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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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鷲とトカゲ

 どうにも姫様は自分の価値というものをわかっていないようだ。


 目の前を特大の火球で薙ぎ払ったホリークからため息が漏れる。

 どれだけ言葉を尽くしても、本気にしてもらえない。おれはあんなにも姫様のことが大事で世界の中心だと言っても、くすぐったそうに笑うだけなのだ。


「はあ、謙虚すぎるのも考え物だよなあ」


 控えめで楚々としており、優しい白色。こんな地獄に来てしまい、さぞかし気をやられていることだろう。

 それが心配で心配で仕方がない。基本的にやる気がないと自負しているけれど、姫様のことに関してだけは例外だ。


「『花咲く氷木寒害に咽べ(リーズレイスドロワ)』」


 津波をそのまま凍らせたような壁を作り押しつぶしながら足止めをする。かなりの数を漏らしているが、できるだけ姫様の負担を減らさなければ。

 姫様が怪我をしてしまったら誰が治すのか。ましてや死なれでもしたら、後悔してもしきれない。


 おそらく向こうにいるヴァルも同じことを思っているだろう。肌を刺すほどの邪悪がほとばしっており、息をすると肺が悲鳴を上げるのだ。

 おれですらそうなのだから耐性のない一兵卒からすればそれだけで精神を病むだろう。もっとも、そのほうが楽だし、本人もそのつもりなのだろうが。


「おれもヴァルみたいに邪悪をばらまけるとかできればよかったんだが。あいにく魔法をぶっ放すしかできないんだ――――『雪花洪青嵐雲(アブリゲートフリーズ)』」


 氷の壁をよけて現れた獣人たちに無数のつぶてをたたきつけながら、さらにため息。


 おれの武器である小さなクリスタルが手の上で瞬き、呪文を自動詠唱してくれる。それにより、おれが詠唱する呪文に加えて二重詠唱(デュアルキャスト)が可能となっている。

 普段ならこの身一つで十分なのだが、今回は万全を期すべきだ。出し惜しみしていては姫様に危険が迫るかもしれない。


 ――――なので、もう一つクリスタルを追加しよう。


 ローブから飛び出した小さなクリスタルはちかちかときらめきながら雷撃をぶちまける。おれまであとわずかといったところまで迫った獣人が一人、黒焦げになって崩れ落ちた。


 まあ、本当なら五つまで操作可能なんだが、そうすると魔力消費がシャレにならない。今回はブレズしだいで戦闘が長引く可能性があるし、何かあった場合即座に対応できる魔力は残しておくべきだ。


 体の周りに二つのクリスタルをまとわせおれは戦場を闊歩する。


 はあ、こんな死体の山、姫様が見たら絶対卒倒する。早く終わらせなければ。

 右を見ても左を見ても、肉塊と化したものがあるだけ。凍死、感電死、焼死、溺死、圧死、など、様々な死因で命を刈られた抜け殻が転がっている。


 あいにくおれはこんな光景でも感情が揺さぶられることはないが、姫様はそうじゃない。


 ああ、目の前に群がる肉塊のすべてが煩わしい。お前らのせいで姫様が帰ったらどうするんだ。奇跡は二度起きない。一度こうしてお目通りできただけで十分奇跡だというのに。


「……姫様の気を煩わせるな。姫様の気分を害すな。姫様の邪魔をするな」


 蹴散らせど蹴散らせど群がってくる能無しどもを屠りながら思う。


 おれとヴァルが前線にいるのは相手にとって不幸極まりないだろうな。これがハンテルなら結界技術で怪我なく丸く収められたかもしれないし、ブレズなら騎士道精神でこんな虐殺はしないだろう。

 無言で粛々と淘汰できるのはおれとヴァルくらいか。まあいい、こちらが脅威だということを植え付けるのには最適な人材だ。二度と姫様にたてつこうなどと思わないようにしなくては。


 おれとヴァルはどちらかというと軍勢を押しとどめる役割を担っている。人波を足止めし、姫様のもとへ行くことを阻むのが主な役割だ。

 蹂躙はブレズご自慢の三竜が行ってくれている。ブレズの制御を離れたあの巨体は並んで戦うには不安定すぎるので、本陣を襲ってもらうしかない。


 向こうが四万という軍を率いてきたとしても、何の問題もない。ただ、今回は状況が悪い。


 結界の守護が何より肝心なのだ。勝つだけなら造作もないことなのに、幾万という人波をすべて押しとどめるには人手不足だ。

 だからこそ姫様は自ら戦場に足を踏み入れ、結界付近の最後の守りを固めてもらっている。町にはハンテルと作ったトラップがいくつかあるが、それも完ぺきではない。


 人民に被害が出ようものなら取り返すのが困難だ。もともと人口が少ない国なのだから、先細りするのが目に見えている。


 被害を最小限に抑えなくてはならない。だが、国の象徴たる姫様が亡くなればすべてが水泡に帰す。それがわかっていても、あの方は立ち上がった。


 魔力を練りあげて放つ。単調作業の繰り返しだが、すべては姫様のため。

 だが、その合間を縫って、誰かがおれのそばまでやってくる。ほう、これをすべてかわしてくるのか。


 そいつは見たところトカゲの獣人のようだ。でかい体を器用に動かして、自動詠唱で繰り出される攻撃を見切っている。尻尾の先まで操って呪文をよけるのは並大抵の運動神経じゃないな。無数に走る傷跡は勲章のようで、それだけで生存率の高さを物語っている。

 ふむ、見たところ足を射抜かれているな。それを自己回復スキルで何とかごまかしているのか。素晴らしい精神力だ。


 まあ、おれには関係ないが。


「この化け物! てめえさえつぶせばっ!」


 おそらくは将軍のだれかだろう。レートビィが仕損じているということからもその可能性が高いな。どうにもあいつは敵に対して情けをかける癖がある。足を射抜いたからよしというわけでもあるまいし。どうせなら頭を射抜いてほしいものだ。


 偉そうなトカゲは手に持った大剣をこちらに向けて突撃してきた。

 クリスタルから放たれる自動詠唱の攻撃はすべて単調で、ある程度の熟練者ならよけるのもたやすい。そんなことは想定済みだ。


「お前さえ消せば、あとは進むだけなんだよ!」

「悪いが、この先には姫様がいる。お前を進ませるわけにはいかないな」


 適当な呪文で迎えうとう。どうせ何が当たっても死ぬだろ。


 おれは何となく炎の呪文を選択し、トカゲに向けて発射した。

 さっきまでの自動詠唱とは比べ物にならない速度、大きさ。しかも追尾式だ。どうあがいても、お前は死ぬ。


「くそっ! くそおおおぉぉぉっ!」


 いくら大剣で切りかかっても消せるわけがない。ほら、そうこうしているうちに半身が吹き飛んだ。

 肩から思いっきりえぐり取られたトカゲはその場でひざを折る。少しは強かったが、まあこんなもんだろ。この世界の奴らは総じてレベルが低いからな。


 その時だった、おれの胸に衝撃が走ったのは。


「…………あ?」


 気が付くと、おれの胸から鋭利な刃物が飛び出していた。


 切られている? いつの間に?


 振り返ると黒色のトカゲが目に涙を浮かべながらこちらをにらみつけていた。なるほど、あっちは陽動か。おれがトカゲに気を釣られているうちに、気配を消して真っ黒なトカゲが近づいてきたというわけか。まあ、魔法職だし接近戦は苦手だと見積もったんだろ。大当たりだ。


「た、隊長の敵……だ」


 ガタガタ震えながらもしっかりするべきことはする。まあ嫌いじゃない。あのトカゲはよっぽど部下に好かれてたんだな。

 自分の命を犠牲にして道を開く。軍職の鏡だな。


「っけ……ざまあみろ……化け物……これで、これで……」


 半身を削り取られてもまだ生きているのか。さすが将軍というべきか、その生命力は称賛に値するな。


 だからこそかわいそうだ。命を賭け、活路を見出し、それをつかみ取ったにもかかわらず。


 ――――すべては徒労なのだから。


「『火球(エンプティ)』」


 下級呪文で火を出すだけで黒いトカゲは燃え尽きる。おれの胸には刺さったままの剣があるだけ。

 それを顔色一つ変えずに抜き取ると、すぐさま傷口がふさがっていく。将軍トカゲは血を吐きながら目を丸くして、現実を受け入れられずいるようだ。


「なんで……だよ……。そんな自己回復、おれでも無理だぞ……」


 ああ、申し訳ない。確かに血は出るし、食べ物も食べるのだが、基本的におれは人じゃないんだ。

 努力賞として、簡単なネタバレくらいはしてもいいだろう。さすがにこんなに頑張ったのに報われないのは悲しすぎる。


「完璧な魔法生物(ホムンクルス)、それがこのおれ。姫様の魔道を支える物として設計された、ただそのためだけの道具」


 姫様の扱う禁忌の魔法には膨大な魔力が必要になる。それを補助するのがおれの役割であり、攻撃魔法を詰め込んだ防衛装置でもある。姫様はおれを人扱いしてくれるけど、本当は物置に放り込んでくれても全然かまわないんだ。


「だから、自動修復機能くらいは当然のように兼ね備えている。おれは、頭の先からつま先まで、この体を作る血肉すべて、蓄えられている魔力、そして存在そのものが、姫様に使われるためだけにある魔道具。姫様の意をなすことこそが存在意義である、ただの木偶人形だ」


 他の奴らはきちんと正当な進化をたどってきたのだが、おれだけは例外だ。おれにあるのはクリスタルの核であり、心臓なんて必要としていない。あるにはあるが、しょせんは飾り。体を貫かれた程度で、死ぬわけがない。


「……まあ、そんなわけで、おれは無傷だ。ご苦労だったな、せめて楽に死んでくれ」


 おれは呪文を唱えようと口を開いた。拷問は趣味じゃないんだ、痛みを与えることは本意ではなかったからな。それは、姫様の意に反する。


 このまま何もしなければ、トカゲは楽に死ねただろう。

 だが、それでもトカゲは立ち上がる。片腕は消し飛び、血が噴き出していても、よろめきながらも大剣を握る。


 ぎらついた眼光は衰えを知らず、口から血反吐を吐き捨ててなお、おれに向かって啖呵を切った。


「おれはビストマルト第10軍将軍、ヒベクリフ=デロア! てめえを殺す男だ、覚えておけ!」

「一応言うが、引き返すのなら命まではとらないぞ」

「愚問! ここで引き返すのは仲間を見捨てるも同義! かわいい部下と後輩のために、おれが逃げることはありえねえ!」


 おそらくは時間稼ぎだろう。おれの周りから露骨に兵が引いている。


 なるほど、一騎打ちに持ち込みながら、兵の安全を確保する作戦か。自分が長くない命だと踏んで、他を生かすことにした。嫌いじゃないな。


 だが、姫様の邪魔をするというのなら話は別だ。あれを素体にすればさぞかし強い兵ができるだろうが、あの姫様が人相手に改造の魔法を振るえるとは思えない。

 

 ならばやはり、即座に殺すのが一番だ。安心してほしい、痛みなど感じさせず、何が起こったのかわからないままに、命を止めて見せよう。


 魔法使い相手に呪文を詠唱させる隙を与えることなど愚行。それを十二分に承知して、トカゲはもつれる足に鞭うって駆けだした。

 死の淵に立った人というのはどうしてこうもすさまじい気迫が出せるものなのか。ブレズにこそ及ばないが、やはり将軍職というからには才能があったのだろう。


 そこに惹かれてしまうのは、自分が人形だという負い目のせいだろうか。生きる活力にあふれている姿がまぶしく感じられてしまう。ああもう、こんな感情なんていらないのに。姫様はどうして、どうしておれに感情なんてくれたんだ。


 彼我の距離は即座につまり、トカゲは剣を振り上げる。体を真っ二つにされてしまえば、さすがのおれも死ぬかもしれない。試してみてもいいのだが、今はタイミングが悪い。


 ぼそりとつぶやいて。最後に一つ、トカゲへのはなむけに。


「――――『我は秘めやかな(グラルチアス・)冷たき死人也(シューム・コフィン)』」


****


 ちくしょう。喉からあふれる血の味に辟易しつつ、おれは自分のふがいなさに歯を噛み締める。このヒベクリフが誇る自己回復でも逃げ切れない死の足音は、すでに心臓に指をかけている。

 今動けていることがすでに奇跡だろう。案外、死を前に成長した成果なのかもな。


 勝てないのはわかっていた。兵器と言われても納得してしまうほど高威力の魔法を惜しみなく放つあの鷲が、化け物でなくてなんだというのか。

 捨て身で一撃にかけるしか手はなく、それも失敗した今、おれにできるのは兵を一人でも多く生かすことだけだ。おれのかわいい部下たちでは手に余る。唯一ついてきてくれた黒いお仲間も、すでに先に行ってしまった。


 ちくしょう。ああ、何度でもおれは言ってやる。ここで死ぬことが悔しくてたまらない。


 軍職として死は常に覚悟してきた。だが、これほど圧倒的に蹂躙されることに誰が喜べるというのか。おれが日々積み重ねてきた鍛錬が、まるで届きもしない。

 まだ戦場にはツキガスちゃんもオルワルトさんもいる。おれにできることは、死が確定しているおれにできることは。


 少しでもこいつの足止めをして、本陣への攻撃を成功させることだ。


 勝てるとは思っていない。そこまで思い上がっているほどうぬぼれてもいない。おれはただの駒として、できる限りを尽くそう。


 鷲の魔法使いが呪文をつぶやいて、おれの体が氷に閉ざされる。冷たくも透明な檻が、おれの墓場となるのだろう。おれの剣は奴に届かず、ここでおれはおしまいだ。


 ちくしょう。あと少しで……ああ、あと少しで、毎日が楽しくなるはずだったのに。


 こんな化け物がいるなんて、ツキガスちゃんもオルワルトさんも知らないだろう。あの二人もいなくなったらシルクちゃんが一人になってしまう。あの子が案外寂しがり屋だなんて、ツキガスちゃんは知らないだろうなあ。

 ま、ツキガスちゃんだし。


 心臓の鼓動が弱まって、眠気にも似た感情が強くなる。

 おれはここで終わりだが、せめて、せめて。


 ツキガスちゃんだけは――――


****


 剣が振り下ろされることはなく、トカゲの体は氷の中に閉じ込められた。マスラステラの時とは違い、個人を完全に封じ込めるのに成功している。痛みもなかったはずだ。せめてそうであってほしい。


 氷の棺には傷だらけのトカゲが眠っている。心臓も止まっているのに、表情だけは先ほどのまま気迫に満ちて。


 これでこいつの死体はきれいなまま国へと戻されるだろう。自らを盾に味方を逃がした心意気に免じて、少しだけ手心を加えてやった。

 あるいは、わずかな可能性ではあるが、最上級以上の蘇生魔法が使えれば復活するかもしれないな。この世界でそれを準備するのがどれだけ大変かなんて、おれはよく知っているが。


 さて、感傷に浸っている時間が惜しい、また呪文で敵をなぎ倒していかねば。トカゲが部隊を後退させたせいで、陣形把握がおろそかになってしまった。


 自分は物である。だけど、姫様はそう思っていないみたいだ。胸を貫かれたなんて言ったらきっとすごく心配するだろう。自己修復機能があると知っていても、念のためにと回復魔法をかけるに決まっている。


 姫様はいつでもおれに優しい。おれなんて物置にでも放り込んでおけばいいし、服すら必要ないと思っている。必要な時にだけ起動して、あとは無視してくれて構わない。おれに構うことが時間の無駄だとすら思っている。


 それでも、なぜか胸が温かい。


「ふむ……ふむ、なんだろうな。嬉しいのだろうか」


 心配をかけさせて嬉しいとか自分も大分ぽんこつだ。だけど、きっとこの感情こそが姫様の求めたものなのだろう。人らしく振舞うことこそ、あの方は望んでいる。これまで純白のやさしさに触れてきて、わからないわけがない。


 ヴァルも、それに早く気づけばいいものを。邪悪をこじらせた潔癖症なんていつかは姫様にばれるだろうに。

 まあ、こういうのは人から言われて治るものでもあるまい。自分で気づかなければならないものだ。その時は、あのとがった性格ももう少し丸くなるに違いない。


 それに、もしおれが感情についてもっと理解できたのなら。あのトカゲのようになれるのかもしれない。

 いや、もう充分なっているのかもな。おれは姫様のためなら、本当に世界すら敵に回していいんだ。笑ってほしいと思うことがすでに、感情に毒されてしまっている。


 人らしくあれ、自分にはいらない機能だと思うのだが、姫様がそれを望むなら。


「おれは忠実にふるまいましょう……だから、まだ、ここにいてください……」


 姫様がいなくなったらと思うと胸が締め付けられる。こんな感情に支配されるたびになんて不合理的な機能なのだろうかと辟易するが、この感情のおかげでやる気がわいてくるのも事実だ。


 何があろうとも姫様をお守りする。

 おれはそう心に誓いを立て戦場を闊歩する。


 道具は、持ち主がいないと意味がないのだ。


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