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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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ヒロインこそ心の特効薬

 目の前では、ゴウランの抜刀を槌で防いだオルワルトがそのまま振りかぶっていた。空気を切る音がこちらに届くほどの剛腕。一発でも食らえば即座に戦闘不能になる。

 それでも果敢に攻める赤鬼は、刀を振って斬撃を飛ばす。それに対して、サイもハンマーを振り下ろす。


「『進刀“蝶々”(しんとうちょうちょう)』!」

「『風砕撃重闘ふうさいげきじゅうとう』!」


 ゴウランの放った斬撃を風纏う槌がかき消した。おそらく実力的にはサイのほうがわずかに上。それをバフの差でこちらがリードする感じだろう。彼女は長年親しんだゲームのステータスを見る要領で、サイの力を分析する。


(技一つ見ただけじゃジョブはわかんないけど、たぶん重装兵の部類。素早さより防御や攻撃が高い。まあ、見たまんまだな)


 ああいうやつは状態異常に弱いのだけど、あいにく彼女もゴウランもその手のスキルはあまりない。だとするならば、やはり実力勝負で勝つしかないのだろう。


 ゴウランが刀を振るい、オルワルトが槌を振るう。どちらも武器を手足のように扱っており、武人としての練度の高さをうかがわせる。ゴウランは先ほどから紙一重で槌をきれいにかわしており、長年の経験で培った目でようやく対等に戦えているようだ。


 手数では圧倒的にゴウランが多い。だが、一撃の重さはその比ではない。加えて防御力の高さからか、ゴウランに決定打はなく、神経を削る戦いを強いられていた。

 回避とカウンターを主とするゴウランのジョブだが、もしカウンターが決まっても槌が止まらなかった場合、確実にゴウランは死ぬ。そんな分の悪い賭けをするなどできるわけもなく、彼は回避に専念して動いている。


「強い。これほどの者がいたとはな。ビストマルトに来れば、さぞ好待遇で迎え入れられるぞ?」

「ありがてえはなしだが、おれが強いんじゃなくて姫様のバフがいいんだよ。おれ一人の実力なんて、たかが知れてる」

「……ほう。お前はそんな謙遜をするようなやつには見えなかったが。よほど傾倒しているようだ」

「そりゃあなあ。国にはおれの鼻っぱしをぽっきり折るような連中がうろちょろいるし、正直結構自信をなくしてるんだぜ、これでも」


 刀と槌の持ち手が拮抗する刹那、二人は簡単な言葉を交わして別れた。追撃に刀が迫るが、オルワルトはそれをきれいにはじき、お返しとばかりに槌を振りかぶった。

 当たれば即死。だが、赤鬼は刀を鞘に戻して迎え撃つようだ。ゴウランがよけずに構えたのは、むやみな追撃によって体勢が崩れている――からではない。


 鬼の牙をむき出しにして笑うゴウランに、その意図を読み取ったオルワルトは目を見開く。だが、槌はもう止められない。オルワルトよりも重いであろうハンマーが鬼へと迫る。


 金具が赤い頭部をこともなく粉砕するであろうその瞬間に、鬼の姿は消えていた。


 抜刀を使ったカウンター技。鬼の姿はサイの後ろにあった。


「『幻返刀“鬼々怪々”げんへんとうききかいかい』――残念ながら、あの国ではおれなんて雑魚なんだよなあ」


 カキンと刀を鞘にしまう音とともに、サイの体に無数の裂傷が走る。素早く背後を取りながら何度も切りつけるこの技によって、ようやくダメージらしいダメージが通った。

 ビストマルトの将軍とここまでやりあえているのを実感して、やはり自分が弱いわけではなく姫様の従者がおかしいだけだったのだと、ゴウランは思い直す。あの強さに衝撃を受けた後では、オルワルト程度ではもう何の感情も抱かない。それに勝てない自分も、等しく雑魚に過ぎない。


(はぁ、腐ってんなあ、おれ。そりゃ盗賊どもにしてやられた後に、あいつらに鼻っぱしをばっきばきに折られちまったし)


 戦闘狂を自覚している彼だが、どうにも血肉が沸き踊らない。いや、今でも狂乱しているのだが、前ほどのめりこんでいけないのだ。

 絶対に届かない上がいることを突きつけられてしまい、急激に冷めてしまった。事実、彼らのことを考えたことで、ゴウランから覇気が少し薄まった。


「おとなしくここで倒れておいた方がいいと思うぜ。おれ以外だったら、あんたは即死だ」

「ふん、それでも退けぬよ。己が実力を疑っているような奴に、負けるなど恥でしかない」

「……あーやだねえ。おれもちょっと前はあんな感じだったのか」


 自分の力を信じ切っており、どんな強大な敵でもなんとかなると思っている。それはまさに彼らが来る前のゴウランだ。なまじ中途半端に強いがために、その思い込みに拍車がかかっている。

 若気の至りを突きつけられた気分は、あまりよくない。ここにいるのが姫君の従者の誰かであったなら、こんな苦戦もなかったのだろうに。


 そんな諦観が彼の腕を鈍らせたのだろうか、突撃を仕掛けてきたサイに対してわずかに反応が遅れた。微々たるものであったが、戦場では致命的だ。


「ちぃ、しまった」


 すぐさまカウンター技を発動するが、相手はそれを読んでいる。カウンター技はタイミングが命。振り下ろすタイミングを少しずらすだけで、発動が無効化されてしまう。


「そのあきらめてしまったような目、さらさら気に食わぬ」


 最初から意図していたとはいえ、あの大槌を振りかぶったあとでタイミングをずらすのは至難の業だ。獣人の剛腕、それも特上の腕力がなければなしえないカウンターつぶし。

 肉薄したオルワルトは吐き捨てるようにつぶやいて、槌を赤鬼へと鎮めた。否、赤鬼をえぐりとった。隆々とした剛毅な肉体は槌の形にえぐられ、紙屑のように吹き飛ばされた。


「ごはっ!」


 体の芯まで穿たれる一撃で、赤鬼の口から大量の血が飛び出した。そのまま肉体は地面に叩きつけられ、数回バウンドして動かなくなった。

 誰が見ても一撃必殺の技。攻撃力に特化したオルワルトの剛腕は、たとえつわものであろうとも一撃のもとに屠ることを可能としている。


 これで残るは白い姫君のみ。回復と補助特化の能力では、すでに詰んでいる状態だろう。オルワルトも武人の端くれであり、降参するなら命まで取るつもりはない。ビストマルトの将軍にしては、彼は獣人至上主義的な面が薄い。彼が最も尊ぶのは何よりも力であり、ゴウランのようなつわものにこそ敬意を表する武人だ。


 物言わぬ骸と化した赤鬼を見下ろして、オルワルトは憐憫すら覚えていた。

 あれほどの力を持ちながら完全に折れてしまった侍。早くビストマルトへ逃れていれば、もっと輝けていたかもしれないのに。


 そこまで考えてオルワルトは思考を打ち切る。死者に対する黙とうにかまけている時間などないのだ。ここは戦場であり、目の前にはまだ敵がいる。


 大きなサイからすると、白い彼女はなんと小さいことだろう。力持つものとして、蹂躙を好まない彼は降参を促した。


「おとなしくするなら命までは奪わない。降参するがいい」


 だが、こんなにも絶望的な状況だというのに、彼女に降参する様子はない。それどころか臆した様子すらも感じられない。まだ奥の手があるのかもしれないとオルワルトが構え、ならば即座に殴り殺すしかないと結論づける。彼女は何やらつぶやいており、杖が輝いている。オルワルトはそれを、自分にバフをかけているのだと判断した。

 あがくのならば受け入れよう。彼は戦いを求めるように視線を鋭くすると、返ってきたのは予想外なことに微笑んだ表情であった。噂では知っていたものの、やはり、実物を見ると思わず見とれてしまいそうになる。


「前のツキガスもそうだったけど、ビストマルトの将軍って案外いいやつ多いよな。人格者というか」

「……何が言いたい?」

「いや、こんなゴウランを心配してくれててありがたいなって。こいつはちょっと、やけになってたから」


 彼女はゴウランが自らの力を卑下しているのにきちんと気づいていた。表面上は好戦的を装っていても、どこか折れた感じがするのだ。ブレズの言いたかったことを正確に嗅ぎ取った彼女は、その行動を見て確信を強めていた。

 それが自分のせいだとも彼女は気づいている。ゴウランは常に彼らと自分を比較しており、どんどん自信を無くしていることも。負けるつもりなんか毛頭ないと言っていたが、勝つ気力もその言葉から感じられなかった。


「だから、お前に勝てるはずないんだよな。そもそも気持ちの時点で負けてる。なあそうだろ?」


 彼女が語り掛けたのはすでに息絶えたゴウランの死体。いや、死体だったものだ。槌の痕などきれいになくなった赤鬼が、刀を構えて立っていた。


 これにはオルワルトも驚きを隠せずに、呆然とすることしかできない。今、彼女が行ったことは紛れもなく奇跡の一端であり、完璧な蘇生魔法の行使だ。先ほどつぶやいていたのは、赤鬼を蘇生するためだったのか。


 その赤鬼はばつの悪そうな顔をして、彼女を守るように前に出た。オルワルトを見る目には、どこか申し訳なさそうな色がある。


「なあ、なんでおれに話しかけたんだ。あのまま不意を打てば終わってたんじゃねえの?」

「そんなことしなくてもお前は勝つだろ」

「信頼はうれしいけど、過大評価だね。おれは姫さんの従者ほど強くはねえの」

「だけど、お前だって強いだろ?」

「……っけ、姫さんって意外に男心くすぐるのうめえよな。将来いい悪女になる。そんなこといわれちゃ、おれがやる気になっちゃうだろ」

「絶対ならねえからな!」


 間をあけてオルワルトが槌を握る手に力を込める。まさか蘇生魔法が使えるとは思っていなかったため、動揺してしまった。だが、自分のすることは変わらない。目の前の敵をなぎ倒す、それだけだ。


 それに、彼はオルヴィリアの行動に肯定的だ。折れた武人を鼓舞するのは、いつだって味方なのだから。不意を打って得た勝利などではこの赤鬼は立ち直れない。それをわかったうえで、正々堂々勝負させようとする。一人の武人として、その主を持つことをうらやましくすら思う。


「蘇生魔法とは恐れ入った。今度は詠唱の隙も与えずに屠るとしよう」

「そりゃ困るな。そしたらさすがに負けだわ。んで、姫さん、おれにバフは?」

「あー……もう魔力が尽きた」

「嘘つけ! さっき二回までならいけるって言ってたじゃねえか! また一回目だぞ!」

「うっせえ、尽きたものは尽きたんだよ! 蘇生はしてやるから、とっとと行ってこい!」

「蘇生できるならバフかけれるじゃねえか!」

「断る!」

「ひっでえ!」


 自身も裂傷を数多く作り、きれいな白に赤が混じる姫君。それでも彼女は力強く鬼の背中を叩き、信頼していると訴える。自力で勝てるだろうと、彼女は言っているのだ。

 男勝りの口調で背中をたたく彼女は見た目とはかけ離れた精神の持ち主だろう。だが、そのやさしさは確実に赤鬼に届いたはずだ。


「お前は勝てる。おれのバフなんてなくても、十分に強い。だから、行ってこい」


 軽く背中を押すと、ゴウランがため息をつく。長い、長いため息。まるで自分の中のよどみを吐き出そうとしているかのような。


「ばっかだよなあ……うちの姫さんって。お前もそう思うだろ?」

「残念だが、私は嘘をつくのが好きじゃない」

「あっそ。ビストマルトの将軍のお眼鏡にかなうとは姫さんもなかなかやるな」

「そうだな、好ましいと思う」

「堅物で馬鹿正直かよ」


 ゴウランがため息を吐き終わり、サイに軽口を飛ばす。見た目には変わりないだろう。だが、確実に彼の中で何かが変わり、それをオルワルトは確かに感じた。


「おれさぁ、立ち合って思ったんだよ。おれとお前って似てるよな」

「そうだな。戦闘狂で相手が強ければ強いほど燃える、厄介な性質だ」

「んでさ、おれが折れた理由もなんとなくわかるだろ?」

「噂で聞いている。あの姫君の周りには壮絶な力を持つ猛者がいると」

「それだそれ。本当につええんだ。おれなんか目じゃねえくらい」

「それで――」


 サイが槌を振りかぶる。眼光を鋭くし、射貫くように光らせる姿はまさしく歴戦のつわものすらうならせる風格を持つ。

 大きな武器であるのに隙が見当たらない。彼女はかたずをのんで見守っており、自分に手出しができる状況ではないのだと悟る。送り出すことしかできない。それをもどかしく思いながら、ゴウランを見た。


 オルワルトの一挙一動が覇気となってゴウランに叩きつけられる。間違いなく自分がこれまで戦った中で最上位に含まれる相手。くすぶっていた炎がゆらりと灯る。


「お前はそこであきらめたのか?」

「そう見えるか?」


 戦う相手を見定めるような視線に臆すことなくゴウランは笑う。戦うなら敬意を表す。彼らはそれを当然だと思っている。


 両者構えを戻し、戦いへ。ぎらついていたゴウランの目が、さらに貪欲な光で満ちていく。もっと強さを。もっと、もっと。彼の昔を知る人がいたのなら、それはまさに最も飢えていたころの彼だと断言するはずだ。

 我ながら単純な男だと、ゴウランは自嘲する。だけど、信頼が心地よかった。自分で信じられない自分の強さを、あの姫君は信じてくれた。周りには彼よりずっと強い猛者がいるにもかかわらず、ゴウランを強いと言い切った。


 戦場でもそれを疑うことなく背中を預けてくれていたことを思い出す。だとしたら、信じていない自分の方が馬鹿みたいじゃないか。


「甘っちょろい戦闘ごっこなんかしててもあの場所には届かねえ。死んだらおれはそれまでの男だったってだけさ」

「ますますもって殺すには惜しい。だが、そういうやつらを殴り倒してこそ、私の道が開かれる」

「おれも同意見だ同類。せいぜいあがいて、おれの糧になってくれや」


 ゴウランの持つ研いだ刃のような風格が一層鋭さを増す。彼女が今まで見ていたゴウランとは格が違う。あれこそまさに、全盛期の侍。

 自分の励ましが功を奏したのだろうかと、彼女は胸をなでおろす。彼女はずっとゴウランが自分の力を信じてないように見えたので、それを鼓舞したかった。おそらくブレズやハンテルといった騎士なら、こうすると喜ぶであろうという基準で行ったのだけど、どうやらうまくいったようだ。

 自分の力を信じられなくている彼に、王様が向いてないと悩んでいた自分を重ねたのだろう。似ていたからこそ、ブレズの意図がすぐにわかった。進みながら常に後ろを振り返り、誰かと比較する。ハンテルの慰めがなかったら、今も彼女は同じだったかもしれない。


(こういうのを見ると男って馬鹿だなあって思うけど、あいにくおれも男なんだよな)


 にぎやかなはずの戦場で、風の音だけがいやに大きく響く。ゴウランの顔に皮肉めいた笑みはもうない。あるのはただ敵を見据える真摯な表情だけであり、刀のように鋭い光を宿した双眼が空気を張り詰めさせていく。


 互いに言葉を押しとどめ、先に動いたのは赤鬼であった。サイとの距離を一呼吸で詰め、さやから刀を引き抜いた。


「『抜刀“豹牙”(ばっとうひょうが)』!」


 目にもとまらぬ速さで抜かれた銀閃が、灰色の体躯を切り裂こうと迫る。

 速さで劣るオルワルトによけるすべはなく、鋭利な一閃を甘んじて受けるしかない。だが、防御力に関してでは、このサイはとびぬけているのだ。


 万物を切り裂くかに思われた一閃であったが、実際には腹部の鎧をそぎ、サイが誇る岩のような皮に切り傷を作ったくらいであった。肉を少しそいだ程度。ゴウランは飛び散る血を見て冷静に判断する。


 もちろんその程度で行動不能になるオルワルトではなく、ゴウランが刀を振るった時と同じタイミングで槌を振り下ろしていた。この素早い侍を打ち取るには肉を切らせて骨を断つのが最も効率的だと判断したのだ。


 鉄槌は寸分たがわずゴウランを狙い、反撃の隙を与えずに殴り倒す。カウンター技をする気配さえなく、これにはオルワルトもいぶかし気にならざるを得ない。


 繰り返し供述するが、侍の防御力は薄い。槌の一撃で瀕死、最悪即死だ。

 それでも今のゴウランにはよける気配なんてまるでない。まるで、自分が死ぬことすら計算に入れているかのように。


「『神への一歩(フェルブレス)』!」


 オルワルトの考えを裏付けるかのように可憐な声が響き、侍の体が力を取り戻す。

 そして、死んだ態勢から力を籠め、猛烈な勢いで刀を振るった。

 あいにく刀は槌に防がれてしまったが、驚きで踏み込みが甘くなっていたオルワルトが一歩押される形になってしまう。


「卑怯とか言わねえよな? これでもお前とやる前にさんざん浪費させられてるんだからよ!」

「当然! むしろ構わぬよ! さあ、貴様らの全力で私を打ち負かしてみるがいい! できるものならな!」

「やっぱお前っておれと似たもの同士だわ! んじゃあ、殺しあおうぜ! おれは生き返るけどな!」

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