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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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歓談とはいかない話


 結局情報をまとめてみると、分かったことは人外への差別意識の根強さだけだった。

 そばにブレズが控えているということもあって、相手を警戒させてしまったのかもしれない。


 悪意がそこにあるのは分かっているのに、依然として実態が見えない焦燥感がおれを駆り立てていく。まるで雲をつかもうとしているかの如く、悪意は全貌をおぼろに見せる。

 渦中とまではいかないが、傍流に巻き込まれている身としては、いかんともしがたい歯がゆさがある。自分が何に巻き込まれているのかすらわからないのに、身のふるまいを決められるわけがないだろう。


 だとするならば、やはりビーグロウとの会談にかけるしかない。

 リュシアに連れられてやってきたのはいかにも高級そうなレストラン。先ほど見た宮廷のホールには広さでは及ばないものの、きらびやかさではいい勝負をしそうだ。


 美少女二人と人外二人。どう見ても異質な集まりであったため、最初こそ給仕に怪訝な目で見られてしまったが、ビーグロウがビストマルトの官僚であるとわかると、途端にこびた笑みで席へと通された。確かに、素直に見下されるよりもめんどくさいものがある。先ほどの獅子の愚痴も少しは理解できるかもしれない。


 贅を固めて作られたような個室に入ると、途端に獅子の雰囲気が柔和する。


「さて、ブレズは私の隣にもらいたいのですが、いかがでしょうオルヴィリア様」


 めちゃくちゃいい笑顔で開口一番の言葉がそれかよ。あと、なんで手にバラっぽい花の束を持ってるんだ。それも真っ赤な。


「申し訳ない。本来ならもっと気の利いたものをお渡ししたかったのですが、いかんせん時間が足りず、このようなものしかご用意できませんでした。しかし、その赤い体躯にはさぞかし映えるだろうと、晩さん会で王子の話を受け流しつつ必死に考えたのです」

「じゃから仕事しろホモ猫。お前ら、こいつの話は無視して勝手に座るが良いぞ。こいつの歯が浮きそうな馬鹿話に付き合っておると、話が全く進まぬ」


 リュシアの助け舟に乗って、おれは適当な席に座る。ブレズはおれの後ろに待機して、座るつもりなどないと態度で語った。


「私は執事ですので、お構いなく。それと、きれいな花をどうもありがとうございます。帰ったらギルドのホールに飾らせていただきます」

「受け取るんだ」

「花に罪はありませんから。それに、好意を向けるのは悪いことではありません。ただ私がそれにお応えできないというだけです」

「相変わらずまじめだな……」


 それがこいつのいいところではあるんだけどさ。まあ、ビーグロウが単独で来たというのなら、荷物の管理はブレズの仕事だし、花を受け取るのもしょうがないことか。


 ビーグロウは花を渡せただけで満足らしく、いかつい獅子の顔をほころばせて席に座る。それを見届けたリュシアも座り、これで体勢は整ったと言えるだろう。


「んでは今回の会合だが、実を言うとな、そこのビーグロウが私に話があるということで開いたのじゃ。さぞかし面白い話になるのは間違いないぞ」

「面白いかどうかは保証できないがね。しかし、どうして彼らを呼んだのか聞かせてもらおうか? 目の保養というのなら全く問題はないが」

「たわけ、貴様じゃあるまいしそんなわけあるか。こいつらは我がギルドの誇る期待の星だ。それがこの差別騒動でいなくなられると困るので、こうして一肌脱いでおるのじゃ。ほれ、早う話すがいい。貴様の国に失望させてくれ」

「……なるほど、君はいつも底意地の悪いことをする。まったく、こんな小姑のいるギルドなんて彼がかわいそうじゃないか。どうだい、私の隣に永久就職しないかい?」


 息を吐くようにおれの騎士を口説くのやめろ。


 それにしても底意地の悪いとはどういうことなんだろうか。何を読み取ってビーグロウは言ったのか。

 その疑問を『思考伝達(チャット)』で投げかけると、有能な狼執事はすぐに返答してくれた。


『おそらくは、リュシアの作戦に関してでしょう。こうして秘密裏の会合に招待したのは、こちらに与える情報を制御しようという魂胆があるはずです。知らない間に情報をつかまれるより、こちらから管理できる情報を与えておくことで、我らの行動が予測しやすくなりますし、自分の信頼を高めることができます』


 なるほど、つまりリュシアはビーグロウが話そうとしていることの大体を予想しているということか。それがおれらに聞かせても問題ないと判断したため、こうして呼び出したと。はあ、面倒くさい駆け引きだな。まんまとつられたのはおれなんですが。


 それに、向こうにはイグサという切り札がある。多少読みが外れたところでそれを取引材料にすれば操作できると思ってんだろうなあ。あながち間違いでもないから、そこが面倒くさい。


 そうこうしているうちに、目の前に料理が運ばれてきた。広い皿の真ん中にちょこんと盛りつけた料理を見て、フレンチのフルコースメニューみたいだと感想を抱く。感性がくそ庶民なので、どうせならどかっと盛りつけてほしいと思ってしまうのだけど、さっきの晩さん会で結構食べたんだよなあ。

 どうやら一回ですべての料理を運んでくるようで、クロスだけしか見えなかったテーブルには色とりどりの料理が色彩を豊かにしてくれた。会合というだけあって、店員にはなるべく来てほしくはないようだ。


 ビーグロウは慣れた手つきでナイフを操り、真っ先に肉をほおばった。さっきの晩さん会の時より楽しそうに見えるのは、肩ひじを張る必要がないからだろう。獅子は顔をほころばせ、おいしそうに肉を食らう。


「ふむ、うまいな。先ほどはゆっくり食べる暇がなかったから、ありがたいじゃないか。君にしてはいい心遣いだ。どうせ君は周りも気にせず大量に食べたのだろう」

「ふふん、もっと褒めるがいいぞ。まあ、確かにたらふく食べはしたが、まだ腹六分目じゃ。別に貴様のためだけではないのだぞ」

「相変わらずの健啖家め。なんでそれで大きくならないのか不思議で仕方がない」

「セクハラで今すぐ毛皮をはぐぞホモ猫」


 確かにビーグロウにとってこの国は安心できる場所ではないはずだ。だから、食事があまり喉を通らなくても納得というもの。早く話を聞きたい気持ちはあるが、少しくらいは待ってもいいだろうとのんびりお茶を飲むこととする。……ヴァルが入れてくれたほうがおいしいな。


 と、そこでブレグリズが動きだす。何を思ったのか、この騎士は執事としてビーグロウに近づき、お茶を入れ始めたのだ。

 当然セクハラされる。目に見えていた。出会い頭に手を執拗に撫でるやつだ。しないわけがない。こいつがビストマルトの官僚じゃなかったら、すぐにでもぶっ飛ばしていたところだ。


「姫様、この場合はいかがいたしましょうか……」

「殴ってもいいと思う」

「同感じゃ、早く話を始めろ。私はその間食べておるから」


 さすがに殴りはしなかったが、そそくさと離れリュシアにも茶をふるまっておれの後ろに帰ってきた。『思考伝達(チャット)』でねぎらいの言葉を投げかけると、困惑した声が聞こえる。やはりあの猫野郎は一度ぶっ飛したほうがいいのかもしれない。


「さて、それじゃあ話をしようか。私が君らを呼んだのは、以前リュシアに頼まれていた調べ物が終わったから、その報告さ」


 ああ、なるほどね。それは確かにリュシアが管理できる情報だ。

 おれは一人内心で納得して、ビーグロウの話に耳をそばだてる。


「君たちにも言っておくと、私がされた頼まれごとは『この国とビストマルトが秘密裏に進めている計画を教えてほしい』というものだ」

「え、それはでも……」

「可憐なる貴方の言う通り、本来はそんなことなど私はしない。私は自国のために働く官僚であり、交渉事を全面に担当している身分だ。その私がそれを他国の者に教えるなどあってはならないことである」


 獅子の眼光は鋭く、先ほどセクハラをしていた面影はない。

 交渉事を担当しているのなら、今行われているこれこそが交渉なのではないのか。ビーグロウはリュシアと何らかの取引をし、その結果こうして腹の探り合いをしているのかもしれない。


 もしそうだというのなら、おれらはなぜ、ここに呼ばれたのか。


「しかし、どうだろう。それは自国を裏切った場合の話であり、我がビストマルトの損失を食い止めるためというのなら、この場で私が語らうことに何の不条理もありはしない」

「……つまり、ビストマルトが進めている計画は、失敗すると思っているわけか」

「聡明な貴婦人、あなたの言う通りさ。私はこの計画に反対なのだ。我らの同胞を痛めつけて得る勝利に、いったい何の価値があるというのか」

「認めるのじゃな、貴様らがこの国と裏で糸をひいていることを」


 鋭く切り込んできたリュシアに、ビーグロウはうなずいた。


 そうなると、リュシアの言っていたとおり、この国はビストマルトに狙われているということか。リュシアのほうが正しかったんだな。


「国内の不満を誘導し、この国に戦争を仕掛ける。それで間違いないな?」

「ああ。その後この国で暗躍している我が諜報部隊に蜂起させ、内外からこの国を一斉に攻め落とすつもりだ」

「確かにそれなら手早く落とせるじゃろうが、ヨルドシュテインと連合を相手取るとは。さすが脳筋国家じゃのう」

「個々の力では私たちが一番だと自負しているよ。しかし、それは平均しての話だ。戦争はそんな簡単ではないし、失うものが大きすぎる。君には悪いが、こんな小国一つのためにそこまでする必要性を私は感じていないのだよ」

「無駄に素直なのが気に食わんが、まあその通りじゃ。だからこそ疑問じゃ。なぜ、この国を……いや、言うまでもなかったな。この国はヨルドシュテインとつながっている国じゃ。ここを手に入れられれば攻め込むのも容易というわけか」

「そうだ。ここを落とせば連合に邪魔されることなくヨルドシュテインと戦える。それに、ノレイムリアを落とした権威を盾にすれば、連合からこちらに寝返る国だって出るだろう」

「そして、戦況は硬直から一転。大国二つの戦に連合が巻き込まれる、と」


 リュシアの重々しいため息は、この世界は思った以上に危ういバランスの上に成り立っている世界なんだと、改めて突きつけているようだ。

 平和な世界で安穏と暮らしていたおれにとって、眼前で行われている話が現実味を帯びていない。それこそまさに物語のような符丁の塊として、危機感を抱かせることなく耳を滑り落ちていく。


「戦争というものはそういうものなのだと言えばそれまでなのだが、武力によって連合を切り崩すやり方は、私は得策ではないと感じている。ひとたび手を出せば、他の連合国はヨルドシュテインに助けを求める確率が高い。我らは種族によって構成された国。単一思想のもとでならすべてを受け入れるヨルドシュテインとは相性が悪いのだよ」

「そりゃ、人が主権を持っておる国なら、間違いなくヨルドシュテインに助けを乞うじゃろうな。聖教さえ認めておれば、あの国は寛容じゃから」

「ましてや、今回のやり方はそれを助長するようなものだ。仮にうまくこの国を落とせたとしても、その後が続かない。故に、私は反対であり、こうして君に助力しているというわけだ。火ぶたが切って落とされる前に、何とかしなくてはならない」


 また話が難しくなってきたな……。ゲーム時代のようにシナリオをスキップしても大丈夫な仕様に変更してほしいぞ。おれは戦闘だけするから。

 だけどもそうも言っていられないことは重々承知している。美少女スマイルを彼方に放り投げて、おれは頭をうんうんうならせる。

 つまり、戦争が起こった時点でこの国はもとよりビストマルトも危ないので、そうなる前に差別で高まった戦争の火種を何とかしてほしいってことか。


 まじめな話をしていながらもリュシアは手を止めずに食事を続けているようだが、顔だけは何やら考え込んでいるみたいだ。


 その時、リュシアがこちらを向く。ものすごく楽しそうに弧を描く目からは、いやな予感しかしない。


「というわけじゃ、聞いておったかお前ら。この国は今とても危険な状況というわけじゃ」

「はあ……まあ、そうみたいだな」

「私が以前言ったことを覚えておるか?」


 おれは全く覚えていなかったのでブレズに目線で助けを乞うと、竜はすぐさま口を開く。


「獣人種が名声を得ることで、差別が緩和される。でございましょうか」

「その通り。さて、これで何のためにおぬしらを読んだか理解したか?」


 いやな予感大的中。おれはため息とともに結論を述べる。


「……功績をあげて目立つように動けって言いたいんだろ」

「後ろ盾にギルドマスターがついておるんじゃ、おぬしらの実力があればたやすいことじゃろ」

「本当に君は底意地が悪い。ああ、かわいそうなブレズ。君は私一人のものにしておきたかったのに」

「……申し訳ありませんが、私のすべては姫様のものでございますので」


 そういうことかよ。と、おれは頭を抱える。


 ここまで話を聞かされて、それは無理だと断ることの難しさ。戦争を食い止めるためにアイドルをやれってことか。この美貌だし分からなくもないが、必要以上に目立ちたくはないなあ。

 なにせ元が引きこもりだ。人前なんて絶対いやだ。普通に面と向かって話すにはいいけれど、大勢の前で歌って踊るとか無理だぞ。……いや、何も本当にアイドルをやれってわけではないな。


「何もおぬしらにとって悪い話でもあるまい。おぬしらはこれで楽に名声を得られるんじゃ。ついでに国が救えるとなれば、お得なものじゃろう」

「ギルドでの名声は各国のギルドで共有のものだ。いわばランクだな。それをもってすれば、ビストマルトでだってはばをきかせられる。我が邸宅への旅行もしやすくなるというものだ」


 たとえビストマルトに行く用事があっても、お前の家にだけは絶対に行かないからな。


 いくら現実感を抱けなくても、目の前の問題は変わらない。おれは、それを理解すべきなんだ。なあなあで済ませられない問題を、鼻先まで突きつけられている。

 だけど、おれの足は重い。そうすれば国が救えるかもしれないという希望のほかに、なんでおれがこんなことをしなくてはならないんだという気持ちが芽生えているのは、もはや否定できないところまで膨らんでいたのだ。


 いきなり飛ばされて、わけもわからないままこんなことに巻き込まれて。もうこんな国、どうでもいいじゃないかとささやく自分も確かに存在している。

 今のおれを支えているのは、義憤と、おれを信じ付き添ってくれるあいつらの前でいい格好をしたいという感情だ。おれ一人なら、とっくの昔に逃げ出していただろう。


 座ったままヒールを床に打ち付ける。もはや、すっかり自分を鼓舞するときの癖になってしまった動作を経て、おれはリュシアの視線を受け止める。


「さて、ではこちらも提案じゃ。おぬしらの後ろ盾になるとは言ったが、肝心の持ち上げる手柄がいまだないのはつらい。おぬしらの実力を広めるためにも、何か大仕事をしてもらわねばならん」


 交錯する視線で、リュシアの笑みが凄みを帯びる。老獪こそ本性と言わんばかりに口角を上げて、あでやかな唇を開く。


「ああ、そういえば、ひとつあったのう。……マスラステラの撃退。最上級モンスターを追い詰めたとあっては世界中から称賛の嵐をえられよう。しかし、証拠が、証拠がないのはいただけぬ。よって……」


 おれごときでは放つこともできぬ威厳を伴って、彼女は言う。


「――イグサを、渡してもらおうかの」


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