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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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何もわからないことがわかった

 『コーデクリスタMMORPG』はその名の通り『異郷世界コーデクリスタ』を舞台にしたネトゲだ。のんびり仮想世界でバカンスを楽しむもよし、ダンジョンを冒険するもよしで、無限の楽しみ方を誇っている。

 さまざまなネトゲが跋扈するインターネットにおいても、その存在感は群を抜いているといっていい。さすがに一強とまでは言わないけれど、それに近い存在であるのは間違いない。

 おれは、そんなゲームにおいて一人独特の楽しみ方に没頭していた、いわば変人と言われるタイプの人間だった。


 えーっと、あれえ、確かおれはいつも通り引きこもってゲームしてたはずだよな。大学生活も完全な夏休み。社会活動を完全に放棄して、今日はどんなタイプを作ろうかななんてだらだらと考えてたはずだ。

 ひょっとして寝落ちしてるのかな、という極めて現実的な判断をしてみたけど、いくら念じても明晰夢よろしく目の前のケモノたちが美少女に代わるなんてことはなかった。ほほを抓っても痛いし、これまじで現実なのかな……。


 ゲームの世界へと異世界転移。言葉にするとこれだけなのに含まれている衝撃は途方もないほどにでかい。しかもおれは女の子で周りは人外だしさあ! 普通逆じゃない?! もっとおれの性癖にあった展開とかくれませんかね!


 とかなんとか脳内でわめいても現実は何も変わらない。現実になってしまった非現実はその様相をわずかながらも変貌させることなく、ただただ目の前で転がっている。


 しかし、おれが一人思考の海におぼれていると、虎の魔法騎士がしげしげとこちらを見つめているのに気が付いた。どうやらおれのことを心配してくれている様子で、ついこっちもそれとなく切り返してしまう。


「ハンテル……だよな、たぶん。ええと、具合はどうだ? 何か変なところないか? バグってるところとか」

「おう、全然悪くねえよ。本調子本調子。何が来てもおれの防御壁を突破させやしねえから、安心してな」

「そ、そうか……それは良かった、レートビィ(だよな?)も大丈夫か?」

「うん! 僕もばっちり戦えるから大船に乗ったつもりでいてね!」


 おれが声をかけると、二人はなんてことないように笑って返答してくれた。

 軽装をまとった虎と兎にどうやら異変は見られない。いや、勝手に喋ってることがおれにとっては異変そのものなんだけど、なんだかそれを指摘するには体力が足りてない。あまりにいろんなことがありすぎて、もうしんどくなっていた。

 一瞬だけ現代技術を飛躍的に発展させた超大型アップデートなんじゃないかと信じたかったけど、どこを見てもログアウトの文字がないし、メニューウィンドウも見つからない。ただただうっそうとした森が広がっているだけで、そこに希望の文字はない。


「オルヴィリア様」


 ため息交じりで半ば自棄を起こしながらメニュー画面を探していたおれは、ヴァルの言葉が自分に向けられているのだと気付けなかった。

 そういえば、そんな名前にした気がする。アバターが女の子だからそれっぽい名前を適当に付けただけで、まさかその名前に忠義を向けられるとはつゆとも思っていなかった。

 そりゃ、ゲームだったらNPCコレクターとか鉄人製作機とかいわれはしていたけど、忠義というよりかは揶揄と言ったほうが近かったからなあ。


 呼びかけられたのなら応えないと。獣の群れの中で機嫌を損ねたら殺される。なんて対人恐怖症をさらに発展させた思考に行き着いて、ほぼ条件反射のように口を開く。


「ああ、ごめん。少し考え事をしていました。なな、ななんでしょう?」

「心中お察しいたしますが、ここにとどまるのはあまりよろしくないかと思います。至急に宿を見つけ、そこで今後のことを話し合うのがよろしいかと」


 右手を腹に当てたまま一礼した姿勢は気品あふれた執事によく映える。黒い狼の持つ凛々しさを、これでもかと強調する姿勢だ。こんな時だっていうのに、生みの親としてはまんざらでもない気分になってしまった。


「今、ホリークが辺りを探っておりますゆえ、しばしお待ちを。目的地を見つけ次第、進軍を開始いたしましょう」


 ブレズが片膝をつきながら頭をたれる。その扱いは完全に君主に対するそれであり、おれとしてはなぜ自分がそんな扱いを受けるのかいまいちわからない。ヴァルにしてもそうだ。こいつらはおれのことをどう思っているんだろうか。

 どうやら危害を加えるつもりはなさそうだけど、慣れない扱いに背筋がむずがゆくて困る。


 ただ、一つだけ言えることがある。こんな異常事態にもかかわらず意外に落ち着いていられるのは、目の前の奴らのおかげなのだろう。

 一応まだ見慣れている顔(画面越しにではあるが)で、味方っぽいし。こんな美少女になってしまって、右も左もわからない状態だ。味方は多いに越したことはない。

 だから、傍にいてくれないと困る。


 それにしても、おれは状況を把握していく過程で、わずかながらに感動している自分がいることを認めなければならなかった。


 ネトゲである『コーデクリスタMMORPG』を一人で遊びつづけた異端のおれは、プレイ時間のすべてを最強のNPC作りに費やしてきた。強い装備、強いスキル。それらはすべてこいつらに注ぎ込んできた。

 戦えば戦うほど強くなる学習技能を持ったAIに魅せられ、様々な技能を持つキャラで布陣を形成する。NPCだけでダンジョンに行かせたし、最高難易度踏破の知らせを聞いた時は椅子から立ち上がって喜んだりもした。

 友達と遊ぶのではなく、ただただ他キャラを強化する。これがおれの遊び方だった。おかげでプレイ時間の割に自身の能力はあまり高くなく、回復魔法に特化しただけの性能で終わってしまった。回復のようなタイミングを計る必要があるものはやはり自分でした方がいいという判断で、おかげで回復系統だけは廃人とためを張れるレベルだ。他は圧倒的に及ばないのだが。


 そんな心血を注いで作ったキャラが動き出しているのだ。胸が湧かないわけがない。ときめかないわけがない。冷静に考えたら、おれは今、素晴らしい体験をしているのではないだろうか。……ログアウトできればなおよかったのだけれど。


 思考の加速と共に精神が高揚し、未だ平伏したままの三人へと歩み寄る。三人はじっとおれの言葉を噛みしめているようで、頭を上げることはない。


 そこに、おれは手を伸ばす。ブレズの頭蓋、硬く艶やかな鱗に覆われた騎士の頭部へ。


「……っ!」


 指先が触れると、ブレズが尻尾の先までもがなぜだか震わせた。手から伝わる感覚は人間の皮膚なんかよりずっと硬く、でも、命を感じさせる熱を持っている。

 ハンテルの縞模様の毛皮も、レートビィのふわふわな毛皮も。みんな生きている。

 ひとしきり三人をなでると、おれは満足してしまう。すると、なんでこいつらが体勢を崩さないのかがちょっと気になった。


「頭を上げろ、なんて言わなくてもいいだろう? 普通にしてほしいって言ってるんだ」

「だよなー。おれもそう思うぞ姫様。やっぱりおれの態度が正しかったんだな。ほらほら、ブレズももっと楽にしろって」

「しかし、私は騎士としてだな……対等な物言いなど、その、慣れておらず……」


 にぱーとした顔で頭を上げたハンテルとは対照的に、ブレズはいまだ低頭したまま困惑の声を紡いでいた。レートビィはハンテルと同様、安心したような笑みで頬を緩めている。

 生まれたばかりの癖に慣れもなにもあったものじゃないだろうけど、性格的にそれが楽ならまあ無理強いはしない。それを伝えたところ、ブレズはあからさまに安堵のため息を吐く。

 そもそもそういう風に性格を設定したのもおれなので、きちんと沿った動きを見せられては強く言えるわけもない。


「寛大なご処置、感謝いたします」


 これはおれの方が慣れるしかないのかもしれないなあ。でも、ブレズも嬉しそうなので別にいいか。

 どうやらおれはこいつらに敬われる立場のままか。嫌われるよりずっといいと考えよう。こんな世界で独りぼっちとか、生きていける気がしないし。


「そういえば、ここにいるのって僕たち五人だけなのかな? 他の人たちはいないの?」


 レートビィの疑問ももっともだ。探索中のホリークも含め、おれが作ったキャラの数に比べて、ここにいるのはかなり少ない。中途半端な完成度のキャラも含めるとかなりの数を作ったはずなのだ。もちろん、女の子キャラも含めて。

 だが、なぜかこのメンツが選ばれた。こんなこと考えるだけ無駄なことかもしれないがな。偶然とか、そんな感じかもしれんし。

 どうせなら、姫騎士型のメロリティアとかいてくれたらもっと場が華やいだのになあ。なんでこんな男ばかりなのか。


「オルヴィリア様」

「え、ヴァル。違うんだ、おれは別にお前らが嫌だって思ってるわけじゃなくて……」

「何者かが接近中です」


 ちょっと愚痴が入った考え事をしてたら、ヴァルが鋭い警告を上げた。他のみんなも真剣な表情で森の奥を凝視している。どうやら気づいていなかったのはおれだけのようだ。

 すぐさま全員が動く。ブレズとハンテルは前に、ヴァルがおれの後ろ、そして、レートビィがおれとブレズの間へ。

 まさにおれが想定していた通りの隊列が瞬時に組まれ、来訪者を歓迎する手はずが整った。最高ランクのモンスターでなければ、これでなんとかなるはずだ。

 がさがさと揺れる草むらを前に、おれは話ができる人だといいなあなんて希望を抱いていた。できればこの世界の人と話がしたいし、町の場所とか教えてほしい。


 だけど、モンスターが生息する世界でこんな森にくるような人がいるはずもなく、姿を見せたのは大きな狼型のモンスターだった。


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