めんどくさい第二勢力登場
ロリババアとの対談を終えて、少しだけ情報収集をしたのちにおれは家へと引き返す。もう嫌だ、早く帰ってニートしたい。結局おれの子に関しての情報は何も見つからなかったし。
異人の町ネーストはいつも通りさびれているが、おれらが来てから少しだけ明るくなった気がする。町を脅かす盗賊もローもいない。交流経路が復活したことで物資がきちんと流れるようになったのが大きいだろう。
まあ、人外相手にまともな商売を求めるのは難しいが、それでも道がないよりはましだ。おかげで町のランクが一つ上がった気がする。店に並ぶ商品もよくなって、完全に町が発展した感じになっている。
こういう考えだとゲーム脳といわれても仕方ないなあと我ながらあきれる限り。おれはいつまでここをゲームだと思い込んでいくのか。
ひび割れが修繕されてきた家々を抜けて、目指すのは我が家であるギルド。王都なんてもうこりごり、できればもう二度と行きたくない。あんな視線にさらされに行くのはまっぴらごめんだ。
一応ギルドでほかの仲間探しをしている間、ヴァルは一人帰ってご飯の準備をしてくれているはず。おなかも減ったし、自然と足が速くなる。めぼしい情報がなかったのもまた、やけ食いしたい心境を加速させていく。
そんなおれの足を止める声が一つ、無邪気にかけられる。
「あ、お帰りなさいませ、姫様!」
おれらを視界に入れた子が笑顔で走りよってくる。
紺色の巨体はところどころ星のような光の粒がちりばめられており、動くたびにきらきらとまばゆく光を照り返す。水晶のような牙に雄々しい三対の翼をもつ巨体とは思えないほどその声は幼く、いかつい顔に浮かべるには似つかわしくないほどの満面の笑みで彩られている。
『星邪竜 マスラステラ』、その人型進化後の彼が、嬉しそうに尻尾を揺らす。
「ただいま、ステラ。買い物かい?」
「そうだよ! 今から晩御飯なんだ」
ハンテルより少し低いくらいの背丈だが、背中に背負った羽のせいで幾分かでかく見えるな。さすがに人型ということもあって人並みに服を着ているが、袖からのぞく四肢はまるで宝石のように輝いており、その威光を隠しきれてはいない。
ステラは得意げに手に持った籠を見せながら笑みを浮かべたままだ。同じ竜種であるブレズと比べると、口角の可動域に少し驚かされる。
「あーおれもそろそろ腹が減ったなあ。親父さんはどうだ、元気になったか?」
ハンテルはおなかを撫でて空腹をアピールすると、つられてレートビィも耳を小刻みに動かした。確かにおれもおなかが減ったけど、それより早く休みたい。なれたと思っても、ヒールで立ちっぱなしは足に効く。
そこで、ステラに投げかけたはずの質問に、別の人物が答えを返してきた。
「イグサは元気だよ。罪の意識は感じているけど、そこは本人の問題だ」
のそりと後ろからゴウランが歩いてきた。走り寄ってきたステラに置いていかれた彼が、のんびりと会話に参加する。
「ゴウラン……」
赤い鬼を視界に入れたとたんにおれは少し身構えてしまった。出会いがしらに覇気をたたきつけられたことをいまだ引きずっており、おれはこいつがあまり得意ではない。
そもそも見た目もやくざ顔負けだしな。元の世界でもそそくさと道を開けるレベルだぞ。
「んなにビビんなくとも、もう威嚇しねえよ。盗賊も退治してくれたし、町も発展させてくれた。敬いこそすれ、害する道理がねえ」
「いやまあ、そうなんだけど」
「それともなにか、おれの顔が怖いとでもいうつもりか。そっちの竜のほうがだいぶやばい顔してるじゃねえか」
「それは否定しないけどさあ」
「……できれば否定していただけると嬉しかったのですけど」
思わず漏れた本音のせいで後ろのブレズが落ち込んでしまった。あ、ごめん、だって最初にのぞき込まれたときの恐怖はかなり来るものがあったから……。
出会った時と比べたらゴウランともかなり打ち解けているはずなのに、いまだ身構えてしまうのは悲しいコミュ障の性としか言いようがない。おれはな、打ち解けるまでに時間がかかるんだ!
それでも、ゴウランがイグサの件で助けてもらったのは確かだ。
ゴウランと話しあった結果、今回の騒動の主犯であるハイエナ獣人――イグサを町でかくまうことに決めた。最初こそ渋られたものの、責任は全部おれが持つというと何とか納得してもらえた。
動機の面でも、彼らにその感情が理解できないわけではなかったのだろう。ましてや、自分の息子を殺されたとあっては、ヤクモの父であるゴウランも身につまされる思いだったはずだ。
しかし裏を返せば、それだけこの国に、ひいては人間に対して従う義務を感じていないことがわかる。ビストマルトの仕込んだ毒が、どんどん回ってきているのを感じる。今回はそれを利用させてもらうが、いつまでもこんな虐げられたままでいないことは火を見るより明らかだ。
そして、そのイグサだが、今はこの町の図書館で司書をしてもらっている。もともとこの町出身の魔法使いだ。蔵書管理はなれたものだろう。図書館にある生活スペースで、親子二人でつつましく暮らしていくそうだ。一応、禁忌系の魔法だけじゃなく、エンチャント付加で名をはせていたそうなので、職人としても働いていきたいと言っていた。
ハンテルが憮然となるのもしょうがないだろう、イグサの経歴は悲劇の連続で、それに対する同情心がステラを撫でる手つきによく表れている。
「しっかし、優秀な魔法使いでも、獣人というだけで襲われるとはね。ひどい世の中だ」
「だろ。……まあ、それでも、だ。お前らのおかげでだいぶましになった。感謝している」
「おー、素直に褒めたな」
「これでも性根が単純なんだよ。助けてもらったら感謝する、当然だろうが」
自分が感謝することがそんなにおかしいのかと、ハンテルにちゃかされたゴウランも憮然とした顔つきになる。牙付きの顔でそんなことされるといかつさが倍増するはずなのに、ちょっと愛嬌があるように見えるのは慣れてきたおかげかもしれない。
おれらを威嚇してきたことも考えると、なるほど、思い立ったら即行動の猪突猛進なキャラクターなのか。おれらの中にはいない真っすぐなタイプだ。
おれがゴウランの一面に対して推測を広げていると、赤鬼はにやりと笑っておれを見た。怖かったのですぐ視線をそらしたが、構うことなく話しかけてくる。
「ところでだ、物は相談なんだが、そこのブレズを貸してはくれねえか?」
「なんのためにだ?」
「決まってんだろ、体も本調子になったことだし、一度手合わせしてもらいてえんだ」
「うわ、戦闘狂属性もあったのか……。でも、さすがにそれはおすすめしないぞ」
どう考えてもおれが誇るチートキャラといい勝負ができるとは思えない。それを直接言うとへそを曲げるのが分かりきっていたので濁して伝えたつもりだったのだけど、ゴウランもそこは承知の上みたいだ。
「まあ、十中八九おれが負けるわな。だが、強い相手がそばにいるのが分かっていて、挑まねえわけにはいかねえんだよ。どうせ怪我しても姫さんが回復してくれるだろ?」
「お前がそれでいいならいいけどさ。あんまり落ち込むなよ、しょうがないと思って割り切るんだ。お前とは存在から違うから」
「そのフォローはさすがのおれでもどうかと思うぞ……。あんたひょっとして対人関係苦手か?」
うぐぅ。フォローしたつもりだったのに! くそう、まさか猪突猛進キャラに心配されるとは。そこまで変なこと言ったつもりはなかったのに。
「私は構いませんよ。戻っても執事仕事ばかりですので、たまには悪くないかと思います」
おれを慰めながらブレズはやんわりと首を縦に振ってくれた。
ならおれから言うことは特にないな。好きな時に遊んでくれ。
「ようし、言質はとった。ならリハビリもかねてモンスターでも狩りに行くかね。ステラも行くだろ?」
「行く! お父さんと一緒にお肉狩る!」
尻尾と羽を振りながらステラの目が輝く。レートビィをさらに幼くしたような子だが、最上級モンスター以上の実力派あるので心配ないだろう。
なにせおれが進化させたんだからな!
しかし、こうして見ていると実に幸せそうだ。モンスター形態の時に痛みでもがいていたなんて想像できないくらいに。
くすぐったそうにしながらも嬉しそうに笑うステラが、イグサを幸せにできる唯一の存在だろう。
なんて思いながらおれらがしんみりしていると、ブレズが微笑を浮かべて言う。
「そろそろギルドにお戻りなさってはいかがでしょうか。一足先に帰還したヴァルの準備も終わっていることでしょうし、ステラも父を待たせては怒られましょう」
「あ、そうだね。お父さんおなかへってるかも! じゃあね、みんな! また明日!」
「そろそろおれも帰るかな。約束、忘れんじゃねえぞ」
見た目のわりに生まれたてのステラはぶんぶんと手を振って走り去り、続いてゴウランも歩いて行った。その後ろ姿がほほえましくて、おれの選択は間違いじゃなかったのだと安心する。
ゴウランも角が取れたようで剣呑な影は見当たらない、ほっと息つくような雰囲気が町に広がっているのを感じると、やはりおれもうれしいものだ。
「……今度頼んだら魔術用に血を分けてもらえないだろうか」
後ろでホリークが不穏なことをつぶやいた気がしたけど、それにつっこむ元気はもうないので無視。人型になったことで完全な進化を遂げたその魔術適性は揺らぎなく、あの血を売ればかなりのお金になるそうだ。エンチャント付加魔法使いに触媒を自己生成できる竜、なかなかいい組み合わせじゃないかな。
さて、おれらもいい加減に帰ろうじゃないか。心がほっこりしたところで、なんだか前向きになった気がする。明日からも頑張ろう。……ニートしかすることないけど。
さてさて、ようやく見えてきたマイハウス。濁点付きのうめき声を出して疲れを表現したいところだが、美少女なのでじと目でうなるだけにしよう。これでもだいぶ妥協範囲ね。
「ただいまー」
ほかの家に比べると新築のような佇まいを誇る我が家に一歩足を踏み入れる。
出迎えてくれるのはヴァルが作っているであろうおいしそうな夕食の匂いと――
「やあやあ、依頼ご苦労様。僕の出番がなくなったおかげでだいぶ楽ができたよ。それにしてもタイミングが悪かったかな。どうやら今から夕餉らしいね、とてもいい匂いだ。ああ、おなかが減ったなあ。そういえば僕たちも何も食べてなかった。これは奇遇だ。よかったらご同伴にあずかれないかな?」
「ハウゼン……」
ギルドのホールで悠々と座っていたのはギルド会議の時に出会った『落丁した辞書の束』のリーダー、ハウゼン。お調子者らしく砕けた語り口調でまくし立ててくる。
後ろにはハウゼンの口をいつでもふさげるように待機しているラップスと、フードを被った彼のチームメンバーが無言でこちらを見つめている。
「お帰りなさいませ、姫様。夕食の支度はすでに整ってございます。しかし、来客がいらしておりますがいかがなさいましょう。お帰りいただくことも可能ですが?」
部屋の奥から『落丁した辞書の束』を無視するように歩み寄ってきたヴァルが一礼して出迎えてくれる。正直そうしたいのはやまやまなんだけど、向こうには何か用事があるらしい。
そうじゃなければこんなところにわざわざ来ないだろう。
こんな、ケダモノの町なんかに。
「いや、そんなことないよ、この町は素敵な町さ。王都にはないさみしい景色と厳しい視線はここの名物にすべきだよ。きっといい観光名所になるはずさ」
「ハウゼン、それは褒めてるうちに入りません」
「あれ、そうかい。なかなか楽しいところだと思うんだけど」
ラップスに指摘されると本心から首をかしげるこの天然。違ってればなんでもいいってもんじゃねえんだよ。
椅子に腰かけるハウゼンと入り口で立ち尽くすおれ。さっきからこんな構図ばかりだな。今日は立って人の話を聞かなきゃいけない日なんだろうか。
さすがに今回は勝手に座ってもいいだろうと判断して、ハウゼンの向かいに腰を下ろさせてもらう。自然とおれらの陣営と『落丁した辞書の束』が向かい合う形になり、団らんという雰囲気は霧散する。
……はあ、こういうときはおれから口火を切らないとダメそうだな。一応こいつらのリーダーらしいし、おれ。
「んで、何の用だ?」
「君らがギルドマスターに呼ばれたって聞いて、警告に来たのさ。彼女の言葉をうのみにすると痛い目にあうぞって」
「今度はお前らを信じろってか」
「もちろん、信じるに足る根拠は提示するつもりだよ」
人の好さそうな笑顔のままハウゼンが合図をすると、後ろに控えていたメンバーがフードを外す。
見えてくるのは鮮やかな肌、牙、ツノ。狼やイノシシから進化した人型の生き物、獣人と呼ばれるなじみの種族だけではなく、鬼種やエルフまでそろっている。
完全な人外混成パーティ。それが『落丁した辞書の束』の正体だったのか。
「どうかな、これで仲間だってことがわかってもらえたはずなんだけど」
おれらを驚かせたことで子供っぽい笑みに勝ち誇った色が生まれ、それがなんだかとても無邪気に見える。
後ろでは鼻のきくヴァルが身を固くした気配が伝わってきており、なぜ気づかなかったのかと悔やんでいるようだ。確かに、同じ部屋にいたヴァルが気づかないのは不思議だ。
「このフードは魔道具でね。匂いや気配をうっすら隠してくれるのさ。これがないとあの町じゃ暮らしていけないからね、重宝してるよ」
「じゃあ、森にいたリュシア以外の手勢って……」
「もちろん僕の仲間たちさ。君らに何かあったら大変だからね。まあ、不思議なことに全員昏倒してたけどね、不思議なことに」
うぐ、そりゃ疑うわな。これはめんどくさいことになるぞ。
あと、得意げにしてるところ悪いが、なんでこの町に入ってきたときにフード取らなかったのかは聞かないほうがいいんだろうな。そうすれば冷たい視線とやらにさらされることもなかったはずなんだが、驚かせたい欲のほうが高かったらしい。
「私もそういったのだけど、ハウゼンがこっちのほうがインパクトが出るって言うから」
「ふふん、話し合いの序盤はインパクト勝負なんだよラップス。おかげで彼らに話を聞く準備ができたといっていい」
大事な話をしに来たんじゃねえのかよ、なんだそのお気楽なノリは。
まじめに相手をするのもばからしくなってヴァルにお茶を頼むと、ハウゼンがものほしそうな目でこちらを見てきやがった。そういえばご飯まだとか言ってたし、のども乾いているのだろう。
「ここはギルドなんだから酒場も併設してないのかい。お茶くらいサービスしてくれてもいいと思うんだけどね。あ、さらに言うなら軽食を頼みたいんだけど。お金の心配ならしなくていいさ、なんたって著名な冒険者だからね!」
だれも心配してねえし、酒場じゃねえからな。ハウゼンのマイペースってゆっくりというよりかはこっちを巻き込む勢いがあって、自然とつっこみが多くなってしまう。
そうなると、ラップスの苦労がわかろうというもので、彼女は軽くため息を吐いた後、ハウゼンにいつも通りの忠告を放った。
「ハウゼン、そういうのはせめて話が終わってからにして」
「ごめんよラップス。僕はお腹が減るとつい口がいつもより軽くなるんだ。それはもう羽根のごとくね。じゃあ、ご飯のためにさっさと終わらせてしまおうか。結論から言うと、君らには僕らと一緒に『ビストマルト』へ行ってほしいのさ」
「……つまり、勧誘ってことか?」
「そうそうそんな感じ。大体はリュシアから聞いてると思うけど、僕がしたいのは嘘情報の訂正と、君らの手助けだよ」
ギルドでリュシアが言っていたビストマルトからの勧誘が、こんなに早くに来るなんて。
先見性ならあの幼女が勝っているようで、あそこで植え付けられた猜疑がちくりと疑惑を芽吹かせる。
「これは推測なんだけど、あの幼女はさ、この差別騒動はビストマルトが裏で糸を引いてるとか言ってなかったかい……うんうんなるほどね、了解」
おれが代表してうなずくと、ハウゼンは大仰に何度もうなずいて見せる。ヘドバンするドラマーかお前は。
「それね、大嘘だから」
ハウゼンがバッサリと切り捨て、おれの頭は大混乱だ。
ああもう、いろんな思惑が交差しすぎてこんがらがってきたぞ。そういうややこしいことに巻き込まないでほしい。
「だいたいメリットがなさすぎじゃないか。確かに人材はビストマルトに流れてきたよ。でも、連合に攻め込むっていうことは連合に属する国だけじゃなくて、あのはた迷惑なヨルドシュテインも相手にするってことになるじゃないか。あの国に戦争を仕掛けるメリットがそもそもないんだよ」
「言われてみれば……」
「むしろ仕掛けられてるのはビストマルトのほうさ。人外をこれ見よがしに迫害して、挑発してるのさ。あの国は獣人至上主義でプライドが馬鹿みたいに高いからね。そう考えると、ビストマルトが裏で迫害の意図をめぐらせるなんてありえない話だよ」
確かにゲームでもあの国は脳筋国家だった。することと言えば攻撃一辺倒で、少しは頭を使えと画面の向こうで嘆いたことも少なくない。挑発なんてされたらすぐにでも攻め込んできそうだ。
「だとすると、消去法で真犯人がヨルドシュテインだっていうのもわかるはずさ。リュシアはそれを知っていたうえで、君らにここにとどまるように言ったのさ。ビストマルトの戦力を増やさないためにね。よく言うじゃないか、効果的な嘘を作るには少しの真実を混ぜることだって。この場合、彼女が言った真実というのは……」
「――『人間の協力者がいる』」
「大正解! そりゃそうさ、この国自体が主犯なんだから。他国からの介入だけでこんな大々的な価値観を植え付けるのは限度があるでしょ」
「でもなんのために……」
「それも簡単。この国『ノレイムリア』は、連合を抜けて『ヨルドシュテイン』とつながろうとしてるからさ。ビストマルトと戦争を起こせば、当然連合が立ち上がる。しかしそれだけでは心もとないという建前で、ノレイムリアはヨルドシュテインを頼り、その結果この国は晴れてヨルドシュテインの傘下に加わることができるってわけだ。うーん、くそったれなシナリオだね!」
……何が嘘で何が本当なのかわからなくなってきた。処理するにはおれのスペックが全く足りてない。終わってからみんなに話を聞こう、そうしよう。
「そして実際に、ビストマルトではこの国で虐げられている同胞に対して救済しようと世論が傾いてる。遠からず戦乱がやってくる。……でも、僕らはそれを防ぎたいんだ」
トーンを落とした声で、ハウゼンが核心へと踏み込んでいく。
その部分に関してはリュシアと同意見か。二人とも、この国を守るために動いている。……それが本心かは知らないが。
「僕らはそれを防ぐために、同志を求めている。どうだろうか、僕らと協力してこの国を守ってくれないか?」
「待ってくれ。じゃあなんでビストマルトへ行かなければならないんだ」
この国を守るためというなら、おれらをビストマルトへ勧誘する必要もないはずだ。
「そりゃ、リュシアの手から逃れるためさ。僕がする手助けっていうのもまさにそれでね、君らが協力してくれるなら、ここにかくまっているイグサをビストマルトで保護してもいいよ」
「……っ!」
「ん、そんなに驚かなくても普通に考えればわかることだと思うけどね。証拠はないけれど、死体もない。だったらどこかで生きてるはずさ。だとすると、一番怪しいのは君らってこと。リュシアもそれを見抜いているけど、いざってときのために泳がせてるだけだと思うよ。何かあったら犯罪者をかくまったってことで君らをこの国に強制的にとどめるつもりなんじゃないのかね」
「そこまでしてなんでおれらを……」
「……そんなことを言うのはさすがの僕も予想外だよ。君はもっと自分の価値を自覚したほうがいい。Aランクをそんなにほいほいやっつけちゃうパーティなんて、はっきり言って一騎当千の実力さ。普通は何日にもかけて準備して、ようやく達成できるレベルなんだから。聞くところによると、君らの中には上級魔法が使える人もいるよね。それだけで値千金、は軽く超えると思っていい。君らがいるだけで、勢力図は大きく変わるんだ」
…………まだ本気出してないのにこの扱い。思った以上に気遣いが足りてなかったようだ。さすがに練習がてらにAランクを狩るのは失策だったか。
「そんな君らを守る意味でも、イグサをビストマルトへ移したほうがいい。あそこなら悲劇の主人公として手厚く保護してくれるはずだし。それに、もともとが有能な魔法使いだ。悪いようには絶対しない」
そこで、ハウゼンは袋を取り出した。人の顔くらいはありそうな袋の口からは、わずかに光が漏れ出ている。
ゴトリと袋からそれが転がり出てくる。それはおれらも見知ったギルドクリスタルだった。
「そして、これも渡そう。ビストマルトのギルドとつながっているクリスタルだ。これがあれば、リュシアから依頼の供給を止められても活動できるはず。……どうかな、悪くない条件だと思うんだけど。あとはご飯をおごってくれたら言うことないね」
「ハウゼン、最後に茶化すのはあなたの悪い癖だ。まじめに話をして」
ラップスにたしなめられて肩をすくめるハウゼン。どうやらこれで言いたいことは終わりのようだ。
ここからは質問タイムといったところだろう。しかし、何を聞いたらいいものやらとんと見当がつかない。こうなったら意見を仰ぐしかないので、困った顔で後ろを見渡すと、ホリークが声を上げてくれた。
「お前らの言いたいことは理解した。だがまだ情報が足りないな。協力とは言ったが、お前らは具体的に何をしているんだ?」
「この茶番における脚本家の捜索かな。この国をヨルドシュテインに売り渡そうとしている輩を見つけ出し、国王に進言する。それがひいては、この差別騒動の幕引きにもつながると思ってるよ」
「国王に進言、ねえ。あっさりというが、お前らはそれができる立場なのか?」
「もちろん。できるからこその作戦さ。さすがに今の君らにそのギミックは教えられないけど、その点に関しては心配いらないよ」
つまり、ハウゼンらは国王に近しい人の後ろ盾があるってことなのかな。ああもう、こういう話は全く分からないから勘弁してほしい。おれが愛読するのはこういうハイファンタジーじゃなくて現代風ハーレムラノベなんだからさあ。もっと頭軽そうな話にしてもらいたいんですけど。
ハウゼンらの正体ががぜん気になるところだが、仲間でもなんでもないおれらにそれを教えるのはまずないだろう。かといって、仲間になるというのもリスクがある。両者が違うことを言っている場合、確実にどちらかが嘘を言っているのだ。選ぶのも慎重になるというもの。
方や悪者はビストマルトだと言い、方や悪者はヨルドシュテインだと言う。
どちらの言い分もそれなりに正しく、実現してもおかしくないビジョンだ。これが小説なら何も考えずにページをめくるだけでいいのに、自分がこんな状況に置かれてしまっては思考せざるを得ない。
事実は小説より奇なりとはいうが、奇をてらいすぎでしょ。ちょっと自重してほしい。
ぐるぐるぐるぐる、頭の中が大混乱だ。これは整理しないとパンクして頭がはじけ飛ぶぞ。それに、後ろの面々からも意見を募りたい。無能な先達という自覚はあるのだから、せめて慎重に動くべきだと思う。
だから、おれは手をびしっと上げて、こう言うのだ。
「すみません! 時間をください!」




