(番外編)レートビィの王都探検
えへへーと僕はにんまり頬を緩めた。ウサギの耳もせわしなく揺れ、辺りの雑音を拾うのが楽しいと言っているようだ。人外を忌避する王都の人たちの目線も、今の僕には気にならない。
探索を得意とする身としては、こんな面白そうな場所、探検しないわけにはいかないよね。僕は早速『第三の瞳』によって使い魔の蝶々を生み出して、町中に飛ばしちゃう。この黒蝶が得た情報は僕にフィードバックされ、それによりダンジョンなどの探検がスムーズに進むというわけ。
「そーれっ!」
生み出された蝶たちがひらひらと舞って、町のマップ埋めに旅立っていく。家々の隙間、人気のない路地裏、警備が厳重な館。そのどれもが僕にとっては丸裸さ。探知用の魔法が張ってある場所はさすがに怒られそうだからいかないけれど、それ以外はばっちり把握しちゃうからね。
これで少しは姫様の役に立てるかな。僕はさらに頬を緩め、小さな尻尾をぴこぴこさせる。
僕はみんなの中で一番小さいから。どうしても子供扱いされちゃうんだ。僕だって姫様のお付の者として、恥ずかしくない能力を持ってるはずなんだけどね。
なので! こうして役に立ちますよってことをちゃんとみんなにわかってもらわないと。ヴァルの情報網を引き継いだのだってそれが目的なんだから。
よーし、早速情報屋さんとやらに突撃だ。姫様からお小遣いももらったし、いい情報を手に入れないと。
僕は軽快な足取りで町中を進む。蝶々が持って来てくれる情報で順調に王都の地図が脳内に描かれていき、後で姫様を案内できるくらいにはなってきた。
それにしても……僕の表情にわずかな陰りがさす。それにしても、みんな僕のことをすごい蔑んだ目をしてみるんだね。これが差別ってやつか。
僕の耳は見た目通りの性能を誇っている。だから、子供の癖にたいそうな弓だとか、弱そうとか、陰口のつもりでも全部拾っちゃう。
うーむ、みんな小さいころに人をバカにしてはいけませんって習わなかったのかな。そういうことを言うのは感心しないなあ僕。子供が真似したらどうするんだろう。教育によくないよ絶対。
さすがに慣れてきたし、最初みたいに姫様にすがることはないけれど、それでもあまりいい気分じゃない。でも、顔をきちんと上げて、胸を張って、僕だって姫様付きの従者なんだから。恥ずかしい恰好はしちゃダメだよね。
そんな風に自分を鼓舞していると、敏感な耳に小さな声が飛び込んできた。
「ねえ、やめとこうよ……」
ん、なんだろうと思って見てみると。人間の男の子が困ったように眉を下げていた。
その子はもう一人の男の子に何かを訴えているらしく、しきりに腕を引っ張って引きとめようとしている。だけど、明らかに体格のいい男の子はそれをはねのけ、眉を怒らせて吠える。
「危ないよ絶対。怖いケダモノがいたらどうするんだよ」
「それを確かめに行くんだろうが。ケダモノのたまり場なんて衛兵に教えるのは国民のギムってやつなんだぞ!」
うーん、ほら、こういう子に育っちゃう。こういうのが差別を助長しちゃうんだよね。
それに、僕も危ないと思うなあ。おそらく人外がたむろしてるところに突撃をかけようとしてるんだろうけど、それは誰も得しない気がする。
どうしたものかと思っていたら、その男の子たちと目が合ってしまった。
「おい、何見てるんだよケダモノが! ぶっとばされてえか!」
「っひ、ケダモノだ」
気弱そうな男の子が短い悲鳴を上げて、もう一人の背中に隠れてしまった。勝気な男の子は僕に敵対心を露わにして、威嚇するように叫んでいる。うーむ、どうしたものか。
喧嘩になっちゃうと弱い者いじめにしかならないんだよねえ。下手すると、この前やった盗賊の首領みたいにミンチにしちゃいそうだから、おとなしく逃げたほうがいいかな。
あの子たちが危険な目に遭わないことを祈りつつ、一足飛びでその場を後にする。すでにこのあたりの地理を把握した僕にとって、鬼ごっこでは無敗の強さを誇るようになった。
人の気配がしない場所まで来て、しんみりとため息。本当なら僕もその探検に加わって一緒に遊びたいんだけど、悲しいかなそれは叶わぬ相談ってやつだね。むう、友達と一緒に遊びたいなあ。……あ、別に姫様のお供が嫌だってわけじゃないからね。
それに、僕だって立派な従者だ、遊びよりも使命を優先すべきなのはわかってる。子供扱いされないように、しっかりと任務を果たさないと。
おっと、そうこうしているうちに蝶々のマップ埋めが終わったぞ。ふむふむ、やっぱり王都というだけあって、結構広いなあ。いろんなところを見て回りたかったけど、場数はこなせそうにないのがちょっと残念。
おとなしくヴァルから教えてもらった情報網でもたどるかな。確か、獣人種がこっそりくつろぐ秘密の場所があるんだっけか。秘密の場所、うーん、ときめく名前!
そうと決まれば全速前進! 僕は蝶々を纏わせたまま大きくぴょんと飛んで屋根の上に移動する。基本的身体能力がかなり強化されてる僕にとって、こんなのは朝飯前なのさ。
でも、一応誰かに見られると怒られちゃうかもしれないから……『かくれんぼ』発動! ヴァルみたいに完全隠密とまではいかないだろうけど、これで敵に見つかる確率はかなり下がったはず。心おきなく屋根から屋根へジャンプできるね。
一応僕だって盗賊職なんだから、隠密には長けてるつもり。それに、スキルに加えて装備品の効果もあるしね。
僕が着ているこのパーカーは周りの景色と同化して他の人の目を欺く代物なんだ。迷彩にたけた装備品で、隠密効果がかなり上がるんだ。
だから、誰にも見つからずに、目的の場所まで近づくことができるってわけ。
そこは路地裏のさらに奥。普通なら怖くて進めないであろうほど光から遠ざかっている道だ。でも、僕の嗅覚はごまかせない。ここからは秘密の臭いがぷんぷんしてるぞ。盗賊としての勘が、そう訴えているんだ。
一見して汚い路地裏だけど、人の出入りしている痕跡がわずかながらに見つけられる。地面の抉れ方から物の置き方、そういうのにだってきちんと痕は残るものだからね。
さて、目的の場所は見つけた。なら、後は入るだけだね。こっそり行くと不審に思われそうだから、堂々とお邪魔しよう。僕だって獣人種、邪険にはされないはずだ。
とてとてと路地裏を進む。多少道が悪くとも、なんのその。むしろ、この方が冒険っぽくて楽しい。入り組んだ道は一本道になっていて、道に迷わないように他の道は物でふさがっていた。これだけでも人為的を疑うに足りる証拠で、すごくわくわくしてきた。
秘密の会場にふさわしい道を行くと、うっすらと光が漏れてくる。おそらくここが出口だろうと浮足立って道を抜ける。一体この先には何があるんだろう。そう考えると、僕はとても楽しみになるんだ。
光の満ちる場所に飛びこむと、ひらけた場所が僕を迎えてくれた。
「ここかな」
見た感じは普通の広場だ。天井に開いた大穴――家と家の隙間から零れる光が照らす場所に、いくつかのベンチとテーブルが置かれている。おそらく手製であろうそれらはかなり不格好だったけど、きちんと手入れされているのがすぐに分かった。
嗅覚をくすぐるのは獣の臭いと酒の匂い。なるほど、ここは娯楽に飢えた獣人たちのたまり場なのだろうと察しがついた。確かにこの町において、人の目のあるところでゆっくりお酒を飲むのが難しいなんて想像に難くない。
「こりゃまたちっこいお客さんだ。悪いが坊やに酒は出せねえぞ」
ちょうど日陰になるところにカウンターがあり、そこにいた狼のおじさんが僕に声をかけてくれた。ヴァルよりくたびれて見えるのは、灰色の毛皮がぼさぼさなのと着ているシャツがよれているからなんだろうな。あと、背筋がちょっとまがっている。
でも、ヴァルより人のよさそうな笑みを浮かべているところを見ると、人柄の良さがうかがい知れる。というか、ヴァルはもうちょっと愛想を良くした方がいいと思うんだけどなあ。元がかっこいいから、笑うともっとかっこよくなると思うんだよ!
「坊やは何しに来たんだ? その身なりから、召使いってわけじゃなさそうだが」
「冒険者だよ。ここには、情報を買いに来たんだ」
「ほー、すごいなその歳で」
なんというか、その、僕は褒められるのに弱いので、お世辞だってわかってても頬が緩んじゃうんだ。子供っぽいから嫌なんだけど、あんまり治らないんだよー。
うう、ブレズみたいに尻尾が長くなくてよかった。ぶんぶん振っちゃうのって大人っぽくないよね。
「情報だったら『影猫』に聞いてみな。今日はまだ来てねえが、夜になったら来るはずさ。坊主とはいい話し相手になると思うぞ」
「情報屋さんかあ」
うんうん、冒険者って感じだね。こう、扉越しに顔を見ることなくお金と情報をやり取りとかするんでしょ。知ってるよ、本で見たもん。かっこいいなあ。
姫様の会議が終わったらヴァルから『思考伝達』が飛んでくる手はずになってる。なので、せっかく見つけた秘密の場所を、もーっと堪能しちゃいましょう。
僕はカウンター席に腰かけ、姫様からもらったお小遣いを取り出した。
「マスター、お勧めを」
なんて少し気取ってみると、目の前に白い液体が入ったコップが置かれた。さらさらした液体は甘く豊潤な香りで、思わず口の中が唾液で満たされちゃう。
「はいよ、今日取れた果実から絞ったフリムベリーのジュースだ」
「フリムベリー?」
「おう、ここらで取れる果物でな、小さな粒が集まって大きな球体を作るんだ。皮は赤いが果汁は白い。綺麗な毛皮を持つ坊主にはぴったりだろ」
「ほー、そうなんだ」
「にしても、フリムベリーを知らないってことは、ここら辺に来たのは初めてか?」
「そうそう、王都に来たのも初めてだよ」
そういうと、狼のおじちゃんは悲しそうに目を伏せる。あれ、僕なにか悪いこと言ったかな。
「そうか、そりゃ災難だな。こんな町じゃおちおち出歩けもしねえだろ。前まではそんなことなかったんだけどなあ。子供が遊べない町ほど窮屈な町もねえさ」
どうやらおじさんによると、この国で人外への差別が始まったのはここ最近のことらしい。いや、最近とはいってもおじちゃんが生まれる前ではあるようだけど。
「急に巷で獣人は悪だとかなんだとか流行りだしてな。まあ、近くに獣人が納める大国『ビストマルト』があるんだ、しょうがないとも思うがね。坊やたちもそこから来たんだろ? じゃなきゃまともな装備品なんて持ってるわけないからな」
うんともいいえとも言えなくて、あいまいに笑って流すことにさせてください。ジュースに口をつけて、上目遣いでおじさんの話を促そう。
あ、おいしいこれ。帰ったらみんなにも教えてあげなきゃ。
「どうやら口にあったみたいだな。遠慮せずに飲むといい」
狼のおじさんはにこにこ笑いながら尻尾を大きく振った。本当に人がいいんだなあと、僕はこのおじさんのことが好きになってきた。今度、みんなを連れてきたらどうかな。
甘いジュースに上機嫌になっていると、お酒を飲んでいたほかの獣人たちも興味を引かれて集まってきた。やっぱり、僕みたいな小さい子が冒険者をやってるのは珍しいらしく、身の丈より大きい弓を見ながらどうやって使うのかとかいろいろ聞かれていく。
「なあ坊主、やっぱしいろんなところを歩いてきたんだよな。ここから『ビストマルト』まで安全に行くにはどうしたらいい?」
なんて聞かれても答えられないので、どうしたものかと思っていたら他の人が口をはさんでくる。
「なんだ、お前あの国へ行くのか?」
「ああ、もうこんな町にいられねえよ。あそこなら普通に暮らせるはずだしな」
「でも、あそこは今軍備拡大中って噂だろ。いつ戦争になるかわからん」
「だからだよ。今ならすぐに入隊できるし、食い扶持には困らねえ」
銘々にしゃべり始めて僕の頭は大混乱。でも、少しでも情報を拾おうと一生懸命長い耳を動かした。酔っているということもあって、思いのほかみんなの口が軽い。日ごろたまっているうっぷんも拍車をかけ、この町への恨み言が止まらない。
そうこうしているうちに、そのうちの一人がおじちゃんに話しかけた。
「なあ、あんたもいつまでもここでマスターなんてできないだろ。一緒に行こうぜ、あんたの腕なら用心棒でも食っていけるだろうに」
んえ? このおじさん、ひょっとして元冒険者とかなのかな。興味に輝いた眼を向けると、おじちゃんは照れ臭そうにほほをかいた。
「今はだいぶ衰えてるよ。昔は結構やんちゃをしたけどね」
「おう坊主、んなこと言ってるがやんちゃなんてもんじゃねえぞ。何かあるとすぐご自慢の銃を抜いてぶっ放してたんだ。今こんな落ち着いてるのが不思議なくらいとがってたんだからな」
「お恥ずかしい。あの頃は自分が最強だと疑ってなかったからね。銃を抜ければ誰だっていうことを聞くと信じてたんだ」
ああ、それで腰に銃をぶら下げてたんだね。
ジュースを半分くらいまで堪能して話しかけると、おじさんは驚いたように目を丸くする。
「すごいな、気づいてたのかい。客を不安にさせないように隠してたつもりだったんだけど。冒険者っていうのも頷ける目利きだね。これは、まあ、昔からの癖で、相棒をそばに置きたいからかな。手入れもきちんとしてるしね」
そう言うと、おじさんは遠くを望むように眼を細めた。隠すこともなくなったとばかりに腰にぶら下げた銃をなでる。その手つきは、確かにいとおしさに満ちていた。
「今じゃこんな町だけど、私はここが好きでね。困った弟子もいることだし、ここを離れる気はないんだよ」
おじさんは本当にこの町が好きなんだな。だから、腕利きの冒険者だったのにいまだここに住み着いているのか。なんだかいいなそういうの。ふるさとってこういうところを言うんだろうな。僕にとっては……姫様の隣かな。
別にさみしくなったとかじゃないんだけど、なんだか無性にみんなのところに帰りたくなっちゃったな……。真っ白なジュースを飲みほして、空のコップを見つめながらしんみりしちゃう。
そんな時だ。
一発の銃声がこの空気をぶち壊したのは。
聞き間違えるはずもない破裂音が響き、あたりに緊張が走る。幸いその銃弾は誰にも当たらなかったけど、この場にいたみんなを怯えさせるには十分だった。
僕はすぐさま弓を構えて音のする方をにらみつける。よどみない動作で弓が組まれ、魔力を固めて矢を作る。
明らかに敵意のある攻撃だ。本来なら、僕は問答無用で対象を射抜くべきだったんだろう。でも、それを受けて僕が弓を放たなかったのはほかでもない。
――銃を持っていたのは子供だったのだ。
それは他でもない、さっき見かけた子供たち。探検すると息巻いていたあの子供じゃないか。
「あ、あぶないよ。当たったら大けがしちゃうよ」
「いいんだよ! けだものは殺していいって、父ちゃんが言ってた!」
弱気な子は勝気な子の背中に隠れたまま現状を直視できずに怯えているだけ。しかし、その勝気な子にしたって銃を撃った反動で手がガタガタ震えている。表情だけは整えているが、二発目を撃ったら倒れてしまいそうだ。
これはまずいぞ。僕はあたりに満ちていく憤怒に肝を冷やした。
さっきまで和気あいあいとしていた獣人のみんなが、今や怒り心頭といった顔つきで牙を光らせている。殺されかけた手前、あんなことを言われたら無理もないのだけど、それをあんな小さい子にぶつけたら殺人が起きちゃうよ。
誰かが怒りに任せて飛び出す前に、僕の口から言葉を投げかける。
「そんな危ないものを人に向けちゃダメだって教わらなかったの?」
「お前らは人じぇねえだろ! こんなところで隠れていやがって。おとなしくしてろよ、今、衛兵を呼んでくるからな」
なるほど、これは教育が悪かったとしか言いようがないね。
もしこの場に衛兵を呼ばれたら、秘密の場所が壊されてしまう。肩身の狭い思いをしてる獣人たちの憩いの場所がなくなってしまったら、みんなきっと悲しむよ。
人に対する恨みつらみがたまっているみんなに任せたら流血沙汰は免れない。だから、僕がやらないと。
「わかった。なら、君のほうこそおとなしくして。君が銃を撃つより、僕が射るほうが早い」
「嘘つけ! そんな古臭い武器が銃より早いわけないだろうが。ほら、お前戻って衛兵を呼んで来いよ」
「うん、わ、かったよ……」
おとなしい子が踵を返し、来た道を戻っていく。やばいなあ。でも、僕は今みんなを抑えるのに必死なんだ。僕とあの子で硬直状態を作ってるからなんとか場がもってるだけで、どちらかが撃てばすぐにあの子は血祭だ。獣人は人より身体能力が高いから、きっと時間もかからず臓物をぶちまけちゃうだろうね。
なら、僕は矢を作っている魔力を変質させる。穿つものから打つものへ。貫通属性を無くした殴打武器へ。
こうやって状況に対応した矢が作れるのは弓の特権だ。銃は弾丸の種類と銃身に施された魔法塗装の範囲でしか切り替えができないからね。
見る限り、あの子の銃は弾丸の威力向上機能しか持ってない安物だ。属性付加もなければ、種族特攻もない。あの程度ならホリークに頼めばすぐ作ってもらえそうなくらいで、もし当たったとしてもそこまでのダメージは負わないだろう。
素早くあの子を無力化し、奥へ行った子供を追いかける。これしかない。
だけど、僕が弓を放つより早く、またも銃声が鳴り響く。
僕の後ろから聞こえた銃声は寸分の狂いもなく幼子がもっていた銃へと当たり、小さな手から弾き飛ばされた。
素晴らしいまでの精度。僕が感心しながら後ろを振り向くと、マスターのおじちゃんが鋭い眼光を放っていた。その手には硝煙を上げる銃が握られており、一仕事終えた銃が満足げに煙をくゆらせている。
「そんな危ないことをするもんじゃないよ。おとなしく家に帰るんだ」
きちんと手入れされていたであろう銃を構えたまま、おじさんは言う。寄る辺を失ってしまった人の子は不安を眼窩にあふれさせ、今にも喉から悲痛な叫びが飛び出してきそうだ。
おじさんは落ち着いた声音をあたりにしみこませる。それは、この秘密の場所を守るにふさわしい大人の声だ。
「みんなも、どうか私に免じて許してあげてほしい。子供のいたずらじゃないか」
いたずらにしては危険なものだったけど、彼にそう言われては反論するものもなく、みんなだんだんと尻尾を下げていくしかない。それにより場の雰囲気から角が取れていき、次第に害意が鳴りを潜めていく。
すごいなあと、僕は感心するばかりだ。さっきまでの温和な顔からの切り替え。それは間違いなく年を積み重ねた大人だからこそできること。誰も傷つけることなく場を収める機転と懐の深さは、しっかりした理性があってことなのだろう。
そんなおじさんは子供の方へつかつかと歩み寄り、笑みを浮かべて安心させようとする。腰を下ろして目線を合わせ、もう一段笑みを深めれば、子供の涙もそこで止まる。
「ここはおじさんの大事な仕事場なんだ。できたら秘密にしておいてくれないかな」
「でも……ケダモノが集まるとよくないことをするから、見つけ出してつぶさなきゃダメだって……」
「おじさんがそんなことをするように見えるかい?」
子供は無言で首を横に振る。大人から言われているよりもずっと優しいおじさんの姿に、困惑すら浮かべて子供は答える。こうやって、自分の目で真実を確かめるのは大事だ。教えられていることだけじゃわからないことが、世界にはたくさんあるんだから。
さて、僕はどうしようか。弓を構えたままの僕は今後どうしようか考えあぐねていた。
このままいけばこの事態は収まるのだろう。でも、その結末は僕の好みじゃない。
だから、声をかける。おじさんを超えて、子供の後ろ。新しくやってきた人へと。
「銃を下ろして。今すぐ」
それは僕以外には気づかれなかった人。薄暗い路地に同化するような黒を持つ豹の獣人が、子供へ銃を突き付けて立っていた。
その黒豹は鋭い金の目を光らせながら、薄く口角を上げる。
「ほう、俺に気づくとは、なかなかやる坊やじゃないか」
「『影猫』……どういうつもりだ」
おじさんがとがめるような声を出し、その人物へと問いかける。
隠密のスキルで暗殺しようとしていたのだろう、黒いコートを着た影猫は凶悪な笑みを浮かべて銃を握る手に力をいれた。
「まったく、こんなバカなガキをかばうなんて人が良すぎるぜ。見られた以上殺すしかない、そうだろ? じゃなきゃまた俺らは居場所を失うんだ」
「お前に子供を殺せるとは思えんがな、先に逃げたもう一人の子供はどうした?」
「ああ、あいつなら俺の兄弟がどっかに連れて行ったよ。どうするかは今後の相談次第ってことかな」
子供が目を見開いて嘆きを映し出す。最悪な想像で描かれた未来は、子供のまなざしから笑みを奪い取る。
状況は圧倒的に不利ってところかな。銃から手を放したおじさんが少しでも不審なそぶりをすればあの子は撃たれてしまうだろう。
だとすると、やっぱり今動けるのは弓を構えている僕だけってことだ。
なので、弓の照準を影猫のおじさんに合わせ、銃を下ろしてもらうようにお願いする。
「弓矢か、こりゃまた懐かしい武器だな。さっき坊主は銃より早いとか言っていたが、脅し文句にしちゃ落第点だな」
「僕は嘘をついてるわけじゃないよ。今だって、おじちゃんが撃つより早くその腕を吹き飛ばせるからね」
「おお、怖い怖い。……おじちゃんってできればやめてくんねえ?」
「じゃあ、お兄さん」
「おし、交渉成立だ。素直なガキは好きだぞ俺は。そこの生意気なガキよりずっといい」
ニヒルに口角を上げてくれるけど、銃を下ろす気はないらしい。僕の方が早いって言ってるんだけどなあ。どうにも信じてくれないみたいだ。そんなに弓矢って信用ない武器だっけ。
「もう、本当に僕の方が早いんだってば。銃なんて機体性能によるところが大きいし、あんまり応用も効かない武器じゃないか」
「でも、誰にだって使える武器だろ。こうして引き金をひくだけで、ガキの頭をふっとばせる」
「ううぅ、そりゃ使いやすさでは負けるけどさ。応用力なら負けてないんだよ」
銃は弾に直接触れてないからあらかじめ込めた魔法しか使えないし、弾に魔力を注ごうとしても銃自体の魔力伝導効率によってロスが生まれるんだよ。だから、誰にでも使いやすい反面、極めるのはすごく難しいんだ。
あれーそんなに弓矢って扱いが悪い武器じゃないんだけどなあ。でも、この場で弓を使うのって僕だけじゃないか。人気もないのかあ。
「あーわかったわかった。んな顔するな。だったらこうしよう、今から少しだけ時間をやる。お前が俺の兄弟を見つけ出せたら二人とも無事に帰してやるよ。ここのことは誰にも言わないって約束させてからな」
「お前にしては甘いな」
「俺だって好き好んで嫌われたくないってことだ。ここは俺も気に入ってるからな。それに――」
影猫のお兄さんは僕を見て、色気を多分に含んだウインクをした。
「『お兄さん』は素直なガキに弱いんだよ」
ただし、と影猫のお兄さんは続ける。
「もし見つけられなかった場合は殺す。マスターが止めても駄目だぜ」
「ああわかってる。お前にしては十分な譲歩だ」
「わかってくれてどうも」
ふむ、む? 結局のところ、お兄さんの仲間を捕まえることができたら僕らの勝ちってことかな。鬼ごっこだね。
僕はそれを理解して、首を傾げた。だって、それは、ものすごく。
「えっと、そんなことでいいの?」
簡単なことだから。
僕にその難しさがわかってないと思われたんだろう。影猫のおじさんは尻尾をくねらせてどう言ったものか考えあぐねているようだ。
その考えを受け継いで、狼のおじちゃんが僕に告げる。
「『影猫』は双子の情報屋でね。双子間限定で魔道具なしの『思考伝達』が使えるなど、結束力の高さで情報を集めるんだ。それに二人ともかなりの手練れだ。諜報スキルと隠密スキルを併せ持ち、捕まえるのは至難の業なんだよ」
「そうそう、そんなところだ。ちなみに、アクバーの方に聞いたらもう了解はもらってるぜ。今から隠れるってよ」
「なんだお前はデクサーの方か。アクバーに言っといてくれ、子供に傷つけたら次回から割高にするってな」
「はいはい、俺には関係ないし」
ふむ、なるほど。情報屋さんだけあって、隠密が得意なんだねやっぱり。
まあ、さすがにそんなことは想定の範囲内なんだけどね。
「というわけだ、今からこの場にいる全員を駆り出さないと難しいんじゃねえかな。その間、俺はここで一服させてもらうぜ。ゲームの主催をねぎらって、酒の一杯くらい、おごってくれるだ……なんだこれ、蝶?」
ひらりと、黒い蝶が舞い降りる。
ひらりと、黒い蝶が集まってくる。
それは異様な光景だろう。何十という黒蝶が白いうさぎの少年に集まってくるのだから。
姫様が設定した僕の使い魔たちは優雅な羽ばたきでひらひらと秘密の場所を彩っていく。
「と、『第三の瞳』……! それもこんなに多く……まじかよ」
影猫のお兄さんが呆然とつぶやく。みんなもそうだ。たくさん集まってきた蝶に目を奪われている。
蝶がささやく。見つけた、見つけた、って。頭の中で埋めたマップに対象が描き出される。
「ねえ、お兄さん」
「……なんだよ」
影猫のお兄さんは引きつった声で僕に聞き返す。僕はそれを満面の笑みで受け取って、弓矢を構えなおす。
「弓矢にだって、いいところはたくさんあるんだよ」
構えるのは高く高く。天井の大穴めがけて弓を向ける。
風の加護に射程増強スキルをブースト。対象の動きは蝶によって読まれている。それを少しだけ先読みして、照準をずらす。
「おいおいおい……まじか。まじで言ってんのか?」
キリキリと弦がきしみ、力を蓄えていく。狙いは定めた。いざ。
風を纏う矢をそっと放してやると、抜けるような音とともに風が舞う。蝶も気流に乗ってはじかれてしまったが、僕の矢が今、空に向けて放たれた。
矢はぐんぐん上がり、放物線を描いて落ちていく。黒豹の頭の上へ、寸分の狂いもなく。
やがて、『思考伝達』が途絶えたことで撃沈したことを知ったのだろう、影猫のお兄さんは信じられないものを見る目で僕を見た。それは成功の合図であると同時に、このゲームがすぐさま終わってしまったことをしめす合図だ。
みんなあっけにとられてしまっていて、僕としては誇らしいような恥ずかしいような気持ちだ。ちょっと弓矢のいいところを見せようと思って演出過剰にしちゃったけど、そこまで驚かれると照れちゃうな。
でも、えへんと胸を張ろう。これは銃じゃ絶対にできない技だもんね。これで少しでも弓矢の地位向上に役立てればうれしいな。
さあ、あとは捕まえるだけ。言ったよね、鬼ごっこはもう負けなしになったって。
僕だって、姫様の立派な従者なんだから。




