女神の加護
ギルドを再興するにあたり、必要なことがあるらしい。
一つは王都にある『ノレイムリア王国ギルド本部』への申請。これをすることでそのギルド本部から地域に合った依頼が送られてくるそうだ。
それはギルドクリスタルとかいう魔道具を通じて行われる。そういえば、ゲームでもギルドに謎のクリスタルがあった気がする。説明とか読んでないから全く知らなかったけど。
おれらは再建したギルドからそのクリスタルを発見し、それを奥の部屋に安置した。正八面体に磨かれた水晶は久しい外の空気に胸を躍らせているかのように回り、きらきらと淡く幻想的な光をふりまいている。
要は、ここから依頼をダウンロードして掲示板に張り出せば、冒険者たちが勝手にクリアしてくれると。そしてクリア申請をすることで報酬がこのクリスタル経由で送られてくるわけね。案外高性能だなこの魔道具。
んで、もう一つはその依頼を受ける冒険者ね。依頼を張ったとしても受けてくれる人がいないんじゃ意味がないのはわかる。どうやら依頼の成功報酬はギルドにも多少あるらしく。有能な冒険者を囲うことが大手ギルドへの近道とも言われているほど。
なるほどね、それは癒着とかもういろいろめんどくさそうなことになる気配しかしない。
けど、おれの誇るこいつらはどう考えても他の奴らとは頭一つ以上とびぬけた存在だ。ちまちま依頼をこなす分にはオーバースペックなほどだし、その点も問題ないだろう。
「なんとかなりそうだな」
ホリークの言葉ももっともだ。ギルドがつぶれたときにクリスタルを回収されなかったのは運がよかった。回収されてたら取り戻す手続きに目を回していただろうし。
「……それはつまり、誰もこの町に近づきたくなかったということかと」
後ろを定位置にしているヴァルがぼそりと補足してくれるけど、その事実はちょーっと知りたくなかったな。毛嫌いのされかたが半端ない。
だとすると、普通の冒険者は絶対に来ないだろうし、ここはおれらで依頼を回すしかないな。人手は多い方がいいんだけど、文句も言ってられない。
一通りの説明を聞いて、おれはため息を吐く。ゲームを当たり前のようにプレイしていると知らなかった情報ばかりで、過剰摂取に脳がパンクしそうだ。
ギルドのカウンター前は大人数が押し掛けても大丈夫なように酒場になっていて、おれらはそこでヴァルの入れてくれたお茶を飲みながら人心地ついていた。お茶を入れるスキルなんて存在していないはずなのに、ヴァルが入れてくれたお茶はものすごくおいしい。茶葉を提供してくれたヤクモが目を丸くするんだから間違いないだろう。
そろそろこの子は驚きすぎで死なないか心配になってきた。
「案外簡単に再興できそうだな。今クリスタルで依頼応募申請かけてるし、もうすぐで適当な依頼がくるだろうさ」
お茶のお代わりを求めながらハンテルは気楽に声を上げる。ヤクモをチラチラ窺っての発言は、鬼の子を気遣ってのことだろうと察しがついた。意外と気が回る奴だから、こういう配慮もできるんだよな。
上記の説明はすべてヤクモからもらったものだ。予想以上に詳しいので理由を聞いてみたところ、どうやら潰れた時のギルド長がヤクモの祖父だったらしい。それでいろいろ教育はされていたと。なるほど、それでギルド再興に期待が抑えきれなかったのか。
スムーズにいくならそれに越したことはない。おとなしく依頼が来るまでティータイムとしゃれ込もうか。
さっきからブレズとホリークがおとなしいが、あいつらはほこりをかぶっていたギルドを運営するにあたっての必要な書類を読み込んでいる。規則事項とかその他もろもろが書かれた紙を真剣な顔で凝視し、頭に叩き込んでいく。
さすがマニュアル人間、嫌な顔一つしていない。おれだったら途中で寝る自信がある。堅物なブレズと魔道書を読み込むのが仕事なホリークに適した仕事だろう。いや、人間ではないな。マニュアル人外か。
「というか、文字とか読めるのか」
「そのようです。懸念していたのですが、杞憂に終わって何よりです」
ブレズの本をちらっと見せてもらったけど、確かに読める。文字は見たことない形なんだけど、何が書いてあるのかは脳が理解しているようだ。体はこの世界のものだからなのかもしれないな。なににせよ、面倒事が増えなくてよかった。ご都合主義万歳だな。
温かい紅茶はおれが知っているアールグレイに似ており、褐色の水面から香ばしい湯気が立ち上る。はあ、生き返る。こうして落ち着いてみると、結構疲れてたんだな。
そりゃいきなりゲームの世界に飛ばされてモンスターと出会ったりてんやわんやのうちにギルド再興なんて掲げてたりで。正直展開速すぎて付いていけない。拠点ができたのは嬉しいけど、もう今日はゆっくり寝たい。
のんびりできる時間を噛みしめていると、ふいにヴァルが紙束を抱えて戻ってきた。そもそも部屋を出ていったことすら気づかなかったんだけどさ。こんなに黒くて大きな狼がいなくなったら気付きそうなものなんだけどなあ。さすが隠密型。
「依頼が届きました。こちらになります」
みんながくつろいでる時にでもしっかりと確認していく有能執事はおれにその紙束を渡してくれた。
……ふむふむ、なるほどなるほど。
「……ねえ、ヴァル」
「なんでしょう」
「おれの見間違いじゃなかったら、この依頼全部Aランク以上じゃない?」
「さようでございます」
うわーえげつない。さっきヤクモからもらった説明だと、Aランクって腕利きのベテラン冒険者でようやくクリアできるレベルのはずだ。SとかSSになると、国が動くレベルだそうだ。
そんなものばかりもらっても普通はお手上げだろうな。なるほど、これはギルドがつぶれたのもわかる。性格悪いねー。
「一応ここら辺の盗賊退治もあるけど、それもAランクなのか。徒党を組んでる可能性が高そうだ」
覗き込んだハンテルが感心したようにつぶやく。肩から顔を出されると、おれの頬に毛皮がチクチク当たってこそばゆいな。
「あ、僕も見る見る」
その反対側からレートビィがちょこんと顔をのぞかせる。背伸びをして頑張っているのだろう、その顔を小刻みに震えている。別に肩から覗かせなくても、とは思う。震えているせいで、すごく頬がさわさわする。
「盗賊退治だけで二つあるね。ひょっとして、ここって盗賊の縄張りの緩衝地点なのかも」
「二つの盗賊に狙われるってか。難儀だなあ」
「おい、お前ら。オルヴィリア様に近いぞ。不敬罪でその首を跳ね飛ばすぞ」
黒狼がめちゃくちゃ怒ってらっしゃるけれど、二人は意に返すことはない。よくもまあこんな怒気を叩きつけられて笑っていられるものだ。おれは後ろを見たら泣く気がするので絶対に見ない。
「よーし、じゃあ早速チーム分けするかー」
ハンテルが二枚の依頼書を持って高らかに宣言するが、ちょっと待ってほしい。
なぜわざわざ戦力を分ける必要がある? そんで、もうすぐに出発するの?
おれの疑問に満ちた目を受けて、ハンテルは首をかしげて問いかえす。純粋に疑問を浮かべるのはやめろ。尻尾を頬にくっつけたって、お前みたいな大柄でかぶつがかわいこぶったって無駄だからな。
「だって壊滅させるなら早い方がいいだろ?」
そりゃそうだけどさ。返り討ちに遭う可能性だってあるんだ、冷静に一つずついくのが無難じゃないのか。
「これはおごりでもなんでもないんだけどさ、Aランクぐらいならおれ一人でだって十分だと思うぞ」
万全を期してチームを作ると言いたいのかお前は。まだこの世界のことをそれほど理解できていないのに、その自信はどこから来るのか。
他の奴はどう思っているのだろう。常識人筆頭であるブレズに視線を移してみると、竜は思案しながらハンテルの話を一聴の価値ありとしているようだ。まじかよ。
「ふむ、ちなみにヤクモに聞きたいのだが、先ほど言っていた『森の主ロー』の討伐は難易度でいうとどのくらいになる?」
「えっと、そうだな、あいつならBくらいにはなるはずだ。あいつのせいで交流が滞ってるし、優先順位を含めるとそんなもんかな」
「委細承知した。その一つ上と考えると、あながちハンテルの言葉もわからなくもない」
ローでBなのか。それを聞くといける気がするから不思議だ。
「でしたら、こういうのはどうでしょう。まずは二つに分けて、偵察をしてみては。その後、戦力を把握した上で再度検討してみても遅くはないかと」
「うむ。私もヴァルの意見に賛成です。いかにローの一つ上といえど、侮るのは危険です。我々はまだこちらの戦闘に不慣れゆえ、できることなら最善を尽くすのがよろしいかと思います」
折衷案ということかな。それならおれにも反対するつもりはない。おれの自信作がただの盗賊に負けるとは全く思ってないけれど、だからこそ油断はしないでいきたい。
だとすると、次に決めるのはチーム分けをどうするかだ。普通に考えたら回復が使えるおれとハンテルは分けるべきだろう。前衛で補助をするために例外として回復ができるとはいえ、ハンテルの回復魔法はおれほどではなく、無いよりはましな部類だ。そもそも、前衛職にだって回復スキルはある。あまり回復量も多くないし、そんなことするなら殴ってくれという意思を込めてあまり習得させていないってだけ。
「普通に考えたら」
ホリークがようやく書類から顔を上げて会話に参加する。その顔には隠すことなくめんどくさいと書いてある。
「遠距離と近距離をまんべんなくした方がいいだろう。おれとレートビィを分けて、ブレズとハンテルを分けてチームにすればいい。組み合わせ方は知らん」
いや待て何をさらっとおれとヴァルを除外してるんだお前は。おれは三人チームを想定しての妥協だったのに、なんでそれがさらに減ってるんだよ。
異議申し立てすると、ホリークが億劫そうに眼を光らせた。なんでわざわざ説明しなけりゃならんのかと無言が雄弁すぎる。
「あー……まあ姫さんがおれらの役に立ちたい気持ちはわかる。だけど、あんたはおれらの旗頭なんだ。おとなしくここで偉そうに座ってればいいのさ。そんで護衛に最低限としてヴァルは必要だろうってわけさ」
全く敬ってない態度で言われても説得力がなさすぎる。だけど、おれ以外誰も反論をしないことからその意図は明確に共有されている。
別に好き好んで争いの地に行きたいわけじゃないさ。でも、他人をここまで働かせておきながら自分がその上に胡坐をかくなんて、あまり気分のいいもんじゃないだろう。
「まあまあまあ、そんな顔するなって。かわいい顔が台無しだぜ。それに、おれらがするのは斥候だ。だったら人数は少ない方がいいだろ? ヴァルはともかく、姫様はそういうの向いてないしな」
ハンテルの言う事ももっともだ。ヒール慣れしていなくて森を歩くことすらできなかった奴に、斥候なんてつとまるわけがない。うまく言い含められた気持ちが心を波立たせる中、反論は浮かんでこなかった。
「オルヴィリア様……貴方様を危険にさらしたくない一同の気持ちを、どうかくみ取っていただけないでしょうか。貴方様にもしものことがあれば、我らは悔やんでも悔やみきれないことでしょう」
ブレズも真摯な表情でおれを見据えて諭すように語りかけてくる。民主主義の世界から来たおれにとって、一人わめきたてることの難しさは嫌というほど理解しているつもりだ。目を合わせられなくて顔を伏せると、無駄に綺麗な髪の毛がさらりと追従した。
視界に映る色素のない髪の毛。そういえばおれは今美少女だったのだと思い、その造形を疎ましく感じていた。男所帯のパーティにおいて、こんな庇護欲をそそる容貌をしていたら、そりゃ守りたくなるってものだ。おれだって逆の立場ならそうしただろう。
男の気持ちがわかってしまうがゆえに、これ以上強くも出られず。体と心のかい離が煩わしく感じ、ぞんざいに髪の毛を後ろに払うことで気持ちを切り替えようとした。
「ヴァル」
「なんでしょう?」
「だったらおれらはここを片づけるぞ。そのくらいならいいだろう?」
「かしこまりました。ホリークの魔法で修繕されたとはいえ、いまだ乱雑な部分はございます。貴方様にふさわしい居城作り、全力を持って補佐させていただきます」
不機嫌なおれの視線を、微笑を浮かべて受け止める執事。こいつが笑うのを初めて見た気がする。いつもの冷静な顔でないのは、おれの機嫌をなだめるためもあるし、おれが危険な場所に行かなくて済んだ安堵もあるんだろう。
「うん、僕頑張るよ。だから、安心して待っててね!」
レートビィが満面の笑みを浮かべ、長い耳を小刻みに動かした。その笑顔にちょっと癒されたので、この小動物の頭に手を置いて更なる癒し効果を求めた。
「えへへー」
小動物とのふれあいって本当に効果があるんだな。ふわふわな毛皮とかわいい笑みの相乗効果で、ささくれ立っていた心がわずかに平穏を取り戻す。
これで盗賊職マスターでトラップの達人で百発百中の弓使いには見えないよなあ。そもそも戦ってる姿が想像できない。友達と遊んでいるほうが想像余裕だ。
たとえ死んでいても、おれの魔法で何とかなるはず。状態異常の回復などを含め、こと回復魔法ならこの中で一番だと思っている。
いや、とおれは思い直す。そういえば、おれにもまだできることがあったな。
「よし、お前ら並んでくれ」
先発隊の四人を横に並ばせて、おれは立ち上がる。四人の獣はおれの意図を察してか、真面目な顔で姿勢を正す。
「おれにできることと言えばこんなことくらいしかない。効果がどれだけ有用なのかも未知数だ。でも、気持ちばかりでおれの自己満足だと思って、ぜひとも受け取ってほしい」
見上げて笑う。こんなことぐらいしかできないから。
こうして見ると、レートビィ以外はおれより身長が高いんだよな。ヒール補正があっても、やはり女の子らしい体型だ。なんでおれはこんなキャラメイクしちゃったかなあ。
気を取り直して、こいつらに祝福を。回復以外でおれが誇れるもの、ステータスサポート魔法をありったけぶっかけてやる。
「『闘神の準備運動』『盾の楯』『即席韋駄天』『魔力充填』『未知なる抵抗』」
攻撃、防御、素早さ、魔攻、魔防。それぞれをしっかりと底上げしてやる。おれのMPががんがん減っていくが、そんなことしるか。怪我でもされるよりずっとましだ。
「『毒を食らわば皿まで』『徹底節制』」
状態異常耐性の向上とMP消費減少効果も付加。これでもしも格上がでても戦えるな。
バフもおれの得意分野だ。こんなのはスキルの基本みたいなものだけど、『広範囲化』のスキルを持つおれが使うとかなりの範囲を一人でカバーできる。その上、スキル強化を結構割り振ってあるし、これだけでもかなりの上昇値がでる……ゲームだったら。
おっと、忘れるところだった。最後に一つ、仕上げの魔法がいるんだ。
「『女神は常にほほ笑む』!」
四人の体に光が収束し、これで準備完了。さすがにまだ魔法を使うことになれていない所為でどっと疲れたが、それを表に出さないように気を配る。そんな顔したらこいつらは絶対心配するだろうし。
『MPを徐々に消費させることでバフの効果を持続させる魔法』。これが仕上げの魔法だ。これを覚えて初めて、バフ使いは一人前と言っていい。これをすることで、ダンジョンの外にいても援護をすることが可能なのだ。
もっとも、これ自体は天級魔法で習得が死ぬほどめんどくさい上に、消費するMPも結構ばかにならない。こんなものを使うくらいなら一緒にダンジョンに潜った方が応用が利くこともあって、使う人があまりいないのは事実。
だから、こんな魔法を使うのは、おれみたいにNPCだけでダンジョンに潜らせて遊ぶことを趣味とする変人くらいだと思う。事実、ネットだと強いけど微妙という評判だったはず。
「これでいいだろう。健闘を祈ってるぞ」
ちょっとMPが減ってしまったな。ステータスバーが見えたなら、十分の一くらいは減っているに違いない。『女神は常にほほ笑む』は発動するだけでもかなりのMPを消費する。MP消費軽減の魔道具をこれでもかと搭載したおれでさえこのレベルなのだから、普通の人だと半分は持って行かれる。そのくせ一度これを解除すると、たとえバフ効果時間内でも全部消えてしまうのだから、使い勝手の悪さがわかるはずだ。
四人は自身の能力向上を噛みしめていたが、ブレズが前に出ていきなり膝を折った。まあもうこいつらの思考パターンにも慣れてきたし、その程度じゃ驚かない。
「ありがとうございます。これほどまでの恩寵をいただいては、失敗などあるはずもないでしょう。貴方様の臣下として、恥じない働きをここに約束します」
そう言って大剣を掲げる姿はまさに忠義に厚い騎士。と思ったら炎に包まれて大剣が消えてしまった。便利な機能だ。毅然とした雰囲気をまとうブレズは立ち上がり一礼し、マントをはためかせて去っていく。
他の三人もめいめい感謝の言葉を述べて、ギルドから旅立っていった。強いのは知っているけど、無茶だけはしないでほしい。それだけがおれの願いだ。
というか、雰囲気に流されたけど結局チーム分けしてないよな? 大丈夫なのか。ものすごくかっこよく出ていったけど、確実に路頭に迷うことを想像したら台無しなんだが。
まあいいか。別に決めるタイミングはたくさんあるしな。好きにしてくれ。さあ、おれらはギルドの整備だ。わずかながら魔道具制作スキルを持ったおれがいるし、使えるスキルもあることだろう。あーあ、こんな時に魔道具制作や武器制作用に作った鍛冶屋のトンカチがいてくれたらなあ。
「今のスキルなんだ……まさか、上級……?」
おれとヴァルがギルドの内装について話し合うその後ろ。見たこともない魔法に腰を抜かしたヤクモがお茶をこぼしていた。
うん、そりゃ驚くよね。ノリで世界観的にそぐわないことしてしまった。こんな魔法をぽんぽん使っていい世界観じゃなかったね。
だから、後ろの人もその怖い顔をできたら引っ込めていただきたい。