ついに王様
こっえええええええええええっ!
わかってたけど戦争真っただ中じゃん。下手すればすぐ死ぬっておれ。だから戦闘能力がないんだって何度言わせるんだ!
準備に時間を取られてかなりぎりぎりだったが、間に合ったようでよかった。戦が始まる前に駆け込んで、おれはちょっとだけ安堵。本当にちょっとだけな。今でも情けないことに足がガタガタ震えてるんだ。
おれが来たいって言ったんだ。情けなくてあいつらの主なんかできない、他でもないおれが。だからちょっとは気合入れてほしいけど、やっぱりいきなりは無理だよな。
もうここまで来たら内心はやけくそのオンパレードで、後悔が大音量でサンバをおどっていやがる。何千という兵の視線を一心に受け止めるには、引きこもりの胃につら過ぎる。
だけど独立宣言しちゃったしなあ。今はおれの美少女スマイルでごまかせてるけど、すぐに怒気が膨れ上がるぞ。ホリークに手伝ってもらって演出過多にしたおかげで、予想より魅了できているけどさ。
引くに引けないところまで来てしまった。あとはただ、がむしゃらに最善をつかみ取るだけ。怒涛と押し寄せる後悔になんて、おぼれてる暇はない。だから、おれの足よ収まってくれ。
『ありがとうホリーク。そろそろ花びらを止めてくれ』
『あいあいさー。がんばれ姫様。今の姫様はいつもよりきれいだぞ』
もーそういうことをサラッという。なんだあの天然ジゴロ。
おっと、突っ込んでる場合じゃない。まだ誰も声を上げないうちに、言いたいことをさっさと言ってしまわないと。
「このたび、異人の町ネーストは国として独立することにしました。ビストマルトやノレイムリアの影響を受けず、差別もされず、自らの足で立つことに決めたのです」
そして、おれはハウゼンの軍に向き直る。
「ハウゼン=ミューレット、貴方には王都への使者をお願いしたい。このまま王都に引き返し、ネーストが独立すると伝えてください」
「お言葉ですが、私はすでに大罪人。王宮への伝令に使うことなどできません」
「いいえ、貴方は大罪人ではありません。貴方はただ、ここに職務を全うしに来ただけです」
「……私が貴方の愚行を見張るためにここに来たことにしろと?」
そうそう、そうすればハウゼンも死なないでしょ。まあ、多少は怒られるだろうけど、命は大丈夫なはずだ。
禁忌が使える犯罪者を追ってハウゼンはここに来た。しかし、この町はビストマルト領になっており、うかつに手が出せない。ネーストでの情報収集中におれが独立する情報もつかんでしまった。ノレイムリアとの国境沿いを見張るためにハウゼンらは断行したと。
まあ、そんな筋書きでよろしくお願いしたいね。それなら国を裏切ったことにならないからさ。ハウゼンがいなきゃおれらはノレイムリアに進軍してたかもしれないとかなんとか適当に危機感あおっとけばなおよしかな。そんなことありえないんだけどさ。
「君は、全部敵に回すつもりかい?」
うんうん、そーなっちゃうよねえ。そもそもネーストがビストマルト領になったのはビーグロウを殺されたことによる戦争を回避するためだし、そこが独立なんてことになったらノレイムリアの面目丸つぶれ。まあ、もうノレイムリアとは関係ないんだし、静観する可能性もあるけどね。
それよりも、問題はビストマルトだよね。なにせ、せっかく手に入れたヨルドシュテインとの接点だ。それが独立するとなったら認められるわけがない。
まあ、ネーストの住民含めおれらがほしいのは安定した暮らしだ。ビストマルトにもノレイムリアにも不信感しかない現状、このまま暮らしていくのはちょっと難しい。
なので意地でも認めさせてもらいましょうかね。おれらとしては、バチカンみたいな立地になってビストマルトに囲まれてても問題ないんだ。それを認めさせるしかないだろう。
おれはハウゼンの質問には答えず、自分の話に専念させてもらうことにする。
「ですのでこれ以降、ビストマルト、ノレイムリアの両国の入国を制限させていただきます」
何を荒唐無稽な、と思うだろう? いくら魔法がうまくても、そんなことできるわけがない。それが一般的な考えだ。でも、それができちゃうんだなあ。
『ハンテル、頼んだ』
『おう、姫様のために作り上げたおれの城を見てくれ!』
どどんと、大地が振動してあたりをにぎわせる。ハンテルがちまちまと作り上げた結界魔法がついに起動するんだ。
それは範囲を増していき、透明な壁で町を隔離していく。防御魔法なら右に出る者のいないハンテルの力作だ、破れるやつはいないに違いない。
そういえば、急なことだったから説明を受けていないけど、これはどういう魔法なんだ?
『これはな、地中から魔力を補充して半永久的に起動する結界だな。町の周囲四隅に結界のためのモニュメントを作ってそこを囲うようにしてある。っま、そのモニュメントにはおれの厳重結界とホリークの隠ぺい魔法がかかってるからそうそう壊れないぞ』
思ったより高性能だな……。性格がふざけてるけど、ハンテルって仕事はできる方なんだよな。これに加えて町自体にもいろいろ手を加えてるんだから頭が上がらない。これは本当に腹をなでてやるべきなんだろうか。
周囲のどよめきがかなり大きくなってきて、事の重大さをみんなが理解し始めてきた。隔離した都市国家が形成されていくなんて前代未聞のことだろう、誰もがあっけにとられて結界が広がるさまを見つめ続けている。
これほどの大魔法なんてめったに見れるものじゃないはずだ。その隙におれはここに逃げ込もう。……おれもはじかれたりしないよな?
『大丈夫大丈夫、姫様とおれらだけは問答無用で結界を通り抜けできるように設定してるからさ。町の人らはきちんと出入り口から移動してもらうことになるけどな』
ほんっとうに仕事すれば有能だよなこいつ。
ならさっさと逃げ込もう。宣戦布告はしたし、もうおれの出番は終了だ。結界も間近まで迫ってきたことだし、いいタイミング。
「お待ちください」
そこで現れたのはビストマルトの将軍、ツキガス。彼はこの騒ぎの中、おれに向かって突き進んでいた。先ほどとは違い決意をひめた精悍な顔立ちは、おれにでれでれしていた面影などない。
馬にも乗らず戦場の真ん中まで突っ切ってきたというのか。なんという身体能力。おそらく戦闘能力だけなら勝てないだろうな。
『姫様、撃ちますか?』
『待て、レートビィ。どうせすぐ結界に逃げ込めるんだ』
遠方からこちらを見つめているレートビィに待機を命じて、おれはツキガスと向かい合う。
悲鳴をバックにした戦場での出会いはおせじにもロマンチックとは言えなかったが、それでもツキガスは言いたいことがあったらしい。
「考え直していただけませんか。町の住民に慈悲をかけることは素晴らしいことかと思います。しかし、それでは後が続きません。いたずらに発起すれば、余計に混乱を招きます。私にできることなら、何でも妥協いたしましょう。ですので、考え直していただけないでしょうか」
「……思ったより、いいやつなんだな」
素の言葉遣いが漏れてしまっていたけど、それでもいいだろ。中身男のおれなんかに惚れたっていいことなんてないんだ、夢なら覚ましてやらないとな。
案の定ツキガスは驚いたようだったけど、おれはそれに構うことなく突き放す。
「お前のことをちょっと誤解してたのは認める。けど、おれらにはおれらの事情があるんだ。おそらくこれから敵になるだろうから、おれのことは忘れてくれ」
「いえ、そんなことできるはずがありません。私の心はすでに、貴方の物です」
ビストマルトは情熱の国だな。きっとみんなこんなことを平気で言うんだろう。欧米系の口説き文句に耐性ないから、素直に照れるな。
引き返せと忠告してくれる熊には悪いけど、もう後には引けないんだ。おれらの居場所を手に入れるために、動かないといけない。
なだめるように笑んで、ツキガスに応えようとした瞬間、それをぶち壊すような声が割り込んできた。
「ばーーーーか!」
結界はすでにおれの目と鼻の先まで迫っている。人も獣人も結界に押され逃げまどい、あたりはすでに騒然だ。
そんな中でもおれに向けられた罵声はすんなりと聞こえた。というか、この声はハウゼンか。
馬は役に立たないとふんで、自らの足で駆け込んできたハウゼンは息を切らせておれをにらみつけていた。ツキガスと比べるとそこはやはり身体能力の差が歴然だな。
「き、きみ何を考えてるんだ。そんなむちゃくちゃな……ぜえぜえ」
「だって頼まれたからな」
「……あーそうかいそうかい。まったく君はお人よしすぎるし僕の部下も無茶振りをするようになったな。そんなところは僕に似なくていいのにさ」
「でも、独立しようって決めたのは自分の意思だ。それがちょっと早まっただけ」
裏の交渉を悟ったハウゼンは仕方がないとため息をついて肩をすくめた。汗はダラダラ出ていたが、糸目の憎らしさはすでに戻ってきている。
「でも、そうだね、お礼は言わないと。おかげで時間を稼げたよ。それができて命もあるんだから、いうことはないね」
――――ありがとう、とハウゼンは笑った。
ああ、やっぱりおれはお人よしなんだろうな。
今、すごく報われた気持ちになってる。
ツキガスはまぶしいものを見る目をおれに向けているが、結界がおれを飲み込むと我に返って撤退を開始した。それに伴ってハウゼンも退き、ビストマルトとのノレイムリアの将がそろって行動という珍しいことになっているのがなんだかおもしろかった。
撤退する二人に向かって一礼を。これから向かってくるであろう敵に向かって一礼を。
王都に行くために鍛えた礼儀作法での礼は映えているのか少し心配だ。
だって、これからおれは王様になるんだから。
****
「今の状況は?」
会議場となったギルドホールでおれはそう問いかけた。この場にいるのはおれらを含め、ヤクモの父親で町長のゴウランとステラとイグサだ。
「硬直状態ってところだね。ツキガスは結界の前に陣取って拠点を構えているし、ハウゼンも拠点を徐々に作り上げていってるよ」
レートビィが慣れた手つきで机に広げられた地図に載っている駒を動かして戦況を教えてくれる。まさか自分が映画でしかみないような作戦会議を本当にするとは夢にも思わなかったなあ。
おれの独立宣言から数日たっても、状況はあまり変わらない。町の人はようやく結界の安全性を実感し始めているらしく、ぼちぼちと畑や狩りに出かけていくようになった。ハンテルの作った結界はそこそこ大きいので、生活範囲を脅かす心配はないはずだ。
「まあ、本当は町だけを要塞化するつもりだったから、そこを突貫で広げたせいでちょーっとばかし予定より結界が薄いのが問題なんだけどな。まあ、それは時間を見て強化すれば問題ない範囲だし、姫様がおれを撫でてくれれば明日にだって……冗談だからそんなににらむなよヴァル」
とはハンテルの談だ。当初の予定とは異なる動きをさせてしまったが、破られそうならハンテルはすぐにでも察知できるから大丈夫だろう。
「とはいえ、おそらくしばらくはこの状態が続くことでしょう」
というのはヴァルの予測。それはおれにもわかる。
もともとハウゼンは時間稼ぎにきたんだ。ここで硬直状態を作っておくことこそ、ハウゼンの望みに他ならない。よくハウゼンが軍を任されたなあと思うけど、そういう思惑が絡んでいるのなら上層部の誰かがそれを組んでハウゼンを指名したんだろう。そんな政治的駆け引きなんておれは全く知らないから、あてずっぽうなんだけど。
攻めてくるとしたらツキガスの方だろうな。あっちはもともとこの町の資源を頼りに進軍してきたところがある。拠点を構えて野営地を作ってはいるが、どうしたって物資が心もとないことだろう。援助はくるだろうけど、さすがに大国ビストマルトの領地の広さを考えるとまだかかりそうだ。
「その間にツキガス軍の指揮が下がってくれれば御の字なのですが、あの人ならそれもなさそうですね」
ふむ、ブレズが言うくらいだ、やはりツキガスは結構誉れ高い武人なのだろう。つまり、あのプロポーズに乗っかればおれは安泰だったのでは……ないな。
こうして作戦会議をすると、状況の大変さがひしひしと伝わってくる。二つの軍に囲まれてにらまれているこの現状。ハンテルの結界を信頼していても胃が痛い。そもそも引きこもりは見られるのが嫌いなんだ。
「町の人は思ったより不安が少なくてな。これも姫さんたちに対する信頼感のたまものだな」
ゴウランがうなずきながら椅子を揺らす。ヤクモの父であるこの赤鬼はヤクモの倍くらいある身長に凹凸が際立った筋肉をお持ちのおっさんだ。暗緑の着物を着崩して半面の筋肉を露出し、茶褐色の髪で作ったまげがどの角度から見ても武士だとアピールしている。
人外たちの町において、随一の実力者だというのも納得だ。町長というイメージから連想される知的な雰囲気はまったくない。最初会った時はおれも面食らったものだ。
そんなおっさんは腕を組んで大股を開いて椅子に座っている。ここはブレズやハンテルに合わせて家具を大きく作ってあるので普通に見えるけど、外に出れば狂った遠近感になるんだろうな。と考えると、それよりでかいブレズはでかすぎなんじゃないだろうか。竜人ってみんなこんなものなのかな。
戦闘になるのは最終的なことだろう。こんな超強力結界を張った得体のしれない敵相手にむやみに進軍するほど馬鹿ではないはずだ。こちらはもともと交流のない町として自立できるだけの構造は持っている。持久戦なら問題ない。
話についていけなくなったステラが床で昼寝をはじめ、イグサが毛布をかけている。この二人は町の主要人物ではないけれど、いざってときに戦える能力があるので参加してもらっている。町の人は人外ということで身体能力こそ高いものの、やはり餅は餅屋に任せるのがいいだろう。
そこまで考えてこの町の戦力がおれらぐらいしかいないことを再確認してしまった。軍を相手にする人数じゃねえよな……。これでよく町の人はついてきてくれたものだ。ゴウランを取り込めたっていうのが大きかったのだが、それでも今更ながら驚き。
「っま、それだけ姫さんが人望厚かったってことだな。おれももともと長なんて柄じゃねえし、ただ腕っぷしが強いから上に立ってただけだ。適任がいたら、おれはそいつに譲るよ」
「えらくあっさりしてるよな。未練とかないのか」
「ねえな。おれが長になってもこの荒廃した町を立て直せなかった。それを成し遂げたやつがいるのなら、そいつがみんなを率いるべきだ」
「……それがこの現状でもか?」
だめだな。ついつっかかってしまう。引き返すなら見逃すと言っても、ゴウランは一笑に付す。
その姿は最初見た猜疑などかけらもなく、本来の性格であろう豪快で曇りないものであった。
「いいってことさ。おれらだってむかついてるんだ。その点じゃ、ここにきて短い姫さんより気持ちは硬いぞ。それに、このままいても居場所を奪われていたんだ、その不条理にあらがうだけの力を持った奴がおれらを導いてくれるなら、反対する理由なんてどっこにもねえよな」
それだけ確認できれば十分だった。おれの猜疑が溶け、前向きになれる気がした。
ゴウランの豪快さをおれも少しは見習うべきなんだろうか。いやいや、そういえばおれは美少女じゃん。そんなことしたらハンテルとか泣き崩れそう。
ただ、ゴウランの態度に何かが引っかかる。それは些細な、けれど決定的ともいえるもののような気がしてやまない。豪快奔放なこいつの言葉には、どこか投げやりめいた影が潜んでいる。
まるで意志の決定をあきらめているような、どうにもならないと拗ねているような。
前までのこいつは、もっとぎらついて噛みついてくるような猛犬だったのに。
だが、今のおれにそれを言語化するだけの確信はなくて、まごついている間にも議論は次に進んでしまった。おれはレートビィの声にはっと我に返って慌てて耳をそばだてる。
「えっと、この結界のおかげで、今は小康状態って感じかな。何か策を進ませるにはうってつけ」
確かに二軍は硬直状態でしばらく動くことはないだろう。その間にハンテルが結界を補強しておけばさらに守りは盤石になる。あいつらが結界を超えることができるとは思えないし、悠々といきましょうか。
それに実をいうならば、この状態を打破しようと思えばすぐにでもできるんだ。おれには切り札がある。それも五つ分、こいつらの数だけ切り札をきちんと用意している。それを切らないのは、ハウゼンの時間稼ぎをサポートする目的がある。そうすれば向こうのごたごたに気を取られてこっちがおろそかになる確率が上がるからな。
おれの最高傑作であるこいつらには切り札となるものを一つ持たせるようにしている。ゲームの中でも有用なそれが、この世界では破格になることは疑いようがない。
切り札は自信の源であり、絶対の価値だ。三者三様の切り札は確実におれらの役に立ってくれる。
ならもう決めることもないな。おれは念を押すようにゴウランを見ると、どうぞといわんばかりに親指を立てられた。ならばやはり、おれがここのトップになるんだろうな。
「町の連中もうすうす感づいてはいるだろうが、あとで声明を出しとく。これで晴れて、この国の長は姫さんだ」
「……そうか、ありがとう」
うええええ、緊張するなあもう。これでもうニートがどうとかいってられなくなるんだなあ。思えばあのだらだらした時間は貴重だった。
さてさて、これで本当に解散か。さーてこれから何をしようか。
「おれは結界の補強に行ってくるかな」とハンテル。
「僕は外の見回りだね。動きがあったらすぐに報告するよ」とレートビィ。
「軍備補充のために適当に合成か」とホリーク。
「さて、そろそろ晩御飯の支度とお茶菓子のご用意をしなくては」とヴァルが言い。
「姫様、何かご入用があればすぐに準備いたします」とブレズが続く。
……待って、おれは何をすればいいの?
さすがに何かあるでしょ。いやいや、一国の主となってまでニートってありえないでしょ。ひっきりなしに訪れる使者との面会とか国の運営とかさ。おれ、こまねずみになる覚悟を決めてきたんですけど。
それを問うてみると、ヴァルは逆に困ったように首をかしげてしまう。なぜ困る。
「おそれながら、ハンテルの結界で守りは完璧であり、破られでもしない限り緊急事態は起こりません。使者の対応は今はまだ町長であるゴウランが適当ですし、イグサの力添えでホリークの合成も町の教育も事足りております。都市国家としての政府規模は小さく、兵や税の徴収などしなければ仕事があるわけではありませんから」
確かにーー! この引きこもりが使者との面談とかまず無理だし、税とか取らなくともおれらは自分で好き勝手合成できるし。最低限体裁を保つために新たにいろいろ決めたほうがいいんだろうけど、それはまだ先のことだよなあ。
やっぱすることねえじゃん! どこまで行ってもニートはニートかよ!!
いや、でも、ほら! 兵の士気向上とかって思ったけど戦力ここにいるだけで全部じゃねえか! あと、えっと、そうだ、ハウゼンと密通できる人いるでしょ。あいつの時間稼ぎ待ちなんだからさ、その時のために交渉しといたほうがいいんじゃないの?
「そちらの方は私がつつがなく。あちらに恩を売っておきこの国を認めてもらう算段は整っております。ヨルドシュテインとつながっている膿を見つけるため、私は時折向こうへ行くかもしれません。姫様には、計画が固まってから進言しようと思っておりました」
この狼くっそ優秀だな! この有能と同じ思考方向を見れたというだけで自信がわくけど、やっぱり仕事はないのか!
…………ん、あれ、あれ。その方向性でいくのなら、もうちょっと踏み込んでもいいんじゃないのかな。
おれがおぼろげでつたない意見にもならない感想じみたものを口にすると、ヴァルはすぐさま意をくんでくれた。
「なるほど、内乱の誘発ですか。それはとても良い発想かと思います。ハウゼンを擁する派閥が主権を握れば、ヨルドシュテインの思惑を退けると同時に恩を売った成果をむしり取れます」
う、うん、言い方はえげつないけどおれが言いたいのも大体そんな感じ。
一度アイデアが出てきさえすれば、後はみんなが勝手に補足してくれる。戻ってきた作戦会議の空気はなんだか心地よく、みんなが一つの方向性に向かって進んでいるのが肌にしみる。
「そうすると、ノレイムリアがおれらの味方になってくれて国として動きやすくなるってわけか。うん、いいんじゃねえの。さっすが姫様」
おれはきっかけを与えただけなんだけどハンテルはべたぼめだ。こいつも有能な部類だし、さらに意見を補強してくれる。
「だったら、大事なのは内乱中にノレイムリアを守ることだな。ハウゼンらがここまで隠密に徹しているのはヨルドシュテインやビストマルトに攻め込まれたくないからってことだろう。ヨルドシュテインとつながっているやつがいるなら攻めこむには絶好の瞬間だからな。属国になるように脅すにはうってつけだ」
そこまではまったく思い至ってなかったですはい。
「まあビストマルトは何とかなる。ってか今しかないだろうな。おれらの独立に目がいってる今こそもっとも危険が少なく動けるときだろうし……そのことを含めてハウゼンにかまでもかけてくれよヴァル」
「貴様に命令されるのはまったくもって気に食わないが、それが姫様のためになるのも事実。しょうがないがひきうけよう」
「……前から思ってたけどさ、お前ひょっとしておれのこと嫌い?」
「無断で何度も姫様の寝室に忍び込む猫が好かれると思うか?」
「てへー! 知ってた!」
え、お前そんなことしてたの? さすがにちょっとどんびきなんですけど……。
「待って! 姫様引かないで! 別に変なことしてねえからさ! ただおれがペットになったときのイメージトレーニングっていうか、そう、いかにおれが上手に姫様に使ってもらえるか訓練してただけだから!」
誤解しか招かない表現やめろ!
「姫様、同じ騎士として擁護させていただきたい。我ら従僕は貴方様なき部屋に哀愁を感じ、硬く守る決意をいたします。貴方様の影に口づけを落とすかのような敬虔を、どうか責めないでくださいませ」
絶対そんな意味じゃないと思うんだけど、ブレズがそういうなら、まあ……。
この天然は人が良すぎるよなあ。うっかり詐欺に騙されないか心配だぞ。
ハンテルが救われた面持ちでブレズに感謝の意を示している。そう思うなら少しは自重してほしいところ。でも、しないんだろうなあ。
えと、話が脱線してしまった。ようはハウゼンらが主権を取れば恩を売ったことで仲良くなれるぜ、ってことか。
まとめると、ハンテルが締まりのない顔で笑って肯定してくれた。
「そうそう、それに、ノレイムリアはヨルドシュテインと完全に袂を分かつだろうし、おれらと組むしかなくなる。もしくはおれらを連合に紹介してくれるまであるぞ」
うーむ、それは結構いい案じゃなかろうか。
「後の問題はビストマルトだな。まあ、ビストマルトはもうネースト周辺の土地を手に入れたし、おれらがちょっと妥協すればいい気もするけどなあ。この結界を前に戦闘しようなんて気は起きないだろうよさすがに。どうせおれらはビストマルトに囲まれた立地なんだ、ある程度は向こうにも親交を求める必要があるしな」
「その妥協をどの程度要求してくるかにもよるがな」とホリークがようやくのそりと顔を上げた。こいつさっきまでずっと魔導書読んでたんだよな。
「万が一姫様との婚姻とかだったら向こうに隕石を落とすことも辞さないぞ」
「同意。そん時はぶっ飛ばしてやれ」
さすがにそれはおれもいやだなあ。せっかく独立したのに、意味がなくなってしまう。
じゃあ、当面の目標はノレイムリアで内乱が起きるように誘導することか。
「左様ですな。その点も含め、私があとで確認しておきましょう。いくら軍隊とはいえ所詮はサルの群れ、忍び込むなど造作もないでしょう」
ヴァルが当然のように言い切る安心感。こいつなら問題ないだろう。
終わる終わる詐欺で引き延ばしてしまったが、さすがにもう議題は尽きた。ステラは爆睡してるし、レートビィも必死に話についていこうと頭から煙が出そうになってる。
みんなも疲れただろうから、お開きだな。
めいめいに席を立つ中で、ゴウランが何かに気づいたようだ。いかつい鬼の顔をおれに向けて、親指で入り口を指し示す。
「おう姫さん。お客さんだぜ」
「ヤクモか、どうしたんだ?」
ドア付近にはゴウランを百倍かわいくしたような男の子がもの言いたげな目線でこっちを見つめていた。いやはや、これが大きくなるとああなるのか。時の流れって残酷。
作戦会議で要人が出払っていることもあって、ヤクモには門番まがいのことをしてもらっている。つまるところ、結界の入り口にきた人の取次だ。
そんなヤクモが来たということは使者が来たということだろう。はてさて、どの国から何を言われるのやら。っま、おれはニートですけど!
「誰が来たのかは知らないが、とりあえずおれの家まで案内してくるか。んで、誰が来たんだヤクモ?」
促されてもヤクモは逡巡して目線を落とす。父親に似てはきはきしているこいつには珍しい。何か言いづらいことでもあったのかな。
そして、ヤクモの口から出た単語はまさに信じられなくて、思わず耳を疑ってしまった。
「ゴウラン」
気が付くと、おれは呼び止めていた。
深呼吸をしても気は落ち着かない。そんな馬鹿なと思う気持ちがどうしても邪魔をする。
ありえない、来るはずのない人物。自分の目で確かめたいと、おれは一歩踏み出した。
「おれが出る」




