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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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獅子再臨


 その人物は記憶の中と何一つ変わっておらず、明朗とした声であいさつしてくれた。


「やあやあ、実に久しい再会じゃないか。一国の主になったそうだね、おめでとう。君のカリスマがあればそう遠くない未来だと私は思っていたよ」


 小金に輝く雄々しいたてがみは手入れによってつややかな光沢に包まれ威厳を醸し出している。低く男らしい声はよく通り、まさに百獣の王の名にふさわしい貫禄だ。

 来客用に突貫で作り上げた一室においてさえ、その金色はあたりを引き立ててくれる。そんなおれにはまったくない魅力をたたえているのはほかでもない。


「本来ならば久闊を叙して互いの近況を報告すべきなんだろうけどね。あいにくと互いに忙しい身、手短に済ませようじゃないか。ところで、ブレグリズはどうしたんだい? 彼のために素敵な贈り物を用意してきたんだけど」

「ビーグロウ、久しぶりだな……」


 すました顔できざなセリフを吐く。間違いない、ビーグロウだ。

 獅子はにこやかな顔で握手を求めてきた。まるで何もやましいことなどないような顔で。

 それに面喰いながらもおれはおずおずと手を差し出し、硬く大きな手を握った。


「ふふふ、どうしたんだい。まるで死人にでも出くわしたような顔をしているね。麗しい君にそんな顔は似合わないよ。さあ、笑って。本当はブレズに持ってきたんだけど、君にも十分似合うね」


 燕尾服を着こんだ獅子の胸ポケットに収められていた赤いバラを一輪、おれに握らせる。

 何がどうなっているのかわからない。だって、ビーグロウは死んだはずだ。おれの目の前で。


「今日はちょっとしたネタ晴らしにきたんだよ。それと謝罪、それと……まあいろいろだ。なにしろ私はビストマルトの外交官だからね。おっと、これは元、だったね。なにせ今の私は敵国で大怪我を負って入院中の身なのだから。私のことは、そうだな、よく似た双子くらいに思ってほしい。もちろん性癖も一緒な」

「性癖を押しすぎだろお前。あと大怪我だっけ、死んでねえじゃねえかこいつ」

「だって、死んでしまったら復活できないじゃないか。君らの国ではどう吹聴されているのか知らないが、私の国で私は生きているよ。ただ怪我がひどすぎて人前に出れないって設定がついてるだけさ」

「いけしゃあしゃあと、この嘘つき」

「否定はしない」


 公の場なのに獅子の様子は気楽だ。これは公式の訪問じゃないということなんだろうか。


「どっちかというと私的な訪問だと思ってもらっていいよ。ところで、ブレグリズは出てこないのかな。そこにいる狼の彼も魅力的だけど、あいにく私は浮気性ではなくてね、申し訳ない」

「ブレグリズは軍備の仕事があるため席をはずしております。姫様、お茶が入りました。どうぞこちらへ」


 ビーグロウのセリフを眉一つ動かすことなく受け流し、ヴァルはおれを誘う。

 いかんいかん、本来ならおれが進めなくちゃいけない場面だ。あまりのことに動揺して、ついヴァルの手を煩わせてしまった。


 おれはビーグロウと向かい合って座り、その後ろでヴァルが起立して待機する。


 話し合う体勢ができたと思ったのだろう、ビーグロウは矢継ぎ早に切り出していく。


「さて、何から話そうか。ここまで来てしまったのだから、私の目的がネースト周辺の領土を手に入れるつもりだったのは周知のとおりだ」

「そのために、嘘まで言ったのか……?」

「ん? ……ああ、獣人種を蜂起させると言っていたことかな。あれは別に嘘ではないよ。私が計画を無理矢理軌道修正しなければ、過激派の彼らはその方向で行くつもりだったからね。おお、なんとおいしい紅茶なんだろうか。君の真心が伝わってくるようだ」


 ヴァルに笑顔を向けて誉めそやすビーグロウは敵地だというのに気負った様子などみじんも感じられない。これが国を相手にしてきた重鎮の余裕とでも言えばいいのだろうか。


 それに、ホリークの説明にあった通り、やはり件の差別騒動は過激派が裏で糸を引いていたようだ。その利益をすべてかっさらい、今ビーグロウはここで笑っている。


「私はね、戦争など起こしたくなかったのだよ。ここは十分交渉事で得られる土地だ、そんな場所にわざわざ兵を投入して血を流すなんて馬鹿げている」

「それで自作自演で死を騙ったのか」

「そんなところだね。本当は死ぬつもりなどなかったのだけど、あの晩過激派の彼らに襲われたのを活かして、これならいけるだろうと思って。ちょうど背格好の似ている執事がいて入れ替われたのが幸いした。あの格好も案外悪くないね。もっとも、私は奉仕するよりされるほうが断然好きなのだけどね」


 ……そうだよな、人からすれば獣人の区別なんてつかないよな。おれらだってイグサを隠す時に似た獣人の死体をでっちあげようって案もでたくらいだ。過激派に狙われたばかりということもあって、あのタイミングにそれを疑う余地などなかった。

 おそらくあのメイドはそれを知ったうえで燃やしたんだ。ビーグロウの策を守るために。


「それで案の定、ここら辺の土地は無血で手に入った。本来なら、私は死人として隠遁生活をしながら素敵な花をめでる余生を過ごそうと思っていたのだけど、そうも言っていられなくなってねえ。こうして強制的に駆り出されたのさ。いやはや、お役所仕事はつらいねまったく」


 まるで午後のティータイムを楽しむようなおしゃべりをしながら、洗礼された動作でカップを口に運ぶ。その姿に罪の意識はまるで感じられず、自らの策が破たんした哀愁さえうかがえない。

 こんなに温和できざったらしいのに、目的のためなら身代わりを容赦なく殺す潔さ。これが国を動かすものに求められているものなのか。だとしたら、おれは……。


『姫様、騙されることないようにお願いいたします』

『ヴァル……』

『予測でしかありませんが、この男、無血でネースト周辺の土地を手に入れたことでさらに権力を増したはずです。隠遁生活などと言っていますが、その影響力で政治を操るつもりだったのでしょう。そんな男がこうしてわざわざここまででてきたのに考えられる理由はひとつしかありません』

『今度はこの国とのパイプをつなぐこと……か?』

『その通りです。そうすることで自らの有用性を高め、さらに政治の中枢へ食い込む算段かと思われます。お気を付けください、口先だけの手練手管に惑わされぬよう』


 そういわれても、おれに何ができる。こいつほどの知性も冷徹さも持ち合わせていないのに。

 ああ、やっぱりゴウランに任せておくべきだっただろうか。ううん、後悔しても仕方ない。行くしかないんだ。おれが望んで変わってもらったんだから。


「それで、どんな要件だ? まさか雑談しに来ただけってこともないだろう」

「おっとそうだ。素敵な殿方がいるとつい口が軽くなるのは私の悪い癖なんだ。大目に見てくれ。これでも隠遁生活で潤いが少なかったせいか、はしゃぎすぎてしまったよ」


 獅子のきざ全開のウインクが決まるが、身構えているおれはそれを笑うだけの余裕はない。


「まずは謝罪だ。死体を演じたせいで君を驚かせてしまったことは申し訳なく思っているよ。入れ替わった場所から眺めていたが、君は出会ったばかりの私を本気で心配してくれていた。そのやさしさに、私は頭を下げよう」

「結果として国を乱したこと自体は謝罪しないんだな」

「残念だがそれはありえない。私は私の行いのすべての咎を引き受ける。その覚悟がないものに国は動かせない。そのため他国で血が流れようと、自国が潤えばそれでいい。恨みは引き受けるよ」


 毅然とした態度で笑みを作る獅子はなんて強いんだろうか。おれはハウゼンの生き死にを決めるだけでも崩れそうだったのに。


「それで物は相談だ。もう感づいているとは思うが、私は君らとビストマルトをつなぐパイプになるために来た。立地から言って、そろそろビストマルトと和解しようと思っていたのではないかな?」


 なんて鋭い嗅覚か。ばつのわるそうな顔が表に出てしまったのだろう、獅子は満足そうにうなずいた。くそ、ポーカーフェイスとか苦手なんだ。


「こちらも、あんな結界を張れるような君らとことを荒立てたくないというので一致した。もともと君らの噂はこちらにも届いているくらいだ、引き抜けない以上友好を目指すのは当然の帰結ということだね」

「それで、おれらを国として認めてくれる条件ってなんだよ?」

「そうすねないでくれ、かわいい顔がもったいない。私以外には効果てきめんじゃないか。ツキガスなんて本気で君に惚れているんだよ。あの朴念仁が、だ。よければ今度紹介するから、会ってやってくれないかな。その方がおもしろ……いや、愉快なことになりそうだ」

「言い直せてねえぞ!」

「失礼失礼。それと、べつに我々は君らに条件を突きつけるつもりなんてまったくないよ」

「……え?」

「いっただろう、友好を目指すと。私たちは君らの独立を手放しで容認しよう」

「え、え……?」


 もっと一波乱あると思っていたのに、拍子抜けだ。何か企んでいるんじゃないだろうかこの腹黒獅子。うん、絶対裏がありそうだ。


『ヴァルさん、どうか解説をお願いできないでしょうか』

『私程度にそのように腰を低くなさらなくとも、命令一つでなんでも口にいたしますよ。おそらく、ここに構っている余裕はないということかと思います』

『へえ、ここを無視していいんだ』

『実害がないという判断を下されたのでしょう。ここは結界で囲まれた国、裏を返せば領土はこれ以上拡大しない。そう見られたとしても不思議ではありません』

『ほうほう、で、実態は?』

『おれの結界は四方のモニュメントの調節次第で結構伸ばせるぞ! モニュメントを遠くに設置すればさらに大きくもできる! 地下からの魔力供給によるからどこにでもは難しいけど、応用は結構効くはずだ』

『頼まれてもない解説どうもハンテル。とまあ、こういうわけですが向こうはこれ以上伸ばせないと思ったようですね。それに戦力差は圧倒的ですからいつでも攻め落とせると判断した可能性も否めません。質ではこちらが圧倒的に勝っているのですが、低能にはそれがわからないのでしょう。結界相手に攻めあぐねている間に向かいに控えるハウゼンらに足元をすくわれる危険性を考慮して、こちらを懐柔してしまおうという魂胆が透けて見えます』


 おれはそれをかみ砕いてビーグロウに伝えると、獅子はすました顔で肯定する。その程度理解できて当然といわんばかりの態度は、演技なのかどうかもうまく読み取れない。


「そんなところだね。あの結界はロストテクノロジーか何かをうまく利用したのかもしれないけれど、それだけでは国としての守りは不十分だと私は思うよ」


 ロストテクノロジーどころか、できたてほやほやなんですけどねあれ。


 しかし、不十分とはどういうことなんだろうか。


「君らにロストテクノロジーの秘密兵器があるように、私たちにも似たようなものがある。まあ、これは別に隠す必要などなく、少し想像力を働かせればわかることだね」


 そりゃまあ、わざわざおれらの国を無視するってことはいつでも対処できる自信の表れなんだろうな。それくらいはおれにだってわかる。


「それに、君らの国は立地的にかなり不利な立場だ。交易をするにもビストマルトを通らねばならないが、私たちが関税をかけたらすぐに煮詰まってしまうだろうし」


 あー……そんなこと考えもしなかったなあ。


『別にその程度、『一足飛び(ショートカット)』を使えばどうとでもなりますので、気にする必要などありません。落ち着いたら別の場所にポータルを作る予定ですので、輸送費をかけずに交易をするつもりです』


 『思考伝達(チャット)』でヴァルが補足してくれた。言われてみたらまさに、って感じだ。そもそもこの狼はそこまで考えて建国を進言してるだろうし、ざっと思いつく程度の問題ならなんとかなりそうだ。


「私としては、それを踏まえたうえでの建国であり、君らがどう動くのかが楽しみなのだよ。安心してくれ、ダメそうならすぐに手を貸すよ」

「ブレズはやらないからな」

「そんなこと言わないでくれよ。君らの力量はあの過激派の刺客を退けたことで保障されている、こちらとうまく折り合いがつけられるなら仲良くいきたいのは本音なんだから。ほら、あるだろ。町ぐるみで傭兵家業をしている部族の町とか。私は君らをそういうふうにとらえてるんだよ」

「……確かに主要産業とかはないし、外貨を稼ぐならそれが一番現実的ではあるんだけど」


 なるほど、関税さえ管理しておけばおれらをそういう風に扱えると思ってるわけね。それを自分の手柄にするためにきたな、こいつ。


「だろう? 私はいい顧客になるよ。なにせいい男にはめっぽう弱いからね。あのブレグリズにおねだりでもされようものなら定価の倍を払う自信がある」

「このホモちょろいなあ……」


 でもこうやっておちゃらけながらも行動はかなり打算的だ。だてに大国で利権をむさぼってるわけでもなさそうだ。


 ビーグロウはにこやかにしながらも本性をひた隠しにしている。いや、これがこいつの本性なのだろうか。この、笑顔で人の裏をかいて食い荒らしていくケダモノの顔が。


 おれはもう何が何だかわからなくて、いらだったまま髪を払いのけた。最近は気にならなくなってきたが、いらつくとどうにも長さが気に障る。


「そして、実はお願いがあるのだよ。もちろん報酬は約束するし、君らの悪いようにはしない」

「ようやく本題か……。で、なんだ?」

「君らと同盟を結ぼうかと思ってね。なにせ国境付近の国土のど真ん中だ、こうでもしないと上層部は信頼してくれなくて」

「おもっくそ公的な訪問じゃねえか!」


 私的とはなんだったんだ!


「おや、君は堅苦しい話し合いよりこうした和気あいあいとし方が本領を発揮できるタイプだと思っていたのだけど、私の間違いだったかな」

「間違いじゃないけど和気あいあいともしてねえよな!」


 くっそ、完全に読まれてやがる。確かにおれは難しい話し合いだと裏でヴァルたちから意見を募りつつ進めるからどうしたって遅れてしまう。堅苦しい雰囲気になろうものならその頻度はうなぎのぼりだ。さすがに欺ける相手じゃねえな。


「それに私的なのは本当だよ。私はすでにこの国では死んだ身、指図されること自体おかしな話だろう?」

「……お前、それをいいように解釈して動き回ってるな。影響力だけ持つゴーストって、かなりたち悪いだろ」

「ふふふ、そうかもしれないね」


 この狸が。目の前の獅子をそう称して毒づいた。


「それで、同盟を受け入れてもらえないだろうか。大したことじゃないさ、ただ互いの武力交渉をなしにしようってだけ。あとは、人材派遣の件についても少しあるかな。まあそれだって大したことはない、こっちの問題をギルドクリスタル経由で君の国にも依頼をだしていいかなっていう確認さ。君らの国には正規のギルドがないからね、こうして特例を作る必要があるのさ。当然報酬は正規の手続きにのっとってお支払するよ。外貨獲得の手として悪くはないだろ?」

「それで、その依頼をするにはお前を通さないといけなくなって、おれらが活躍すればするほどお前の地位が確固としたものになるんだな。お前って本当に狸だよな」

「おや、なんで私の国でのあだ名を知ってるんだい。でも、別にこれだってウィンウィンの関係だろ? 互いに得がある状態こそ、もっとも信頼できる関係性だと思わないかい。君らが勝手に独立したことで、リュシアから依頼がもらえるとは限らないんだよ」


 こっちの体制が整ってないことをいいことに、都合のいい設定を盛り込んでくる。おれはビーグロウから渡された薄っぺらい紙を見ながら辟易とした感情をぬぐえずにいた。

 せっかく独立して干渉されない立場を得たのに、こうしてまたこの獅子の手で踊らされないといけないのか。


「これは国の方針を決める大事なことだからね、じっくり考えるといい。私は自分や国の利益を考えて動くが、それは君も同じはずだ」

「お前ってたまにいいやつだよな……。前もアドバイスくれたし」

「そうだろうそうだろう。ところで、今日の宿がまだ見つかっていなくてね」

「待って、お前泊まるつもりなの!?」

「もちろん、新興国の発展具合を確認するのも私の務めだよ。先ほど見つけた赤鬼の彼、確か私の記憶が正しければ前町長のゴウランといったか、彼もなかなか素敵だね。できれば一緒に語り明かしたいのだけど。もちろんベッドの上でね」

「ただの男漁りじゃねえか! それに一途宣言はどうした!?」


 いやそもそもすぐ外にツキガスの野営地があるんだからそっちに帰れよお前は。


「ツキガスはなぜか私を見るとひどく嫌そうな顔をするんだよ。一度月夜を背景に語ろうと誘っただけなのに」

「かんっぜんにとって食う気だろそれ! お前の立場でそれをやると洒落にならねえだろうが!」

「権力をかさにきて手籠めにする、使い古された手だけど嫌いではないな」

「うっせえバーカ!」


 まあ使者を追い返すのも今後に響くだろうし、適当な宿でもあてがってやるか。


「わかってるさ、こうしておいて実はブレズと同じ部屋だったりするんだろう。ふふ、今晩の私は野獣になるぞ」


 ……町はずれのぼろ屋でもいいかなあ。


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