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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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(番外編)ヤクモの日記

 久しぶりにこの日記を書く。記録しないといけないことができたと思ったから、それを随時記していこうと思う。

 この前、すごい人たちが街にやってきた。なんとこの町を脅かしていた山賊を一日で退治してしまったんだ。

 初めて見たときからただものじゃないと思っていたけど、まさかあれほど強いとは思わなかった。上級呪文も難なくこなせるなんて、おとぎ話の魔法使いのようだ。

 おれが生まれてからずっとこの町の空気は重く、それが理解できる年になるとなんでだろうと理不尽に怒りを覚えていた。

 それがいつからだろう、仕方がないとあきらめるようになったのは。

 人外は迫害されているから仕方がない。おれらが弱いから仕方がない。

 いつの間にか、この町にはびこる空気におれも感染していたみたいだった。あきらめることで希望を捨てて、これ以上傷つかないように殻を作った。

 だけど、耐えただけの価値はあったのだと、今になって思う。

 あの人たちがやってきて山賊をやっつけたときに、おれはすべてが報われたような気持になった。おれだけじゃない、きっとみんなも同じ気持ちだったはずだ。

 最近町が明るくなったのもそのおかげに違いない。みんな、努力が報われる感覚を思い出し始めたんだ。鍬を振れば作物が実る、声を上げれば品物が売れる。それは、当たり前だけど、久しく忘れていた感覚で、だからこそ、みんな日々を一生懸命生きれるようになったのだろう。

 父もかなり感謝していた。町長でもあるおれの父はおれより年を取っていたから、最初こそ素直に喜べないでいたけれど、今ではよく笑うようになってくれた。

 姫様と呼ばれている彼らのリーダーについても記しておこう。彼女はまるで、完璧を持って作られた芸術品のようだった。

 初めて見たときの衝撃は忘れもしない。諦観に満ちたこの精神を吹き飛ばすだけの美貌。ああ、何度書き直したけれどおれは詩人ではないから、彼女をうまく表現することができないことをここに言い訳させてほしい。それほどまでに彼女は神々しくも美しいんだ。

 彼女が町を歩くだけで人々がざわつき、誰もが目を奪われる。たいていはギルドの奥にいるけれど、たまに出てくるときはちょっとした騒ぎになる。

 だけど、その言葉遣いは少し異質だ。なんというか、男勝りというよりか男性そのもの、といったしゃべり方をする。本当は男性なのかと一瞬疑ってしまうが、あの造形美を前に性別なんて些細な問題じゃないかといった気もしてしまう。


 どれだけ言葉を連ねても、正確に表現なんてできない。おれに学がないのが悪いのだけど、迫害されている現状おれらの教育水準もたかが知れている。おれは次期町長として父から個別に教わる機会もあるが、だからこそ外との落差が理解できてしまうところがある。

 それは父も同じはずだ。それでも、父はこの町を守ろうと努力してきた。


 ならきっと、あの六人はそんな父を哀れに思った神様からの幸運なのかもしれない。

 馬鹿なことだと思うけど、そのくらいの僥倖だというのを読んでいる人にも理解してほしい。


 おれはいつか、この記録をもとに彼らの活躍を伝えるつもりなのだから。


****


 彼らがイグサを連れてきた。禁忌の術に手を染めて王都に攻め込もうとしていたところ、姫様の慈悲によって生かされたそうだ。小さいころに見たイグサおじちゃんの姿とは似ても似つかないほどやつれた哀れな姿に、父も言葉を失って呆然としていた。

 イグサおじちゃんはとても優秀な魔法使いで、国立魔法学校で勉学を積んでエンチャント系の魔術を極めた才人だ。たまに帰ってきたイグサおじちゃんに無理を言って、なんの変哲もない棒を強化してもらったのはいい思い出だ。イグサおじちゃんの手にかかれば、棒切れで丸太を折ることだってできる。

 学校を出てからは独立してエンチャントを付加する店を立ち上げたのは知っている。評判は良く、差別の中でも知る人ぞ知る名店をこっそりやっていたはず。たまに足しになればとエンチャント付加された農工具が送られてきて、父が感謝していたのを見ている。

 それがいつの間にか来なくなって、イグサおじちゃんの安否も知れなくなった。どうやらおじちゃんは獣人嫌いの暴徒に店をつぶされ、妻と子を殺されたようだ。書くのも痛々しい話だが、おじちゃんの絶望は計り知れないだろう。それこそ、国に復讐しようなどと思うくらいには。


 そんな話を聞かされては、おじちゃんを町にかくまうことに反対できるわけがない。もとより恩深い姫様の頼みだ。父も形式的には難色を示していたが、内心願ってもないことだと思っているに違いない。

 そんなおじちゃんだが、竜を一人連れとしていた。おじちゃんがステラと呼ぶ竜について聞いてみても口を濁されて終わるのだけど、図鑑で調べたらマスラステラとかいう最上級モンスターにとてもよく似ている。おじちゃんの禁忌の術で進化させたのだろうか?

 なくした息子の名前を付けられた竜は大柄のわりにとても人懐っこく、おれの名前を呼びながら引っ付いてくる。三対の羽があるせいで良くも悪くも目立つあの竜は、いつの間にかおれの弟分みたいになっていた。

 姫様のお付きの一人にレートビィという小さな兎がいるのだが、時々三人でもらったリュゴの実を食べながらだらだらと話すのが結構楽しい。レヴィもステラも、まるでこの世界に生まれ落ちたばかりなのではと思うほど何も知らないから、いろいろ教えている間だけおれは兄貴ぶれるんだ。戦闘面では決してあの二人には及ばないのがわかっているからこそ、たまに見せるいいところは大事にしたい。


 だけどイグサおじちゃんは今や重罪人。それも禁忌の術に手を染めた犯罪者だ。どこに行っても後ろ指をさされる生活なのに、おじちゃんはとても穏やかに笑うんだ。それがまるで、明日には崩れてしまうことを承知しているようで、おれとしては少しつらい。


 願わくは、おじちゃんがきちんと幸せになれますように。


****


 最近、父の様子が変だ。

 前はもっと血気盛んで多少、というかかなり大人げないところもあったのだけど、それが鳴りを潜めている。

 落ち着きが出てきたと言えば聞こえはいいのだけど、大人になったとはまたちょっと違うと思う。なんというか、諦観のようなものが見えるんだ。

 猪突猛進を信条に刀一つで道を切り開いてきた父は考えるより先に手が出るタイプだ。だけど、最近はおれに稽古もつけてくれないし、刀を握ることさえ少なくなった。

 実を言うなら、息子としてその理由がわからなくもない。

 父はあきらめてしまったのだろう。姫様の従者があまりに圧倒的すぎて、自分の限界を悟ってしまった。

 前に、ブレグリズという騎士と手合わせをしたことがあったのだが、それから父は諦観に支配され始めた。絶対に勝てない壁を見てしまったんだ。

 まさかあの父がこうなるとは想像すらしたことがなかった。息子としての心境は複雑だ。

 なんだかんだ、この国でも指折りに強かった父が自慢だったのに。姫様の従者はそれ以上に強かった。

 血肉わき踊る戦闘を愛していた戦闘狂は引退してしまった。町のことを考えればそれでいいのだろうけど。

 でも、おれはまた父の戦う姿が見てみたい。


****


 この町がビストマルト領になることが決まった。

 差別の中、汚物のような扱いをされたこの町は、本当に汚物のように切り捨てられてしまった。この国の失態を償うために、おれらは犠牲にされたんだ。

 こうして日記に書き留めて感情を整理していくと、ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを止められない。それは、姫様から聞いた言葉もあるだろう。

 この差別を仕組んでいたのはビストマルトだと、姫様からそう聞いている。ビストマルトの高官が言っていたのだと。

 たぶんそれは間違いない。あの人は言葉遣いこそ奇異ではあるが、根は善良なお姫様だ。その高官が殺されたことで、かなり落ち込んでいたのはあの人くらいのものだろう。おれらはみんな、これまでの苦労を思えば決してそんな感情を抱けなかった。


 これから行われる獣人の蜂起に参加しないでほしいと姫様は言ったが、言われなくとも参加などするつもりは毛頭ない。おれらの生活を圧迫した元凶であり、イグサおじちゃんを狂わせた諸悪の根源。だれがそんなやつの甘言に従うというのだろうか。

 しかし実際にはそんなこともなく、ただおれらの町がトカゲの尻尾きりにあっただけだった。本当に、何度なだめても収まらない腹の虫が怒りを吐き出して仕方がない。結局この国はおれらに何一つしてくれなかった。


 姿かたちをすっかりと変えたイグサおじちゃんは、おれらのために学校を開いてくれた。町の外で勉学を積んだおじちゃんだからこその適任であり、そのせいで図書館がにぎやかになった。前までは本なんて腹の足しにもならないものとして、見向きもされなかったのに。

 それも姫様の恩恵だ。姫様がイグサおじちゃんを助けてくれたから、おれらの暮らしがまた一つ豊かになった。おじちゃんのエンチャント付加技術が戻ってきたことで、生活の水準が上がったのも理由の一つ。


 その他にも、ステラは町の外のモンスターを狩りとってくれるし、ハンテルはこの町全体に防壁を張ってくれた。おかげでモンスターどころか山賊にだって悩む必要がなくなった。肥料や水質の安定化はホリークが技術提供してくれたし、開墾にはブレグリズの怪力で岩や木などを紙切れのように砕いてくれた。


 国は何もしてくれない。けれど、姫様はおれらに慈悲をくれた。

 ギルド所属の冒険者は厳密に町に属しているわけではないから自分の依頼をこなすだけでいいはずなのに、姫様は極力おれらを手伝うように配慮してくれた。

 町は嘘みたいに豊かになった。貯蓄も増えたし、父も財政を立て直すことができそうだと喜んでいる。


 国は何もしてくれない。けれど、姫様はおれらに慈悲をくれた。

 このままビストマルト領になったとしても、国境沿いの町として兵士どもに我が物顔で闊歩されるのが目に見えている。町は豊かになるだろうけど、治安の維持は保証できない。

 それに、おそらくだけど、姫様たちは町を出て行ってしまうだろう。むしろ、出て行かなければまずいはずだ。

 ここまで町を発展させる実力を持っているのだとすると、目をつけられないわけがない。事実、姫様たちを取り込もうとギルドマスターやらが出張ってきていたのだ。特例中の特例、それほどまでに彼らの価値は高い。


 ビストマルトの庇護下に入ったならば、差別はなくなるだろう。だけどそれは同時に、姫様からの加護も失うことになる。


 おれはまだ子供だから、どちらがいいのかわからない。けれど、率直に言わせてもらうと、このまま姫様の加護の下、繁栄していけたらどんなに素晴らしいことだろうか。


 夢物語だとわかっているけど言わせてほしい。


 あの人が、おれらの王様になってほしいと。


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