傷心中ティータイム
はあ、とおれはため息をつく。ネーストに戻ってきたおれはぼんやりとこの先のことを考えていた。
戦争は避けられない。確かに、ここ最近は異人の町も浮足立ってきたのがわかる。要人を殺されたビストマルトがノレイムリアに釈明を求めながらも、その実戦争する気満々だというのは誰にだってわかる話。
要するに口実がほしいのだ。いや、正確にいうなら口実を求めながら時間稼ぎをしているということか。
迫害されていた獣人種の一斉蜂起。聞いた話が本当なら、この戦争直前の雰囲気を利用して仲間を増やしているに違いない。事実、この町にも見たことない顔がちらほらとうかがえる。ハンテルの張った結界によって、人の出入りは完全に把握できるのだ。
「姫様、お茶が入りました」
ヴァルが湯気香るカップを差し出してくれたので、ありがたくいただく。脱ニート作戦が大失敗して以来、おれはニート職マスターを目指すべく日夜鍛錬している。具体的にはこいつらの集めてきた情報を聞いて、お茶菓子をいただく仕事だ。
なんの役にも立たない仕事だが、前みたいに大失敗するんじゃないかと怖くなって、おれも何かしたいなんて言い出すことができなくなってしまった。
ありていにいえば、傷心中。ビーグロウの死が相当こたえたんだな。
だからこうして毎日ヴァルの入れてくれたおいしい紅茶に舌鼓をうつのですよおれは。
「ありがとう、いつもおいしいよ」
「もったいないお言葉。こちらこそ、いつもお世話させていただけて、毎日が光り輝いております」
黒狼は当然のように切り返し、少しだけ眉を寄せた。
「そういえば、先ほどまたビストマルトの使者がいらしておりました」
「またか、多いな」
「この町の最高戦力ですから、やはり一番の狙いは我らでしょう」
今こそ獣人の開放をとかなんとか歌っていたが、あの場に居合わせたおれはビーグロウを殺したのが仲間の獣人種だということを知っている。表面上の美辞麗句に惑わされるわけもない。
それはこの町全体に言えることだろう。事のあらましをヤクモ親子を通して広めてもらった。人に対する嫌悪とともに、ビストマルトへの猜疑が根付いているせいで勧誘は順調にいかないだろうな。
ビストマルトへ移れない異人の町は完全なつまはじきものだ。それを思うとため息も重くなろうというもの。立地的にこの町はビストマルト領にかなり近い国境沿いにある。それ故にノレイムリアの王都からビストマルトへ移ろうとする旅人も、ここではよく見かけるようになった。
「いっそのことヨルドシュテインにつくかー」
紅茶の湯気を飛ばすため息とともにつぶやいたが、悪くないんじゃなかろうか。少なくとも、ビーグロウを殺したビストマルトよりましな気がする。
だけど、ハウゼンはヨルドシュテインこそが黒幕だと思っている。そう考えると安住の地などどこにもない気がしてきたな。
そもそも聖教からすればおれは禁忌つかいなんで速攻処刑なんですけど。あーあ、紅茶おいしい。
それにおれらがこの町から出て行ったら、また盗賊やら魔物やらにおびえる日々が来てしまう。だいぶ生活は楽になってきたけど、おれらがいないとこの町はもう立ち行かなくなるだろう。もともと廃墟のような町だったんだ、せめて町として自立できるようになるまではここにいたい。
あまりにおれが鬱々としていたからだろう、ヴァルが気遣うように声をかけてくれた。
「姫様、本日はイグサ親子を招待して晩さん会を開く予定となっております。このヴァルデック、腕を振るって料理をお作り致しますので、楽しみになさってください」
「楽しみにしている。まあ、ヴァルの作る料理に失敗とかなさそうだけど」
「……姫様」
少し間をおいて、ためらいがちに開かれた口唇。控えめな音量は、そのままヴァルの自信のなさに由来する。
「最近塞ぎこんでいるご様子。よろしければ、気分転換になにかなされてはいかがでしょうか」
他の奴らとは違い、ヴァルは嫌味以外で口が軽いわけではない。いつも最低限の言葉だけで、最大限の礼節をつくしてくれるやつだ。自信がないのも、ひとえにヴァル自身が不得手としていることを知っているからだろう。
だから、そんなヴァルがたどたどしいながらも紡ぎ出す言葉に、ほほえましい気持ちをもって相槌を打ってやる。
「なにかって、例えば?」
そこで狼は逡巡するように一度目を閉じて、ややあって赤い虹彩をのぞかせる。理知的ではあるがどこか遠慮しているような目は吸い込まれそうなほど透明で、そこにヴァルという人物の性格が垣間見えた気がした。
いつもとは違う狼の姿におれは興味をそそられてしまい、食い入るようにその双眼をのぞき込む。
口腔とは違う輝石のような深紅を見つめられながら、ヴァルは言う。
「例えばですか……でしたら、国を作るなどいかがでしょうか」
緩やかに、世界が止まった。
おれは何を言われたのか理解できなくて、飲みかけのお茶から温度が逃げていくのに構うことなく、その意味を咀嚼する。
国を作る。つまりは建国。けーんーこーくー。
咀嚼しても理解できない脳みそがその意味を持て余しており、助けを求めるようにヴァルへ目線を送ってみる。
「国って、国?」
「はい、国です。塞ぎ込んでおられるようなので、建国をおすすめしております」
いや待ってよ。建国って気晴らしにするものじゃなくない?
それってゲームの話とか、そんな感じ?
「この町とその周辺を国にして都市国家にしてみたらいかがなものかと」
「は、ははぁ……ヴァルが冗談を言うなんて珍しいこともある。そんなに心配かけさせたかな」
「いえ、確かに荒唐無稽な話に聞こえるかもしれませんが、そうすれば姫様の悩みはすべて解決するかと思います」
えー本当かよ。まあヴァルが言うなら騙されたと思って、おれの悩みを箇条書きで考えてみるか。
まず悩みその一。おれらの立ち位置が定まらないこと。ヨルドシュテインにつくか、ビストマルトにつくか、はたまたこの国かほかの国につくか。見せられる範囲のおれらの力量でさえどこも歓迎してくれそうだけど、逆に強すぎるのがばれたら面倒なことになりそう。今でさえリュシアが策略を巡らせておれらを懐柔しようとしているのに、天級魔法が使えることがばれでもしたら戦乱のもとにすらなりかねない。あと、おれが禁忌使いだとばれるのはさらにまずい。聖教徒に殺される。
国を作ったとしたら、まず立場は安定する。そこに属するわけだし、他からの引き抜きの手も少なくはなるだろう。そこで聖教を布教させなければおれが禁忌使いだとばれても、そこまで痛手にならないって感じか。
悩み事その二。イグサを隠すこと。
これは解決しないよな。だってイグサはノレイムリアでの罪人なんだから。
あーそっか。もう変身の魔法があるんだ。この国の住人だと管理しておけば、完全に別人としての人生を歩めるわけか。戸籍なんかがあるのかは知らないけれど、そういう後ろ盾が得られるのは大きい。
悩み事その三。今後の戦争について。
今後起こる戦争におれらは確実に対応を迫られる。ハウゼンが王宮の人間だったことを考えれば、要請が来ないわけがない。これは悩み事その一に近いけれど、おれらはどの国に組して戦えばいいのかよくわからない。
だから国を作るって? その解決策スケールでかすぎじゃない?
「前々から思っていたのですが、姫様が世俗のくだらない争いごとに巻き込まれているのを見ると、私、とても心が痛いのです。我らが主を争いごとの道具に使うなどと許しがたく、一度そのご威光を知らしめる必要があると愚考いたしました」
しかし、当の本人はすました顔で、的外れのことを言っているという自覚がない。
そもそもこいつは人が嫌いだし、その争いに巻き込まれている時点で辟易してるんだろうな。立場をかさにきた謀略に巻き込まれることのない独立した立場がほしいというのは、これまでの経験からおれにも理解できる感情だが。
「我らの力を使えば、国の一つや二つ、あっさり滅ぼせるかと。気に食わないところから血祭りにあげていくことで、姫様の気が安らげばなによりです」
「おれはそんなバーサーカーみたいな性格してねえんだけどなあ。ちなみに、試しにビストマルトを滅ぼしてって言ったらどうなる」
「それはもう、私の力で疫病を蔓延させハンテルの結界とレートビィのトラップで逃げ道を封じて、その上ホリークやブレズで超高威力のスキルで爆撃します。予測としては、三日いただければ王都を陥落させて見せます」
「現実味ありすぎて怖い。でも、そこから後に続くか?」
「それは難しいですね。我らは世界的に指名手配されるので、物資などを考えると長期的には勝ち目が薄いかと。やるとしたら拠点を得てからをお勧めします」
別に世界相手に戦うつもりなんてないんだけどさ。世界すべてに対しての勝ち目は薄いけど国一つを滅ぼすくらいなら、まあ、今の段階でもなんとかなるんだろう。
おっそろしい話だよなあ。でも結局それだと最後には破滅しかなさそうだし、今はおとなしく裏方作業をしましょうかね。さすがに六人で世界相手にするにはちょっと無理ゲーってやつだ。
黒狼はあくまでおれを慰めているつもりで、また新しいお茶を入れてくれる。いろいろと突っ込みたいところしかないのだけど、せっかくの提案なんだからもう少し付き合うか。そもそも、そんなに簡単に国とか作れるものなの?
「そのことでしたら、国などというのは言ったもの勝ちのところがありますから、土地と臣民がいればおおよそ問題ないかと。しかし、強いて言うなら、ここらの土地を管理しているノレイムリアの許可がなければ力づくということになってしまいますね」
なってしまいますね、じゃねえよ! そうなりゃ戦争だろうが。
「ご安心を。その時に備えた守りは完璧です。すでに町はハンテルの手によって要塞化しており、王都のサルどもには傷一つつけられないでしょう。対して、こちらには『一足飛び』が使える貴方様の優秀なしもべが五体もいます。私の手にかかれば、玉座で思いあがっている低能なサルなどひとひねりでございます」
どうぞと目の前にいれたてのお茶が差し出されたけれど、のどを通らねえよ!
でもそうなんだよなあ。こいつらものすごく強いから、単騎で乗り込んでも問題なさそうなところが怖い。
「また、姫様とイグサでモンスターの捕獲と強化を行えば、戦力としても申し分はないでしょう。ロー程度でてこずっているようなごみくずなど、恐れる理由もありません」
「……え?」
「いかがなさいました姫様。私が何か気に障るようなことでも?」
「モンスター、作っていいの?」
おれは思わず机に身を乗り出してヴァルと距離を詰めていた。
唐突なことに狼執事は若干面食らったようだったが、すぐに持ち直して咳払いで体勢を整える。
「もちろんでございます。姫様が我らをおつくりになったその英知を、聖教などという得体のしれない教えで縛られるなどあっていいはずがありません」
その言葉を受けて、おれの中で好奇心が膨れ上がっていくのを感じる。
だってそうだろう。もともとがNPC作りの廃人だ。この世界で好奇心が刺激されないわけがない。
だから、試してみたい。この世界で、禁忌を使うことを。
「ヴァル、試してみたいことがたくさんあるんだ。ここら辺のモンスターのレベルを底上げすることで新しい生態系が作れるかもしれないし、それに、NPCにだってスキルを教え込めるかもしれない」
「NPCというのは私にはわかりませんが、もしこの町の人々にスキルを教えることができるのなら、それこそまさに、盤石の体制が実現することでしょう」
やってみたいという感情がどんどん膨れ上がってくる。おれのスキルはそのほとんどが他人を強化するためにある。それが禁忌だとしても、どうしても好奇心が抑えきれない。
あ、やべ。興奮しすぎた。いかんいかん、あくまで美少女らしくしとかないと。
今度はおれが咳払いでごまかす番だ。そりゃ興味はあるんだけどさ、さすがに禁忌使いだと前面に押し出すのはまずいでしょ。聖教国家が隣にあるんだから、下手したら全面戦争だ。
それに、懸念材料はもう一つある。
材料が足りないのだ。ゲームとは違い、ほかのプレイヤーからレアアイテムを売ってもらうなんてできないし、リアルのお金で買うこともできなくなった。
なので、いろいろ下準備が必要な超天級魔法での強化があまりできなくなってしまったし、装備品だって見繕ってやれない。
だとすると、こいつら五人は本当に大事にしないとなあ。もうこれ以上の質では作れなさそうだし。いやいや、それだけが理由でこいつらの主やってるんじゃないんだけどさ。
気が付いたらおれの咳払いはため息へと変貌していた。美少女とはいっても、おれも人なのだし気落ちぐらいはする。趣味のNPC制作ができなくなったのもあるが、やはり問題は眼前のことだ。
実をいうならヴァルがこんな提案をした理由も、分からなくはないのだ。
「ねえ今日晩さん会があるって聞いたんだけど本当!」
こいつだ。この糸目。
勢いよく人の部屋に入ってきたこの糸目こそ、目下おれらの悩みの種。えらい副隊長様がなんでこんなところで油売ってて大丈夫なのかよ。
「ハウゼン様、今度許可なく姫様の部屋に入ってきたならば、その眉間にナイフを投げつけると忠告したはずですが?」
「うん。だから入ってないよ、ドアを開けただけー」
「……姫様、あの愚物、今夜あたりに殺してもいいでしょうか?」
まあまあ落ち着いて。気持ちはすごくわかるけど、そんなことしたら完全に四面楚歌になっちゃうよ。とかなんとかやっているうちに、結局ずけずけと入ってきやがったこの糸目。
なんでこうなったのかと問いたいが、今のこいつはおれらの客分扱い。ギルドの一室を占領して毎日グータラしている。
「ひどいなあ。ちゃんと仕事はしてるよ。この町は反乱を起こす確率がものすごく高いから、誰かがきちんと見張ってないとダメなんだ。僕だって毎日寝て過ごしてるわけじゃないんだよ」
「別にお前じゃなくてもいいだろうが……」
「そんなことないよ。『落丁した辞書の束』のリーダーをしている僕だけにしか、この仕事はできないよ。人外混成パーティを築いた経歴のおかげで、ようやく混ざりこんでいけてるから」
そーなんだよなあ。『落丁した辞書の束』の他のメンバーは、ただいまこの町で活動中だ。ビストマルトの間者とノレイムリアの息がかかった冒険者。双方がしのぎを削りあっているのが、この町の現状だ。
おかげで空気がピリピリしているし、息が詰まって仕方がない。ヴァルが嫌気さすのも心底うなずけるってものだ。
でも、その原因を担っているのは、おれらでもある。
「それが嫌なら、早く決めるしかないね。どっちにつくのかを。君らが僕の方についてくれるなら、ビストマルトの者をとっとと追い払って僕は悠々と王都に戻って戦争準備ができるし。逆にビストマルトにつくのなら、僕は君らを危険分子として摘発しないといけない」
「……そっちが目的のくせに」
「まーねー。一応君らをこっちに引き寄せる交渉役としても来てるんだけど、今更僕が何を言っても無理だなーって思うんだ」
「結局仕事してねえじゃねえか!」
なんというか、いちいちこちらをイラつかせる人だなあ。王都に戻って連絡役を買って出ているラップスさん早く来てくれ。貴方がいないと、この人仕事しないぞ。
そこで、おれはふと気になったことを聞いてみた。ハウゼンの情報源が上司のガングリラという人なのはわかったのだけど、ハウゼンの動きを指示しているのも同じ人なんだろうか。
「うーん、そうだね、そろそろ言ってもいいかもね。君らの情報収集の役に立てれば幸いかな。僕の方は今それどころじゃないし、何かつかんでもらいたいっていうのもあるし」
他力本願かよ。陣営が違う人に期待するのやめてほしい。
「この国の第二王子、ハイファス=ノレイムリア様のことは知ってるよね」
「まあ、人並みには」
晩さん会で見たコミュ障理系みたいな風貌が脳裏に浮かぶ。確か、人外に対して積極的に動いてはいない穏健派みたいな感じだったか。
「町では結構悪く言われてるみたいだけど、たいていは大嘘。それもアーフィム様の流した噂だね。人外への風評被害を強めるおまけみたいなもの。本人は愛国心豊かな秀才だよ」
ああ、うんうん、大体そんなところだろうと思ってた。漫画でよくある設定だからね。それで、そいつがハウゼンのバックにいるってことか。
「そんな感じ。なので、僕に協力してくれるともれなく王室とコネができちゃう! やった!」
「王位継承権的に敗北しそうな泥舟に構う時間がもったいないので、ぜひおかえりください」
ヴァルさんの相変わらず切れ味の鋭い毒舌が一刀両断していく。それでもにやけ顔を崩さないハウゼンのメンタルって結構強いのな。
だけど、このままいくと反人外派の第一王子アーフィムが国王になるんだよなあ。そうなるとさらに生きづらい世の中が完成してしまう。それに、今回の騒動において限りなく黒に近いグレーという立ち位置にいる人物だ。というか、流れからして絶対こいつだよな。証拠が挙がらないってだけで、もはや確定事項に近いところまで来ている。
ビーグロウが殺されてしまったことによってもはや戦争が決定的になってしまった今、黒幕を調べることにあまり意味がないのだが、それはおれらの言い分だろう。ハウゼンら第二王子の派閥みたいなものは今でも失脚の機会を狙って暗躍しているに違いない。
「そんなところだね、僕としても、ガングリラが信用できなくなってきたんで、もう全部暴露しちゃえーって思ってさ。ハイファス様の味方を増やさないといけないみたいだし」
「ああ、お前の上司で情報源だっけ」
「うん、ここまで行くとさすがにねー。あの子が裏切ってるならことは深刻だね。なにせこの国で一番強くて、その上かなり賢いから。性格的にも勝ち馬に乗ったって言われたら素直に頷いちゃう子だし、僕は僕で動いておかないと」
「お前って、意外と愛国心あるんだな」
「失礼だなあ。僕は最初からずっと国のために動いてたんだよ」
見た目のわりに義理堅い奴だ。表層のへらへらしているところで誤解しそうになるが、やはり本質は騎士ということなのだろう。そういう意味ではブレズたちと話が合うのかもしれない。
「だから、謝礼はもちろんたんまりとはずむ。なので、この国のため、その時が来たらぜひ協力してほしい。この国をヨルドシュテインの傘下に加えさせはしないよ」
……う、一瞬だけ目を開いて真摯に見つめられたが、こいつなかなかのイケメンなんだな。イケメンにして近衛兵隊副隊長ってなんだこの勝ち組。こちとらTS逆ハーレムだぞ。前世で一体何をしたんだと問いたい。
目の前の美男子と比べて落ち込んでしまったが、さすがにそんなこと言ってる場面じゃないよな。自分を奮い立たせて笑みを張り付けると、ハウゼンは元の糸目野郎に戻っていた。おれの精神衛生上のためにぜひそっちでいてほしい。
そのままハウゼンは相変わらずの笑顔を浮かべていたけれど、なぜか途端に悲しそうに眉をハの字に下げてしまった。
「晩さん会……本当はすごくいきたいんだけど、僕にも予定があってね」
「お誘いなど一つもしていないというのに、どこまで神経が図太いんでしょうこのサルは……」
ヴァルが殺意交じりのため息を吐き出してるぞ。かなりイラついている様子だから、死にたくなければそろそろ引き下がったほうがいい。
「そうみたいだねー。それじゃあこれで失礼するよ。また後で」
引き際はすさまじくいいなこいつ。言いたいことだけ言って、即座に帰っていきやがった。
ヴァルは少し剣呑な目つきになっていたけれど、おれに向き直ったときにはすでにいつものきりりとした執事だ。そのまま機械のようなお辞儀をして、晩さん会の準備のために部屋を後にした。
最後に残されたおれは思いっきり伸びをして、さっきヴァルが言ったことを頭の中で反響させていた。
……国を作る、ねえ。もしそれができるなら、こんな面倒なことにならなかったんだろうか。
いやいやいや、なるだろ。今よりずっと面倒くさい交渉事のオンパレードじゃねえか。
なし! 都市国家構想は脳内会議で棄却されました!
などと一人で馬鹿をやりながら、晩さん会までの間思考遊びに精を出す。おれの脳みそには、まるでのどに引っかかった骨のように煩わしい思考が、取り出されるのを待っているように感じていた。
なにか、大事なことを見落としている気がするんだけど……。
ビーグロウの死、そこから始まる戦争。
おれは、ひょっとして、もう必要な情報を得ているのではないだろうか。それが巧妙に隠されているだけ。そんな気がしてならない。
誰かに相談してみたいけど、傷心中の身としては自分から行動するのが少し怖い。
もーちょっとしてから本気出す。さすがにいつまでもニートに甘んじてられないし。
などとフラグを立てながら、結局晩さん会までおれは寝落ちしてしまったのだけど。




