*星邪竜マスラステラ
その部屋は実験室のようで、床の中心に魔方陣が描かれておりいくつもの薬品の臭いが渦巻いている。鋭敏な嗅覚をもつヴァルが顔をしかめたのも無理はないことで、おれも鼻をつまみかけたのだから。美少女として思いとどまることには成功したが、あまり長くは嗅いでいたくない。
ここで魔物たちが作られていたのは明白なことで、いたるところに肉片と血が飛び散っている。その中心にいる男はくぼんだ目をこちらに向ける。
「なんの用だ同胞! この仕打ちは、この振る舞いは! 我らは志を同じくした友ではないのか!」
金色のたてがみを持ち、ぶち模様が目立つ毛皮。四足歩行だったのならハイエナと呼ばれる種族。擦り切れたローブを着こんだ体は細く、丸い耳をせわしなく動かしながら慟哭を露わにする。ハイエナはたてがみをくしゃくしゃとかきむしり、理解できないと驚愕を張り付けた。
ぎろりと、執念が宿った目が動く。痩せ細り肉をそいでまで得た妄念が、どす黒い思念となってまとわりついてくるようだ。
「世界を変えるには圧倒的な武力が必要なんだ! どうしてわからない! どうしてわからない! 我らを蔑み疎んだ人間に死を!」
泡を飛ばして叫ぶハイエナは世界の不条理を嘆き悲しんでいた。禁忌に手を染め得た軍勢で、人間に復習するつもりだったのだろう。この館に溜めこんだ戦力を考えるに、王都への進撃でも策略していたはずだ。
しかし、それはおれらが阻止する。
「なぜ! あの愚かしい風潮を知らぬわけではないだろう! どうして、耐えるだけしかしないんだ! それだけの力があれば、立ち上がり、目に物を見せることだってできるはずだ!」
ああ、その発言は正しいのだろう。いじめは、いじめられる側にも問題がある。それと似たような話だ。おれは嫌いだがね。
「ここであきらめたら、ステラは……あの子はどうなる! 無残に打ち捨てられたわが子の無念は誰が晴らす!」
「だが、これではお前らの死期を早めるだけだ。成功なんてするはずないから、やめておいた方がいい」
少なくとも、おれら相手に蹂躙されるような性能じゃ、到底無理な話だ。おれらを全員相手取り、打ち負かすほどじゃないと世界の改変など夢物語にすぎない。
これ以上は差別を助長させるだけでなく、人外に対する風当たりも強くなるだろう。最悪、いろんなところを追い出される。
「今ならまだ間に合う。逃げるというのなら、追いはしない」
「よろしいのですか、姫様?」
「おれらの役目は情報を持ちかえることだ。持ち帰っている間に犯人が逃げたとしても、それはしょうがないことだろう? なにせ、目立つようにあんな馬車を手配したのは向こうなんだから」
「確かに、それは向こうの落ち度でもありますな」
ヴァルがしてやったりと口角を歪める。人嫌いの執事はさしたる反論もなく、流れに身を任せることにしたようだ。
しかし、それで易々と引き下がれはしないのだろう。つぎ込んだ妄念は、執念は、中途半端を良しとできない。ハイエナは牙をギリリと鳴らし、眼窩に憤怒を詰め込んだ。
「どうあがいてもお前らは人の味方をするのだな! ならばしょうがない。私の最高傑作でお相手しよう!」
まあそうなるよね。ここ、完全なボス戦ムードだったし。そういうところはゲームっぽくなくていいんだけど。ほんとに、くそゲーだなあ。
おれのため息が放たれている間にも、魔方陣は輝きを増していく。その中からまず手が、紫色の鱗で覆われた手が伸びてきた。ふむ、召喚魔法というよりかは、転移魔法かな。あらかじめ待機させておいたモンスターを呼び寄せている、そんな感じか。
でも、手の大きさからいって、こんな部屋に収まるわけなさそうなんだけど……。
その予想は残念ながら的中し、続いて頭部が出てきた時には、天井を打ち破って竜の顔が現れた。この時点でどんなモンスターか想像できたけど、これ、絶対館は壊れるな。
案の定、全身が現れる頃には館は倒壊し、研究室付近の一角は完全に使い物にならなくなった。どうやらいつの間にか夜になっていたようで、紫煙くすぶる竜が夜の黒と星を背に堂々と翼を広げていく。
彩度の高い紫と紺色の夜空の組み合わせは、場違いながらも目を引くほどにあでやかだと思ってしまった。藤色に近い紫には星よりもきらめく光の粒がいくつもちりばめられていて、竜が動くたびにきらびやかな光が踊るように瞬いた。
「ふむ、『星邪竜マスラステラ』か。なかなかランクの高いモンスターを呼ぶものだ。いや、ところどころに別のモンスターの特徴が混じっていることから察するに、強制進化の代物か」
ホリークが冷静に分析しつつ、館より大きな竜を見上げる。紫の鱗には至る所に星を思わせるきらめきがあり、それが名前の由来となっている竜だ。六対の翼に長い首。そのきらびやかな目は至高の魔術道具になると言われているほどランクが高い生き物でもある。
その竜は星空へ咆哮する。力強いその声とは裏腹に、足元がおぼつかない。
まるで痛む体を引きずっているようだ。おそらく、魔法が不完全ゆえに、進化に耐え切れない部分が悲鳴を上げているのだろう。宇宙の石とも呼ばれる目に宿る光は、消えかけるろうそくの灯のようなはかなさがうかがえた。
「こいつはほかのできそこないとは違う! こいつがいれば、王都だって攻め落とせる!」
ハイエナが有頂天になるのも無理はないだろう。最上級モンスターはこの世界では天災扱いらしいからな。
だが、そのあくまでものを見るような眼が気に食わない。創造主として意にそぐわないものをごみと切り捨てるかのような態度に、おれの心がささくれ立つ。
同じ禁忌使いとして、まるで鏡を見ているかのような不快感がある。
そして、その不快感の正体をおれは理解している。
「なんだか泣いてるみたい……」
感情に敏いレートビィが悲しそうにぽつりと漏らす。確かに慟哭には胸を打つような悲哀があり、不完全な進化のせいできしむ体に耐えられないと叫んでいるようにも聞こえる。
体に異物を埋め込まれたままの状態は、さぞかし痛いことだろう。それでも、あの竜はハイエナの言うことを聞くようだ。
「しまった、もうこんな時間ではないか。早く宿に戻り、部屋の支度をせねば。ああ、あのくそ宿、姫様の料理を準備していないなどとぬかすなら皆殺しにしてくれるぞ」
ヴァル、ヴァル。あの、ちょっと空気読んで。確かにもう帰りたいけど、今そんなこと言える場面じゃないでしょ。
「姫様、時間が押しております。早急にあの愚物二匹を処理してもよろしいで――」
瞬間、マスラステラの口から放たれた光線が、おれらを焼き尽くそうと襲い掛かって来た。さすがにこのクラスともなればその威力は一入だな。
おそらく、並大抵の魔法ならこの時点で終わりなのだろう。最上級モンスターなんて、それこそランクSにふさわしい主役をはれそうだ。
だけど、それは普通なら、の話だ。
「ま、だからなんだって感じなんだけどな。はいはい『基本結界』」
ハンテルがひょいっと前に躍り出て、魔法を発動させて終わりだ。それだけで、極太レーザーのようなブレスは阻まれて消えていく。初級の基礎魔法でさえ、ハンテルのステータスなら鉄壁に等しい。歪な進化で生まれたモンスターの一撃なんて、つゆほども感じていないだろう。
言うまでもなく、それに驚いたのはハイエナだ。まさかあんな基礎魔法で防がれるとは思ってもいなかったに違いない。
だが、ハイエナは勘違いしている。今防いだのはマスラステラの通常攻撃に近いもの。おれの記憶が正しければ、マスラステラの特技はなかなかえげつないものだったはず。防げない特技ではないんだけど、できれば使われる前に倒してしまいたいところ。
「ねえねえ、姫様」
幼子が不振を含んだ声を上げる。レートビィは何かを警戒しているようなそぶりを見せながら、おれの裾をつかむ。その手に一匹の黒蝶が止まり、ほのかな光をもって警告とする。
「どうした?」
「うん、あのね……どうやら僕たち、誰かに見られてるみたい」
「人か?」
「人だね。魔法での監視ならハンテルにお願いすればシールドで遮断できるんだけど」
うーん、ここが異変の中心地であるなら、おれら以外にも監視を送るのは自然なことだ。事態が急変してしまった場足、即座に情報を伝達する必要があるしな。
ただ、それだとこのハイエナを逃がすのに不都合が生じる。こいつの恨みもわからなくはないし、なにより同じ禁忌使いとしていろいろ聞きたいこともある。それに、あのギルドのいうことに唯々諾々と従っていくのは癪に障るし。
なので、どうしようか。少しの間だけ、その監視の目を曇らせることができればいいんだけど。
「そういうことでしたら、私にお任せください」
隠密に絶対の自信を持つ狼が、恭しく一礼をしながら進言する。確かにヴァルなら監視に気づかれることなく無力化できる。
「かしこまりました。それではお前たち、くれぐれも姫様の身に粗相などないように」
残りのメンツにくぎを刺し、ふっとヴァルの姿が消えてしまう。これで監視の方は大丈夫だろう。レートビィは他に監視がいないか範囲を広げて探索してくれるようだ。漆黒の蝶が夜空を舞うと、マスラステラにとてもよく映えた。
さて、今度はそのマスラステラをどうにかする番か。星邪竜は夜の闇を背景にけたたましいうなり声をあげ、ハンテルの盾に殴りかかっていた。優雅な夜のうろこを持つわりにがっしりした四肢を持つこの竜は、機械的に眼前の異物を排除しようと何度もこぶしを振り上げている。
「あ、姫様話は終わったか? いやー、さすがに最上級モンスターともなると『基本結界』じゃ耐えきれなくてな。少し本気を出して『強化結界』ならいけるって感じだな」
いつも通りにへらと笑いながらも、ハンテルは油断なく盾を動かしていく。表情こそ締まりのない虎だが、こいつが油断なんてするはずもない。マスラステラの攻撃は、そのすべてに至るまでハンテルに防がれている。
「うーん、やっぱり不完全な竜だな。見た目ほど強くはないってところか。Aランク依頼よりかは歯ごたえあるけどよ、いい勝負となると無理だ。さてどうする姫様。こいつ、殺していいか?」
どうやら時間稼ぎのためにハンテルの盾と防御魔法だけで応戦していたらしく、ブレズとホリークが神妙な顔でこちらをうかがっている。おれが了承すれば、すぐさま彼らは飛び出していくのだろう。
「姫様の意のままに、望む結末をつかみ取りましょう」
「別に動かなくていいならおれとしてはその方が楽なんだけどな」
はあ、やっぱりおれが旗頭なんだよな。おれの選択に今後がかかってるとか毎回肩の荷が重いとしか言いようがない。
おれは絹糸のような髪をかき上げ、眼光に覚悟をこめる。しょうがない、これはもうこういうものなのだ。だったら、少しでも良い結末のために、無い知恵を絞るしかないだろう。
「……気になることがある、倒すだけにしてくれ」
間髪入れずに三つの声が上がる。まるで事前に打ち合わせたかと疑いたくなるほど、三つの声はきれいに重なった。
『かしこまりました』
三人が戦闘に意識を切り替えたせいで、あたりに漂う緊張の濃度が一気に濃くなった。低レベル帯で戦闘とも言えない戦闘ばかりこなしてきたおれらが、初めてまともに戦える相手を見つけたんだ。
さて、ここからいよいよ戦闘開始といこうじゃないか。
まず駆け出したのはブレグリズだ。重厚な鎧をものともせずに速度を出し、マスラステラへ向かっていく。構えた大剣からは炎が噴き出し、マントがたなびいて揺れる。
「それでは、この竜騎士ブレグリズ、まずは一太刀を失礼する。剣技『豪火剣斬』!」
炎熱を纏う渾身の一撃を放つスキル。範囲は広くないが、その分対象に確実な炎ダメージを与えるブレズの得意技だ。ゲームでもよくお世話になっていた。
大剣自身の攻撃力の高さに加え、ブレズの筋力とスキル威力が加味された一撃は相当なはずだ。殺すなという命令を受け手加減しているだろうけど、それでもローくらいならかすっただけで死にかねない。
ブレズの放った一撃はマスラステラのうろこを切り裂き、その隆々とした腹部に一筋の裂傷をつけた。致命的にならなかったが、マスラステラは傷口から紫色の血を流しながら苦痛にうなる。その血に赤が強いのは、やはり改造が未熟だからなのだろう。ゲームで手に入るマスラステラの血、『高貴な夜の血』はもっときれいな紺色だったはず。
「あー、あれじゃあ魔力触媒としては使えなさそうだなあ。あれがあればもうちょっとましなアイテムを作成できるのだけど」
残念そうにため息をつくホリークは、足元に複雑な魔方陣を描きながら魔力を練り上げている。魔法威力ブーストスキル『魔術方陣』で描かれた魔方陣はホリークの魔法をさらに強固なものにしていく。
発光する魔方陣とローブをはためかせる鷲の組み合わせは深淵さえも従える風格があり、暗鬱としながらもどこか畏敬を抱かせる魅力を醸し出す。
「離れた方がいいぞブレズ。お前まで閉じ込めたらせっかくの魔法をぶち壊されかねない」
「了解した。これより後退する」
マスラステラと殴り合いを繰り広げていたブレズが炎を撒きながら後ろに下がり、これで準備は整った。鷲の魔法使いは軽く息を吸い、高らかに詠唱を開始する。
「ま、ひと働きしますか。しめやかに夜は閉じ、遅々とした静謐で満たせ、ざわめきをこぼす星が流れ行く様を――『我は秘めやかな冷たき死人也』」
ホリークが魔法を唱えると足元が凍りはじめ、マスラステラまで伸びていく。そして、マスラステラまで氷がたどり着くと、まるで花が咲くように幾重にも重なった氷壁が広がり、巨大な星邪竜を囲むではないか。
氷系の移動妨害魔法ね。それも天級の。ダメージはもとより、あの頑強な氷の壁はなかなか壊れないはず。花のように氷が咲くことから、ゲームでも人気の高い魔法の一つだ。
あんな詠唱みたいなものを初めて聞いたが、あの文言でホリークの魔力が高まったのを見るに、あれも『魔術方陣』がもつ効果の一つなのだろうか。ゲームとは違い、ファンタジーの側面を強くしているようだ。おれは恥ずかしいのであんまり言いたくないけど。
氷の花にとらわれたマスラステラだが、やはり弱体化しているとはいえ最上級モンスター。全身をほの暗く光らせたかと思うと、氷壁に黒い光線を飛ばし始めた。三対の翼から放たれる光線は射程も威力も高くてなかなかに面倒な技だ。
「やはり、あんな巨体に手加減してもうまくいかないか。力加減が難しいものだな」
ホリークはくちばしの下に手を当て考え込むように言う。軌道をそれて氷花から漏れてきた光線をひょいとかわしながら、溶かされる氷の檻を眺めている。
このままいけば、もうすぐ氷は溶かされてしまうだろう。水滴を纏う氷花は枯れゆくように震え、花弁をしおれさせていく。
「ブレズがもう少し弱らせるのを待った方がよかったな。おかげでまだ働かねばならんか」
やれやれとかぶりを振るホリークだったが、そんな彼に驚愕そのものを固めたような声が投げられる。鷲が億劫そうに視線を動かすと、そこには瞳孔を揺らすハイエナがいた。
彼は自身の傑作があしらわれているという事実が信じられず、おぼつかない足腰で何とか立っているのが精いっぱいのようだ。
「なんだその魔法……そんなのは知らないっ! マスラステラを閉じ込めるほどの氷の魔法……知らない、私は……知らないっ!」
「ああ、そうか。確かに知らないだろうなこれは。ならちょうどいい、この魔法にはまだ続きがあってな。めったに見れるものじゃないだろうから見ていくといい」
そう、この魔法はまだ終わりじゃない。そのことにハイエナも気づいたのは、マスラステラの声に痛苦が混じり始めたころだ。
花が、閉じていく。
幾重にも花弁を散らせた花が、ゆっくりと、確実に閉じていく。マスラステラの巨体をも閉じ込めてしまうほどに大きな蕾へと、花は閉じていく。
「『我は秘めやかな冷たき死人也』はこうやって相手を閉じ込める魔法でな。対象の大きさによって消費魔力はかかるが、単体の動きを封じるならなかなか使い勝手のいい魔法だ。この花びらがかなり鋭利で、乱戦化でも回りの助けが受けにくいのもいいところでもある」
めんどくさそうな顔をしているものの、こんな大魔法をぶっ放せてご満悦のようだ。普段からは考えられない饒舌っぷりで、ハイエナに解説している。
それを聞くハイエナは、まるで異国の言葉でも聞いているんじゃないかと思うくらい呆然とした顔になり、閉じていく花を見ることしかできない。
「グオオオオオッ!」
巨体が暴れるたびに、花びらが切り傷を増やしてしまう。ブレズが残した大きな傷のほかに、小さな傷が何個も星邪竜をむしばんでいく。しかし、花びらも何枚かはがされてしまっており、閉じるのが先か破壊されるのが先か、趨勢はまだ、どちらに傾くかわからない。
そんな状況にしびれを切らしたのだろう、閉じていく花に抗うため、マスラステラの目がひときわ大きく輝いた。どんな星よりまばゆいその輝きを見て、おれの背筋を走るのは悪寒。考えるよりも早く、口は言葉を紡いでいた。
「やばい、マスラステラの必殺技だ。みんな、気を付けろっ!」
言うが早いか、マスラステラの三対の羽が黒く染まっていく。
いや、黒ではない。それはまるで天体を凝縮したような闇に、いくつもの光の粒が浮かんでいる。小宇宙、そう冠すのがふさわしいきらめきを羽に宿し、マスラステラが夜空にほえる。
「グルォオオォォッ!」
咆哮が振るわせた空を、羽から飛び出した光線が何条も飛んでいく。ただただあたりを殲滅せんと、まばゆい光ががむしゃらに撃ち放たれた。
それは、いうなれば星の弾幕だ。尾を引きながら星型の粒が飛び、幻想的な光景を描き出す。『乱れ星』とよばれるこの技こそ、マスラステラのめんどくさい点に他ならない。運任せの一掃攻撃は誰に当たるかわからず、回避も困難、そのくせ範囲はやたらと広いのが特徴だ。
今回は打ち上げる星の大部分が氷花に当たっているが、あれがなかったらこのあたりは壊滅してただろうな。すでに洋館は壊滅状態だし、森への被害も尋常じゃない。ハイエナの作った改造モンスターたちはほとんど巻き込まれていることか。
「しょうがない、魔力を供給するか。これで氷の花はまだもつだろうけど、おれはそれに専念させてもらうぞ」
饒舌な説明をしていたときからがくっとテンションを下げて、ホリークが腕を伸ばした。新しい魔法を使うのではないから、テンションが上がらないのだろうなきっと。
氷花はちゃくちゃくと削られており、鮮やかな氷の花は、今ではその花弁を半分にまで減らしていた。ホリークの魔力供給によってだいぶ持ち直したものの、星の弾幕に押されて閉じる速度はかなり遅くなってしまった。
花の隙間から光の奔流があふれ出てくる。いくらホリークの魔法が膨大とはいえ、あまたの流れ星をすべてせき止めるのはやはり難しいのだろう。
だから、そのうちの一条がおれにめがけて振ってくるのもまた、当然といえば当然だった。
花びらを超えて軌跡が伸びる。その着弾点には可憐な美少女。おれは開いた瞳孔に絶望を描きつつ、回避方法を探して脳細胞を総動員させていく。
「姫様っ!」
それに気づいたブレズがマントを炎の翼に変え、急加速でこちらに迫る。だが、騎士が来るよりも星が来る方が早いだろう。それくらい、おれにだってわかる。
今からバフをかけても間に合わない。ハンテルみたいなガード系魔法もなければ、とっさに回避するスキルもない。完全な非戦闘要員。できることと言ったら食らった後に回復するだけ。
どうあがいても無理だと、おれの脳みそは結論付けた。殴ったら殴り返される。戦闘とはかくあるべしだし、これも受け入れるしかないのだろう。
せめて、即死しませんように。ゲーム時のステを鑑みるにそれはさすがに大丈夫だと思うけど、この世界で初めてくらうダメージが最上級モンスターの必殺技かあ。やっぱ痛いんだろうな。おれの装備、魔法を使うことに特化してるから、物理防御はあまり考慮されてないんだ。
でも、おれはあいつらの旗頭だ。足が震えていても、口元が引きつっていても、それでもまっすぐ前を向け。最初は煩わしかったヒールをかつんと鳴らし、精神を叱咤しよう。
大丈夫、死にはしない。ただ、かなり痛いだけだ。車でひかれるより痛いんだろうけど、大丈夫、死にはしない。
視界が閃光で埋め尽くされる。次の刹那には、おれの体は吹き飛んでいることだろう。
それを覚悟して、まばゆさに瞼が落ちそうになった時。
「姫様はおれが守ります」
そう、声が聞こえた。