モンスターハウス特攻
荒々しいノックの音が開戦の合図となって、魔物たちが牙をむく。馬車から降りたおれたちを出迎えたのは予想通り魔物の軍勢で、二つの姿が混ざり合ったような醜悪なモンスターがひしめき合っていた。トカゲの顔に犬の体を持つものや、ワーウルフにゴーレムをブレンドしたものなど。異形とも呼べる風体は、見る者に嫌悪を抱かせる。
玄関を口は広いホールになっていて、洋館の見た目にそぐわぬ退廃した作りだ。手入れのされていないここで、荒々しい歓迎をしようと魔物がのそりと眼光を光らせる。その様は、平時であれば一瞬怯んでしまうほどの威圧感であっただろう。
だが、おれの抱いた感想は、やはりというだけだった。
低レベルモンスターを素体にした強制進化。禁忌の魔法による個体変化を施され、こいつらはこんな見た目になったんだ。
「うわー、なんかすごい見た目だね。それで姫様、感想は?」
実際の魔物と向かい合い、レートビィが気楽に問いかける。前線では、即座に行動を起こしたハンテルによる『至宝陣』で、鉄壁の布陣がしかれていた。これで後衛にまで魔物が来ることはほぼなくなった。
ホリークが雷撃の魔法であたりを一掃するのを見ながら、思考を加速させていく。感想と聞かれたら、答えは一つしか浮かばない。
「レベルが低い。これに尽きるな」
そう、この魔法はレベルが低すぎるんだ。禁忌枠に含まれる人体改造スキルの中で、最も下位に属する魔法。おそらくは『悪魔的進化論』による強制進化に『燃え尽きる刹那』という永続強化改造の組み合わせが妥当だろう。
どちらも一応は最上位魔法だが、人体改造系スキルでは最も初期に覚える使えないスキルだ。強化はされるものの、その上がり幅は他の魔法に比べて見劣りするのが実情であり、人体改造を志向する者で好んで使う者などめったにいない。
ふむ、改造モンスターを操るというなら、せめて天級魔法の『神の真似事』くらいは使ってほしかったんだけど。これなら魔物形態だけでなく、人型への進化も可能になる。これで強化されたモンスターがいたら、こいつらとなかなかいい勝負になったはずだ。
「姫様、姫様。考え事してるところわるいんだけど、作戦はどうしようか?」
おっと、ようやく自分の専門が来たからつい張り切ってしまった。ここが戦場ど真ん中だということを失念していた。
「おそらくここに改造魔法を使う諸悪の根源がいると思われますので、そいつを見つけることが優先かと」
的確に急所へナイフを投げながらヴァルが進言してくれる。顔色一つ変えず最低限の動作で投げられたナイフはその動きに反して弾丸のように早く、瞬く間に魔物を物言わぬ死体へと変えていく。
今更ながら気づいたけど、ここで行われてるのは命のやり取りなんだよな。改めてあたりを見渡すと、血だまりに彩られた死骸が無造作に転がっているのが目に入る。
それが理解できてしまうと、もう駄目だ。死というものを身近に感じるには、おれはまだ幼すぎた。
心臓に冷たい指先が触れたような感覚。喉がこわばり、言葉を失ってしまう。
――でも、そんなことで止まっていたくない。
おれは自分の両頬を思いっきり打って、気合を入れ直す。くじけるなおれ。この世界はこういう世界だって、もう理解しているだろう。いつまでもブレズたちに甘えてばかりもいられないんだ。
冷静に深呼吸すると、鉄臭い味が不愉快にしみる。それを飲み込んで、おれは目線を上げて言い放つ。
「ヴァルの言うとおりだ。犯人の確保を最優先に魔物の戦力をそぎ落とせ!」
思っていた以上に決意に満ちた声が洋館に響き、士気を底上げする。数の上では圧倒的に不利だろうが、性能で負ける気はしない。
おれは体内で魔力を練り、いくつものバフを解き放つ。『闘神の準備運動』をはじめとしたバフ魔法が、彼らの戦力を強化する。
「さんきゅー姫様。よっしゃ、パワー全開。くらえ、『防御の一撃』!」
ハンテルの操る盾の一つが、すさまじい勢いで魔物の群れへと穴を空ける。盾を装備している時に使えるスキルで、盾でぶん殴るというだけの簡単なスキル。だが、『至宝陣』を装備して扱うと、まるで壁で押しつぶすような使い方が可能なのだ。遠隔操作ならではと言ったところか。
ホリークは雷撃を巧みに操り上から来る敵を落し、ブレズは魔物の群れに切り込んでいってしまったのであまりよく見えない。たびたび上がる爆炎で、元気なのはわかるけど。
これなら魔物の討伐は問題なさそうだ。次は犯人の探索か。
そう頼もうとしたのだけど、それより早く幼子の声が上がる。目線を下げると、満面の笑みを浮かべたレートビィがおれの裾を引っ張っていた。
「見つけたよ姫様」
早いなレートビィ。いくら索敵型とはいえ、もう少しかかると思っていたのだけど。
「ここはそんなに広くないからね。あと、僕も姫様にいいところ見せたかったし!」
えへへっと照れ笑いを浮かべる少年の指先に、ひらりひらりと舞い踊る黒い蝶がいた。
『第三の瞳』による使い魔の探索。自身の代わりにマップ情報を取得してくれる使い魔を放つこの魔法は、レートビィの十八番だ。この使い魔のアバターは切り替え可能だが、レートビィは黒蝶に設定してある。白に白を重ねると、おれとキャラがかぶるし。
「どうやら探索よけの魔法はないみたいだね。あ、いや、あるには合ったんだけど、僕の蝶々たちにとっては大した障害じゃなかったかな。こんなのちょちょいのちょいだよ」
そりゃ盗賊職マスターの使い魔なんだから、並みの妨害は効かないだろうさ。事実、高難易度ダンジョン以外でレートビィが探索に失敗したのをおれは知らない。
探索から帰ってきた蝶々が次々とレートビィに群がり、白くかわいい少年が蠱惑的な雰囲気を帯びる。うーむ、こうして見てみると、もっとかわいいアバターにした方がよかったのかもしれない。小鳥とか。
「さあ、道案内をよろしくね」
その言葉が風となって、一匹の蝶が飛び立つ。他の蝶は溶けるように空気へ消えていき、優雅な尾をひく蝶々が一匹、戦闘の合間を縫ってひらひらと飛ぶ。自身が先導するよりも小さな蝶に託した方がいいという判断をうけて、漆黒の羽が優雅に羽ばたく。
使い魔は儚い存在であり、簡単な攻撃で消し飛んでしまう弱さを持つものだ。それをたかだか一匹、この戦闘の真っただ中に放って無事に目的地へたどり着くのか。
答えは当然。なにせレートビィだ。『第三の瞳』のスキルを最大まで極めたこの子の手にかかれば、虚弱な使い魔に攻撃耐性を付けるなど容易い。たかが使い魔と思って侮ると、確実に足元をすくわれる。
追跡しやすいようにと光の鱗粉を撒く蝶を凝視して、おれは高らかに宣言する。
「レートビィが対象を割り出した! 後に続け!」
すぐさま全員の号砲が追従し、蝶に沿って道が切り開かれる。ブレズが剣を振るうたびに道ができ、ハンテルが盾を飛ばすたびに道が整備される。
魔物の爪は誰にかすり傷をつけることなくはじかれる。魔物の牙は誰に食い込むことなく折られてしまう。
襲い掛かる攻撃を切り抜け、ねじふせ。獰猛なモンスターを屠っていく。その様は圧倒的で、有象無象が束になって襲ってこようとおれらの布陣は揺るがない。
「姫様に仕える騎士が一人、ブレグリズ! その剣をもって道を切り開くが務めなりて、姫様の覇道を補佐する者なり! 理性無きケダモノよ、貴様らを主の下へ行かせはせぬぞ!」
炎纏う剣を一振りするだけで、辺りの魔物が消し飛んでいく。近距離技も範囲技も万遍なく習得している近接戦闘要員は、マントをたなびかせながら魔物の中心で戦闘を繰り広げていた。
おれの背丈ほどもありそうな大剣を構え、飛び掛かる魔物を一刀両断し、返す刃で炎の斬撃を飛ばす。大剣の重量をものともせず、軽々と使いこなす筋力は感嘆の一言に尽きる。
まさに演武のような優雅さで、炎を司る騎士は魔物の波を分けて入る。道なき道を覇道とし、おれらの為に床を空けていく。
その気になれば辺り一帯を消し飛ばせるのだが、ここが建物の内部だというのがあまりよくない。おれらは隊列を組んで、できるだけ不意打ちを警戒しながら進む。
「うへー、数が多いなあ。こりゃ相当戦力をため込んでるな」
「おそらく、なにか目的があるんだろうな。実験目的だと考えても、この数は異常だ」
ハンテルが辟易とため息をつき、ホリークがその意図を読み解く。
ホールを抜け廊下に入ると隊列が重要になってくる。ブレズを先頭に縦に並び、駆け足で抜ける。ハンテルの言うとおり、森などで自然にエンカウントするモンスターと比べて、ここは異常だ。俗にいう、モンスターハウスのように密集している。
「その目的とやらは、まあ、察しがつかないでもないがね」
鷲の魔法使いが氷の矢を放ち、端から扉を凍らせる。少しでもエンカウント率を下げるため、出入り口をふさごうという魂胆のようだ。
造作もなく魔物を切り伏せ、前へ、前へ。ひらひら舞う蝶を追って、一団は駆ける。
「姫様、大丈夫でしょうか?」
「ん、全然平気」
「あまりご無理をなさらぬようお願いします。顔色がすぐれません」
ヴァルが心配そうに聞いてくれるが、ここで首を縦に振るわけにはいかない。
むせ返る血の臭いに、鮮烈な赤。ヒールの鳴らす音がいやに残響し、脳を酩酊させる。
頼む。堪えてくれ。おれはこいつらの旗頭として、無様な姿はさらせないんだ。立場が人を作るというのなら、いますぐおれを毅然とさせてくれ。
込み上げる嘔吐感を押さえつけ、おれは立ち続ける。おれが倒れることは回復を失うことで、誰かが重傷を負ったら対処しきれない。その責任がおれを奮い立たせてくれる。
「……情けない主ですまないな」
「なにをおっしゃいます。その優しき心根を笑う者などこの中にはおりません」
肉は食えどと殺は見れぬ。そんな現代っ子にはちょっと刺激が強いな。
でも、逃げてばかりもいられない。この世界に、こんなくそゲーに抗うには慣れるしかないんだ。なぜなら、おれはこいつらの主なのだから。
「この扉の奥だよ!」
レートビィの甲高い声で我に返った。惨劇を抜けた先にそびえる堂々とした扉。一層陰鬱な気配を醸し出す重々しい扉の先に、目的とするやつがいるのだろう。
その扉を見つけたとたん、ブレズが加速する。
「では、参りましょう。一同、我に続け!」
壊さんばかりの勢いで扉を開け放つ。急に広がる視界で、一人の獣人と目があった。
やはり、犯人は人外だったのだ。