(番外編)酒池肉林の宴
「そういえば姫様はお酒をお召しになりませんね。遠慮されているだけでしたら、すぐにでも美酒をお持ちいたしますが?」
いつだったか、おれがニートの訓練をしているとヴァルがそう声をかけてきた。
そんなに暇そうに見えたのかな。見えたんだろうなあ。
お茶ばかり飲んでたから、そんな飲み物もあるなんてすっかり忘れていた。もともとお酒はあんまり飲まない方なので、飲むのが少し怖い。余計なことをべらべらしゃべってしまったら、取り返しのつかないことになるのではないだろうか。
だけど、たまにはいっぱいひっかけてみるのも悪くない。おれはうわばみではないけれど、人並みには飲めるほうだし。
そう考えると急にお酒が恋しくなってきた。あるとわかったとたん、体が求め始めたのだ。
「でしたら、すぐにでもご用意いたしましょう。名酒と誉れ高い逸品をすぐさま手配いたします。それと――」
なんだろう、おつまみのことかな。できればさきいかっぽいものがいいな。
完全に美少女だということを失念していたおれは、ヴァルの続きを静かに待つ。それがとんでもない爆弾だと知らずに、ビールかワインのどちらだろうかなんてちょっと浮足立ったままで。
「これは失礼を承知で進言いたしますが、下男はいかほど用意いたしましょう?」
「……ん?」
今なんて言った。下男? ちょっと待って何のために?
「姫様の退屈を紛らわせるために、全国からお口に合う下男を見繕います。つきましては、姫様の好みを教えていただけるとありがたいのですが」
「まーーーーって! 待って待ってステイ! ステイヒア!!」
なんでおれが男侍らせて喜ぶ痴女になってんの? そもそもおれの中身男だしね!?
「いえ、姫様をここにとどめているのは我らの願い故、退屈を持て余しているのならば何としても姫様にご満足いただける催し物をと愚考した次第です」
「そんな結論でおれが満足すると思ったの?!」
「ご安心を。必ずや満足いく人材を確保してまいります」
「そうじゃねえよ!」
ハードルを上げるための脅し文句のつもりでもなくて、本心から男なんて求めてないから!
「姫様の宴にはべる下男とくれば、おれより適任はいない!」
ここでどどんとめんどくさい奴が登場だ! お願いだから話がややこしくなる前に帰って。
虎は全身から自信をみなぎらせ、自分ことが最適だと信じて疑っていない。その自信はどこから来るんだよ。
「おれなら毛並みも抜群だし肉体美も申し分ない。さらには姫様への愛もあふれんばかりとくれば、おれこそが姫様付きの下男筆頭で文句はないだろう!」
文句しかねえよ。お前の騎士としてのプライドはどこに行った。
このままなし崩しに話が進めば、今晩のおれはハンテルをはべらせてお酒を飲むということか。いや、どこかから適当に呼んできた下男とやらが来るよりはましだろうけどさ!
中身男のおれに、そんな楽しみを求められても困るぞ。そもそも下男ってなにしに来るんだ。
「それはもちろん、姫様にお酌をしたり、姫様の前で芸を披露したり。あとは姫様の火照った体を冷ますためにそばで団扇を仰いだりする係だな」
思った以上に健全!! やっべえ、いかがわしい妄想してたのっておれだけ?!
「ご安心を、ハンテルが不埒なことをしでかそうものなら、すぐにでも首を狩り落とします」
「さすがにそれはおれも怒るぞヴァル。姫様の純潔をそぐような真似を、おれがするはずないだろう」
「確かに、少し言い過ぎた。許せ」
うわーうわー恥ずかしい。不埒な妄想をしてたのはおれの方じゃねえか。
でもじゃあなんで肉体美とか意味深なこと言ってたんだよ。紛らわしいわ。
「ふふふふ、おれの肉体美はもふもふ毛皮で完璧な質感を得ている。酔いが回った姫様を支えるのにおれ以上の適任はいないってわけだ。おれのことはソファだと思ってくれて構わないからな」
お前の肉体美の使い方それでいいの?! ねえ?!
でも、これはこれでいいか。変なことされるわけじゃなさそうだし、いや、こいつらがそんなことするわけもない。たまに勘違いして暴走はするけれど基本は良識あるやつらだ。
……だから、良識あるハンテルがすでに半裸だなんて間違いだよな。うわ、もっふもっふしてる。金持ちの家にある絨毯みたいだな。
「さあ姫様! このハンテル、姫様のために何でもいたしましょう! 具体的にはソファとかベッドとか椅子とか!」
お前のその使われたい願望何なの?! それを素面のおれに要求するのはちょっと拷問じゃない?!
健全なのか不健全なのかはわからんが、下男なんておれは別に必要としていない。それを理解してもらうのに、無駄な体力を使ってしまった。お酒を飲むなんて言うんじゃなかったなあ。
でも、ヴァルが持ってきてくれたお酒は予想以上においしかったので、やっぱり禁酒はやめよう。飲むとしても一人でちびちび。そうしよう。
余談だが、おれは酔うと記憶がなくなるタイプだったことを忘れていた。翌朝のハンテルが怖いくらい生き生きしてたので、絶対みんなの前では飲まないという誓いを固めたことをここに記しておく。




