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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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日本のとある暗い部屋で

 薄暗い部屋にモニターの明かりだけかさみしく点灯している。友達なんてめったに来ないおれの部屋は、日々の生活レベルがうかがい知れるほどの乱雑さに満ちていて、足の踏み場もないほどに汚れていた。

 なんで急にこんなことを思い出したのかわからないが、そこは確かにおれの部屋で、いつも通り『コーデクリスタMMORPG』に没頭していた。食い入るように画面を見つめ、ひたすら強いNPC作りに精を出しているようだ。

 画面の中の美少女とは程遠いむさくるしく不健康な見た目は、人との関わりを放棄した結果なのだろう。今にして思うと、恥ずかしいほどの黒歴史だ。

 生活に必要な最低限をこなす以外の時間を惜しむように、ただただゲームの世界に没入する。この世界に飛ばされる前のおれの生活。廃人と呼ばれる、反社会生物の生態だ。


「あーくっそ、失敗か。このごみども、性能はいいんだからきちんと働けよな。おれが作ったんだぞ」


 高難易度ダンジョンの踏破に失敗し、おれはイラつきを隠すことなくぶちまける。精根込めて作ったNPCをごみよばわりし、求める成果を出さなければ価値などないと思っていた。

 だって、たかだかゲームのキャラクターだ。おれが作り、おれのために働く、プログラムの集合体にすぎないんだ。

 このときは、確かにそう思っていた。


「ん? なんだこれ。新しいお知らせ……?」


 ぴょこんとお知らせと書かれたアイコンが光り、読んでほしいとせがみ始めた。こうしてメニュー画面があることに、今ではこっちの方が慣れない感覚がする。

 失敗のお知らせを受けて不満を募らせていたおれは、大人げなくマウスを乱暴にクリックした。


「あーなになに、アップデートのお知らせ、NPCキャラの会話セリフ追加しました? はあ、なんだよこれ。こんなのいいから銃の性能を見直してくれよ。なんだよ魔力伝導効率って、そんなのファンタジーなんだから適当でいいじゃん。ってうわ、今からかよ。なんで事前告知とかないんだよ。職務怠慢か?」


 すべてに文句を言いたいのだろう。おれはぐちぐち文句を垂れながらお知らせを読み込んでいく。こんなことのためにアプデを待たなければならないなんて、時間の無駄だと思っていたんだ。

 しかし、ゲームからアプデしろと言われれば従うしかない。おれはしぶしぶゲームを落とし、その間に仮眠をとることにした。

 アプデ終了時間に合わせた目覚ましに起こされ、死なない程度の睡眠から復活する。すぐさまゲームを立ち上げると、真っ先におれを出迎えたのは見慣れない言葉だった。


『おう、おかえり! これから一緒に冒険しようぜ!』


 誰だこいつは、って目が点になったけど、よく見ると『ブレグリズ』と名前が表示されているではないか。確かに、おれの真っ白なアバターの近くには、いかつい竜騎士が立っていた。


「はあ?」


 これが追加された会話セリフか。なんだこれ。

 仮眠をとったことで怒りが和らいでいたこともあり、頭を占めたのは困惑の文字だけだ。

 これがブレグリズ? おれはこんなキャラを想定して作ったわけじゃないんだが。

 ブレグリズはもっと、こう、落ちついた騎士のはずだ。騎士道と忠誠心にあふれ、高潔を貫く武人。少なくとも、おう、なんて呼びかけは絶対にしない。するとしたら……ハンテルかな。


 どうやら設定で口調をいろいろ変えられるようだ。それに気づいたおれは何となく設定をいじる。


『貴方様の騎士、ブレグリズ。ただいま参上しました』


 そうそう、こんな感じ。おれの思うブレグリズはこうなんだよな。

 なんのきなしに、寝ぼけ眼を引きずったまま、虎の騎士を選ぶ。新しい機能ということもあって、さっき自分で言ってた文句なんてかすむくらい興味が出ていたのだ。


 さっきの口調はどっちかというとハンテル向きだよな。

 ということで、初期設定の口調をそのままハンテルに適応する。


『おう、よろしくな姫様』


 うん、やっぱりハンテルの方がしっくりくるな。

 画面の中の騎士は口調を反映させたように人懐っこい表情を浮かべ――こちらを振り向いた気がした。


「え?」


 そんなことあるわけない。ゲームのキャラだぞ。決められた動作以外できるわけないだろうが。少なくとも、こっちを向くようなモーションがあるなんておれは知らないぞ。

 だから、まだ寝ぼけているんだ。そうに決まっている。


 瞬きすると、虎の騎士はもうおれのアバターの方に向き直っていた。そりゃそうだよな。

 ……あれ、なんだこれ。

 どうやらハンテルは何か喋っていたようだ。チャット欄にハンテルの名前で文字が入力されている。なるほど、勝手にしゃべりもするのか、この新機能は。さっきの錯覚の時に言っていたということは、この言葉はおれに向けたもの……んなわけないか。


 そう思ってしまったのは、その言葉はハンテルにこそふさわしく、まるで意思を持ったかのように感じられたからで。

 気が付くと、おれは全部のキャラの口調設定をいじっていた。いらないなんて思っていたのが嘘のように、鬼気迫る勢いですべて書き換えた。

 ああ、そうだ。この時からだ。この時から、おれはこいつらに愛着を持ち始めたんだ。


 ハンテルがおれに向けた言葉は、今でも鮮明に思い出せる。


 そう――


『姫様はおれが守ります』


****


 光を遮るのは黄色い毛皮に茶色の縞模様。大きな体を軽装で固めているが、誰よりも守備力の高いわれらが守備隊長。

 ハンテルが、おれの前に立っていた。


「ハンテル……」

「お怪我はありませんか、姫様」


 盾の一つを前に出し、星をはじいたハンテルは恭しく問うてきた。いつもより低い声音はそれだけ真剣だということなんだろう。普段はおちゃらけている表情は、凛と研ぎ澄まされた気迫に満ちていて、切り取ってみるとまるで別人のようだった。


 本来ならお礼を言うべき場面であることぐらいは十分承知しているさ。おれはこいつのおかげで助かったんだからな。

 だけど、なぜ、なぜこいつは。


「なんでおれを抱きしめてるんだ、ハンテル?」

「そりゃ、ここが一番安全だからですよ」


 しれっと大型肉食獣は言いながら、さらに星々を盾で撃ち落としていく。喉を鳴らしながら言ってるせいで、かっこよさが半分くらいに落ち込んでるぞ。

 安全なのは否定しないが、おれの男としての本能が受け入れられないと叫んでるんだよなあ。

 男というか大きな猫なんだが、それでもオスはオスだ。全身もふもふしてて暖かくてふわふわだけど、オスなのだ。


「ハンテルううぅうぅっ!」


 猛ダッシュで駆け寄ってきたブレズがその勢いのまま飛び蹴りをハンテルへとかます。これにはさすがの守備隊長といえど、ぶべらっ! と奇声をあげながら地面をスライディングして流れて行ってしまった。

 ハンテルととって変わったブレズだったが、そのあとにおれの肩を抱き寄せ目を怒らせる。って今度はお前か。


「貴様っ! どさくさに紛れてなんと不埒なっ! 騎士として恥を知れ、恥を!」

「いてぇ……そういうブレズはどうなんだよ……」

「…………っは!」


 ほほを地面にこすりつけたままのハンテルの指摘により、ようやく自分の態勢に気づいたブレグリズ。顔を真っ青にしたかと思うと、すぐさまその場で土下座し始めた。

 うん、いまそんなことしてる場合じゃないよね。


「申し訳ありません! 許可もなく触れるなど何たる不心得者か、いかなる罰をも受ける所存であります」

「いや、さすがに触れるぐらい別にどうでもいいんだけど……」


 おまえはおれをなんだと思ってるんだ。今度、不意打ち気味に手でも握ってみようか。卒倒するのでは、こいつ。


「……じゃれあいはほほえましいが、おれだけに働かせるのも申し訳ないと思ってほしいのだが?」


 ホリークの言う通り、今はマスラステラと交戦中なんだ。じゃれあいながらも迫る星々はハンテルが撃ち落としてくれているが、森が焼け野原になる前に、決めてしまった方がいいだろう。

 流れ星が降り注ぐ風景は離れてみると幻想的であろうが、渦中にいると爆撃されているような不快感しかない。やはり、ゲームで見るよりもずっと臨場感あふれる仕様に、文句の一つでも言ってやりたいくらいだ。


「くそっ、くそっ! どうしてだ、性能はいいはずなのに、私が……私が心血を注いで作ったんだぞ……!」


 歯を砕いてしまいそうなほど強く噛みしめ、ハイエナが地団駄を踏む。マスラステラに対する愛着なんてなく、憤怒と軽蔑を湛えて巨竜をにらみつける。

 その姿が――現実に唾を吐きかけるその行為があまりによく似ていたので、おれはさっきフラッシュバックしていた光景がここから来たのかと理解した。おれは、あのハイエナに過去の自分を重ねていたのだ。


「なるほどね……見ていて気持ちのいいものじゃないのは確かだ……」


 皮肉にゆがんだ口角は、自分自身に対しても向けられている。あんな無様に当たり散らしていたのか、おれは。あんな胡乱げな目つきで、あんな罵りを上げて。

 それは、なんて、悲しいことなんだろうか。


「全員、聞いてくれ」


 だとすると、ああ、そうだ、あいつが過去のおれだというのなら、あのハイエナに必要なものもわかっている。

 決して大きな声ではなかったが、ブレズらはきちんと耳を傾けてくれる。わがままだというのはわかっている。けど、おれにはもうあのハイエナを放っておくことはできなかった。


「あの竜とハイエナを生かして捕らえる。……頼めるか?」


 答えるのは迷いのない返答。きちんとそろえた声が三人分で。


『かしこまりました』


 彼らの顔が引き締まるのを感じる。さっきまであった、できるだけ生かして捕らえる、などというあいまいなものではない。『確実に』生け捕りにするという決意がそうさせているのだ。


 そうなると彼らの行動は早い。

 ホリークは魔力をねん出し、氷の花を全力で強化する。

 ブレズは星を掬うように動き、氷の花を守る。炎を出すと溶けてしまうと踏んだのか、極力抑えながらマスラステラ本体へ剣をおみまいしている。それをハンテルが補佐し、ブレズへの攻撃は完全に遮断する。


 流れるような作業でマスラステラを追い詰める。星空の体現者は痛む体に鞭を打ち、最後のあがきで抵抗していく。


 だが、本気を出したあいつら三人を相手取るには力不足だろう。油断を無くした彼らに勝てるものなど、この世界にはいないのかもしれない。そうおれは信じている。


 おれは彼らの活躍を見て、任せておけば安心だと結論付けると、ヒールをならして前へ進む。

 目指すのはハイエナの前。背筋を伸ばして決意に満ちた目でハイエナを穿つと、憎々し気な光が突き刺さった。空色の瞳に力を込めると、ハイエナの深くよどんだ目と拮抗する。


「お前の竜は、もうすぐ敗北する」

「そんなわけあるか! マスラステラだぞっ! 星空の支配者にして、最上級モンスター! それがまさか、こんな……こんな簡単に負けるわけがない! あれは他の雑魚とはできが違うんだ!」


 自分の作品に対する絶対の自信と、その自信にそぐわないものを見下す性根。ますますもって自分と重なってしまう。

 空虚な自信が裏打ちするものなんてあるはずもない。目を背けていても、現実は変わらないんだ。


「お前さ、本当はあの竜が好きなんだろ?」

「そんなことあるはずないだろう……! あいつらはただ復讐のために、死んだステラのために作っただけなんだ。この腐った世界を変えるために、それだけのために作ったんだ!」


 物のように扱う。とてもよく理解できる心情だ。だって、おれにとって彼らは物だったから。

 物から人に変えるには、簡単なきっかけさえあればいい。そう、ほんの一言で十分なんだ。その一言が、自覚を変えてくれる。本心に気づかせてくれる。


 竜の断末魔を背に、おれはハイエナを見据える。小柄な体にもかかわらず、ハイエナは気圧されたように一歩後ろへ下がる。

 どうやらマスラステラを封じるのはあと一歩というところだろう。それまでに、言いたいことを突き付けよう。


「なあ、一つ教えてくれ」


 おれの考えが正しければ、きっと、このハイエナはおれと同じ道に行けるはずだ。


「なんで、あの竜を選んだんだ?」


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