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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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戦場は凄惨を極める

 ブレグリズは策をなすために後退、ハンテルは結界を再起動するためにモニュメントに単騎で向かう。レートビィは町から敵将を射貫くために待機して、ヴァルとホリークは左右に分かれて敵を迎え撃つ。ブレズが召喚した三竜は突撃をかけ本陣を叩く。

 イグサとステラはハンテルが即席で作った町の結界を起動させ、被害の軽減に努める。


「姫さん、一応告白しとくけど、さすがのおれもこんな状況は初めてだからな。自分の身は自分で守ってくれよ」

「わかってる」


 おれに声をかけるのは赤い鬼。隆々とした体躯をもつゴウランはおれと組まされて敵陣に向かい合っていた。

 ヴァルやホリークほどの性能を持たないおれは、ゴウランと組むことで各々の性能を活かし、町の入り口で敵を蹴散らすことになっている。三竜やヴァルたちがうち漏らした敵を刈り取るのが主な仕事だ。これならすぐに撤退できるし、みんなの不安も減るだろう。


 地平線の向こうから圧倒的な地響きが足裏に伝わってくる。何千何万という兵で構成された進軍が、大地を揺らして町へとなだれ込んできていた。

 脳までゆすられそうな緊張感の中、ゴウランがあくびを浮かべて語り掛ける。だが、飄々とした態度とは裏腹に、その目はぎらぎらと好戦的に輝いている。


「それにしても、まさか姫さんとこうして背中を合わせて戦うことになるなんて想像したこともなかったぜ」

「お前、最初からおれらのこと疑ってたからな」

「そりゃ胡散臭すぎるしな。ぽっと表れて盗賊問題やらなにやらたちどころに解決して、気が付けば建国してやがる。おれみたいな一般人からすりゃ、到底不可能ってもんだ」

「すまなかった。おれのわがままに巻き込んだんだ」

「いやいや、姫さんが謝ることじゃねえよ。嫌なら住人総出でお前らを追い出してる。どのみち搾取されて死ぬか戦の中で死ぬかの二択しか選べなかったんだ。なら、おれは戦で死ぬ」

「死なせないからな」

「……そこだけは意思が硬いよな。そうだろうな、そのために立ち上がったんだもんな」


 赤鬼は妖艶に弧を描く刀を抜いて、光にさらす。きらりと刃こぼれないさまをためつすがめつしたのちに、満足して鞘にしまう。刀を抜いても無反応だったおれをみて、ゴウランが呆れたようにため息を漏らす。


「なんというか、お前らって馬鹿だよなあ。ここでおれが姫さんの首をとれば、少なくともおれが死ぬことはないんだが」

「それは困るなあ」

「困るだけかよ。ほら、こういう時こそ笑ったほうがいいぞ。姫さんは無理しすぎなんだよな。見てて痛々しい」

「自覚はある」

「緊張で口数が少ないのは、まあわかるけど、いつもそれだと疲れるだろ。おれの事を信用してるのか、そこまで考えられていないのか」

「信用してる。それは確かだ」


 そこで赤鬼はにやりと口角を上げる。


「なるほど、わるくねえなこりゃ。こんなかわいいお姫様から信頼してるといわれちゃ、裏切るなんてできやしねえ。それにんなことしたら、ヤクモに嫌われそうだしな」


 帯刀している鞘が肯定するように音を立て、ゴウランの覇気を強めた。その強さは町一番どころか国でも上位に入るはずだ。人外ということさえなければ、さぞかし名を広めていたことだろうに。

 だが、所詮は個人だ。大軍を前にするには力不足極まりない。


 故におれがいる。みんなに無理を言って、戦場に出してもらったおれが。


 ゴウランを見ると、決意や戦意があふれ出しそうなほど強い光となっている。この光が折れるかどうかで、おれの戦力が変わる。


「ゴウラン。おれにできるのはバフをかけることと回復することだけだ。切られても切られても、お前は死ねない、おれが死なせない。これはそういう戦いだ」

「わかってるって。こっからおれはきっと、死んだほうがましだと思うような痛みに身をなげうつんだろうな」

「……そうだ」

「何度も言ってるだろうが。それは承知の上。おれはもう、手をこまねいてみてるだけは嫌なんだよ」


 精悍な鬼の顔はいささかも揺らぎなく、しっかりをおれを見据えて離さない。

 おれの子とは違うから、無私の奉仕など求められないのはわかっている。それでも、ゴウランは揺らがないと言う。


「この町が盗賊にやられてる時、おれは怪我のせいで何もできなかった。姫さんに治してもらわなかったら、きっと今でも戦闘なんてできっこなかった」


 盗賊に襲われ始めたとき、ゴウランは不覚を取り致命傷を負った。町一番の戦力が抜けたことで、盗賊が暴れまわり、差別のせいでほかの町に助けを求めることもできなかった。

 窓から荒廃していく景色を見て、ゴウランはきっと己の無力さを嘆いていたに違いない。何もできないでいる自分をただただ突きつけられる苦痛は、きっとおれには計り知れないものがあったはずだ。


「できることがあるのなら、全力でする。たとえ死ぬよりつらいことになっても」

「わかった。おれもできる限り補佐するから、死ぬなよ」

「はいはい。というか、姫さんなら蘇生魔法とか使えるだろうに」

「使えるけど、体がなくちゃ話にならないだろうが」


 ビーグロウの影武者を蘇生できなかった時のように、蘇生には体が不可欠なんだ。


「はあん、だとすると魔力の使い過ぎもダメなんだな」

「なんでだ?」

「ん、そりゃ体から魔力が枯渇すると灰になるからだろうが。まさか、知らなかったのか?」


 そんな設定あったっけ……。記憶をひっくり返しても、そんな設定は出てこなかった。


「確かに姫さんほどの魔力量だと、そんなことの心配はないだろうからなあ。だけど、魔力は生命の源なんだから、使い過ぎは厳禁だ。戦争では、魔法を使いすぎて体を崩壊させる魔法使いが後を絶たない」


 なるほど、言われてみればステラを進化させたとき異様にだるかったな。あのまま使い込めば、体が崩れていっていたのか。……こわ!

 だとすると、燃費の悪い進化系統の魔法って、本当に使い道がないんだなあ。禁忌だからではなく、そもそも使える人がいないという問題にぶつかりそうだ。


 こんなやり取りで少し気が楽になったころ、地響きが強くなってきた。視界に、色とりどりの体躯を持つ獣人が押し寄せて来るのが見える。


 戦争が、始まる。その質量の膨大さに屈しかける膝を叱咤して、顔を無理矢理にでも上げてやる。視線を外さず、来るべく敵を見据えて。


『敵将その数4体。軍の数はおよそ四万といったところかな』


 狙撃のほかに索敵も受け持つレートビィの『思考伝達(チャット)』が響く。


『敵将は僕が射貫くし、そっちのサポートを重点的にするけど……無理しないでね』

『わかってる。ありがとうな』


 敵の数は見えてきた。だけど、さすがに目に見えるだけで四万はいないだろう。後ろの兵が来るかどうかは、ハンテルの作業速度にかかっているといったところか。


『姫様、何かあればいつでもこのヴァルデックを頼ってください。至急駆けつけます』

『おれもおれも。結界整備放り投げてすぐにいくから!』

『困ったらすぐに言ってね。蝶々たちを飛ばして姫様を安全な場所に逃がしてあげる!』

『そうだな。無理だと思ったらすぐに退くんだ。おれの魔法に巻き込まれたら目も当てられない』


 うん、心配してくれてるのはありがたいけど、過保護か! 知ってたけど!

 まあ、旗頭が不慣れな戦場に立つっていうだけで不安になるのは仕方ない。おれだって生きて帰れるか不安だし。あいつらの手前、絶対返ってくるとは言ったけど、絶対なんてありえないよな。


 でも、そんなに頼りないかなあと改めて肩を落としていると、最後にブレズの声がする。


『我々もできる限りのことはしますので、姫様も十分お気を付けください。ゴウランにも、自分と向かい合うように言い聞かせておくとよろしいかと』

『……ん? どういう意味だ』

『彼は少しばかり……そうですね、自分を見失っている状態かと思います』


 そうなのだろうか。付き合いが浅いから断言できないが、一見して最初と変わりないように見えるのだけど。でも、だとするとおれがこの前感じた違和感を、ブレズも感じているということなのだろうか。

 同じ武人のブレズが言うのだから確証も得られたというもの。具体的には分からないけど、おれはそのままゴウランに伝えることにした。


 赤鬼は左右非対称に眉をゆがませ、器用に疑問を表情で表すだけだった。


「なんじゃそりゃ。おれに自分探しの旅をしろってか」

「詳しいことはおれにもわからん。ただ、ブレズがこれを言えばわかるみたいな態度だったから、思い当たることがあるんだろうと思ったんだけど」

「残念ながら、おれはいつだって自分に正直だぜ。んで、向こうの情報は何かわかったのか?」


 ん、んー、なにか隠してるのかな。よくわからんけれど、それを追求する余裕はもうなさそうだ。おれはさっき聞いた情報を開示する。


「ほー、四万とは結構本気じゃねえか。ますます絶望的だ。ってか多すぎだろうが。姫さんらをそこまで警戒してるのか……ああそうか、姫さんらはありえない魔法技術をさんざん見せつけてたし、そりゃ敵陣に兵器の一つや二つ想定してるか。そんなのがあればもっと楽だったんだけどよ!」

「その割には、楽しそうだな」

「お、やっぱりばれるか。おれは結構戦闘狂だからな。早く刀を振るいたくてうずうずしてるのさ」

「あまり突っ走るなよ。サポートできなくなる」

「そんときゃ引っ張ってでも戻してくれ」

「狂犬かおまえは!」


 まさか前町長がこんなに狂犬キャラだとは思わなかった。義に熱いところはあるが、基本的には戦闘馬鹿だ。


 さて、じゃれ合いもここまでか。敵は距離を詰めてきている。おれもそろそろ準備しないと。


 おれは息を吸い込んで、体に魔力をいきわたらせる。ただの人でしかないゴウランの能力を、おれの手で底上げしなくては。


「『闘神の準備運動(アップアンドアップ)』『盾の楯(ディフェンシブースト)』『即席韋駄天(アレグロインスタント)』『魔力充填(マナトレーフィン)』『未知なる抵抗(サイポート)』」


 攻撃、防御、素早さ、魔攻、魔防。それぞれをしっかりと底上げしてやる。

 最初の盗賊退治の焼き増しだな。でも、あの時より状況はずっとひっ迫している。おれの中のすべてを注ぎ込むつもりでバフをかける。


「『毒を食らわば皿まで(ノーセンキュー)』『徹底節制(ゴーシュパーレン)』」


 状態異常耐性の向上とMP消費減少効果も付加。果たして、これでゴウランはどれだけ戦えるようになるのか。未知数ではあるが、やれるだけやるしかない。


「仕上げに、『女神は常にほほ笑む(ディ・アイフロリス)』!」


 これでバフが切れて困ることもない。ステータス画面が見れないのが苦しいが、これだけでも戦えるようになったはずだ。


 ゴウランに聞いてみると、感心したような答えが返ってきた。


「想像以上だな。これほどまでの魔法を使えるやつなんてみたことねえや。今ならどれだけでも戦える気がするから、安心して後ろにいな」


 人の壁が迫ってくる。おれらを飲み込もうと大挙して押し寄せる軍勢を前に、ゴウランは気丈に笑うのだ。その強さがあれば、おれもしっかりと立てるのかもしれない。


 赤鬼が腰を低くして構える。抜刀の構え、柄に手を当てたままゴウランは前にとんだ。


「さあて、いっちょうやりますか。侍ゴウラン、背水の陣こそ晴れ舞台だ!」


 肉壁を前にあまりに無力な存在に見える侍は、壁とぶつかりあったところで刀を抜いた。

 瞬間煌く一閃。一振りというには小さなそれが、はるかかなたの敵まで一刀に切りつけた。

 おののく敵の合間を縫って、鬼が笑う。


「『抜刀“豹牙”(ばっとうひょうが)』。切れ味は保証付きさ」


 血汚れ一つない刀は蠱惑的に輝き、まるで血をすする妖刀を思わせる。赤い体躯と相まって、その雰囲気は恐怖を誘う。


 遠くの戦場で氷山が沸きだしたのが見えた。きっとホリークの仕業であろうそれを受けて、彼らの戦慄が走るのがわかる。人離れした御業を前に、一瞬戦意が揺らいだ。両隣はきっと、死屍累々となっていることをほうふつとさせるのだ。誰かの命が消える音が、耳の奥で聞こえた気がした。


 その隙を逃すゴウランではなく、さらに一歩踏み込んで刀を振るった。軌跡は斬撃となり、兵たちを切り裂いて進む。血しぶきが冗談みたいに吹き荒れるさなか、凛とした鬼の声が響く。


「『進刀“蝶々”(しんとうちょうちょう)』――いつもより倍以上の切れ味だ。こりゃ、千人ぐらいなら足止めできそうだな」


 そこで兵たちがようやく攻勢に転じ、手に持つ武器を鬼めがけて振り上げる。


 ゴウランのジョブ、侍は攻撃力こそ高く手数や攻撃方法が多いものの、肝心の防御はあまり高くない。基本的にカウンター戦術と回避することを優先しなくてはならないジョブであり、馬鹿の一つ覚えで攻撃していいステではない。

 だが、今は引くことのできない場面だ。後ろにおれがいるこの状況で一歩でもひるめば敵が流れ込んでくる。ジョブに合わない戦法を取るしかない彼を、おれがどれだけサポートできるかで戦況が変わる。


 基本的にビストマルトの兵は薄着であり、獣人の運動能力をフル活用した戦い方をする。素早く、そして力強く。人の体ではバフをかけないとできないことが、彼らには容易に行える。その身体能力ゆえに、予想以上に討ち漏らしが多い。脳裏に狼と鷲の悔恨が響くが、ごめんな、今返信できる余裕はないんだ。


 振り下ろされる武器はその重さを感じさせないほど軽く、普通であれば一撃で大打撃を食らうだろう。だが、それがゴウランを打ち据えるよりはるかに早く、持ち主に刃が届く。


「『返刀“黒山羊”(へんとうくろやぎ)』! おらっ、おれを打ち取りたかったらそんなへなちょこじゃ駄目だぜ!」


 カウンター技を決めながらゴウランは咆哮する。人が入り乱れる地獄で、自分こそ打ち取るべき敵だと。おれから視線を奪い取り、おとりとしてためらいなく目立とうとしてくれる。


 肌を震わせる邪悪な気配はヴァルの物だろう。氷山とは反対の半身に拒否反応で震えが駆け上ってくる。ああ、確かあいつには邪神のかけらをいれたんだったな。それがこの距離でも濃密に匂ってくる。死を孕む不吉の風、生き物としての本能に語り掛けるほどの邪悪をヴァルはためらいもなく放っているというのか。

 あいつはいつもまじめな顔で、きりりとしてて、少々やりすぎるけどいいやつだ。――いいやつなんだ。だけど戦場では関係ない。いまのあいつは命を遮二無二刈り取る邪悪だ。


 別の方向では氷や炎や雷が怒り狂い、ちり芥を吹き飛ばすように軽く命を掬い取っていく。広範囲攻撃にたけたホリークが本気を出せば、彼の周囲は何人たりとも近づけない死の領域と化すだろう。あるものは焼かれ死に、あるものは凍り死に。彼らは無慈悲に、蹂躙される。

 いつもいつも不機嫌そうで、でも好きなものには誰よりも勤勉に打ち込む鷲。その鷲の一声で、人知を超えた力が地獄を作るだろう。そこはきっと、あいつ以外立つことができない地獄だ。


 わき上がる砂埃にはむせ返るほど濃い血の臭いが充満していて、息をするたびに喉に不快感が満ちる。ゴウランが刀を振るたびに血が噴き出して、誰かの叫びが耳を震わせる。赤にまみれた名前も知らない誰かの体から、生が流れ出して物言わぬ死体となっていく。


 イグサのモンスター屋敷とは比べ物にならないほど凝縮された死の臭い。生々しく、悲痛な叫びがはびこるここが、戦場という名の地獄。見慣れた原であるがゆえに、地獄と化すことがひどく悲しい。


 気が付くと、おれは吐いていた。肺まで満ちる血の臭いを押し返そうとしているかのように、おれは胃の中の物をぶちまける。

 最近食が細かったことが幸いしてそこまで長くは続かなかったが、おれがどんなに自分を叱咤しても胃は恐怖で縮こまって泣き叫ぶように吐しゃを繰り返した。


「おいおい、姫さん大丈夫か!?」


 見かねたゴウランが駆け寄ってきてしまった。進むしか許されなかったのに、おれのせいで。


 よろりと足はふらつくが、まだ笑顔は取り繕える。大丈夫、おれはまだやれる。


「はは、ごめん、思ったよりきついねやっぱし。せっかくの美少女が台無し」

「無理だったら何時でも言えよ。町に入ればイグサたちが結界を張ってくれているんだ」

「わかってる。でも、おれが言いだしたことだから、もうちょっと頑張るよ。こんなところで倒れてなんていられないんだからな」


 ひどい顔だとはわかっているけれど、それでも笑顔を作る。ああ、ゴウランの体はもう傷だらけじゃないか。いくらなんでも全部をかわせるわけないんだから、当然だ。

 おれを気遣うゴウランに隙ができる。これだけの人数で、それを突くやつが出ないわけがない。


 無慈悲な一撃が振り下ろされる。ゴウランはそれを察知して動くも、やはり、遅い。


「――ちぃ!」


 身をよじって致命傷を避けられたものの、振り下ろされた武器は鬼の腕を切り落とした。

 赤くたくましい腕が本体と離れて宙を舞い、草の上にぼとりと落ちる。さっきまでゴウランの一部だったものは、動く気配を失った。


 多量の血液が切り口からあふれ出し、彼の赤を深紅に染め上げる。だが、それでも赤鬼は止まることはなく、武器を振り下ろした相手に刀を突きつける。


「『突刀“啄木鳥”(しとつきつつき)』!」


 こぶし大の穴を人体に穿たれ、完全に物と化した獣人は崩れ落ちる。しかし、そんなことをしてもゴウランの腕が戻るわけもなく、彼は鬼気迫る形相で敵陣に突っ込んでいった。ああ、いくら防御力にバフをかけたところで、やはりたかが知れていると言うのか。


 片腕でがむしゃらに刀を振るうゴウランはまさに鬼の迫力を醸している。流れ出る赤もそれを彩って、彼に夜叉を宿らせる。


「片腕が! なくとも! 後れを取ると思うなよ! 『流刀一真“龍涙瀑布”りゅうとういっしんりゅうるいばくふ』!」


 一振るいで何十もの斬撃を放つ上級技を繰り出し、あたりを刃で牽制する。痛みを紛らわせるように叫び、手負いの獣の凶暴さを見せつけるようだ。

 しかし、どれだけ取り繕っても失った血は戻ってこない。早く治さないと。おれは何のためにきたんだ!


「ゴウラン!」


 おれは赤鬼めがけて駆け出し、杖を振るう。精神の乱れで魔法が揺れていたけれど、そんなこといってられるか。


「『死せる病を救う口づけファインネルメイデンビジー』を!」


 即興で使えるうちで最高の回復魔法だ。天級のせいでMPが結構削られたが、腕を失ったゴウランに出し惜しみなんてしてる場合じゃない。

 腕をなくした場合、それはどうなるのか未知数だった。ゲームではHPが回復するだけで、見た目の変化なんてあるわけなかった。

 だから、持てる全力を出した。おれにできることなら、すべてを出し尽くすつもりで。


 はかなげな光がゴウランを包み、なくした腕を形作るかのように集まっていく。

 次に光が消えたとき、ゴウランの体は戦闘前と変わらぬ姿になっていた。もちろん、腕もだ。それを確認しておれは胸をなでおろす。よかった、これでまだなんとかなるぞ。

 にわかに騒然とした雰囲気がただよい、誰もかれも目の前で起きたことへの理解がワンテンポ遅れた。なくした腕が復活する。それはどう考えても彼らの常識では起こりえないことだったからだ。


「っは、さすがだな。なくした腕を戻すなんて聞いたことねえや。こりゃ、血も戻ってんじゃねえのかな」


 わずかに和らいだ形相でゴウランが口から血反吐を吐き捨てて笑う。歯をむき出しにした野獣の笑みではあったが、幾分か血行の良さがうかがえた。


 そんな様子を見せられて、周囲が驚愕の視線をおれに注ぐ。取り繕うことが無理なほどひどい顔だったが、さっき吐いたおかげでちょっと楽になった。だから、今の状態もすんなり受け入れられる。狙うなら回復担当から、どんなゲームでだって常とう手段だ。


 幾多もの武器がおれに狙いを定め、突進してきた。ゴウランの腕が飛んだことを考えると、防御バフは当てにならなさそうだ。おれのレベルの方がはるかに高いので切り落とされることはないかもしれないが、完全に防ぐこともまた難しいだろう。


 あー、こんなことだったらハンテルみたいに弱攻撃を自動的に遮断するスキルとかつけておけばよかったなあ! おれは自分が戦うことなんて全く考えてないスキル構成だから。


 やけくそ気味になりながら、何対もの血走った目を迎え撃つ。戦闘能力なんてないけれど、耐えることぐらいはできるんだ。吐くものは全部吐いた。これ以上無様をさらすこともない!

 震える足をかばうように表情に力を入れて決意を固めていると、目の前にゴウランが飛び込んできた。刀をぐるりを回すとそこに透明な壁ができ、あまたの武器をはじいてくれた。


「『盾刀“亀甲”(じゅんとうきっこう)』! おいおい、姫さんになにかあったらおれが殺されるんだ、もうちょっとおれを頼ってくれよ」

「自分の身は自分で守れとか言ってなかったか」

「あれは心意気の話な。実際にそんなことやられたら戦線はすぐに崩壊するんだよ。おれは捨て身で突撃をかける、姫さんはおれを回復する。それでぎりぎり保てるかどうかだ。おれは姫さんの従者ほど強くねえんだよ」

「そうか……『晴天、汝、光を纏え(オーロラレストレリア)』。光のベールで防御力を底上げしてやる。これはバフじゃないから効果延長呪文の範囲外なんで、効果が切れたらすぐに戻って来いよ」

「りょーかいりょーかい。姫さんも、それ自分にかけておけよ。んでさ、前から聞きたかったんだが、さっきの回復魔法って上級?」

「いや、天級。前はばれたらめんどくさいから嘘ついた」

「だよなあ! 腕とかがそんな簡単に治ってたまるかってんだ。やっぱお前らおかしいぜ」


 それだけ短く言葉を交わして、ゴウランはすぐに敵陣に突っ込んでいく。だが、あまり離れてしまうと分断されてしまうので、ゴウランの刃が届かないぎりぎりの距離感だ。そのおかげで飛び散る血しぶきがおれの白を汚していくが、もうそんなことに構っていられなかった。吐き気は胃にくすぶり続けているが、鼻がマヒしたおかげで悪化することはないだろう。

 周りはもう敵だらけだ。町に張った結界のせいで入ることのできない兵たちがおれらを取り囲み、数にものを言わせて襲い掛かってくる。ゴウランが動きを止めると、そこがおれらの敗北だ。レートビィも無数の弓矢を降らせてくれているけれど、どうしたって誤射を恐れておれらより遠くの敵を撃つことがほとんどだ。


 おれは何度も小刻みに回復をかけ、ゴウランの体力を充填する。肩で息をし始めるとそれが合図になり、強制的に戦えるようにしてやる。まるで機械に燃料を注いでいるような気分になるけれど、一番つらいのは誰が見たってゴウランであろう。


『ブレズ、まだかかりそうか?』


 ヴァルの『思考伝達(チャット)』が響く。疲れを感じさせない声は恐ろしいくらいだが、こいつはたとえ怪我をしていても同じような声音で話すんだろうな。

 今まで飛んでこなかったのはおれの集中を妨げることを恐れてのことだろう。それでもわざわざ飛ばしてきたのは、おれの生存を確かめるための意味も含まれてるに違いない。


『すまない。やはり周囲への被害が予想以上に出そうだ。できるだけ急いではいるが、あと少しだけ時間をくれ』

『私は別にかまわないが、姫様の戦況を判断してだな。姫様、そちらはまだ大丈夫でしょうか?』

『……ああ、大丈夫だ。ゴウランがよくやってくれている』

『かしこまりました。どうにもならないと判断したら、すぐ町にお戻りください』


 やはりブレズはまだ時間がかかるか。そりゃそうだよな、被害は未知数、脅威も未知数の状態で特攻するには怖すぎる。最悪、余波だけでおれらが死にかねない。

 これが終わったらブレズには練習してもらわないと。あれをするたびにこんな時間がかかるんじゃ使いづらいだろうに。


『時に姫様。ゴウランは大丈夫でしょうか?』

『まあ、今のところ。お前がさっき言ってたこと、ちょっとわかってきた』


 刀を振るい敵を切り殺す侍だが、その覇気の中にどこか投げやりなものが見受けられる。自分の命など顧みない行動が多々散見され、ブレズに言っていたことの意味が形を帯びていく。戦闘狂、捨て身、などと本人は言っていたが、どうにもそれとは違う毛色の気がする。

 それが何なのかはまだ漠然としているけれど、このままいくとあまりよくないのではないだろうか。


 そう言いたかったのだけど、唐突に割り込んできた虎にかき消されてしまった。


『姫様ー! 無事か、怪我とかしてないか?!』

『今度はハンテルか。おれは無事だが、それより結界の方はどうだ?』

『それが残念なことに想定より被害がでかいな。あいつらが撃ってきた兵器、やっぱり対結界兵器とかそんな感じだろうな。結界を構成する魔力を逆流させて、装置自体に負荷を与える仕組みかな。おれと相性最悪。なので、これを直すのは一朝一夕じゃ無理と判断して姫様の援軍に行くことにしたから! よろしく!』


 ハンテルが来てくれるのは素直に心強い。けど今の話を聞いているとそうも言っていられないんじゃないだろうか。

 おれはあの毛皮に甘えたくなる自分に鞭を打ち、その意見を押し返す。


『いや、だめだ。その兵器が町に撃たれたらおれらは終わる。おれらがこうやって戦えているのは、イグサが結界を維持してくれているからだ。あの結界がなくなったとたんに、兵たちは町に流れ込むぞ』

『……だよなあ。まだ撃たれてないことから連射はできないみたいだし、姫様の加勢に行くのも悪くないんだけどさ。あれが破られたときにとっさに直せるのはおれくらいなんで、その判断で間違いない』

『わかってていっただろお前』

『おれらが一番優先するのは姫様だからな。でも、その姫様に言われちゃしょうがない。おれは町に戻ることにするよ』


 ハンテルの声に誰からも反論は上がらず、彼の進路が決定した。


『いやー、やっぱ姫様はいい王様になるよ。そんな切羽詰まった状況でも、冷静な判断ができるのはかなりの美点だ。んじゃ、おれは町に帰ってイグサと交代するよ。戦えるようならステラを代わりに送るんで、それまで持ちこたえてくれ』

『イグサはどうする?』

『……正直な話、イグサはいっぱいいっぱいだろうな。即興で編んだあの結界の維持に、相当魔力を持っていかれてるはずだ。ステラも付けたのは魔力補給の意味もあるんで、おそらくイグサは戦える状態じゃない。何かあったらレビィに言えとは言ってあるから、連絡がないところを見るに今のところ大丈夫そうだ』


 普通に考えたら町一つ覆う結界をずっと維持するのは至難の技だ。ハンテルが鼻歌交じりにやってのけているんでそのへんの感覚が薄れているが、並大抵のことじゃない。

 それをただの魔法使いに一任しているこの状況は、やはり薄氷の上を歩いているに等しいのだろう。それを改めて痛感し、気を引き締める。


 ハンテルからの通信が途切れ、おれはまた戦場に取り残された。バフで強化したゴウランが殺りく兵器と化し、あたりに屍の山を築き上げていく。

 足の踏み場もないほど肉で覆われた地獄では戦いづらいと、おれらは徐々に町へと後退している。左右にはそれぞれの地獄が広がっており、余波で死ぬかもしれないゆえに後退していくしかないのだ。

 屍の道が町へと続いていく。おれらの選んだ道が血で濡れて伸びていく。


 軽々しく決めたつもりはなかった。だけど、結果はあまりにもむごい。

 それでも、決めたんだ。崩れそうになる相貌を律して、目をそらさずに向かい合う。


 一筋の水滴が、いたわるように頬を流れ落ちていった。


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