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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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(番外編)姫様執事合戦

「というわけで、誰が一番姫様の執事にふさわしいか大会の第一回を開催するぞ!」


 ハンテルがいつも通りにぎやかに騒ぎ立てるのを横目に、おれは紅茶を喉に流し込む。みんなが楽しそうなので口をはさむのもどうかという考えのもとに、静観を決め込むことにした。どうせ今回も内容的にハブなんだろうし!


 なぜかギルドに作られた玉座の間、そこに集まったいつものメンツはその装いを変え、ヴァルやブレズが着ている執事服へとイメチェンをしていた。体格さえもばらばらなこいつらの服をきちんと縫ったヴァルさんには本当に頭が上がらない。

 おれは分不相応な玉座に腰かけつつ、また面白そうなことが始まったなと隣に立つヴァルに問いかける。


「……いや、というかよくこんな催しに参加したなヴァル。めずらしいこともあるもんだ」

「姫様の退屈しのぎになればと思いましたので。今回姫様は審査員という立場ですので、気に食わないことがあれば遠慮なく首を飛ばしてください」

「だからいちいち物騒なんだよお前は!」


 内容こそ物騒極まりないが動きは対比して優雅そのもの。真っ赤な目が細められるとりりしさに拍車がかかる。獣人の造形美に疎いおれですらイケメンなんじゃないかと思うことがあるんだ。ひょっとして、ビストマルトなんかに行けば引く手あまたなんじゃないかな。


 そんなヴァルは進行係だそうで、なめらかに声を張り上げる。


「ことの発端はハンテルが執事になればもっと活躍できるのではと、愚か極まりなく無知を露呈させ知能指数がそこらへんのスライム並みであると宣言するに等しいたわごとを吐いたのが始まりです」

「さすがにおれでも傷つくぞそれは!」

「それで今回はこの虎に身の程というものを知ってもらおうと思い、計画に加担することになりました。それと、ブレズの成長具合を確かめる意味でもいいと思いましたので、姫様にはお手を煩わせますがどうかおつきあいくださいませ。もちろん気が乗らなければすぐにでも中止します」


 さすがにここまでおぜん立てされて、はいじゃあ中止ね、と言えるほど神経が図太くないんだおれは。なので、ことの成り行きをそのまま静観させてもらうことにする。興味もあるしな。


 ホリーク以外の面々はやる気に満ちていて、完全に運動会さながらの様相を描き出している。いや待って、ホリーク君の顔がものすごく苦渋に満ちているのだけど。お前に何があった。というかなぜ参加してるんだ。


「ヴァルが、お前の生活能力を養うために必要だ、とか言って無理やり……はあ」


 ああ、そういうことね。執事大会にかこつけてホリークに片づけとかその他もろもろの技能を仕込もうという魂胆か。ヴァルは相変わらず隙のない打算的行動をする。

 さすがにホリークといえど、ヴァルに言われたら参加せざるを得ないのだろう。このメンツにおいて、ヴァルに逆らえる奴はほとんどいないんだ。


 そういうわけでこの場にはおそろいの執事服を着た全員がそろっており、これから執事大会とかいう謎極まりない催し物が開かれることとなった。おれはといえば、完全なる高みの見物なので実に気分がよい。みんな頑張ってくれたまえ。


 空気の間隙を縫うように、黒狼が静かに言葉を紡ぐ。小さいけれど透き通る声が響き、ついに大会の幕が切って落とされた。


「それではまず、最初は基本的な仕草から」


 ヴァルがすっと前に出て、お辞儀をする。

 ただそれだけなのに気品が満ち溢れておぼれそうだ。よどみない洗礼された動作とは、これほどまでに見るものをすがすがしくさせてくれるものなのか。お手本というにはレベルが高すぎる。


 口を開けば慇懃無礼の塊なのになあ。改めて思うと普段のたたずまいからして凛々しいからな。しなやかな筋肉から生まれる動作は流れるように違和感を生ませない。


「我らは姫様の従者としてその品位を常に問われている。このように楚々として、決して無様な真似はしないように」


 大会というか講座にしか見えないのだけど。どうやって優劣をつけるんだこれ?


「もちろん姫様の采配でございます。彼らのうち、一番姫様にふさわしいと思ったしもべをお選びください」

「うおぉ……何気に責任重大なことじゃねえかよ」

「褒美としては姫様からのお褒めの言葉で十分なのですが、副賞として姫様の一日執事権が与えられる予定です」

「そんなもんもらっても困るんじゃねえかな……ホリークとか絶対に狙ってねえだろうし」


 相変わらずこいつらのやる気の基準がおれにはよくわかんねえけど、大会はそのまま次へと進んでいく。


 ヴァル以外の面子がきっちりとしたお辞儀をおれに向かって投げつける。なんか本当に王様になった気分でむず痒いぞ。

 それでさ、なんでこいつら顔を上げないの?


「時と場合によって主の許可なく顔を上げることが許されない場合がございます。姫様が許可するまで、彼らはあの姿勢で固定されたままなのです」

「つまりおれがよしと言うまでこのままなの……?」

「当然です。その程度の体勢を維持できないようでは執事の名折れですので」


 それなんていう座禅だよ。執事式座禅か。


 あまりにもハンテルたちが微動だにしないので、おれは何を見ればいいのかよくわからないのだけど。それをヴァルに聞いてみると、完璧を体現する狼執事はしれっと返答する。


「第一に見るべきは尻尾ですね。特にハンテルやブレズは尻尾がよく動きますので」

「なるほどなるほど」

「お辞儀というのは首を差し出して敵意がないことを示すことに由来しているそうですが、我らの場合は姫様の気が向けばいつでも首を落としていいという忠誠の証でもあります。ゆえに、少しでも頭を引っ込めたりするなど言語道断です」

「重すぎるぞその忠誠心!」


 お辞儀の由来はおれの世界と似てるんだな。動作的にもそういうもんなのかもしれない。


 ただそれにしても重い。だけどヴァルはそれが当然と言わんばかりの態度で話を続けていく。


「それではどうぞ姫様。首を差し出している彼らに試練をお与えください」

「……要は姿勢を保てるかどうかちょっかいをかけろってことだよな」

「首を落としたかったらいつでも私にお申し付けください。姫様の蘇生前提ですが、しっかりとはねて見せます」

「さすがにしねえよ!」


 こいつの何かあると首を落としたがる癖ってここから来てたんだな。今更になって知ったわ。


 だが、このシチュエーションは案外悪くない。いたずら心がむくむくと芽生えてきたので、とととっと玉座から降りて遊びに行こうか。


 様々な体形が並んでいるせいで、横から見ても角度がわかりづらい。お辞儀の角度なんておれにはよくわからないのでここはスルーするとして、さて、どうしようか。


 まず目の前にいるのはおれらの中で最も巨体なブレグリズ。竜の名に恥じないいかつい体を、フォーマルな執事服で荘厳に仕立てられている。こうして頭を差し出されて改めてわかるのは、なんといっても体の分厚さだろう。執事服では隠し切れない武人の匂いを醸し出し、周囲の空気を固くするだけの気迫がある。


 そんな竜だが、今は身じろぎ一つしておらず、尻尾すら律儀に先端を下げている。試しに触ってみたが、石像のごとくの不動を見せるだけ。


「ブレズは頑丈ですので、思いっきり殴ってみても大丈夫かと思います」


 とかなんとかヴァルがいうけどな、おれは人を叩いて喜ぶ趣味はねえんだよ。


 でも、その言を納得させるだけの体だとは思う。硬くたくましく、女の体になったおれとは真逆の性質に満ちている。


 うーん、じゃあちょっとだけ、叩いてみてもいいかなあ。こいつなら防御力も高いし。


 ぺちっと、ブレズの背中から音が鳴る。当然のごとく、ブレズを動かす力はない。


 ……思った以上に自分が非力な体だと気づいてなんか悲しくなったよね。心に大打撃だったぞ。


「背中よりも尻尾や頭をお勧めします。また、多少はしたない行為となりますが、アッパーをするにはちょうどいい高さかと」


 やめてヴァルさん。そんなガチのアドバイスもらっても困るよ。


 どうやらおれという人間は心底暴力が苦手のようだ。ブレズの背中を叩いただけで罪悪感あるもん。


 なので、叩いた部分を申し訳なさそうに撫で、ブレズは終わりにしよう。


 ――と思ったのになぜかブレズの体が震えだした。


「おお、なんとお優しい。その慈悲の心さえあれば、そのような叱責にも耐えられましょう。さあ、もっと私を殴ってくださっても結構ですよ」


 字面の破壊力がやばい。おれを変なプレイに巻き込むのはやめてくれ。


 あまりのことに勝手に感極まったブレズであったが、これは主の許可なくしゃべったということだ。

 だから、罰としてヴァルから鞭うたれる。


「ブレグリズ、姫様はお前にしゃべる許可を出していない」

「……大変失礼しました」


 こわっ! まじでこれただの執事式座禅じゃん! あといつの間に鞭とか持ってきたの!


 乗馬用みたいな短い鞭でブレズを一喝して、ヴァルは涼しい顔で続きを促してきた。個人的にはもう怖いのでやめたいのですけど……。おれのせいでみんなが鞭うたれるってかわいそうすぎるでしょ。


「ご安心を。こんなものは音だけの子供だまし。彼らの防御力の前では児戯同然です」


 案外優しくておれはうれしいよ。ひょっとしてこいつもなんだかんだで甘いのではないだろうか。


 それなら次はハンテルにでもちょっかいを出そうかな。

 ハンテルはいつものお茶らけた表情を消して、ただ頭を垂れている。うーむ、こうして黙っていると顔の作りは悪くないんだよな。親バカ目線だけど。

 いつかビストマルトにでもいって、こっそり周囲の反応を見てみたいな。おれの子はみんなかわいいだろ! って自慢してみたい。


 ただなあ、ハンテルなんだよなあ。こいつにちょっかいかけに行こうと思ったのはいいんだけど、ものすごくちょろそう。


 試しに喉を撫でてみる。


「ごろにゃーん」


 この圧倒的ちょろさである。すでにわかってたとしか言いようがないちょろさだ。

 喉まで鳴らしてうれしそうな顔までして、さっきまでの寡黙な凛々しさなどかけらもない。こいつ、これが執事大会だって忘れてないか。


 まるで予定調和のようにすぐさまヴァルによる叱責が入る。黒狼は高く飛び上がり、ハンテルの背中めがけて思いっきりかかと落としを食らわせた。


「天誅!」

「ごはぁ!」


 待って、待って待って。お前鞭はどうしたんだよ。ブレズの時とは雲泥の差すぎないか。


「失態の度合いによって叱責がことなりますので。ブレズのときは最も軽く、ハンテルのときは中ぐらいに重いというわけです」

「ちなみに最大だと?」

「ナイフが出ます」

「怖い!」


 これは怪我人が出てもおかしくなさそうだぞ。具体的には横目でちらりと見ながら、『あ、これやばいやつだ』って顔してるホリークとか。後衛魔法職だから防御力がちょっと心もとないんだよなあ。その気持ちはわかるぞ。


 さすがにハンテルほどちょろいやつはこの中にはいないので、おれがちょっかいをかけてもそれほど大した事態にはならなかった。

 こうして一回戦らしきお題である『お辞儀』はおしまい。もうこれで終わってもよくない、と思うのだけど彼らはまだ続きをするようだ。


 この中から執事にしたいやつを選べと言われても困るのだけど、乗ってしまった手前選ばなくてはいけないんだろうなあ。これから先に不安しかない。


 そんなこんなで続いて一行がやってきたのは、なぜだかホリークの部屋。

 片付けたのがはるか昔に思えるほど汚れた部屋を前に、ホリークがものすごく嫌な顔をしている。


「なあヴァル、一つ聞きたいんだけど……」

「お次はここで掃除をしてもらう」

「だよなあ。お前、ハンテルの策に乗じて好き勝手しすぎじゃねえか!」

「言ったはずだが、一番重い罰はナイフだ」

「ここぞとばかりにアピールしやがって……。あーもー、掃除すりゃあいいんだろう、めんどくせえなあ」


 ホリークが渋々みんなに続いて部屋に入っていく。だが、その中でもレートビィが特に楽しそうなので、ちょっと気になった。


 レートビィはこちらをにこにこと眺めており、目があうと首をかしげて問うてきた。


「姫様、楽しい?」

「え、うんまあ、にぎやかなのはいいことかな」

「そっか、よかった!」


 それだけ言ってレートビィも部屋へと入っていく。おれは何が何だかわからなかったけど、取り残されるのも寂しいので続いてお邪魔しよう。


 ホリークの部屋はいかにも魔法使いと言わんばかりの部屋で、よくわからない魔法陣やら道具やらがごろごろと転がっている。下手に障ると爆発しそうなほど魔力が渦巻いており、侵入者用のトラップと言われても全く違和感がない。


 そこでヴァルが掃除というものだから、みんなせっせと部屋の片づけにも精を出さざるを得ない。おれはヴァルが用意してくれた椅子に座ってみんなの様子を観察しているのだが、手際の良さでずいぶんと差が出ているのがわかる。


 まずブレズは安定の不器用だ。というか、動作の一つ一つが緩慢なんだ。おっとりしているせいか動作までゆっくりなのでどうしたって効率が悪い。

 その点ハンテルはさすがだ。てきぱきとごみを分別し、持ち前の観察力で分類ごとの整頓も素早い。横のヴァルが不満そうにうなったので、多分ライバル認識されてそう。相変わらず、仕事をすれば有能なやつだ。


 ホリークは部屋の持ち主なので言うまでもないが、レートビィはそのホリークに続いて作業をしている。ホリークから指示を仰ぎ、それに従って行動する。そのせいで賢者と弟子の構図にしか見えない。


「なかなか効率的かと思います」


 全員の行動を見たヴァルが解説をしてくれる。


「ここはホリークの部屋、部屋主の指示に従うことは作業全体の効率を高めます。ブレズに足りないのはそこでしょう。ハンテルは、まあ、言うことはないです」


 ふむふむ、つまり今の段階ではハンテルが最高点数ってことか。


 だが、ホリーク本人は気が気ではないはずだ。

 なにせうっかり失敗するブレズと思わずやりすぎてしまうレートビィがいるのだ。案外レートビィに指示を出しているのはホリークにとって安全策のつもりなのかもしれない。


 もちろん、それでも事故は起きるのだが。


「あ、ごめんホリーク! ひょっとして本棚の整理って中身のことだった?」

「……そうだな、おれは本棚自体を片付けろなんて言った覚えはないな」


 死んだ目でホリークが見つめる先には本棚を抱えるレートビィの姿が。小さい体にはもてそうもないほど大きな本棚を軽々抱え、困ったように眉を曲げていた。中身の本が何冊か零れ落ち、部屋の惨状レベルが一段階上がった。


 そんな様子を見たハンテルがすかさずフォローに回る。縞模様の尻尾をくねらせて、楽しそうに提案を投げかける。


「じゃあこのまま模様替えしようぜ! ホリークの部屋って適当に配置しただけって感じだし、掃除しやすいようにさ」

「やめろ。おれは今のままが気に入ってるんだ」

「まあそう言うなって。さすがに収納スペースを作らねえとあふれてくるなあって思ってたんだよ。いい機会だし改造しようぜ」

「お前がしたいだけな気がするが?」

「もちろんそれもある」


 ホリークがため息を吐いて折れた。抵抗するのもめんどくさいという判断なんだろうなきっと。


「それで、どういう案があるんだ」

「そうだなあ……ホリークって基本的に机で作業してるじゃん? でも、あまりにいろんなものを作るせいで机が狭い気がするんだ。ごみの散らかり具合を見ると机周りが圧倒的に汚いし、ここら辺を重点的に改造すればだいぶ過ごしやすいと思うぞ」

「思ったよりまともな案で驚いている」

「そりゃおれは結界使いの守護隊長だからな。快適空間の演出は得意なんだよ」

「なんか違う気もするが、まあそれなら任せよう」


 任された我らが守備隊長は嬉々としてレートビィに指示を出し、本棚を前とは違う位置に置く。その後ろではブレズが集めたごみの上にずっこけて、棚のものが何個か落ちて壊れているが些細なことだろう。

 ホリークは目を手で覆って天井を仰いでいるが。


「私もブレズに掃除させるときは物が壊れてもいい覚悟でさせています」


 ヴァルさんの苦労をにじませる補足がピタリとはまり、ホリークへの憐憫が一段階引き上げられた。だったら元から片付けておけよとは思うけど、それができるなら苦労はないことをおれは知っている。

 そもそもこっちだってゲームばかりのくそ廃人。部屋なんてヴァルがいなかったら絶対に汚くなっていた自信がある。なので、あまりホリークに強く言えないんだ。


 おれが勝手にシンパシーを感じていると、ふいにレートビィが口を開いた。


「でもさ、なんでホリークって掃除しないの? 部屋が汚いと嫌じゃない?」

「別に嫌だと思ったことはない。お前らがうるさいだけだ」


 そこにハンテルも会話に参戦。ブレズに力仕事を任せ、スペースを確保していた。


「でも、こんなに汚いと姫様をお呼びするのも大変じゃん? おれはいつ姫様が来てもいいようにきちんとしてるぞ!」

「おれが姫様を呼ぶわけねえだろ。おれはいつでも呼びつけられる立場で、乞われればすぐにでも、何を差し置いても馳せ参じるだけだ」

「お前って、たまにおれより騎士してるときあるよな」

「そっちがしてなさすぎるだけだろ」

「まあ一理ある!」


 一本取られたなあと楽しそうにハンテルは言って、そのまま掃除に戻っていく。もはやこれが大会であるなんてすっかり忘れかけるのだが、多分それはおれだけだと思う。


 その証拠に、ヴァルから目をつけているのは誰かと問われてしまった。何一つ考えていなかったのでひどく焦る。


「いかがでしょう、優勝者はお決めになりましたか?」

「ううん、どうだろう。ちなみにこの後何するの?」

「この後は姫様のためのお茶会、夕食、お風呂、と今日一日我々がつきっきりで行わせていただきます」

「長丁場すぎる……」


 まじで一日使ってやるのね。でも、それだったら一日執事権とかすぐ終わってしまうんじゃないかな。


「まあそうですね。しょせんは副賞ですから、この程度でも問題はないかと思います。せいぜい姫様が寝るまでの間ぐらいでしょうか」

「まじでみんなのやる気の原動力が不明なんだけど」


 これでこいつらは楽しいのか。いや、楽しいんだろうな。

 さっきからハンテルは笑い続けてるし、ブレズも尻尾が揺れてるし、ホリークもいつもより若干目に生気がある気がする……これは気がするだけなんだけど。


 みんなでワイワイしているだけで楽しいのだろう。おれが作ったというだけの接点しかないのに、仲がいいのはうれしい誤算だった。喧嘩だらけの日々だったら、おれの精神はもっと早くに参っていたかもしれない。引きこもりは精神の防御力も低いんだ。


 そこでヴァルが控えめに言葉を添える。こいつがこんな音量で話すときは、たいていいうべきか迷っているようなことなのだと、おれにも察せられるようになってきている。

 ヴァルはおれをじっと見つめ、押し出すように言う。


「お疲れでしょうか。唐突にこのような催し物に巻き込まれて」

「え、いや全然。みんな楽しそうだしいいと思うぞ」

「でしたらいいのですけど。姫様に楽しんでもらえれば幸いでございます」


 心配性だな相変わらず。確かに唐突だったけど、これはこれで楽しんでるんだぞ。


 そこでハンテルがヴァルを見て声を上げ、おれらの会話を打ち切った。おそらく人手が足りないんだな。結構な大仕事になってるから。


「おーい、ヴァル。手伝ってくれよ」

「なんで私が。一応今回の監視係だぞ」

「まあまあそう言うなって。これがうまくいけばお前の仕事も減るんだぞ?」


 しばし逡巡したヴァルであったけど、おれがいいよと言うと恭しく頭を下げた。先ほど見た完璧なお辞儀で、狼は礼を表す。


「かしこまりました。それではしばし席を外します。ご入用の際は遠慮なくお申し付けください」


 機械かと思うほどの動作で輪に加わると、すぐさま指示を飛ばす。なんだ、さっきまでは自制していただけで、言いたいことは山ほどあったんだな。

 ヴァルの指示で見違えるほど全員の動きがなめらかになった。ずっと掃除をしていたせいで、ホリークの部屋に関しては本人の次に詳しい男だ。その分ハンテルより適任なんだろう。


 これは予想より早く終わりそうだな。

 なんて思いながら執事服を着た集団が毛様替えにいそしむ姿をぼーっと眺めていると、つんつんとそでを引っ張られていることに気が付いた。

 見ると、レートビィがきれいな目でのぞき込んでおり、おれに向かって先ほどと同じ問いを投げかけてきた。


「ねえ姫様、楽しんでる?」

「ああ、さっきよりも楽しいな。こうしてみんなが楽しそうだとこっちもうれしくなる」

「よかった」


 にこーっと裏表のない笑みでこっちを見られると、思わずつられて笑みを返してしまう。


 だけど、なんでさっきからレートビィはこんなことを聞いてくるのだろうか。そんなに楽しくなさそうに見えたのかな。困ったな、廃人生活で培った無表情はすっかり鳴りを潜めていたと思ったんだけど。


「ううん、違うよ。僕から見ても姫様は楽しそうだったよ」

「ならいいんだけど。レートビィも楽しいのか?」

「もちろん!」


 兎は天真爛漫を絵に描いたような朗らかな笑みで言い切って、続けておれに向かって言葉をつなげる。


「だってみんなで遊ぶのなんて久しぶりだからね!」


 そっかあ、そういえばいろんなことでごたごたしてたから、こうしてみんなで何かをするなんてことが珍しいのか。


「そうだよ。だからさ、ヴァルもこうしてハンテルの企画に乗ったんだと思うよ」


 ……なるほど、ヴァルにしては珍しいと思ってたんだ。いや、おそらくブレズにも諭されたに違いない。ヴァルは効率を重視する性格だし、虎と竜が頑張ってくれたのだろう。

 それに、おそらくだけど、ハンテルの企画だと言わないように念押しされてる気がする。ブレズが企画した晩餐会の前例があるんだ。だからヴァルはおれをのぞき込んでいたのだと思う。


 仕事をすれば完璧なのに、こういうところが不器用なんだよなあ。個性的でいいんだけど。


 レートビィからもたらされた視点はおれには全くなかったので、素直に感心した。レートビィは幼いゆえかとても素直で、こうした感情を機敏に察知できる。その点では天然交じりのブレズより率直だ。


「でもね、一番はやっぱり姫様だよ」

「え?」


 唐突に呼ばれてびっくりした。おれがどうしたというのか。


「建国したりなんだりで忙しいからね。みんな心配してるんだよ。だから、ちょっとでも楽しそうにしてくれたら、みんなも喜ぶと思うんだ」

「……そうか」

「うんうん、僕は姫様もそうだけど、みんなが楽しそうだと僕も楽しいから! 姫様と一緒だね」


 素直だなあと、心にガンガン響く。この子はブレズほど大人じゃないせいで、自分がいいと思ったことを率直に出すところがある。その点ではホリークと似ているけれど、明るさでは兎が断トツに輝いている。


「だからさ、楽しいなら楽しいってちゃんと言った方がいいと思うよ。言わなきゃわかんないしね、特にヴァルには」

「……ごもっとも」


 まさかレートビィに諭されるとは思わなかった。ませているだけじゃなくて、純粋にいい子なんだなあとなぜだか誇らしい。


 それにこれは結構新鮮だ。この世界に来てから、こうして面と向かって指摘されることなんてめったになかった。おれの一挙一動を持ち上げるこいつらの中で、幼子のまっすぐさはまぶしくすらある。


「姫様はさ、言いたいことを我慢しすぎなんじゃないかな? そんな気がする」

「そうかなあ、これでも結構遠慮なく言ってるつもりなんだけど。つっこみとか」

「うーん、なんていうか、うまく言えないけどそうじゃない気がするんだよなあ」


 ただ、そこはやはり幼子。本能で何かをかぎ取ったところで、それを言語化するのはまだ難しいようだ。レートビィは困ったようにうなり、言葉をつづけられずにいた。


 こいつはこいつなりに、おれのことを気遣ってくれているのだろう。自分が幼いということをわきまえて普段はおとなしいが、こうして話すとなかなかに鋭い子だと思う。これは将来が楽しみだ。


「姫様」


 そして、幼い、澄んだ声で兎は言う。


 レートビィは笑みを広げて、けれどどこか大人びた顔つきになっていた。


「僕も姫様の立派な従者だよ。姫様が言うのなら何でも射抜いて見せる。だけど、姫様がもし、決断を下すことに疲れたのならいつでも僕に言ってほしい」


 トーンの幼さとは反比例するかのように頼もしい言葉を前にして、おれは尋ねずにはいられなかった。なぜ、と。


 するとレートビィはにっこりと笑みを光らせ、長い耳をぴくぴくと動かした。

 まるで任せてよと言いたげな仕草は、小さくても男の子なのだと思わせる誠実さがあった。


「僕には姫様がくれた探知のスキルがある。すべてを見通す蝶の目と、あらゆる物語を解読する鑑定スキル」


 だからねと、兎は言葉を締めくくる。ああ、きっとこいつは将来イケメンになるのだろう。おれとは違う性格の良さをにじませて、今はまだかわいい顔が言葉を紡ぐのだ。


「寝物語なら得意なんだ。姫様がきっと好きになるお話を、僕はたくさん知ってるよ。明日も頑張ろうって思えるような、深呼吸できる時間をあげる」


 そういうところが子供なのだと思うけど、たまにはいいかもしれない。この澄んだ声で聴く物語なら、きっとよく眠れる。


「あ、でもね」


 そこでレートビィはまだ言葉を続ける。少しだけ声を潜めて、周りに聞かれないように。


「僕がいつも寝るときにお話を探索してること、みんなには内緒にしてね? やっぱりちょっと子供っぽいから」

「ああ、約束する」


 安心させるように微笑むと、兎もにっこりと笑ってくれる。


 まだ声変わりもしていないような音を聞きながら寝るのも悪くない。おれは本当にみんなに心配されてれるんだなと申し訳なさが先立つけど、こういうことをされるともうちょっとだけ頑張ろうかなとも思えるんだ。


 だとするなら、今回の大会を企画したヴァルたちの作戦は大成功なのだろう。そうわかってしまえば、楽しまない選択肢なんてあるわけない。


 おれは意気揚々と、今回の優勝者を選ぶのだ。


 ――――今夜のお話を聞くために。


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