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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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王様の重さ

 今のところ計画は順調だ。

 おれはヴァルから『思考伝達(チャット)』で報告を受け、つつがない進行に胸をなでおろす。チートだとは思っているが、不測の事態がないとも限らない。とくにレートビィにいたってはあんな遠くまで単独行動させたことなんかないし、何か起きないが不安でしょうがない。

 優しいと言われてはいるが、さらに加えて過保護なのかもしれない。


 おっと、今はそんなこと考えている場合じゃないな。おれも目の前のことに集中しないと。


 来客用に整えた部屋で、おれはビーグロウと向かい合う。獅子はおれの顔色を見て、あらかじめ返答がわかっていたかのように頷き返す。


「どうやら、交渉は決裂かな。そんなに悪い条件を持ってきたつもりはなかったんだけど」


 そう言いながらカップに手を伸ばしてお茶を流し込む。ちなみに、これがすでに五杯目だ。ヴァルがいないせいで今日はブレズが執事であり、そのせいでこのホモは無駄におかわりを要求する。


 小金のたてがみを撫でながら問う貫禄は百獣の王の名に恥じないだけのものがある。柔らかな物腰のようでいて、こちらの深部までのぞき込もうとする目に遠慮はない。


「残念だよ、君らとは良き隣人になれると思っていたのに」

「悪いとは思う。お前がここに来るにもいろいろ悶着があっただろうに」

「いやいや、そんなことを言ってはいけないよ。君は利益を求めて私との同盟を蹴った。それが国のためになると判断したのなら、私のことは放っておきなさい。相手を気遣いすぎると身動きが取れなくなるよ」

「なんでそんな優しいことが言えるんだよお前は。怒られるとすら思ってた」

「ふふふ、きっと君が見ていて危なっかしいからだろうね。君は当主になるには優しすぎる。そのうえ命令一つで命を投げ出すこともためらわない猛者がついているせいで、慎重になりすぎている。そういうのがきっと、心配を誘うのだと思うよ」

「……そうか」


 まあ、読まれてるよなあ。こいつは仕事がら、人を見る目がある。おれが向いてないことも過保護で慎重になってることも、すぐさまばれてしまったんだろう。


「それに、こうなってしまうと戦争は避けられない。君らに会うのもこれが最後かもしれないと思えば感傷的になるのも当然だろ?」

「おれらは負けるつもりなんてないけどな」

「そうだろうとも、私だってそうさ。だれだって負けるつもりで戦わないよ。あいにく戦争は専門外なので私の出番はこれで終わりだが、健闘を祈るよ」

「でも、それは戦争になったらという話だ」

「ん? まだ何かあるのかい。こちらからの同盟を破棄して何か言えるほど、強い立場ではないだろうに」


 それでも獅子は包容力を押し出してどうぞと聞いてくれた。なので、おれも頑張って考えた案で応えよう。


「ノレイムリアの北端の土地を譲る。それでどうだろうか?」

「……驚いたね。ひょっとして、冗談かい、それ?」

「本気も本気さ。ノレイムリアにはすでに了承を取ってある」


 そのために恩を売りに行ったんだ。ヴァルからその約束を取り付けた話は聞いてある。公式文章での約束事ではないのでいまいち信用性に欠けるが、この話し合いが私的なものだというのなら、おれだってこんな話をしてもいいはずだ。

 まあ別に、これは成功率の低い賭けだから、成功しなかったらその時はその時だ。そもそも、ノレイムリアが土地をくれない可能性もあったんだからな。ってかどう考えてもその方がでかかったんだよなあ。


 獅子はしばし顎に手を当てて考え込んでいたが、確信を得るために質問を投げかける。


「なるほど、私との同盟を蹴ったのはやはりノレイムリアとつながるためだったか。確かに小国相手なら対等な立場になる可能性も高いだろうからね。それは想定の範囲内、なのだが……土地を譲られるほどの恩を売るとなると……そうだね、ヨルドシュテインとつながっている売国奴の討伐、かな?」

「相変わらず話が早いな……」

「いやなに、これは難しい話ではないよ。ノレイムリアとつながる以上、あそこが属国となられては困る。ならばそれを救う過程で恩を売ろうというのは自然なことじゃないか」


 話が進めやすいのはうれしいけど、穴があるとすぐに逆転される。そんな緊張感が絶えずおれを包んでいる。


「でも、その部分の土地を譲り受けたとして、我々はどうしたらいいのか。確かにそれならノレイムリアを属国としなくとも接点が持てる。我らの長年の仇敵に詰め寄ることができる。だが、移動手段がないだろう。それとも、この前の関税の話をそっくりそのままこちらに返すつもりかな。君らは何一つ得をしないというのに」

「ポータルを作る。これなら問題ないだろう?」

「……さっきから冗談にしては突拍子もなさすぎないかい? ポータルがあれば確かに移動手段の問題は解決するよ。でも、あれを作るには膨大な時間と極めて優れた魔法使いの管理が必要だ……いや、待ってくれ。ひょっとして君らは……」

「そう。『そのポータルの管理をおれらが引き受ける』ならどうだ」

「うん、いいと思うよ。とするなら管理費用か、使用料を取ることで外貨も獲得できる。しかも商売相手は我が大国で、転送先はヨルドシュテインの国境付近。新たに得た土地に物資を運び込まなければならないことを考えると、莫大な利益を見込める」


 じっと、ビーグロウがおれを見つめる。底知れない知性をたたえた目は老獪な魔物を思わせるほどに深く、恐ろしい。

 今までこの知性に転がされてきた身としては、なんとしても挽回したい。果たして、獅子は何を思うのか。


 これが、おれらの作戦。うまくいけば戦争を回避できるし、ノレイムリアも助かる。その上、失敗してもそれほど痛手はない。

 やらないよりはやったほうがいいだろう。おれはそう信じている。


「悪くない、と私は思うよ。まあ、私は戦争反対派なのでその意見に乗っかりたいが、陛下がどう考えるものか……。それに、その意見を実現できる見込みはあるのかい?」

「当然ある。うちの魔法担当のホリークなら朝飯前だ」


 生身でも『一足飛び(ショートカット)』が使えるレベルなのだから、魔道具を作ることだってできるだろう。手が足りないならおれも手伝えるし。


「このネーストの前に非干渉区域を作ってほしい。そこにポータルを設置し、管理を請け負う。そして、そのためにおれらが得た土地を提供する。これでおれらを認めてはくれないだろうか」

「それなら宿場町としても需要は生まれるね。実現すれば、君らは完全に新興国家の仲間入りだ。それはそれで楽しそうな案じゃないか」


 ビーグロウはブレズにおかわりを乞い、注がれる茶褐色の液体に自分の顔を映しこんでいる。何を考えているのだろうか。やっぱり、この案に不備でも……? うう、怖いなあ。


「もちろん、信頼に足る証拠は見せてくれるんだろう?」


 あ、よかった。話は次に進んでくれた。

 それは想定されるものだったのでおれもすぐに返答できる。


「ホリーク、来て」

「かしこまりました」


 おれは控えていた鷲を呼び寄せると、ローブに身を包んだ大柄な鷲がこちらに歩みよってきた。人前ということでいつも以上に整えた鷲の凛々しさは平時より高く。鋭い瞳には底知れない英知が眠っているように思わされる。


「この前のヴァルデックもそうだけど、ここは私にとって天国なのではないかとたまに思うんだ」

「空気ぶち壊すのやめろホモ」

「ここまで精悍な鷲はビストマルトでもめったに見ないから、私としたことがブレズの前で何とはしたない。君の周りの獣人種は皆造形美が素晴らしいね」


 まあおれには獣人種の造形美なんてさっぱりわかんねえけどな!

 獅子が見とれているにもかかわらず、ホリークは表情を変えることなく近づいてきた。


「この美貌は確かに私の信頼を得るには十分だけど、あいにく他の人を説得するには力不足かな」

「お前の信用基準ががばがば過ぎて不安になってくるなもう……」


 気を抜くとすぐギャグに走るんだからこいつは。

 おれがホリークを呼んだのはほかでもない、『一足飛び(ショートカット)』が使えると言うことを実践してもらおうと思ったからだ。そのために、この鷲にはわざわざビストマルトにまで行ってもらった。レートビィらの出発と同じくして、この鷲は南へ向かったのだ。

 ホリークが何をしようとしているのは理解した獅子はその表情を一変。幸せそうな顔かわ信じられないものを見るようになる。


「もしかしなくても、私を送るつもりかい? 『一足飛び(ショートカット)』で」

「え、そのつもりだけど」

「自分だけじゃなくて他人を送ることができるのは、私の知っている限り一人しかいないね……世界最高峰の魔法使いと同じことを彼ができるとでもいうのか」


 あ、そうなんだ。確かにおれらは全員使えるから試した事なかったけど、もしほかの人にも使えるならもっと普及しててもよさそうだな。


 さてさて、あまり時間をかけすぎてもよくないな。策が崩れてしまう。おれはホリークに目で合図すると、鷲は掌をすっと前に出す。いや待て、いや待てホモライオン。何自然に握ろうとしてるんだ。おとなしくしててくれ、動くたびにギャグをばらまくのやめろ。


「なあ姫さん、どこに飛ばすんだったか。魔物の巣ど真ん中でよかったか?」

「気持ちはわかるけど、落ち着いて」

「わかってるさ。……『一足飛び(ショートカット)』っ!」


 鷲のローブが一瞬はためいたかと思うと、獅子の姿が消える。獅子は無事ビストマルトの帝都に飛ばされただろうし、ここまでは順調だ。……ちゃんと帝都に飛ばしたよな?


「もちろん。まあちょっと座標が狂って、銭湯の女湯に飛ばしたかもしれんが問題ない。喜んでくれるだろきっと」

「えげつねえことするなあ……。あ、ハンテルもういいよ。『一足飛び(ショートカット)』対策機能を復旧させてくれ」


 『思考伝達(チャット)』でそう伝えると、にゃんにゃーんとかいう耳障りな返答が返ってきた。おれと二人だけの回線だからって、さすがにどうかと思うぞ。でもまあ、これでもう向こうから『一足飛び(ショートカット)』でこれないだろう。おれらは免除されてるからあまり関係ないんだけど。


 ふう、とおれは大きく息を吐く。綱渡りのような策略を連日続けているんだ。すでに精神は摩耗し始めている。こいつらしかいない部屋で、おれは少しの休息を得ようと力を抜いてだらけよう。どうせすぐに緊張の連続が訪れるんだから、少しくらいはいいだろう?

 そうしていると、微笑んだブレズがそそとこちらにやってきた。すでに体の一部となったポッドを持っており、華やかに香る液体を注いでくる。


「お疲れ様です姫様。ささ、お茶をどうぞ。今お茶菓子もお持ちいたします」

「ありがとうブレズ。でも、今は食欲がないから、お茶菓子はいいかなあ」

「ダメです。それでなくとも最近食が細いご様子。気疲れするのは分かりますが、食べられるうちにお食べください。姫様が体を壊されては、私たちが心配で倒れてしまいます」

「そーなんだけどねえ……やっぱり緊張してるんだろうなあ」

「ま、そんときはおれが何か栄養剤でも合成してやるさ。姫様の健康管理はおれらの責務だし」


 ああ、それはいい。ホリークの作る栄養剤なら体のためになるだろう。ここのところ寝つきも悪いのは、完全にストレスだろうな。


 おれが宣言したのだから、覚悟はしているつもりでいる。ヴァルが虐殺をしたことも、きちんと理解している。本人はいたってまじめで、正当な理由の元に行ったことだ。咎めるわけにもいかない。


 おれがずれているだけなんだ。この世界になじめていない、おれが。


「姫様、お茶菓子をお持ちしました。今日は砂糖をたくさん入れましたので、甘くておいしいお菓子になったかと思います」


 ふわりと、いかつい竜の顔にそぐわない優しさを浮かべてブレズが近づいてきてくれた。こんなにごついのに甘い匂いを纏わせて、湯気みたいに柔らかい雰囲気をにじませて。


 ……ああ、なんで涙腺が緩むんだろうな。


「なあ、姫様。さすがに疲れすぎじゃねえのか。睡眠薬と栄養剤なら調剤しとくぞ?」

「ありがとうホリーク。だったらお願いできるかな」


 無表情ではヴァルといい勝負をするホリークが、不安そうにまなじりを下げるほどの顔をしていたのか。この演出で使う『一足飛び(ショートカット)』の座標登録のためだけに長旅をしてきた鷲に疲れは見えず、ただおれを案じる表情が穿つだけ。


 原因に思い当たるところがあったのだろう、ブレズがそっと、まるでお茶を注ぐかのように丁寧に言葉を添えた。


「ヴァルにも、悪気があったわけではございません。あいつも常に姫様への最善を考えていることをご理解ください……」

「それはわかってるから」


 言われるまでもないこと。おれが慣れればいいだけ。


 ああ、ああ、もう嫌になるなあ。おれはどんだけみんなに心配をかければいいんだよ。


 ごまかすように、温かいお茶を胃に流し込む。美少女に似つかわしくない動作だけど、そんなことにもう構っている余裕はない。ほんのりと熱を伝える液体に、ブレズのやさしさを感じて、ほんのちょっとだけ心が和らいだ。


 おれはお茶菓子を持ってきたブレズを見る。赤くたくましい竜騎士。優しくて少し天然のドラゴン。トレーに乗せた彩り豊かなお菓子が似つかわしくない顔をしたこいつには、これから働いてもらうことになるだろう。


 今回の作戦は、こいつが主役なんだ。


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