない。それを伝えると、二人を囲む空気がなんか華やかになった気がする。
「いや、姫さんに手伝ってもらわなくても、自分でできるからいい。それよりも、MPを切らさないように注意してくれ」
「大丈夫だろ。姫様のMPって途方もない量あるからな。よし、だったらお願いしたいところだ!」
「確か、見た目を形成するのは姫さんの方が得意だが、特殊効果の付加はおれの方が得意だったな。しょうがない、あまり無理はさせるなよハンテル」
猛禽類の眼光で虎を睨むと、ハンテルは軽く尻尾を振って応える。そんなに重労働でもないし、さっさと終わらせてしまおう。ヤクモ親子の前ですると、腰を抜かされるからな。いない内がちょうどいい。
空になったカップをソーサーに置いて、いざ改築だと腰を上げたその時。
ひどく焦った声がした。
『大変大変! 姫様、大変だよ!』
おれにとってはこれが大変だよ。なんだこれ。頭の中に声が響いてるぞ。
「『思考伝達』じゃねえか。この声、レビィか」
え、それって魔法扱いなの。名前からしても、ただのチャット機能じゃん。ハンテル達にも聞こえていることから、グループチャットになってるのか。
ま、まあ、いい、追求するのは後だ。どうやらあっちのペアに何かトラブルが起きたらしい。レートビィがこんな焦った声を出すほどだ、よほどのことに違いない。
これ、おれの思考を伝えるにはどうするんだ? えーっと、伝われ! と思いながら念じてみるぞ!
『どうしたレートビィ』
おお、成功した。どうやら飛ばす思考は選べる模様。
小さくガッツポーズをしている場合じゃないな。詳しく聞いてみよう。
おれが促すと、少年の声は状況を説明してくれる。のはいいが、聞いていくうちにめんどくささで頭痛がしてくるんだが……。あーあ、ハンテル達に怒気が渦巻いてる。知らんぞおれは。
要約すると、こういうことらしい。
ブレズ達が襲われている、と。
誰だそんな命知らずは、と思い聞いてみると、何でも『朱高の頂』と名乗る冒険者集団らしい。いまどきの冒険者は騎士を襲うものなのか。
『えっと、えーっと、僕たち斥候に失敗しちゃって、あ、ブレズは悪くないの。僕があれくらいなら一人でも潰せるって思っちゃったから飛び出しちゃって……姫様にかっこいいところ見てほしくて……も、もちろんあんまり殺してないから安心してね! ボス格の人間はちょっと手加減失敗しちゃったけど』
さらっと怖いこと言うなこの子。そのボス格、ミンチになってるんじゃないだろうな。
『それでね、僕がボス格をミンチにしてたら、その冒険者たちが運悪くやってきちゃってね。「新手の魔物か!」って言いながら襲ってきたんだよ!』
やっぱりミンチじゃねえか! そんな場面に遭遇したらそりゃ攻撃されるだろうな。ましてや迫害対象の人外だ。和解なんて無理だと思う。
『どれだけ違うよって言っても聞いてくれないし……冒険者だよって言っても信じてくれないんだよぉ……どうしよう姫様』
んー、おとなしく逃げるしかないのでは?
『だって、それじゃあせっかく依頼を達成したのに証拠が無くなっちゃうじゃん。まだアジトの探索とかしてないし、備蓄されてる食糧とか奪わないと今晩のご飯もないかもしれないんだよ?』
「あ、おれらそう言えば物色あんまりしてないな」
「お前は姫様に褒めてもらうことしか考えてなかったからな。かくいうおれも魔道書ぐらいしか取ってこなかったがな」
やはり常識人筆頭率いるチームは安心感が違うなあ。そこまで考えてくれていたのか。
『僕的にはやっつけてもいいと思ったんだけど、同じ冒険者と敵対すると今後面倒になるってブレズが言うんだ。ブレズは今、その朱高の面々を食い止めてるよ』
あーやっぱり安心感が違うなあ。そこまで考えて和解の道を探っているわけね。ハンテル達の方だったら有無を言わさず殺されてただろうなあ。
「だろうな。めんどくさそうだし、一発で沈めてたわ」
「ああ、煩わしいのはごめんだ」
『というわけで、どうしよう姫様。姫様が殺せと言うのなら即座に切り捨てるし、和解せよというのなら手足をなげうってでも信用を得るよ』
そんな重い信用はいらないです! おれの魔法でそこまで治せるか不明だし、危ない橋は渡らないでほしい。
ブレズ達の無事か冒険者の無事かと問われれば迷うことなく前者なんだけど、そんなことしなくても気絶とかさせられないのだろうか。
『本当はボス格の人も気絶させようとしたんだけど、失敗してミンチにしちゃったんだよねえ。思ったよりみんな脆いんで、うまくいく保証はないんだ』
あー……そういえば、おれも思いっきりブーストかけちゃったな。それも原因の一つか。
だとしたらしょうがない。失敗してもいいから気絶させることを中心に行動してくれ。最悪死んだとしても、おれがそっちに出向いて回復させればすむ話だしな。蘇生魔法がうまくいく保証はないが、これしかないだろう。
「姫様は優しいねえ。そんなことしなくても、盗賊のせいで消息不明ってことでごまかせるのに」
「全くだ。ちょっと依頼達成報告をずらして、奴らの形見を見つけたとか何とか言えばいいだけの話だろうに」
まあ、そうなんだけどねえ。やっぱりまだ平和ボケした人種としての理性が訴えるんだよ。もしそのときが来たら腹をくくるさ。
『りょーかい! それじゃあ最善を尽くすね! あ、美味しそうなお肉とかたくさんあったから、晩御飯期待しててね!』
それだけ言って、通話はぶつんと切れてしまった。そのお肉が人肉じゃないことを切に祈るぞおれは。豚とか牛とか、この世界にもいるよなきっと。あ、いるわ。牛とか豚の獣人キャラクターいるし。
なんだかどっと疲れてしまったので、立ちあがった腰をまたも下ろしていく。深々と椅子に座りこんで、重いため息を吐き出した。
「わかってはいたことなんだけどねえ……」
人外が迫害されているというのなら、こうなることは予想してしかるべきだった。あの二人が魔物に見えるわけもない、ならば襲う目的は冒険者としての手柄の横取り。そう考えるのが妥当だろう。人外ならそれが許されるという風潮。ほとほと嫌気がさす。
それを踏まえた上でレートビィは指示を乞い、ハンテル達はおれを優しいと称したのだ。
わかってはいる。だけど、この手はまだ血に濡れておらず、それを忌避する感情がどうしても浮かんでしまう。
「あーあ、本当にくそゲーだよなあ」
ハンテルには悪いが、もう何もする気が起きなかった。改築は明日にしてもらおう。
いつかはすることだと思う感情とは裏腹に、それが来なければいいのにと思っている。
本当に、なんでおれはこんな世界にとばされたのやら。
考えても、答えが出るわけもなかった。