ギルド復興
たどり着いた町はおれの記憶よりもずっとうらぶれていた。どうやらここは『異人の町 ネースト』らしいけど、ゲームの中では普通の町だったはず。
こんなにどんよりとした空気なんて漂っていなかったし、家々も朽ちていなかったはずだ。
「気を付けて。空気が淀んでる」
警戒モードに入ったレートビィが短く警告を上げる。
さすがにここまでくるとおれもブレズに下ろしてもらい、自分の足で歩くことにする。ヒールはバランスがとりづらいなあ、とか思っていたら、そっとヴァルが身を寄せて支えてくれた。なんだこのイケメン。
「こんなところにオルヴィリア様をお泊めせねばならぬとは……。執事として最大限の努力はしますが、しばしご辛抱くださいませ」
ヴァルが恭しく頭を垂れる。
いや、おれは屋根があればもうなんでもいいんですけどね。贅沢は言わない、もう寝たい。どうやらハンテルも同じ気持ちだったようで、きょろきょろあたりを見渡して、あくびをしている。
「あんたたち、よそ者だな?」
予想以上に排他的な声がかけられ、おれは少し驚いた。『異人の町 ネースト』は文字通り人外の町で、いろんな人外を受け入れて大きくなった町のはず。おれも一応エルフベースだし、そんな声をかけられるいわれはないと思うんだけど。
いぶかしげに見ると、声の主である鬼の少年は疲れたような顔でこちらを見つめていた。日本で言う赤鬼に近い風貌である彼は、よれた着物に身を包み、申し訳なさそうにつぶやく。
「見たところ、あんたたちも異人か。その身なりからただ者じゃないことはわかるけど、生憎、ここにはもう何もないぞ」
「ほう、すまないが少し話を伺っていいだろうか。なにぶん新参者ゆえ、ここらの事情には疎くてな」
ブレズが率先して話を切り出していく。こういう時にある程度の礼儀があると楽だなあと思う。それに加え、ハンテルとレートビィの人のよさそうな雰囲気も功を奏している。ヴァルとホリークは見えない所にいてくれればそれでいいや。
おれはそういうの向いてないし。いや、誰ともつるまずネトゲをもくもくやり続けるなんてコミュ障じゃないとできないだろうが。つまりはそういうことだ。おれに対人関係能力を期待するのはやめていただきたい。
竜虎兎の人柄で押しきった情報収集により、大体の事情はつかめた。それがおれの知ってるゲーム内設定と大きくかけ離れていることにまず驚き、そして、頭を抱えてしまった。この鬼――ヤクモの言う事が正しければ、おれらは既に窮地に立たされていることになるぞ。
「……つまり、人外への迫害が悪化し、それゆえこの町は圧力で苦しめられているということか」
「ああ、おかげで税は上げられ、衛兵はいない。そのせいで盗賊どもの格好のえさ場になっちまった」
沈痛な顔でヤクモが語る。その表情は希望が根こそぎ奪い取られ、今にも自死してしまいそうな陰に覆われていた。
おれの知ってるこのゲームでは、そこまで人外に対してあたりが強いものではなかった。プレイヤーは好き勝手にキャラメイクをし、どんな種族でも好きなところを闊歩できていた。買い物は自由だし、ストーリーにも影響はない。
それがこのありさまだとすれば、おれたちはもうどこにも行けないということだ。いくら強くても人外というだけで白い目で見られ、冒険をすることさえままならない。悲しいことに、おれを含めて周りは人外しかいないんだよなあ。
うわ、もうそれただのくそゲーじゃん。帰りたさが爆上がりしたぞ。
「んーでもさ、別に解決法がないわけじゃないだろ。盗賊退治なんて依頼のテンプレみたいなもんじゃん。ギルドに行けば何とかなるんじゃねえの?」
ハンテルの疑問ももっともだ。こういう困ったことはたいていギルドで依頼を提出すれば何とかなるはず。盗賊をそのままのさばらせておく意味も分からない。
だが、その疑問をぶつけると、ヤクモが笑みを浮かべる。乾いた、虚無の笑みを。
「ここのギルドは潰されちまったよ。そもそも冒険者も来ないようなギルドなんてやっていけなかったんだ。依頼を出そうにも近くの町に行くには『森の主ロー』がいる森をこえなくちゃいけない。そんなことができるならとっくに盗賊退治をしてるさ」
ああ、うん、なるほどね。人外への迫害はギルドにも来てたってことね。確か、思い違いじゃなければ人種や国籍を問わずに活躍できるのが冒険者のいいところでギルドの売りでもあったはず。思った以上に世界が腐敗してるなこれは。帰りてぇ……。
うーん、それにしても、そのローはおれらが倒しちゃったんだよねえ。まだ一匹と決まったわけじゃないけれど、あの程度なら障害でも何でもないし。依頼を届けるくらいならやってもいいかもしれない。恩を売っておけば、この町でも暮らしやすくなるし!
人外への迫害が強いなら、ここを拠点にするのが一番だよなー。みんなと話し合いとかはまだしてないけど、それが一番確実な気がする。動くのがめんどくさいというのも含めて。
まあ、それはゆっくりしてからの話。ひとまずは体を休ませたい。ブレズには無理させたし、体力を回復させてほしい。その後全員で会議をして、行動を決定しよう。
それをヤクモに伝えようと口を開きかけたが、めちゃくちゃ嫌な想像が脳裏をよぎってしまった。
「あれ?」
そういえば、お金って持ってたっけ?
メニュー画面、見えない。つまり、所持品一覧の確認はできない。つまり、お金がいくらあるのかわからない。
これは絶望なのでは?
他のみんなが持ってたり……いや、あいつら元はNPCだし。装備品以外持ってるわけがないよな。これはいわゆる積みという状態なのでは?
はい死んだ。これは死んだ。せっかく町に着いたのに、おれらは路頭に迷うしかないんだ。くそう、くそう……。
そんな悔し涙を流してほぞを噛んでいた時、救いは唐突に訪れた。
「なあなあ姫様。そういや、姫様の『異次元袋』ってどのくらい金が入ってるんだ?」
ハンテルの言葉を聞いてはじかれたかのように手を伸ばして腰についていた袋を掴んだね。そうだ、救いはここにあったんだ。そういえば、冒険者の持ち物は『異次元袋』と呼ばれる袋に収納されてる設定だった。あまりにどうでもいい設定すぎて忘れていた。大抵メニュー画面しか見ないし。
案の定、簡素な布の感覚がして、興奮のまま勢いに任せてそれを引きはがした。おれの白一色の装備品には似合わないぼろっちいこれが、救いの神になるわけね。あがめなきゃ。
正直使い方とか全然わかんないけど、とりあえず手を突っ込んで金出ろー金出ろーと念じながら何かを掴み取る。
ジャラリと、袋から出てきたのは金色に輝く硬貨だった。
「おー、それだけあればまあ何とかなるだろう。それで全部ってわけじゃねえだろうし」
グッジョブハンテル! おかげで宿には泊まれそうだ。
「ただ者じゃないとは思ってたけど、まさかこれほどとは……。ひょっとして、お前らは王族か何かなのか?」
袋からじゃらじゃら出てきた金貨にあんぐりと口を開けたヤクモが、一縷の救いを見たような目で語りかけてくる。
いや、そんなにすごいことじゃないと思うんだけどなあ。おれのか弱い手で握れる硬貨なんて、武器の一つも買えない程度しかないはずなんだけど。せいぜい宿に一泊できる価値。それくらいだと思っていた。
「おい、これ一枚で何泊分だ?」
おれと同じことを疑問に思ったのだろう、ホリークが金貨一枚を指に挟んで問いを投げてきた。
「それ、グレゴラス金貨だろ? それ一枚でお前ら全員が一週間は余裕で泊まれるはずだ」
まじかよ。ゲームだとたかだか1Gなのに。
詳しく聞いてみると、ゲームとは違い、金貨の下に銀貨と銅貨があって、さらにその下として石でできた小銭もあるという。金貨一枚で銀貨百相当。銀貨一枚で銅貨百相当。宿に一泊するには銅貨が十程度。なるほど、これは余裕だ。逆にこれで一週間だけって、どんなスイートに泊まる前提で話をしてるんだこいつ。
「なるほどねー。つまり、当分はお金に困らないってことだな」
「お菓子とかおねだりしてもいいのかあ」
「うまいもの食べ放題だな!」
ハンテルとレートビィがとてもうれしそうな顔で今晩の献立に想いを馳せて頬を緩ませる。幸せそうなでなによりだ。
「しかし節約は必要だ」
「そうだぞお前ら。あぶく銭に惑わされて醜態をさらすなど私が認めぬからな」
ふむ、ホリークとブレズはやはり常識的だな。
この調子で行くとヴァルも節約を推奨するんだろうな。
「その通り、消費は最小限で行くべきだ」
ほらね。こいつも真面目な部類だし――
「オルヴィリア様の為に調度品を整える費用が一体いくらかかるかわからんのだ。この美貌にふさわしい調度品を方々から取り寄せ、その住まいを作り上げることこそ最優先。貴様らの娯楽などどぶに捨ててしまえ」
お前が一番消費するつもりじゃねえか! それにおれ以外には結構辛辣だなお前。
流石に遠慮したいぞ。というか誰かしてくれ。それを期待して誰かが反論くらいするだろーなんて楽天的に構えてたが、声を上げるやつはいない。みんなそっかーみたいな態度でヴァルの提案を受け入れている。
ちょっと待って、マジで待って。
「い、いや、そんなのはいいからさ。大事に使おうよ。これから先、何があるのかわからないんだから」
「貴様ら、我らが主にこのような慈悲をいただいて恥ずかしくないのか。この清らかな心を前にしてもまだ、その凡俗な欲求を優先させるつもりか?」
ヴァルが一喝すると、虎と兎の背筋が凛と正される。あ、この流れさっきも森で見た奴ね。うん、やめて。
「本当に要らないから。みんな仲間なんだし、おればかり贅沢するのも申し訳ないよ」
やんわりと押しとどめたつもりだったけど、今度はブレズがそれに首を振る。
「しかし、主君に忠義を果たすことこそ騎士の務め。そのお慈悲さえ恵んでいただけるのであれば、清貧に日々を過ごすことに何の不都合もありませぬ。オルヴィリア様にはどうか、その身にふさわしい場所でおくつろぎいただきたい」
もーーこいつらめんどくさいよーー! 大体おれに似合いの場所は狭くてパソコンだけが友達の引きこもりルームなんだからさあ。宮殿よろしくそんな場所にいたってリラックスできるわけないじゃん!
大体そんな無駄なことに金を使うくらいなら、もっと有効に使えと言いたいんだよ、おれは。さすがに不機嫌が加速したので、ジト目になってブレズを見ると、あからさまなくらいに狼狽していく。
「いらないったらいらないからな」
「ですが……」
「くどい。これから先が不明瞭な以上、そんなことより大事なことがあるだろうが。おれが贅沢するくらいなら、お前らの血肉にした方がよっぽどましだ。慈悲が欲しいというのなら、これがおれの慈悲だ。黙って受けとってくれ」
「……それがご命令とあれば、喜んで」
これくらい強く出て、ようやくブレズとヴァルは納得してくれたようだ。真面目すぎるからなあこいつら。あとは執事と騎士なんていう役割も発破をかけている気がする。
さて、ようやく話がまとまった。今夜はおとなしく宿に泊まって、明日にでも方針を決定しよう。
なんて思っていたのだけれど、それはホリークの提案によって却下されることになる。
「なあ、一ついいか?」
淡々と鷲が切り出した。
「ギルドがつぶれてるっていうんなら、おれらがそこを根城にすればいいんじゃねえか?」
今のおれらに必要なものは、住む場所と働く場所である。
ギルドを再建させるということは、その二つを同時にゲットできるということだ。こいつらなら冒険者として働いても問題ないくらい強いはずだし、稼ぎに問題もないはずだ。
これから何をするにしても情報は必要で、高位の冒険者ならお偉いさんと会えたりするかもしれない。よくラノベとかでそういう展開あるし。
その案、最高なのでは? 乗るしかないのでは?
「乗った」
脊髄と直結した口が即座に可決を吐き出した。
「なるほど、それはいいかもしれんな」
ブレズ含めた全員が神妙にうなずき、その案を採用することにした。
おれらが冒険者になると知るや否や、ヤクモがものすごく嬉しそうに目を輝かせる。その期待の重さはどこから来ているんだこいつ。
「願ってもないことだ! だったら案内するよ! いや、是非させてくれ!」
お前はおれの舎弟か何かか。いつの間に子分属性を開花させたんだと問いたい。
頼んだら靴でも舐めそうな勢いで従順な姿勢のヤクモに案内され、おれらはぼろ屋の前で立ち止まる。
うん、ぼろ屋だね。
そんな感想しか抱かないほどさびれた建物が眼前にそびえ立っている。町全体もさびれているが、ここのさびれ具合は半端じゃない。廃墟同然、いや、もう廃墟だろこれ。
「引き返そう、こんなところにオルヴィリア様をお泊めできない」
「ああ……私もそう思う」
だから同調しないそこの竜と狼。確かに人よりかは幽霊の方が良そうな雰囲気だけどさ。まあ、住めば都っていうじゃん。一人で住むのは絶対嫌だけど。
「潰れたのがだいぶ前だからなあ。再建するまで宿に泊まった方がいいとは思うぞ」
ヤクモはそう言うが、おれとしては無駄な金を使いたくはない。ケチなんだな、うん。
そりゃ、ゲームでもお金は大事だ。なまじおれはたくさんのNPCの装備品を整えなきゃいけないし、普通よりも気を使ってきたつもりなんだ。いくら緊急事態とはいえ、できれば節約したい。
それに、おれの考えが正しければ、ここは何とかなるはずだ。ホリークに目くばせすると、わかっていたかのように頷き返された。
「それには及ばない。建物を修復するのもおれの仕事だ」
ローブ姿の鷲が一歩前に出て、宝石で飾られた手をすっと伸ばす。
「『鋳型への回帰』」
武器などが壊された場合に使う上級魔法。おそらく建物にも効果はあるはず。というか、あってくれ。
ホリークの手から光が飛び、それが建物を包む。その光が建物に吸収されていくと、見違えるように綺麗になったギルドが姿を現した。簡単な木造づくりの建物は新築同様の輝きを取り戻し、西洋風のファンタジー感が純日本人のおれに新鮮さを抱かせる。
ふう、ホリークが魔道具制作もかじってくれてて助かった。本職には及ばないが、鍛冶のスキルも持ってるしな。あの体格の良さはそのせいもあると思う。
これで住む分には困らないだろう。一安心一安心。
「じょ、上級魔法……」
隣でヤクモが蒼白な顔で何かつぶやいてる。これはあれかな。さっきの金貨の時みたいな感じかな。
おれは恐る恐る鬼の子に語りかけてみる。
「あのー上級魔法ってもしかしなくてもすごい方だったり……?」
「あたりまえだろう、よほどの天才じゃないとその若さで使うことなんてできないはずだ! お前の従者は歴史に名を残す者なのか?!」
あーやっぱりそうなるのね。誰かが天級魔法でギルドを要塞に改造してみせたりしたら、この子心臓発作で死んじゃいそう。
下級、中級、上級に始まり、最上級、天級、最後に超天級と続いている。ゲームにおいて上級以下はフレーバー要素というか、あまり強い魔法じゃないという認識だったんだけど、この考えのまま行くと世界からドン引きされそう。
「んーんん、もしかしなくてもさ。おれらって相当強いのでは?」
ハンテルの疑問はもっともだ。おれらからすると上級魔法で建物を直すなんて、うまくいってよかったという認識しかないのに、それで歴史に名を残すとか言われてもギャグにしか聞こえない。
なぜなら、ここにいるメンツ全員、天級どころか超天級スキルも獲得済みなのだ。むしろ、ハンテルの『至宝陣』ですら、スキルで考えると天級クラスのはずだ。
「ほら、終わったぞ」
簡素に言い切って、ホリークはとっとと建物に入っていく。レートビィもそれを追うところを見ると、危険がないか調べて回るつもりのようだ。
なんだか好き勝手にスキルを使うと悪目立ちしそうだな。もう十分してる気もするけど、やはり今後のことは慎重に決めておこう。
「案外、簡単に世界とかとれちゃったりしてな」
おどけて笑いながら、ハンテルもギルドへ足を運ぶ。それが妙に現実味を帯びてしまっているので、ジョークとしては笑えないものなのだけど。
まあ、とにかく休憩だ。これからのことはこの後考えよう。ヴァルとブレズはどうやらおれが動かないと動くつもりがないようだし。早速寝床を調べに行こうか。
おれは騎士と執事を引き連れて、新しい住処にお邪魔することにした。