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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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(番外編)防衛前線で兎は泣く

 こんなはずではなかったと、レートビィは後悔していた。


 姫様がビーグロウを送り返して数日。ノレイムリアでの暗殺が騒がれ、主要な武官が幾人も抜けたあの国の戦力が今や大幅に下落していることが露呈してしまった。

 当然それを逃すヨルドシュテインではなく、機は熟したとばかりに軍を進ませ、属国になるか戦争をするかの選択を迫る。大義名分など何の意味も持たない予定調和の進行に、かの国は当然慌てふためくだろう。……本来であったなら。


 小さな兎の予想では、進軍を大幅に遅らせるつもりだった。主要な道を封鎖し、いかにも人の手が加わってますよとこれ見よがしにアピールもした。警戒した彼らの歩みはカメのごとく、姫様の策がなるまでの時間稼ぎとしては十分だと見積もっていたのだ。


 だが、これはどうだろう。こんなはずではなかった。兎は心底後悔している。


「ああああ、ごめんね! あ、そっちはあぶないよ! ダメー! 止まって、止まって!」


 兎の声などかき消されてしまう阿鼻叫喚。今や森は、完全な地獄と化していた。


 うまく行き過ぎた。せめて大将を射貫くべきではなかった。そうすればまだ、撤退も視野に入れてもらえたのに。


 先達を失ったというのにそこはさすが大国の軍勢。すぐさま立て直し、一層の気合を入れて進軍することに成功した。成功、してしまったのだ。

 そうすればもうそこは兎の領域だ。兵の足はトラップに取られ、倒れた上からは眠り粉が降ってくる。魔物が好きなにおいを詰めた液体をまくトラップの周辺では死闘が繰り広げられており、冗談のつもりで入れたはちみつの沼では鎧の重さで兵がおぼれていた。


 そう、彼らは兎の予想よりはるかに弱すぎたのだ。それこそ、砦のてっぺんから森へと心配で駈け寄らせてしまうほどに。


「ううぅ、これじゃあヴァルのことそんなに強く言えないよぉ……。あ、君、大丈夫? そこの宝箱に回復アイテム入れてあるから、それを使って。そこらへんは安全だからそこから出ないようにね!」


 くしゃみが止まらなくなる煙幕をもろに浴びて呼吸困難を起こしかけている兵をなだめ、兎は向こうを指さす。その兵は涙目で何が起こっているのかわからない顔をしているが、それを信じるしか道はなく、這いずるように進み始めた。


 レートビィが顔を上げ、どこを見ても誰かが倒れているのが目に入る。空腹を刺激する魔法陣と肥満化によって素早さを下げるお団子の組み合わせなんて、なんでいいと思ったんだ数日前の自分! などと目の前の惨劇を見て涙ぐむ。肉団子みたいに膨れ上がった兵士たちは、当然鎧をはじけ飛ばして裸だ。もはや完全に喜劇であるが、状況からの浮き方を見て笑いすら出ない。しかもその肉塊がほかの兵士を押しつぶすという地獄さながらの光景を見ては、幼い兎が泣き出しそうになるのも無理はない。


 森ではあちこちでこんなことが起こっているのだ。パニックに陥った兵たちは方向感覚を見失い、完全に罠にからめとられた被食者へとなり下がっている。


 思えば、この兎は手加減が苦手だ。自分の強さを仲間以外の他人と比較する機会があまりなかったせいで、適切な力加減を知らないのだ。そのせいで最初の依頼で盗賊をミンチにしてしまったのも記憶に新しい。


 そんな彼がトラップを仕掛けたのだから、このありさまもある意味納得いくものなのかもしれない。進軍を遅らせるという役割は予定以上に果たせているのだが、兎としては全く納得できない結末になった。


「あわわわわ、どうしよぉ……み、みんな頑張って! 死にはしないだろうし、明日には全部トラップ回収するから! ……あ! ちょっとそこのみんな止まって! そっちには足だけ石化する魔法陣と上から毛虫をぶら下げるトラップがあるからって……うわーーんごめんなさいいいいいっ!」


 今度からもっとトラップを減らそう。そう兎は決めた。少なくとも、八割を通すつもりで作らないとダメだ。


 だが、これほど無様な醜態をさらすヨルドシュテインだが、彼らを責めるのもいささか酷であろう。確かに大将がいられた時点で副将が適切な判断をしていればこんなことにはならなかったかもしれない。しかし、数日前まで異常などなかった森に、これほどのトラップが敷き詰められているなんて普通は考えない。彼らの常識に照らし合わせると、道を閉鎖するだけの時間しかなかったと判断したのは、別に愚かではないのだ。


 これほど大掛かりなトラップを数日のうちに一人で行うこの兎こそが異常なだけであり、それを常識で推し量れと言うのはかわいそうともいえるのではないだろうか。彼らだって森を警戒していた。だけどそれがまさかこんな幼子が一人で膨大な罠を作っているなんて気づきもしない。何度でも言うが、この兎はヴァルに次ぐ隠密性の持ち主である。


 その結果がこれだ。数だけの有象無象を混沌に落としいれるこの惨状こそ、兎の能力を端的に表しているだろう。攪乱と諜報、戦闘とは別の要因で、この兎の単独行動能力の高さは随一だ。


「ど、どうしようどうしよう、いや結果的にはこれでいいんだろうけど……でもでも軽く地獄絵図ってるよねこれ。『思考伝達(チャット)』で連絡……いやだめだめ、僕だって立派な従者なんだから。このくらいは一人で何とかしないと。それに、失敗してるわけじゃないし……」


 自分を鼓舞しながらあたりをうかがってみると、悲惨極まりない光景は変わらずそびえたっている。これならおとなしくモンスターを呼び寄せておいた方がまだましだったに違いない。レートビィは心底後悔していた。


 だが、そんな兎の無邪気な悪意をかいくぐり、彼に詰め寄るものがいた。疲弊しきった顔を鎧兜で覆い隠し、進む足には絶望がにじみ出ている。それでも諸悪の根源を暴こうと詰め寄る気概を残した彼こそ、この軍の副将、ゼピア=オーサルタンだ。


「貴様がこの罠を張った一味か」


 問う声は短く、そして鋭い。兜に押しとどめられてくぐもったがゆえに、不気味さをまとって兎に突き刺さる。


 兎は涙目でその鎧騎士を振り向き、うなずいた。別に隠すことでもないし、彼としてはそのまま撤退してほしいとすら思っているからコミュニケーションには積極的だ。そのまま剣を首筋につけられたとしても、彼は顔色一つ変えない。


「うん、そうだよ。一味っていうか、僕一人なんだけど」

「……仲間をかばうあまりに見え見えの嘘を吐くのはよせ。まあ、今はそんなことを言ってもしょうがない。おい、お前なら安全な抜け道を知っているだろう。命は助けてやるから、我々を案内しろ。副隊長ゼピア=オーサルタン、この剣にかけて嘘は言わん」

「いいよ。でも、たぶん超えるのは無理だから、引き返した方がいいと思う。引き返すなら、トラップは少ないし安全だよ」

「抜け道を教えろと言っているんだ。我らはどうしても国境に行かねばならん」

「さすがにそれは無理だよぉ……だって、『まだ森の半分も進んでないじゃないか』。このまま進めば絶対死人がでるよ」


 そんなことはオーサルタンにもわかっている。だが、議会の命令は絶対なのだ。失敗することがあれば、責任を問われるのは彼だ。

 オーサルタンの目に映るレートビィはとても愛らしい姿をしている。聖教騎士として民を愛する彼が幼子に剣を向けるなど心の痛むものがあるが、異教徒にかける情けを持ち合わせることなど許されない。たとえ彼の兵に対して哀れみで涙をこぼしていても、剣を引くという選択肢は最初から彼にはない。


「ねえ、もう帰ろうよ。明日にはトラップもみんな作り直して攻略しやすくするからさ」

「それでも我らは進まねばならぬ。吐かぬと言うのなら、拷問にかけてでも吐かせるまで!」


 幼子の悲痛な声を振り切って、オーサルタンは剣を振り上げる。もちろん殺す気などないが、痛めつける必要はある。

 それは完全な交渉不能を意味していた。兎が思い抱いていた、撤退してもらうという作戦がついえた瞬間だったから。


 だから、そこで兎はコミュニケーションをとることを放棄した。


「決闘だーーーーっ!」


 レートビィは振り上げられた剣を難なくよけ、騎士に向かって声を張り上げた。よく響く高い声に驚いて、オーサルタンは構えを解く気配がない。


 そんなオーサルタンをビシッっと指さして、レートビィは涙目で叫ぶ。


「今から決闘をします! 僕が勝ったらみんな帰ること! いいね! 絶対だよ!?」

「……何をふざけたことを言っている」

「僕が負けたらトラップを全部解除する! これでどう! そんなに悪い条件じゃないよね」


 そう言われてしまえばオーサルタンは乗るしかない。もとより踏破不可能な地獄、ここに一縷の望みを託して何が悪いというのか。


 だからオーサルタンは手加減をしない。いくら愛らしい幼子とはいえ、彼は全力でつぶそうと決意する。彼に獣人差別思考はないのだが、そうも言っていられない状況だ。


「よかろう……単独で私に挑んだことを後悔させてやる」


 言うや否や、オーサルタンの周りに光が舞い始めた。光の粉は鎧の周りを踊り、神々しさを増していく。

 ゼピア=オーサルタンの職業は神聖騎士だ。光による加護と攻撃を得意としており、回復も備えた攻守万能な型としてゲームでも人気が高い職業の一つ。

 彼は副隊長であり、当然のように上級魔法にも精通している。使えるスキルはわずかとはいえ、上級魔法が使える時点で世界有数の実力者であることは疑いようがない。


「輝け『貴煌壁ストゥヴィア・モーレース』」


 そして、これがオーサルタンの使える数少ない上級スキル。彼が血反吐を吐くような鍛錬の果てに獲得し、難攻不落と称えられる由来となるもの。

 このスキルは効果時間の間、あらゆる攻撃を肩代わりしてくれるという能力を持つ。防御力などがない代わりに、状態異常すらも光の粉が受け持ってくれるのだ。


 このスキルのおかげで、オーサルタンは今まで無事だったともいえる。対峙するのは幼子一人、いくらスキルで補おうと突破するよりオーサルタンの剣先が喉笛を切るほうが早い。


 そう計算して――それがどれほど見当違いなのかも知らないで、彼は剣を構えて勝利を確信する。


 だが、その自信なんてどこ吹く風で、レートビィは首をかしげて問うてくる。


「えっと、それだけで大丈夫? なんだったもうちょっと待つよ? 万全の状態で君を倒して、みんなには逃げてもらわないといけないし」


 どうやらこの兎は上級スキルを知らないらしいと、オーサルタンは判断した。涙の痕が残る顔できょとんとしたまま、動作を見つめている。


 舐められているのか、本当に上級だと気づいていないだけなのか。判断はつかなかったが、これ以上は望めない。なれば、剣をもって答えよう。

 オーサルタンは決意を決めて、レートビィへと駆けだした。


「あ、もういいんだね。わかった、じゃあ悪いけど、ちょっとだけ本気で行くからね」


 騎士の名に恥じぬ気迫を叩きつけられてもなお、兎はにっこりとほほ笑んだ。

 揺らがない圧倒的覇者の自信。その異常に気づいたときにはもう遅かった。兎は小さな体をかがめて、こぶしを握り。思いっきり前へ――


「『一投拳(いっとうけん)』!」


 オーサルタンが聞いたのは、戦士なら誰でもつかえて当然の初級スキルの名前と、自分の腹で鎧が砕ける音。『貴煌壁ストゥヴィア・モーレース』は一瞬で霧散し、残された威力だけで鎧が砕かれる。そんな規格外の威力で彼は吹き飛ばされたのだ。


 トラップに叫んでいた兵たちが何事かと目を見張り、泡を吹いて倒れている副隊長を見つける。彼を知る者は、そんなことが起こり得るのだろうかと青ざめる。


 結末を見届けて、レートビィは勝利の咆哮を上げる。もうこれ以上地獄を見るのは忍びないと、優しい兎は退却を促した。


「ぼっくの勝ちー! みんなは即座に撤退するように! そして、もう来ないで! 次は本当に死人が出ちゃうかもしれないし!」


 あの小さな兎はオーサルタンを吹き飛ばした。その事実は恐ろしい寒気となって兵の背中を駆け上り、恐怖の命ずるままに森から逃げ出そうとかけていく。トラップで精神をそがれていた兵たちはすでに心が折れており、とどめとなってしまったようだ。


 その隙に、レートビィはトラップを解除していき兵たちを開放していく。少し経つと、森の残されたのは幼子一人となった。


 途中こそ死屍累々と言うほかない光景だったが、死傷者は驚くほど少ない。結果良ければすべてよしだろうと、兎は前向きに考えることにした。少なくとも、彼の主の土地は守られたのだ。最低限の働きはしたと言っても過言じゃない。


 レートビィはそう頷きながらトラップを回収しようと動き出す。これでもう軍はここに進攻しようなどと思わないだろう。というか、そうであってもらわないと困るのだ。兎には彼らを丁重におもてなしする自信などとうになくなってしまっていた。

 この兎は純粋であり優しさも持っているが、手加減というものを知らないのが玉にきずだ。彼らはうち何人が、まだ戦意を胸に宿し続けられるだろうか。ヴァルを相手にしたアーフィムのように、これほど圧倒的な蹂躙を体験しては命を守るために引いたとしても責められない。


 仲間内では遠距離や索敵ばかりが目立つレートビィだが、肉弾戦が不得手というわけではない。拳闘士スキルも数多くそろっており、見た目以上に頑丈な子供である。

 それでこそ、万能兵器と言われるブレグリズと肩を並べる戦闘性能であり、一対一なら結構いい勝負ができるほど。近距離だろうと遠距離だろうと彼一人ですべてカバーできる。そんな破格な性能を有しているのが、レートビィという盗賊なのだ。

 最強の盗賊というコンセプトで作られ、その通りの実力を持ってはいるのだが、いかんせん幼い。ゲームではCPU操作に関係なかったためキャラ付けだけで設定した年齢が、まさかここで拾われるとは彼女も思ってなかったはずだ。


 最初からこうしてればよかったなあ、と兎はため息をつくが、それは本当にその通りだ。大軍戦に向かないという評価は彼らと比べての話であり、一般的に考えればこの兎も十分に一人で軍隊とためを張れる。それも彼の切り札を考えれば、戦力としてはおつりがくるほどに。


 姫様にこんなところ見せられないなと思う幼子は、今のうちに涙目を隠そうと決意する。せっせと罠を回収し、明日にはみんな帰ってもらおう。さすがにもう一回進軍するなんて自殺行為をされると本気で手加減できなくなってしまう。


「ハンテル、手伝ってくれないかなあ……」


 彼の結界魔法さえあれば、もっと事は簡単だったのに。壁を作りさえすれば、足止めにはなった。


「だめだめ、弱気になっちゃ。僕だって姫様の立派な従者なんだから……」


 半泣きになっていると、急に『思考伝達(チャット)』が飛んできた。兎は慌てて鼻をすすり、ぶれないように慎重に声を送り返す。


「ん、ヴァル? うん、うん、攻めてきたよ……もちろん平気。僕一人でだって十分だったよ。だからここは僕一人に任せて。だれも送ってこなくていいから。ほんと、ほんとだって。トラップの山にみんな慌てて逃げていったんだってば」


 暗闇を強くする森で響く一人分の声。別にしゃべる必要はないのだが、ついつい口から洩れてしまっているようだ。その声音は、気丈にふるまおうと頑張っているのが手に取るようにわかる。もし相手がヴァル以外だったなら、すぐに心配の声が飛んできていただろう。


 最上の結果を上げながら今後の課題を多く残した兎は、森の守り神としてしばらくの間ここに君臨する。


 その後、ここには地獄の門があると不吉な場所とされてしまうのだが、それは少し後の話だ。


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