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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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兎の心情

「どうせヴァルは殺しちゃっただろうなあ」


 ノレイムリアの王都よりはるか北。ヨルドシュテインとの国境付近まで来たレートビィはそう呟いた。

 何かあればすぐさま報告し、軍の足止めをすること。それがこの幼子の役割だ。政治中枢が混乱した隙を突かれたらたまらないと、彼の主が気を配ってくれたのだ。


「あーあ、なんで姫様もヴァルに邪悪を与えたんだろうな。何かの間違いじゃないのかなあ。姫様、あんなにやさしいのに」


 ノレイムリアとヨルドシュテインの国境付近は冬になると大雪が積もるほど寒い場所だ。そんなところでもいつも通り半裸に近い服装をしているが、兎は意にも返さない。


 いまのところ異常なし。今頃はヴァルがアーフィムをぶっ殺しているはずだ。


「ヴァルも別に無理しなくていいのに。僕や姫様だって、ヴァルのこと邪悪だなんて思ってないよ」


 吐く息が白く、紡がれる言葉は心配そうに白い。


 忍び込むならレートビィでもできたことだ。だが、ヴァルは自分がやると言ってきかなかった。それこそが自分の役目だと思っているのだろう。兎はそこが気に食わない。


「別に殺す必要ないと思うんだよなあ。むー。そりゃ、その方が後腐れないけどさ。……うわ、『病状酌量の余地はないシックオータムコロシウム』使ったの?! 完璧に根絶やしじゃん」


 白い指先に舞い降りた蝶から現場の状況を知った兎は頬を膨らませた。姫様が知ったら悲しむことだろう。レートビィはそれが何より悲しい。


 レートビィがいるのはノレイムリアの砦の最上部、さらにその上の屋根だ。狼と同じようにこの兎にだって、誰にも気づかれずに上るくらいは楽勝だったりする。

 冬には枯れた木々が立ち並ぶ森は夜の静けさをまとい、砦から見下ろすととても幻想的だ。時間があればもっと探検して、役立ちそうな素材をホリークへのお土産にできたのに、と兎は考えていた。国境付近ということもあって、あまり人の手が入っていない素材が数多く見受けられたのだ。

 そんな地平線が見える位置で景色を楽しみながら、兎はふてくされる。


「むー、べつに対象一人だけ殺すなら僕もしょうがないかなーって思うけどさあ。周囲全滅させるのはちょっとやりすぎなんじゃないかなあ」


 ヴァルが自分の邪悪のせいで姫様に触れないでいるはほぼ全員が知っている。知らないのは彼らの主くらいだろう。あの狼は自分の邪悪を積極的に押し出しすぎだと、レートビィは思っている。


「そりゃさそりゃさー、姫様から頂いた大事な性質だもん。特別にしたい気持ちはわかるよ。大方姫様の不安を取り除こうって魂胆だろうけどさ、それは逆効果なんじゃないかなあ」


 あの姫君が屍の山を築いて喜ぶとは思えない。狼は不安材料さえなくなればいいという考えなのだろうが、その手段については無頓着なきらいがある。結果だけを求めているからこそ、身を削って最善を選び続けている彼女が疲弊しているのではないだろうか。


 しかし、レートビィが理解しているのはぼんやりとしたことであり、言語化して狼をたしなめるほどはっきりしているわけでもない。それでも兎は従者の中では善良な部類であり、ブレグリズに並んで良心をつかさどっている立場だ。

 邪悪をコンセプトに作られたのが狼であるのなら、無邪気さと善良をコンセプトに作られたのが兎である。このファンタジー世界で生きていけるだけの覚悟はあるが、基本的な価値観は彼女の世界に近いものがある。


「うーんうーん、でもどうしたらいいのかなあ。今度ブレズやハンテルに相談してみようかなー」


 レートビィは自分がヴァルほど賢くないだろうという自覚はあるし、大人びてもいないと思っている。だけど、それでも彼は主や狼が心配なのだ。それは幼さゆえの直観か、兎は狼のことをとても気にかけていた。


「うー、でもきれいごとだけでやっていくのはやっぱり無理だよね。そのくらいは僕でもわかるもん。あーもー、僕も早く大人になりたいなー!」


 下手すれば落ちてしまう屋根の上で兎はごろごろと転げまわる。背伸びばかりしていても、まだまだ全然大人には足りない。自分もいつか大きくなってブレグリズみたいにみんなを守れるようになりたい。それが兎の夢なのだ。


「ううぅ、姫様も僕のこと大人に作ってくれればよかったのに」


 でも、大人の見た目で性格がこんな子供っぽいのはいやだなあ。と兎は思い直し。だったら早く大人になるしかないと決意する。いつか姫様より目線が上になって、しっかり守れる頼りになる男になる。それを想像してレートビィは口元をにやけさせた。


「次同じような依頼があったら絶対僕がするんだ。大丈夫、僕だって姫様の立派な従者だもん」


 そこでレートビィはとあるものを見つけた。


 こちらに近づいてくるモンスターが一匹。雪熊系のモンスターだとあたりを付けた兎はすぐに弓を構えた。

 砦のてっぺんにいるレートビィからは豆粒くらいにしか見えない熊めがけ、弓を振り絞る。砦にいる兵力を考えれば問題はなさそうだが、余計は混乱を防ぐため先ほどから何回もこうして狩っているのだ。

 砦の兵士が今日は静かな日だと思っているその裏側で、小さな兎の暗躍がある。


 レートビィが矢を放つとそれはきれいにモンスターに突き刺さり、一気に体力をゼロにした。こうしてまた一匹、砦の平和を脅かす魔物が息絶えた。


 それを確認して兎は構えを解き、屋根の上でまたごろごろし始める。周囲にはなった蝶からの情報を鑑みても、当分は平和そうだ。


「こんな感じで、遠距離から一撃でしとめるのは僕の方が得意だよね」


 自分には積極性が足りてないのかもしれない。レートビィはそう結論付けた。あの白色が誇る従者の中で最も遠距離に適しているのは自分だと彼は自負している。単独行動に向いているのは兎か狼の二択だが、探知や調査スキルを考えるとやや自分に軍配が上がるはず。彼はそうやって自分を鼓舞し、次こそはもっと働こうと決める。


 実をいうならば、先ほどからレートビィがしとめているモンスターは普段なら考えられないほど多い。平時では一日一体砦にやってくるかどうかなのだが、今日だけでこの兎はすでに両手の指で数え切れないほどの数を狩っている。

 その理由を兎はとうに知っている。この砦よりはるか先、ここから見えないヨルドシュテインの国土で兵たちが野営地を築き上げているのだ。そのせいで狩場を荒らされたモンスターがここに押し寄せてきており、普段では考えられない数が散見されてしまう。


「まあ、さすがにまだ来ないよね。ヴァルが言うには混乱が伝わるのは時間がかかるって言ってたし。……ああ、もしかして、それを遅らせるために周囲を根こそぎ殺しちゃったのかな。なるほどねー」


 ようやく狼の行動の一つに合点がいき、兎は喉をうならせる。大量虐殺は認めがたいが、その先見性には頭が上がらない。やはり自分はまだまだ子供なのだと思わされる。


 でも、少しは自分のことも信用してほしいとレートビィは唇を尖らせる。たとえ軍勢がこの砦まで押し寄せて属国になるよう威圧しに来たとしても、たどり着くころには半分以下に減らしている予定なのだ。

 ここらはすでに、盗賊職を極めた兎のテリトリーだ。進軍でもしようものなら、レートビィお得意のトラップで悲惨な目にあうことだろう。


「ふっふっふーん。早く来ないかなー」


 普段は使うことのない罠技能をふんだんに使えて兎は気を持ち直す。いたずら大好きではあるがいつもは使う相手がいないため、今回はその欲求不満を爆発させた形となった。

 刺激物の煙幕に、眠り粉の爆弾、さらにははちみつの沼などなど。子供心あふれるトラップが彼のスキルによってたくさん用意されている。命を奪うようなものはないが、進軍するとしたらかなりの遅れを生むことは間違いない。


「その途中に回復アイテムをいれた宝箱もたくさん設置したから、命は問題ないと思うんだよなあ。あ、でも、びっくり箱も入れちゃったし、どうなるかな。うーん、難易度調整のために、最初はハンテルに試してほしかったかも」


 これが終わったらハンテルを連れてきて一緒に冒険しよう。あのトラはこういう遊び心が大好きなのだからきっと楽しんでくれるに違いない。


「ハンテルと遊ぶならもっと難易度上げたほうがいいんだろうけどね。それこそ殺す気で作らきゃ、あの防御力はびくともしないし」


 遊び心で軍隊を足止めすると言う荒唐無稽なことをやり遂げる兎は楽しげだ。もし、兎と狼の仕事を入れ替えていたのなら、あの軍隊の分死人の数は膨大となっていただろう。狼が軍の中心で『病状酌量の余地はないシックオータムコロシウム』を使うだけで、彼らは死人の軍勢へと変わっていたのだから。


 結果だけ見ると被害が最小に抑えられた形だが、兎はそれに気づかず今度は自分が暗殺任務をもらおうと決意している。だが今は、せっかく作ったトラップダンジョンをだれが越えてくるかが楽しくてしょうがない。


「もし越えて来る人がいたら、僕が森の出口で待ち構える。そして、こう、びしっと決めて、戦闘に入る! うんうん、それはかっこいいかも」


 弓使いの遠距離というアドバンテージを自ら放り投げてなお、かっこよさを求める兎は本当に生き生きとしている。最近はずっと諜報しかしていなかった分、戦闘が楽しみで仕方ないのだろう。彼にとって戦闘とは、主にかっこいいところを見せるいい機会なのだから。


 彼は狼のように厄災をばらまいて周囲の生き物を殺したり、竜のようにあたり一面を焼き尽くせるわけではない。だが、多彩なトラップ技能に加え、遠近を使い分ける戦闘法。攻城戦や大軍戦には向かないが、対人戦でなら彼らの中でもトップクラスなのだ。それこそ、彼らの中で万能兵器といわれているブレグリズに対してでも、タイマンでなら勝目はあるくらいにこの兎は強い。


「僕がいるからにはここは荒らさせないよ。だって、もうすぐここは『姫様の領地になる』んだから」


 そのためにヴァルが条件をたきつけたはずだ。寒冷厳しく主要産業もない上に、今回の黒幕の一人であるヨルドシュテインとの接地面。別に土地としても大した広さではないし、与えてしまっても問題はない。

 レートビィはここを守るのにはそういった理由もある。ここは姫様の策をなすために必要な場所。なんとしても死守しなくてはならない。


「でも、姫様のことだから死体の山を築くのはお望みじゃないだろうし。ここはやんわりとお引き取り願わなくちゃ。大将一人射貫けば進軍は乱れる。そして、それができるのは僕だけ」


 『第三の瞳(トライディション)』によるフィードバックからの圧倒的遠距離攻撃。これを防ぐには並大抵の猛者では不可能だろう。それも、トラップに気を取られた状況ならなおのこと。何か秘策でもない限り、ヨルドシュテインの軍勢は戦う前から負けが確定しているに等しいのだ。


 大人顔負けの実力を持つ兎は屋根の上でその時を待ちわびて体をうずうずとさせる。きっと姫様は褒めてくれるに違いない。性格的にハンテルに近いところがあるこの兎は、それをとても喜ぶ。ハンテルと違う点があるとすれば、子供っぽいのでそれを表に出したがらないというところか。


「あ、でも、ここに軍隊が来るってことは姫様のところも大変なことになってるんじゃないかな……。ううむ、でもまあブレズやハンテルがいるし問題ないよね。僕は僕の仕事をしっかりとしなきゃ! ここを無血で守護して、姫様の負担を少しでも軽くするんだ!」


 誰も見ていない砦のてっぺんで、兎は一人エイエイオーと気合を入れる。その姿は誰がどう見ても、可愛らしい子供そのものだった。


「えい、えい、おー!」


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