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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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星の子供

 弱々しく響く竜の咆哮を聞きながら、ハイエナは答えない。答えを探すように視線をさまよわせているが、本当はもう知っているんだろう。

 別にマスラステラじゃなくてもよかったに違いない。進化の分岐路は膨大で、もっと殲滅に適したモンスターだっている。

 それでも、彼はマスラステラを選んだ。


「お前の息子の名前は、たしか……」

「ステラだ。ああ、そうさ、あの竜を選んだのはそれを冠していたからだ! だが、それだけだ! それ以上の理由なんてないし、あるわけもない! あれは息子なんかじゃない!」

「いや、作り出したのがお前なら、それは確かにお前の息子だ」

「違うっ! もしそうだったら、ステラをずっと苦しめていたことになる! それは認められない! それだけは、断じて! あいつを作ったのは、会いたかったからじゃない、世界を、世界を変えるためなんだ……!」


 血走った眼をぎょろりと動かして、ハイエナはたてがみをかきむしった。不完全な魔法による苦痛が自分のせいだなんて、それを認められないのはあの竜が彼にとって大事だからに他ならない。自分に言い聞かせるようにつぶやく姿からは、目的が倒錯してしまったことを知らしめるには十分すぎた。

 きっと、彼の心は罪悪感でおぼれているのだろう。正気とは思えない顔つきや、急き立てるように改造モンスターを生み出したのも。きっと、あの竜が苦しんでいたからだ。彼はずっと、あの竜の痛みを和らげる方法を探していたんだ。

 だけど結果はどうにもならなくて、彼はその事実から苦れるように人間へ対する反旗を翻すという名目でごまかしてきた。そのために作ったのだと、思い込みたかった。


 耳をふさいで頭を振る彼は罪悪感にさいなまれ続け、正常な理性をなくしているように見えた。マスラステラの咆哮は彼にとって幼子の泣き声そのものであり、痛苦に満ちたそれに溺れてしまっている。呼吸を求めるように、彼は禁忌の魔法の習得を急ぐしかなったのか。


 顔はやせこけ、手足を棒切れのようにしてまで、彼は魔法に挑み続けた。すさまじい執念でごまかしているが、体はもう悲鳴を上げているはずだ。

 でも、それをやめられないのもまた、同じ廃人としてわかっている。だから、おれが止めたいんだ。


 そしてついに、竜が咆哮をやめる時が来た。


 それは完全な勝利宣言。氷の花は完全に閉じ、神秘的なオブジェを作っていることだろう。透明な琥珀に埋もれた夜空の竜は眠り、決して来ない朝を夢見て瞼を閉じている。

 沈黙が描く無機質な勝利に押しつぶされ、ハイエナが沈痛な声を絞り出す。


「ああ、そんな。ステラ……ステラ……」


 ハイエナはさっきみたいに見下して叫ぶことはない。ただ、いたわるように、案じているかのように震える声音で竜の名を呼んだ。

 夜色の巨体が傾ぎ、ゆっくりと力を失って崩れていく。氷の花をゆりかごにする竜は、痛みにあがく力すら残っていなかった。


 最上級モンスターの完全なる敗北。それは、ハイエナの意地を打ち破るには十分すぎる光景だ。神経を尖らせ疲労してきた日々の終着点を受け入れると、彼の本心がそこから芽吹きだす。


「……もう、楽にしてやってくれ」


 先ほどの狂乱から打って変わった疲れ切った声音をこぼしながら、目線を伏せる。虚勢がはがされたその姿は一段と小さく、燃え尽きてしまったかのように見えた。つきものが落ちた顔からは、表情が根こそぎ抜け落ちている。


「あの竜は、ずっと苦しんでいた。私の魔法が不完全だから、進化に適応できない体がずっときしんで悲鳴を上げている」


 ぽたりぽたりとしずくが落ちる。ハイエナの毛皮に吸収されて、毛皮がへたっていく。


「いつ体が崩れてもおかしくないんだ。いつ死んでも不思議じゃない。こうやって戦えてるのがもう奇跡だ。ステラ……ああ、ステラ……ごめんな」


 崩れ落ちそうなほど弱まった体を引きずって、マスラステラまで歩いていく。ハンテルたちは何も言わず、事の成り行きを見守ってくれている。


「禁忌に手を染めてもいい。もう一度ステラに会いたかった。名前だけしか共通点がなくても、それでも、よかったんだ……。私の名前を呼んでくれるステラが、どうしてもほしかった」


 氷の花に触れる。氷に反射するハイエナの顔は、うっすらと笑っているようだった。

 ハイエナがモンスター改造にこだわった理由がようやくわかった。きっと、モンスターを進化させるときに触媒として使っているんだ。亡きステラの遺品を。それはひょっとしたら体の一部かもしれないし、火葬後に残った灰なのかもしれない。とにかく、ハイエナには息子の何かを引き継ぐものが必要だった。

 彼の目的が完全体のマスラステラを作ることだというのなら、道中出会った不完全なキメラたちは全部失敗作なのだろう。禁忌の魔法を極めるための練習台、その価値しか元からなかったのか。

 その練習台たちもマスラステラの波状攻撃でほとんど消えてしまった。彼に残されたのは、息子の名前を持つ竜ただ一人。


「本当は、世界を変えるなんてどうでもいいんだ。ステラが無事なら、そんなこと。ああ、認めよう。ステラに会うために、それだけのために禁忌に手を出した」


 二度息子を失いたくないから、彼は自分をごまかした。戦争の道具だと思い込もうとした。いずれ朽ちる竜を、物だと信じた。


 ――――それだけ聞ければもう十分だ。


「会わせてやる」

「今、なんて?」

「おれが、お前の息子に会わせてやるって言ったんだ」


 氷の花よりも大きな魔方陣が、地面に描かれる。その膨大な魔力に、森のざわめきが大きくなっていく。

 きっと氷のベッドで眠る竜も父と共に歩む夢を見ていることだろう。それを叶えられるのは、おれしかいない。禁忌を極めた、おれしか。


 『悪魔的進化論(アンダーダーウィン)』より上位の魔法にして、天級の改造魔法『神の真似事(デミ・ゴッドブレス)』。使えるモンスターの制限やら多すぎる必要魔力量などの枷はあるが、これなら安定な進化ができる。

 それに、この魔法の一番の利点は進化形態を選べることだ。モンスター形態か、人型か。それによってスキル構成が変わってくるなど考えることは増えるが、その分魅力に満ちた魔法だ。

 しかし、おれ一人の魔力量では足りない。たかだか天級のくせに、超天級を超えるMPを必要とする魔法なのも特徴だ。まあ、そんなほいほいNPC強化できたらバランスが崩れるからな。仕方ないだろう。


 だから――


「ホリーク」

「こちらに。おれの体、ご自由にお使いください」

「悪いな、戦闘後なのに」

「いや、おれという存在はこの血肉の一片まで姫様に使われるためにあるんだ。気にしなくていい」


 鷲の魔法使いは大柄な体をおれに密着させ、静かに目を閉じる。合わせた両手から互いの魔力を重ねてようやく魔法が動き出す。

 魔力タンクとしての役割を持つホリークの力をもってしても、完遂はぎりぎりといったところか。そういうのが感覚で分かるようになってきたのは、この世界での生活に慣れてきた証拠だろう。……あー、やっぱり、やるしかないのかな、あれ。さっきやらないって決めたばかりなのに。

 おれは意を決して言葉を紡ぐ。見よう見まねで、さっきホリークが言っていたように。


「我は神に近き者、神の御業を真似る者。その祝福をもって、新たなる命を与えん――『神の真似事(デミ・ゴッドブレス)』」


 恥ずかしいからと遠慮してたけど、実際適当な文言でも効果はあるものだ。魔法名詠唱だけでなく、こうして文言を唱えると確かに呪文が楽に進んでくれる。恥ずかしいけど。


 おれとホリークから魔力がごっそり抜けて、マスラステラの足元に書かれた陣が強く光りだす。夜空に燦然と輝く光の柱はマスラステラの体を飲み込み、夜の竜をベールで覆ってしまった。

 急激な魔力消費のせいで虚脱感に襲われるが、ホリークに体重を預けることで何とか立つことができた。ホリークも同じ状況だろうに、その眼光に陰りは見られない。


「姫さんを支えるのがおれの役目だからな。もっとも、帰りはさすがにブレズあたりにおぶってもらってくれ、肉体労働は専門外だ」


 まばゆい光の奔流を前にしては、星々もかすんでしまうというもの。しかし、おれをとらえて離さない猛禽類の目が、忠誠心と慈愛に満ちたその眼光は圧倒的な輝きの中でさえ煌いて見える。

 薄く笑って、精いっぱいの虚勢を張って。虚勢まみれの体だけど、意地で張ってきた虚勢がどんどんおれになじんでいくのがわかる。感謝を表する柔らかな笑みが、その成果としてホリークに注がれた。


 ほとばしる光はやがて収束し、夜の静けさへ主導権を明け渡していく。時間帯を錯覚させてしまいそうな光源が薄れていくと、残ったのは廃墟同然の屋敷と広がった焼け野原。


 そして、氷の花の中心で横たわる、夜色の竜。


 透明な花弁にくるまれている体は先ほどとは違い人の形を模したもの。名を象徴する濃い藍の色にちりばめられた星は変わってはいないが、その姿は間違いなく人型になっている。


「ス……テラ……?」


 信じられないものを見たように、ハイエナが呆然とつぶやきをこぼす。眼前の光景が現実だと確かめたくて、それだけを原動力にふらふらと足を進ませる。

 氷の花はすでに役目を終え、ハイエナが足を進ませるたびに透明な破片をきらきらと巻き上げる。途方もない大きさだった氷花はさらさらと崩れ、煌く砂となって溶けるまでの刹那をハイエナの花道となってくれる。

 それは星を敷き詰めた原のようで、戦闘の傷跡を残す退廃的な光景を幻想的に彩っていく。中心へと向かうハイエナはもちろんそんなこと気にも留めていないだろうが、その祝福は確かに、彼ら親子に注がれていた。


「ステラ……ステラっ!」


 距離を詰めていく二人を見て、おれは安どのため息を吐いた。すでに魔力が枯渇した身であり、ホリークが支えてくれている。

 さて、おれの役目はもう終わりだ。あとはみんなに任せよう。もう体が動かないんだ。


「お疲れ様です、姫様。身に余る慈悲をいただき、あのハイエナも感涙にむせぶことでしょう」

「ああ、ヴァル……か。そっちもごくろうさま。監視はどうなった?」


 もはや首を回すのもおっくうになっているんだ、返事を返すだけにとどめさせてくれ。


「はい、監視は全員昏倒させました。レートビィの索敵に引っかかった輩、そのすべてを対処したと言っていいでしょう。しかし、気になることが……」

「なんだ……?」

「いえ、急を要することではないかと思いますので、できれば機会を改めさせていただけないでしょうか。今姫様に必要なことは暖かなベッドと紅茶でございましょう。一刻も早い復帰を望んでおりますゆえ、今宵は御身をいたわってください」

「悪いが、そうさせてもらおうかな……さすがに魔力を使いすぎた」


 天然の羽毛布団によしかかっているせいで瞼の落下が止められない。ホリークって抱き枕にするととてもいいのではないだろうか。抜け落ちた羽をいくらか譲ってくれないだろうか。浮ついた思考はとめどなくさまよい、気を抜くとすぐにでも寝入ってしまいそうだ。


 でも、まだ寝れない。ハイエナの価値観を変える一言を、おれのようにあの子と向き合うためのきっかけを見届けるまでは。


 ハイエナがようやく竜へと肉薄すると、その姿がよく見えることだろう。

 つややかなうろこに覆われた体に三対の翼。大きな体は元が巨体だからか。その生まれたての竜は体をゆっくりと起き上がらせ、竜は――ステラは目を開く。


「ステラ……?」


 星空を詰め込んだような眼にハイエナが映る。寝ぼけ眼をこすって彼が最初にしたことは、目の前の父へと笑いかけることだった。

 ステラは言う。ハイエナに、きっかけとなる一言を。


「――――お父さん」


 もはや言葉はいらない。ハイエナはステラを抱きしめる、強く、強く。

 肩を震わせながら抱きしめるハイエナがなぜ泣いているのかわからないようで、ステラのきれいな目に困惑が浮かんでいる。でも、ステラは嫌がるそぶりを見せず、ただだたハイエナに抱かれてうれしそうに笑う。


「ああ、よかった」


 ほっとおれの口から息が漏れる。あのハイエナに自分を重ねていたおれとしては、この結末を迎えられて本当によかった。


 ハッピーエンドを見届けてしまうと、もういいだろうと体が休息を求めて崩れ落ちていく。意識すら落ちていきそうで、みんなに迷惑をかけることになるだろう。


「ごめん……ちょっと寝る……」


 あのハイエナにステラがいるように、おれにはこいつらがいる。

 意識が途切れていくまでのわずかな時間、目線を動かせば飛び込んでくるおれの愛しい子たち。それはとても幸せなことだ。


 願わくば、他の子も見つかりますように。


 瞼の裏に見えた流れ星に願いを掲げて、おれの意識は眠りに落ちた。


****


 夢だと、おれは理解した。


 ハンテルとのことを思い出したからだろうか。連鎖的に、おれは元の世界のことを思いだしていた。


 おれがNPC作りに没頭したのは、そうだ、最初は友達に貸し出そうと思ったからだった。


 ネットの世界では時間帯の合わない友人も多数いる。もはや名前すら忘れた友人に頼まれて作り出したのがきっかけだったはずだ。


 とても喜ばれた。それがとてもうれしかった。


 漫然と大学には通っていたけれど、これといったリア友もできず、将来も考えていない生活。単位は最低限だけ取って、あとはゲームで時間をつぶす毎日。

 わずかながらもらえる仕送りを切り詰めて、実質的には半分ニートみたいなことをしていた。


 環境と性格がかみ合った結果、おれは部屋に引きこもった。学生ですよ、みたいな顔をして、その実反社会的な生き物だ。


 だから、友人に喜ばれたとき、とてもうれしかった。


 ……なんでこんなこと今思い出したのかなあ。顔も思い出せないような友人のことなんて、もうどうでもいいのに。


 おれはひょっとしたら、人に飢えていたのかもしれない。ゲームに熱中して気づかなかっただけで、コミュニケーションというのにあこがれていたのかもしれない。


 ありがとうと言われたら、それだけで舞い上がってしまうくらいに単純な人間なんだ。


 コミュ障をこじらせすぎてはいるけれど、どうか、みんなと仲良くしていきたい。


 夢とうつつをさまよいながら、おれはぼんやりと考える。


 確かに見た目こそ人間ではないけれど、あいつらはおれと同じ人なのだから。


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