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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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*拝啓、世界へ


 町の外では二つの軍隊がにらみ合っていた。

 正確に言うなら、ツキガス率いるビストマルトの軍は確かに軍と呼べるものだろうが、ハウゼン率いる軍はそれに比べると数の上でかなり見劣りする。

 おそらく即興でかき集めたに違いない。しかし、一糸乱れぬまとまりを見せているのは、彼ら一人一人が熟達した戦士だからだろう。それでもやはり愛国心によって集った彼らは確かに精鋭であるのだが、軍勢として後れを取っているのは否めない。


 もともと城塞都市を作り最前線とする腹積もりであったために、ツキガスの兵は多い。彼らは職を求めて兵になった集団であり、練度の低さは数で補うことを目的としている。

 ノレイムリアが属国になるごたごたをついて、あわよくば領土を拡大しようと目論んでいたというのもあり、寄せ集めにしては士気が悪くない。そこはやはり、ツキガスの手腕によるところが大きいのだろう。ビストマルトの将軍の中で最下層に位置する第15将軍というたたき上げの勲章に恥じないだけのカリスマが、彼には備わっていたのだ。


 間隙を埋める空気はつつけば破裂しそうなほどの威圧感に満ち、号令一つで戦場を作り上げるだろう。死の臭いをばらまく野原において、ハウゼンは馬上で自分の選択の愚かしさを自嘲した。


「あーあ、これで僕の出世もぱぁだよなあ。まったく、なんでこんなことしてるんだろう」

「真っ先に自分で兵を集めておいて、何を馬鹿な事言ってるのか。それこそ理解に苦しみますね」

「べつにラップスまで来なくてよかったのに。こんな死に戦、疲れるだけだよ」

「ヨルドシュテインに一泡吹かせてやらないと、腹の虫がおさまらないだけなので。あのまま国にいても、生きながら死んでいくだけです」

「まーねー、それは一理ある」

「あと、お願いですから最後ぐらいしっかりしてください。いつでもへらへらしてるのはあなたのいいところでもあり悪いところです」

「自覚はあるから安心して」

「本当にたちの悪いくそ野郎ですね」


 戦装束として荘厳な鎧に身を包んだハウゼンからは緊張感など一切うかがえない。しかし、長らく同じパーティで行動を共にしたラップスは気づいている。

 この人は無理試合を前にきちんと気負っている。ただ、それを表に出さないだけだと。


「ねえねえ」


 ハウゼンがまるで今日の天気を聞くような気軽さで呼びかける。鋼の精神は称賛するが、やはりもう少し緊張感がほしいと、ラップスは頭を悩ませながら相槌を投げた。


「ここまで来ちゃったらさ、ガングリラもグルだよね」

「……まあ、そうなりますね」


 ハウゼンの情報源であり指示元でありながら肝心な情報は何一つ投げてこなかった上司。ハウゼンがこうして軍を率いる許可をすんなりもぎ取ったことから手腕は明らかであるにもかかわらず、この体たらく。

 都合のいい情報だけを選んで渡し、ハウゼン――改めその後ろにいる第二王子ハイファスの動きを制限しに来たのだろう。あの引きこもりが何のためにそんなことをしたのか。付き合いの長いはずのハウゼンにもさっぱりわからないが、あれは、まあ、金で釣られる俗物だからしょうがない。あの白色の姫君の爪の垢でも少し分けてもらえばいいのに、とハウゼンは苦笑する。


「ハイファス様も大変だ。アーフィム様の目をかいくぐりながら、連合から協力を取り付けないといけないんだからさあ。それもガングリラの助力なしで」

「控えめに言って、不可能かと思います」

「うん、僕もそう思うかな。だけど、それを信じて時間稼ぎするしかないんだよなあ」

「ガングリラ様の協力を取り付けてからのほうがよかったのでは?」

「無理無理。あの子に愛国心とか期待できないし、そもそも国王様のこと嫌ってるし」

「あれは嫌ってるというより親しみを込めて侮蔑しているといった感じですが?」

「えー嘘だあ。国王様の禿が進行してるのって半分くらいガングリラのせいだと思うんだけど」

「それは否定できません。ですが、あなたはもう少し乙女心を理解したほうがいいかと思います。いつか後ろから刺されます」

「縁起でもないこと言わないでよ。っていうか、あのガングリラを乙女扱いできるのって君ぐらいじゃない」


 にへらと笑う総大将に感化されて、死地へ向かうはずの軍から緊張がわずかに抜ける。それでいいのだとハウゼンは笑い、あくびを一つ放り投げる。

 どうせ完全なる後手に回って絶体絶命の身。国のためにできることは命を懸けるしかなくなった。それなら殉ずるのが自分に恥じない生き方だろうし、最後くらいは笑顔がいい。ハウゼンは当たり前のようにそう考え、またも締まりのない笑みを浮かべるのだ。


 それとは対照的に、向かいではツキガスが険しい顔でにらみつけていた。ビストマルトの兵はそのほとんどが馬に乗っておらす、それどころか戦とは思えないほどの軽装をしているものまで見受けられる。

 獣人の身体能力は人の比ではない。そこに加えて、彼らには事前でスキルによるバフがある。戦準備という点においても、ツキガスという男は抜かりがない。


「……本当に残念だ。その心意気、さぞ名のある武人だろうに」


 戦を生業とする兵の中でも頭一つとびぬけて強い熊の心中は複雑だ。

 ここで武勲を上げて意中の白色にいいところを見せたいという気持ちはもちろんある。だが、国のために命をなげうつ豪胆さとそれをこれだけの速さで成し遂げる手腕を前にしては、殺すのが惜しいと思うのも当然だ。

 本来なら殺したくはない。だが、それは相手にとっての侮辱であることも十分承知している。彼は生粋の武人であり、相手にかける情けは同時にはなむけでもある。最後は自分の手で終わらせよう。その心意気を持って、彼は戦場に臨む。


 もはや口上など不要であるのは互いが分かっている。国という上部に逆らうハウゼンらは紛れもない大罪人であり、仮にここで勝ちどきを上げたとしても待っているのは処刑台への道だけだろう。だったらせめて、最後くらいはきちんと誇らしく殉じさせるのが将としての務めだと、ツキガスは信じて疑わない。

 ゆえに、彼は名乗りを上げる。大罪人ではなく戦人として、眼前の集いをそう称して。


「ここはすでに我らがビストマルトの領地! 武でもって犯そうとすること断じて許しがたき。この地を守るものとして、ビストマルト第15将軍サウステン=ツキガス、ここに剣を掲げることを宣言する!」


 スキルによって拡散された口上を聞いて、ハウゼンは意外に感じた。

 名乗らせるということはこちらの思惑がばれているのだろう。そして、そのうえで自分たちを軍人として扱ってくれている。その真摯な声を聴けば、打算などないことがすぐにわかる。どうやらあの将軍は豪傑の部類らしい。ハウゼンはそう評価した。


 だとするならば、これに応えなければならない。死に戦だというにもかかわらず自分についてきた彼らの名誉を守るためにも、ここはしっかりしなければない場面だろう。

 ハウゼンはため息を一つ吐き出すと、馬上から硬い音を声高に叫ぶ。


「義は我らにあり! 我らの民を弾圧し、卑劣な策をもって得た土地を貪り食うなど認められるわけがない。我ら逆賊の汚名を着せられようと、人道をなすことこそ正義と信じてここに来た。このハウゼン=ミューレットが礎として、必ずや未来につなげよう! 」


 拡散のスキルが切れたことを確認して、ハウゼンは肩の力を抜いた。隣でラップスがジト目でにらんでくるけど、これが通常なのだから仕方ないとにへらと笑ってごまかした。


「いやー疲れるよねこういうの。いつもは隊長の仕事だからさあ。慣れないことはしたくないんだよ」

「まったく、貴方は笑ってないと死ぬんじゃないかと今になって思い始めてきましたよ」

「そりゃ最後は笑って死にたいじゃん?」

「それこそ笑えない冗談です」


 互いの建前ははっきりとさせた。ならば今こそ開戦の時、結果の見えている戦なれど、心だけは勝つつもりでいる。


 両軍それぞれ将の合図を待つのみであり、はやる気持ちを抑えきれないと高ぶりが空気を揺らす。そして、まさに火ぶたが切って落とされようとしたその時――


 ――――空から、純白が降ってきた。


 ふわりと、季節外れの雪が舞い落ちるように、それは降りてきた。


 通常であれば、だれであれそれは敵の攻撃かと思っただろう。戦いを前に控えた精神は猛々しくも獰猛なのだから。

 それでもなお、すべての者は目を奪われた。たなびくローブは幻想的で、オーロラのような光のベールを照り返してこの世の物とは思えないほど儚い光沢をまとう。下から風を含んで膨れるローブがドレスのように踊り、超常的な美を演出する。


 ふわり、ふわりとそれは地面に降り立った。


挿絵(By みてみん)


 目を見張るほどの美貌。天が使わせたのだと誰もがうのみにするほどに、彼女は美しかった。ここが戦場であることを忘れさせてしまうほどの衝撃を持った、可憐な乙女が白をまとって立っている。その周囲に光のベールをまとい、ほのかに照らされた透き通る肌が神々しさすら抱かせる。

 彼女が手に持つは大きな杖。意匠鮮やかな柄もまた彼女と同じように白く、ほのかに輝く先端の水晶が慈悲を与えるかのように柔らかな光を含んでいた。

 だれかがつぶやく、女神だと。普段であれば一笑にふされるはずのたわごとが、どうしてこんなにも説得力を持っているのだろうか。


 突如として戦場の中心に舞い降りた彼女を見て、ツキガスは畏敬を抱かずにはいられなかった。陶酔と飽きることなく見ていたいというこの感情が恋なのだと、無頼漢は胸の高鳴りにおぼれていく。


 そして、彼女の到来を祝福するかのように、真っ白な花びらのようなものがどこからともなく舞い落ちてくる。誰かがそれを掌に受け止めると、まるで雪のように解けてしまった。そこから立ち上る残り香が甘くほのかに揺らめいて、鼻腔から幸福感をくすぐった。


 絵画を現実に映し出したような光景に、誰も彼もが息をのんでみるしかできない。淡く光る彼女を前にして、脳裏に刻むように瞠目する群衆。


 彼女の笑みは春そのものであるといっていい。薄く口角を上げるだけで、見るものの心に熱を灯すのだから。戦闘を控えた兵たちは、顔に血が上っていく心地よさに浸って闘争心をしおれさせていた。

 彼女は笑う。それはそれは華やかに。見るものすべてを満たすような笑みは天性の慈母愛を思わせるものなのだが、それが鏡の前で研鑽された成果なのだと知るものは両軍にはいない。いるのはただ、その造形に圧倒された兵士のみ。


 はらはらと舞う白の花弁と、その中心でほほ笑む彼女。一挙一動に光が追従し、周囲の花びらを柔らかく照らす。穢れなど知らない世界を顕現させて、彼女は見るものすべてを飲み込んだ。


 戦場の時間を止めた純白は優雅に一礼を決めて、声を紡ぐ。澄み切ったベルの音をほうふつとさせるそれは、この場のすべてをひっくり返すだけの破壊力に満ちていた。

 耳朶をくすぐる甘い声は媚びているわけでもないのに、ただただ心地よい音色を奏でている。儚さを含んだ透明な音を聞き漏らすまいと、すべての人が耳をそばだてた。


 世界が変わる最初の一歩がここから始まった。それを自覚することなくゆっくりと、彼女はこう切り出した。


「独立宣言をしにやってきました」


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