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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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(番外編)ハンテルは猫である

 いやね、姫様が丹精込めて作ったこの体に文句を言うわけじゃねえのさ。この隆々とした体はみんなの盾となるべき体で、そのための守備隊長だ。おれがでかければでかいほど、盾としては大きくて使いやすい。自明の理だな。

 でも、本音を言うと、レビィみたいな小さな体にものすごい憧れがあるんだ。

 こんなにでかいと、乗れやしねえ。姫様の膝の上、最高の昼寝場所。


 あーあ、おれが子猫みたいな体だったら、はばかることなく姫様の膝の上で丸くなるんだけどなあ。


 なんて嘆いても仕方がねえ。おれは暗闇を塗りたくった夜の世界で目を爛々と光らせる。夜目が効くのは猫科のいいところだ、絞られた光源が十分な寄る辺となって漆黒の世界を闊歩できるんだから。

 抜き足差し足忍び足。改築したとはいえ、元が古いギルドの床は少しの負荷で金切り声をあげる。おれみたいな巨体がこうして音もなく移動できるのも、猫科ならではってわけだ。わずかばかりの音でさえ、あのお堅い執事は察知するんだ。廊下を移動するのも一苦労だぜ。


 さてさて、なんでおれが人目を忍んでギルド内をうろついているのか。まあ、当然やましいことがあるからだな。


 そのやましいこととは、姫様の寝室に行くこと! そこで一緒のベッドで寝るために、おれはこうして神経をとがらせているんだ。


 おっと、勘違いしないでくれ。へらへらしているが、これでも姫様の忠実な臣下であり高潔な武人だ。やましいこと、と称したが別にやましい目的で行くわけではない。


 宵闇に紛れる黄色毛皮は普段の発色が嘘のように黒に染まっている。それに形作られている虎の顔が、締りなく笑んだ。目的を意識した途端、思わず喉が鳴りそうになっちまった。


 やっぱさ、あこがれるじゃん? こう、主の傍でくつろぐ猫とかさ。悪の親玉が膝の上で猫をなでながら部下を叱るとか、あるじゃん? その猫におれはなりたいわけよ。

 どうやらおれは他の奴らに比べて動物としての本能が強いらしく、姫様に撫でられるのがものすごく嬉しい。喉を鳴らすのだってためらいないくらい、おれは姫様に甘えたい。

 ま、さすがにこんなのは恥ずかしくて言えないんだけどな。


 なので、姫様付きの猫としての立場を満喫するために、こうしてこっそり忍び込もうという魂胆を企てているわけだ。

 でないと絶対ヴァルに邪魔される。下手すると殺される。あの堅物執事は姫様に近づく害虫には容赦しないからな。って、おれは害虫かよ。

 姫様は頼んだらもっとなでてくれそうだけど、頭をなでるときでさえ「え、こんな大男の頭をなでて大丈夫なの?」みたいな顔してるし、色よい返事はもらえそうにない。それに、やっぱりおれは男としてかっこつけたいところもあるので、素直に打ち明けるのも恥ずかしい。

 だから、こんな深夜にひっそりと動くことを余儀なくされている。な、べつにやましい目的じゃないだろ?


 さーて、姫様のベッドで存分にごろごろするぞー。


 ゆらりと尻尾を波打たせ、おれは意気揚々と忍び足。廊下を進んでたどり着いた目的地のドアには、ヴァルのプレートがかかっていた。


 さて、まずはお邪魔虫をおとなしくさせとこうかな。守備に関しては一日の長があるこのハンテル様の技を見よ。


「『隔絶された世界(ブラインドワールド)』発動」


 おれが呪文を唱えると瞬時に結界が形成される。ふっふっふ、ただの結界と侮るなかれ。この天級魔法は魔法的干渉や物理的干渉はもちろん、気配や匂いといった感覚に反応するものも遮断する魔法だ。しかも、この魔法自体隠密性が強く、かけられたことに気付くのは難しい、こんな深夜ならなおのこと。

 まさに世界を隔絶する魔法。気配を消すためだけじゃなく、対象を閉じ込めるのにも使える便利な魔法だ。おれが誇る守備魔法の中でもかなりの上位魔法でもある。まあ、天級だし。


 気づかれた可能性を考慮して少し待ってみたけど、中からは何の反応もない。中の気配を探れるのもまた、この魔法のいいところだな。世界を隔離して把握する。まさに天級にふさわしい能力だと思う。


 天級って何やらすごいらしいけど、ちょっと魔力消費が大きいだけでそんな大したもんでもねえと思ってる。むしろ、使えないと戦うのが大変そうだとすら感じるわ。それだけ効能に優れてるってことなんだよな。


 よしよし、これで最大の敵は排除したことだし、いざゆかん姫様の部屋!


 ひげをご機嫌に揺らしながら姫様の部屋にお邪魔する。つがいが音をたてないように慎重に扉を開けると、中から別世界のような香しい匂いが漂ってきた。ヴァルが気を利かせて香をたいたっていうのもあるけど、姫様がいるって思うだけで特別意識が芽生えるからだろうな。


 月明かりがほのかに照らす姫様の部屋はヴァルがデザインした趣向が至る所に配置されていて、宮殿の一室とそん色ない優雅さで形作られている。


「おじゃましまーす」


 小声でぼそりと、そりゃ主君の部屋に入るのに挨拶もなしだなんて騎士として失格だからな。そもそも騎士は勝手に侵入しないって意見は受け付けねえ。ブレズにばれたらこってり絞られそうだ。


 静謐がまるでなみなみ注がれたワインのように満ちている。おれが一挙一動で揺らすたびに、豊潤な香りが零れてはじけ飛ぶのだ。その空気は人を酔わせる背徳感の味がして、調子にのってあおぐと悪酔いすることは必須だろう。


 ゆっくりと深呼吸。安酒を思わせる緊張感に肺が焼けるような感覚。狩りに生きる本能が高揚感を覚えて心臓を急かしていく。

 その本能がおれの感覚をより鋭敏にさせたのだろう。とある変化は獣の目から逃げきれず、異質のベールをはがされた。おれの目に入ったのはベッドのそばに置かれているチェスト。その下できらりと光る何かを見つけ、おれはためらいなく取り出した。


「指輪か……」


 飾り気のない指輪が月明かりを反射してきらめいている。おそらくは魔道具だろうな。大きさから姫様のものだろうし、探してたんならチェストの上にでも置いておこうか。

 コトリとリングを置いて、改めて姫様を見やる。


 いつ見てもその造形は神の御業というほかない。すべてのパーツが寸分の狂いなく美を表し、寝息を立てていなかったら人形かと疑ってしまうほどだ。

 月明かりを纏う純白はまさに神話にでも語り継がれても不思議ではない魅力があり、儚い輝きを放つと共に透き通るような色彩に吸い込まれそうになってしまう。

 触ることにすら畏敬を抱く、天上の美。その薔薇色が散らすわずかばかりの紅によって膨らんだ頬は、おれみたいな野獣の手によって容易く枯れてしまうんじゃないか。なんて恐れさえ抱かせる。


 ああ、おれがこんな野獣じゃなくて、もっとかわいい猫だったらなあ。そしたら……そしたら、もっと素直に甘えるんだけど。


 嘆いていてもしかたねえ。おれはようやく念願の猫になれるんだ。大丈夫、ニャーと鳴く練習はしてきた。裏声で鳴けばなんとなくそれっぽいぞ。うっかり見られたホリークには汚物を見るような目をされたけどな。

 もうそんなこと関係ない。姫様の前で、誰にはばかることなく喉を鳴らすんだ。


 念願の猫。姫様にかわいがられるだけの存在。いやー、やっぱり我ながら子供っぽいとは思う。でも、本当に猫になっちまったら、姫様を守れなくなるもんな。

 それは嫌だから、このままでいいのかも。


 だから、今だけ。今だけは、こっそり甘えさせてほしい。


 本当ならベッドに、枕元に陣取って、大型肉食獣に腰かけるボス、みたいな図にしようと思っていたんだけど。おれがしたのはベッドに向けて膝をつくことだった。

 おかしいな、こんなことしに来たわけじゃねえんだけど、体が勝手に動くんだ。


 片膝をつき、忠誠を誓う証。頭は深く下げ、礼をするように手を折りたたむ。この身に刻み付けられた、騎士としての動作。

 いつの間にか、静謐を満たしていたのはワインではなく冷水になっていた。冷ややかに、でも、清涼な空気。興奮に火照った体を沈める清らかな気は、姫様への忠誠心から出ているに違いない。

 どうあがいてもおれは根っからの騎士で、姫様にかわいがられる猫に憧れるだけの騎士なんだろう。


 喉を鳴らしながらのかっこ悪い誓いだけど、それがおれだと思うから。うーん、なんだかこれだけで満足してしまったな。まあ、姫様寝てるし、なでてもらえないから別にいいか。喉は存分に鳴らしたし、ついでにニャーとも言っておこう。

 ニャー。よし満足。今晩の目標達成。

 今度はきちんと武勲を立てて、しっかり喉とかなでてもらおう。


 そのためにも、もっと依頼を達成するぞ!


 そう決め、おれは姫様の部屋を後にする。

 心は、すごく満ち足りていた。



****



「好きな死に方を選ばせてやる。今すぐ決めろ」

「ごめんって……ほんと、まじでごめんって」


 地獄の鬼も裸足で逃げ出す憤怒を噴出させるヴァルに、おれはただただ謝るしかできない。そりゃ怒りますよね。結界魔法の解除忘れてたし、そのせいで朝の準備まったくできなかったし。

 いくらヴァルとはいえ、あの魔法を解除するのは相当時間がかかったようだ。ホリークにも外から手伝ってもらい、ようやく解除に成功したそう。おれはといえば、昨日のことで大満足していたため気持ちよく爆睡していたのだけど。


「どうせ貴様のことだ、姫様の部屋になにかよからぬことをしに行ったのだろう。私の目が黒いうちは、そのような不敬を許さないからな。さあ決めろ。でなければ一刀の下に斬首にふすぞ」


 うんうん、これは本格的なガチ喧嘩になりそうだな。おれが姫様に甘えにいってたなんて言おうものなら、殺すまで止まらなさそうだぞ。


「おはようヴァル、ハンテル。朝から騒がしいけど何かあったのか?」


 おお、救いの女神が到来なされたぞ。白基調の服装が今日も今日とて素晴らしい我らが主君は、きょとんとした顔でおれとヴァルを見比べている。

 どうやら姫様はなにも知らないということに気付いたヴァルが、確認するかのようにぎろりとこっちを睨む。その眼光だけで雑魚モンスターなら殺せそうだ。もちろんおれは肩をすくめて何も知らないアピールで返すぞ。


「あ、そうそうヴァル。この指輪、見つけてくれたのお前か?」


 そう言って姫様が差し出した手には、おれが昨日見つけた指輪があった。


「昨日落しちゃって見失ったんだよな。ありがとう」

「いえ、失礼ながら、それは私ではありません」

「え? 他に誰か今日おれの部屋に来てたか?」


 ヴァルがこっちを見る。「しょうがない、今回は不問に処す」そんな目だ。

 仲間想いの黒狼は軽く嘆息し、こう切り返した。


「おそらく、どこかのあまえたがりな子猫のしわざではないかと」



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