*美少女完全敗北
美少女スマイルを発動! この日のために鏡を前にさんざん練習した対雄兵器を惜しげもなく投入するぜ! 獅子の周りにいた男どもがほほに朱をさしたが、肝心の獅子に変化はない。
しかしあきらめるなおれ。まだ目線は通じている。笑みを深めて慈母のような優しさと雪のような儚さを演出だ。そして少し会釈をして、あなたに興味がありますとアピールを開始! これでどうだ! 周りの男どもの視線はすべて奪い去ったぞ!
だが、だがしかし、ターゲットには何の変化もない。それどころか、なんということだ、目線を外されたぞ。おかしい、他の男どもはおれにくぎ付けだというのに。
やはり、人間と獣人では美的センスが違うというのか。おれの美貌は獣には通じないのか。くそ、なんのために恥を忍んで女の子らしくしていると思ってんだ。
膝を折りそうな敗北感に襲われていると、獅子がこちらに歩み寄ってくるではないか。
な、なんだ、効いてるじゃないか。さすが重役ともなると表情を操るのがうまい。それとも毛皮のせいでわかりづらかっただけか?
つかつかと近寄ってくる獅子はおれよりもかなり高く、ブレズと張り合えそうなほどでかい。
そこでおれは気づいてしまった。
わずかにブレズより低い目線は、ずっとブレズに注がれていることに。
完全敗北。獅子はおれになど全く興味を示さなかったのだ。
帰りたい。何のために化粧までして……おれは……おれは……。
そうだよな、やっぱり他種族の雌に言いよられても困るもんな。種族が違えば価値観も変わる。おれの美貌が通じるのは人だけなのか。
「こんばんは、お話をしたいのだけどよろしいかな?」
獅子の声は低くダンディで、男としての魅力に満ちていた。
まあそんなこと傷心中のおれにはどうでもいいことなんですけど。
っく、だが、会話の糸口は得たぞ。崩れ落ちそうになってる場合じゃない。まだ美少女スマイルを崩すわけにはいかない。おれの笑みが崩れたその時こそ、真の敗北なんだ。
負けるなおれ。負けるな美少女。こいつらの旗頭として、情けない真似は以下略!
おれは獅子に言葉を返そうと思い目線を上げると
――――めちゃくちゃブレズの手を握っていた。
「……え、あの、何か……?」
「素晴らしい。執事にしてはたくましいと思ったが、これは剣を握り慣れている手だ。君は彼女の護衛かな?」
困惑するブレズに構うことなく、獅子は矢継ぎ早に言葉を投げかける。
予想外の展開に、さすがのブレズも目を白黒させている。うん、おれもついていけてない。
「いえ、その、確かに自分は姫様の剣にして盾でございます。ですが、あの、自分は執事ですので、お構いなく。姫様が貴方と親交を深めたいとのことですので、私のことはいないものとして扱ってくださると嬉しいです」
「まさか、君のような魅力的な人を無視できるわけないじゃないか。ああ、しかし、そうだね、『将を射んと欲すればまず馬を射よ』ともいう。ここはひとつ、主も交えて親睦を深めようじゃないか」
そうこうしているうちに獅子はブレズの手を撫でまくっている。執拗に、執拗に。さらに目線は上から下までじっくりと、じっくりと。
これはあれだな。こんな美少女を馬扱いする根性といい、執拗に撫でまくる行動といい。
結論はひとつしかない気がする。
獅子はその精悍をぐいっとブレズに近づけ、ささやいた。小金のたてがみを揺らしながら肉薄し、語る言葉はまるで睦言のように甘かった。
「君が……君の主が許すなら、どうだろう。今晩は私と枕を共にして語り合わないか?」
ホモだああああああああああああああああああっ!
こいつホモじゃねえか。そりゃおれの美貌なんか効かねえよ。ホモだもん!
くそ、くそおお! 本来ならこのパーフェクト美少女スマイルを使った色仕掛けで黒幕を篭絡して、情報を持ち帰っておれでも役に立つんだぞアピールするつもりだったのに。
初手からホモかよおおおおおおっ! もうどうしようもないやつじゃねえか!
おれの膝ががくんと折れる。それは心が折れたことを意味する、完全な敗北宣言だった。
やはりおれはニートがお似合いの役立たずなんだ。少しばかりかわいいとか調子に乗っててすいませんでした。おとなしくニートしてます。
『あ、あの、姫様! どういたしましょう! このような状況、想定していなかったもので!』
おれも想定してねえよ!
必死感あふれるブレズの『思考伝達』におれはそう吠えたかった。
だが、当の本人はものすごく必死だ。マスラステラと対峙しても揺るがなかった目線は、ずっときょどりっぱなしだ。そりゃそうだろ、今まさにホモに食われようとしてるんだからな。
『ははははははっ!! ははっ! はーっはっはっはっ! ……ゲホッ、ごほっごほっ。笑いすぎて腹いてぇ! ブレズが……ブレズが口説かれてる……! ははははーっはっは!』
『おい、ハンテル。笑いすぎて手元がくるってるぞ。失敗したら爆発するかもしれないんだから、魔法は慎重に扱え』
『そういうホリークだってくちばしがにやけてるじゃねえか』
『こんなの我慢するなんて無理だろ』
『だよなー。ははっはっはっはーっははは! もう無理、死ぬ、笑いすぎて死ぬ……!』
おれらの気持ちを知らずに、ハンテルはずっと笑い転げている。ブレズの殺意が上がっていくが、獅子の手前それを表情に出すこともできない。
『ふむ、しかし、これは最善なのではないだろうか。姫様の身に危険が及ぶことなく情報収集ができる。ブレズ、我らが主のため、最善を取るのだ』
ヴァ、ヴァルデックさん……言いたいことはわかりますけど。それはちょっと酷だと思うのですよ。
立場が逆だったら泣きながら逃げてるもん、おれ。
『頑張ってブレズ! 大丈夫、お泊り会みたいなものだもん! ブレズなら罠でも突破できるよ!』
レートビィ君は絶対にわかってないな。うん、そのままの君でいて。
当のブレズはというと、もうなんだかすごくかわいそうな表情で獅子と対峙している。
その口説き文句には乗りたくない。けれど、情報を集めに行かないといけない。その葛藤がかの騎士を困惑させているのだろう。
『申し訳ありません、姫様。この騎士には荷が勝ちすぎているようです……』
『いや、無理しなくてもぜんぜんいいからね。君に負担をかけたくないから』
『ありがとうございます。やはり姫様の慈悲は素晴らしい。……ハンテルはあとで覚えておくがいい』
内々の会議が終わり、やがてブレズは毅然とした面持ちを取り戻すと、獅子に向かってこう言い放つ。
「申し訳ありません。私は姫様に忠誠を誓った身。そのような誘いには応じかねます」
「そうかい、それはとても残念だ」
いいながら肩をすくめる獅子はあまり残念そうには見えない。まあ、これだけ口が軽ければ、振られることなど日常茶飯事なのだろう。そもそもホモだし。
「おっと、申し訳ない。自己紹介すらまだだったね。大変失礼した、君があまりに魅力的過ぎて、ことを急いてしまったよ。段階を踏むのがお好きだというのなら、まずは互いを知ることから始めてみないかい?」
歯の浮くようなセリフをこれでもかと並べ立ててくるなこいつ。口角を上げるたびに肉食獣の牙がきらりと輝き、きざったらしさに拍車をかけていく。傍で聞いててもげんなりするのに、直接向けられているブレズはどんな気持ちなんだろう。
「私の名前は、オレナ=ビーグロウ。ビーグロウ家当主にしてビストマルトの外交官を務めさせてもらっている。好きなものは君のように男らしいものであり、趣味は剣技だ。君のような武人と剣を構えるのが何よりの楽しみなんだ。もっとも、剣以外を交えるのも好きだがね」
なんでこいつさらっと下ネタ入れてきてんだよ。こんな奴が外交官で大丈夫なのか。
笑いすぎで呼吸困難を起こしているリュシアは無視するとして。目の前の獅子は自分の自己紹介が魅力的だと言わんばかりの態度で、そのうえウインクをかましており、ブレズのしっぽが嫌悪で少ししおれてしまった。ここまでくるとかわいそうすぎる。
しかし、目的とするビストマルトの高官に話を促されては無下にするわけにもいかず、ブレズはできるだけ愛想よく、でも、あくまで社交辞令だとわかるように壁を作って対応する。
「これはご丁寧にありがとうございます。しかし、先ほども申し上げた通り、私は姫様の付き人でしかありません。主を無視して今宵の主役であるビーグロウ様と言葉を交わすなど、執事には過ぎた行いでございます」
「それでよろしかったら、お話を聞かせていただきたいのですがいかがでしょうか。ブレズはこの通りまじめな執事ですので、私が間に入らせていただいても」
おれが助け舟を出すと、ブレズから感謝の視線が飛んできた。ここでこいつらを二人っきりにすると、確実にミッションは失敗する。そんな予感しかしないからな。
「ああ、こんな麗しの貴婦人とおいし……失礼、素晴らしい武人と席を共にできるなら、私としては願ってもないことです」
お前いまおいしそうって言いかけただろ!
それでおれに対する言葉はおしまい。ビーグロウはまたもブレズに目線を合わせ、おれに向けたのより数倍甘い笑みを広げる。
扱いの差が露骨すぎて面白くなってきた。油断すれば噴き出してもおかしくないぞ。
「しかし、私も立場のある身の上。本来なら君の武勇にすべてをゆだね、私も一匹の獣として月明りに吠えたい願望はあるさ。それができないつらさもわかってほしい。ブレズ、素敵な名前だ。よければどうか、またの機会に聞かせてほしい。君の話を」
このホモめげねえなあ。そろそろおれもリュシアみたいに笑い転げるぞ。
と思ったのだが、当のリュシアは立ち直ったらしく、こっちに向かってつかつかと歩み寄ってきた。
「ふふふふ、やはり貴様らを連れてきて正解だった。こんなに笑ったのは二日ぶりだ」
間隔短すぎるだろ。どんだけの周期で呼吸困難起こしてるんだ。
「やあリュシア、久しぶり。相変わらずきれいだね」
「心が何一つこもっておらんぞ同性愛者。よくそこまで思ってもないことを言えるの」
「ああ失礼失礼。今のは私の意見じゃなくて、一般論を言ったまでだよ。世間一般では、君みたいな人のことを美人というのだろう?」
「本当にいけ好かない奴じゃ。今回は目の前にいるこの人外パーティを紹介してやろうと思ったのにのぅ」
「私の目から見ても、君はとても素敵な人だ。それはもうかけねなく言わせてもらおうじゃないか」
「現金じゃのう……」
ロリとホモが仲睦まじく話している。ひょっとして、リュシアが紹介すると言っていた友人って……。
ブレズもその考えに至っていたらしく、今後を憂いてわずかに後ずさりした。表情こそ凛々しい武人だが、内心ひきつっているだろうことは想像に難くない。
そして、おれらの予想通りの言葉をリュシアは吐いた。
「一応は友人ということになっておる。もっとも、もうすぐその肩書も消えるがな」
「その誤解を解くために今夜話し合いの場を設けたじゃないか。……ああ、なるほど。それに彼らも混ざりたいということかな」
「左様。用心棒としての腕も抜群じゃ。下手な気を起こすでないぞ」
「もちろん、一目見ただけで私なんかじゃかなわないとすぐにわかったよ。仕事柄、人を見る目はあるつもりさ」
「男限定でな」
えーっと、つまり、この会が終わったらリュシアとビーグロウを交えて会合が開かれるってことか。だから、なんでそれを先に言ってくれないんだこのロリは。
「まさか向こうから来るとは思っておらんかったしの。この竜があいつ好みだとは思っておったが、まさか他を放ってまで口説きに来るとは予想外じゃ。仕事しろこのホモ」
「私もそうしたいのはやまやまなんだけどね。さすがに表面だけ取り繕った差別主義者の相手は疲れるんだよ。そんな中で素晴らしいオアシスを見つけたなら、哀れな旅人はすぐにでもとびかかってしまうものじゃないか」
「諸悪の根源がいけしゃあしゃあとよくもまあそこまで口が回るものだ」
確かにリュシアの意見が正しいのなら、ビストマルトこそがこの国を脅かす悪玉のはずだ。その割にはビーグロウと仲がよさそうだけど。
『事情は把握しました。私は写本中であり手が離せないため、レートビィに会合を傍聴してほしいのだが、行ってくれるか?』
『もちろん。会合中は襲われると厄介だもんね。そもそも僕は今手が空いてるし』
どうやらレートビィが護衛についてくれるようだ。これで外で何があっても即座に情報をもらえるだろう。
そこまで決まると、ビーグロウは笑みの質を切り替えた。ブレズを口説いていたときの生き生きとしたものから、きりりと引き締まったものへと。隙のないその相貌は、まさしく大国の重鎮にふさわしいものだった。
「さて、それじゃあ仕事に戻るとするよ。ブレズのおかげでいい息抜きができたからね。お礼に君の息抜きにも付き合わせてほしいものだ。旅行するならぜひ我が邸宅へ。パーティの全員をきちんとおもてなしすると約束するよ」
それだけ言って、獅子は風格をまとってこの場を後にする。後姿だけ見ると、威厳あるたてがみと相まってその風格が際立っている。
そこで、その獅子に近づく一人のメイド。王宮のメイドとは異なる装いをしているので、おそらくはビーグロウのお供だろう。おれはもともと動物に詳しくないので定かではないけれど、遠目だと雌のライオンに見えるな。
ビーグロウはメイドと二、三言葉を交わした後、メイドはお辞儀をして踵を返す。しかし、部屋から出るだけで、すれ違う人からの嫌悪の視線は否応なく突き刺さっているのがわかる。ビーグロウの手前どれだけ取り繕っても、端々に性根がうかがい知れてしまうのか。
「自業自得、というにはやはり不憫よのう。まったく、つまらぬ策を弄しおってからに」
リュシアが不満げにため息を漏らし、メイドの消えていった扉を眺めている。
これをかんがみるに、おれが気づかなかっただけでブレズもこんな視線にさらされているのではないだろうか。それが気になって問うてみると、ブレズはなんてことないように答えてくれた。
『ご安心を。私にはそばに姫様がおりますので、そのような視線はすべて姫様への陶酔へと変貌しております。その美しさの前では、私が人外などというのは些末なのでしょう』
『改めて言われると恥ずかしいな……。でも、それならいいんだ。我慢できなくなったら何時でも言ってくれ』
『お心遣い感謝します。しかし、そのような無作法な振る舞いに傷つくような私ではございません。私が心を痛めるのは、姫様の身に何かあったときだけでございます』
嘘つけ。イグサの身の上話聞いてた時、半泣きだったくせに。
「さて、紹介も終えたことだし、私は食事でも楽しむとしようか。お前らは好きに情報収集するがいい。時間になったら呼びに行く、それまでこのつまらぬ宴を楽しむとよい」
すでにリュシアは取り皿に山盛りの料理を載せており、遠くのテーブルに盛られた料理に視線を奪われているようだ。同じ美少女として嘆かわしい醜態だが、それができたらおれもどんなに楽だろうかと思う。
というかこのロリババア、どれだけ食べるつもりなんだ。明らかに体と胃袋の比率が間違ってるだろ。
雅な口調で去っていきつつも、どうみてもギャグにしか見えないその後ろ姿。
最初の悠然とした威厳はどこに行ったんだ。
「姫様、それでは私たちも情報収集にいそしむといたしましょう」
「そうだな」
執事と残されたおれは不躾な視線が密度を増して行くのを感じた。ビーグロウがいなくなったためか、その視線には遠慮というものがなくなっていた。
うう、男から熱い視線をもらってもうれしくもなんともない。しかし、やらねばならぬ。
身分の高そうな男に近づいて、それとなく話を聞いてみることにしよう。
おれはリュシアが呼びに来るまで、完璧な美少女として名をはせていくのだった。




