(番外編)お正月を中止します
あけましておめでとうございます。これからもちまちま投稿が続きますので、よろしくお願いします。
「あけましておめでとうございます」
そうおれが声をかけたところ、ヴァルは頭に疑問符を浮かべて困ったように固まってしまった。投げかけられた言葉の意味が分からず、返答に窮しているようだ。
別に困らせるつもりなんてなかったのだけど、やはりこの世界には元旦などという文化がなかったことを確認することはできた。ゲームではクリスマスやお正月にはユーザーを呼び込もうとそれにちなんだイベントをしていたのだが、やはりそれはゲームだからであったようだ。
そこまでを確認して、おれはヴァルになんでもないよと言った。別に今がお正月かどうかすらわからないし、なんとなくで試してみたくなっただけなのだから。
「無知をひけらかすようで恐縮ですが、よろしかったらその『お正月』という行事について教えていただけないでしょうか?」
しかし、真面目な狼執事は勤勉さをいかんなく発揮して、真摯な目でこちらに教えを乞うてきた。ギルドのホールにいた他の面々にも聞こえてしまっていたらしく、興味を引かれて集まってきた。
さすがにここまで来たら引き下がるわけにもいかなくて、おれは一般常識的な範囲での知識を教授させることにした。異世界の行事に関する知識なんて絶対に使わないと思うんだけどな。
「へー、世界にはそんな行事があるのか、さすが姫様。聞いたことすらなかったぞ」
なんてハンテルが感心したように言うが、おれは苦笑いで応えるしかできない。
そりゃ世界が違うからな。異世界だということはぼかして伝えた結果、世界のどこかにはお正月とかいう日本の行事が存在していることになってしまった。……ばれたらやだなあ。
「お年玉におせち料理、なんだか楽しそうだね!」
おれの苦悩をよそに、レートビィが目を輝かせて思いをはせている。きっと何かのお祭りと勘違いしてるな。まあ似たようなものだから、積極的に訂正したりはしない。
でも、その様子があまりにほほえましいので、お年玉くらいは上げてもいいかなと、財布のひもを握っているニートは思うわけですよ。ヴァルから与えられる月のおこずかいをやりくりしながらお菓子を買っていることを、おれは知っているのだ。
兎の幼子がにこにことおれの財布のひもを緩めていくところで、ホリークのけだるそうな声が遮った。
「しかし、それは新年のお祭りであって、今することではないな。この国でいうなれば、王国生誕祭のようなものだろう」
ん、国の誕生を祝うのが一年の始まりなのか?
なんだかピンとこなくてホリークに聞いてみると、博識な鷲はこの国でのお祭りごとを教えてくれる。
「そうだな。この国では国の生まれた日を基準に考えて歴を刻んでいる。それがちょうど作物の収穫期と重なることから、収穫祭も兼ねているんだ。そもそも、国の成り立ちから言って、この国は隣にある『大聖湖』に作物をささげに来た人の集まりからできた国だ。収穫祭と生誕祭がかぶったところで何もおかしくない」
そういえば、おれらが今いる国、ノレイムリアは『大聖湖』に接してるんだったな。ゲームではたまにサブイベントで出てくるくらいだけど、現地民からすれば偉大なところだったな。どうでもいいからすっかり忘れてた。
「収穫物を大聖湖にささげ、それを一年の節目とする。まあそんな意味もあったはずだ。ちなみに大聖湖とはなんだ、とか思ってそうなハンテルの期待に応えると。めんどくさいので却下だ」
「ぜんっぜん要望に応えてねえじゃねえか!」
「そのくらい自分で学べ。本なら腐るほどあるし、この町にも置いてある。それに今は、姫様が言うお正月について知りたい」
「なんか納得いかねえけど、お正月はおれも気になる。要は収穫祭みたいな感じでいいのか?」
うーん、全然違うし、そもそもそれは冬の行事なんだよなあ。ただ新年への希望を祈り、あとは家でぬくぬくとするだけのものだ。おせち料理の験を担いだ意味なんてよく知らないし、アバウトな認識しか持ってない。
「ほう、つまりそもそもが季節からして違うのか。面白い。やはり国ごとの特色がでるものだ」
「でもそれじゃあ結局今はできないんだね。冬が来るのを待つしかないかあ」
興味津々のホリークと少しがっかりしたレートビィ。確かに外の景色を鑑みるに、今は春から夏って感じか。お正月にはまだまだ遠いな。
「だったら、予行練習しようぜ!」
兎の子の落胆が部屋を満たしたかと思ったら、ハンテルがさっそうとそれを吹き飛ばしていった。その心意気はありがたいけど、お前は唐突に何を言い出したんだ。
「いや、だって、いざその時が来ても何をすればいいのかわからないとヴァルも困るだろ? だったら今のうちに軽く予行練習しとけば楽しいだろ。おれが」
すがすがしいくらいに興味本位な意見どうもありがとう。だけどな、おせち料理の作り方とかおれは知らないし、そもそもお正月は盛り上がるお祭りじゃない。やってみると案外つまらないものだぞ。正月特番とか、あんまり好きじゃないし。
「でしたら、今日だけでもお試しでどうでしょう? レートビィも楽しみにしておりますし、ヴァルも献立を考える手間が省けるというもの」
こういう時にみんなの間をうまく取り持ってくれるのがブレズなんだよな。いかついはずの竜はおおらかな笑みを浮かべて、やんわりと提案を投げかけてきた。
さすがにこれ以上断るのも忍びない、っていうか別に嫌いではないからな、お正月。そこまでいうのならと、おれはブレズに了解の意を示すことにする。すると、レートビィはぴょんぴょんと跳ね回り、喜びを満面の笑みで表現した。
「やった! ありがとう姫様! えと、さっきのがお正月の挨拶なんだよね。あけましておめでとうございます!」
「あけましておめでとうございます! それで、あとは何をすればいいんだ?」
のりのりで続いたハンテルが聞いてきたけれど、おれにもよくわかんない。正月って何するんだ。ううむ、コタツでダラダラしてることしか覚えてないなあ。さすがにコマとか羽子板とかは道具がないし。あと、こいつらの身体能力とではおれが遊べる気がしない。
なので、さんざん悩んだ結果、お年玉とおせち料理でごまかすという結果になった。
でもコタツはほしいなあとおれがホリークにわがままを言うと、あらま不思議、なんとギルドのホールに堂々と鎮座するコタツが! 制作スキルの無駄遣い、感謝します。
「いや、別に構わない。おれも興味はあったしな。でもこれは四方で四人しか座れないな。もっと大きくすべきか」
「なら姫様はおれと一緒に入ろうぜ! おれならもふもふだし椅子代わりにぜひ!」
「だれかあのバカ虎を黙らせてくれ」
そして炸裂するヴァルの飛び蹴り。哀れハンテルは頭からコタツにつっこんで沈黙してしまった。いや、あれは尻尾を揺らしてるから喜んでるに違いない。ネコ科の本性がいかんなく発揮されている。というか頑丈だなあいつ!
ハンテルをぶちのめした当の本人はというと、涼しい顔で、それこそ道端のごみを捨てたくらいの認識しかないような顔でおれに向かって頭を下げてきた。
「私とブレズは執事として起立しておりますのでお気になさらず。それでは姫様、そのおせち料理というものについてお教え願えないでしょうか。今からレシピを考えますので、しばしご猶予をいただければと思います」
ううむ、ええと、えーっと、おれは脳内から乏しい記憶を漁って、おせち料理についてできるだけ正確にヴァルに伝えた。正直伝統とか詳しい人からすると噴飯ものかもしれないけれど、まあ異世界だし、海外に伝わった残念日本文化みたいな感じで許してほしい。
おれからのたどたどしい解説をかみ砕きながら、ヴァルは納得したように頷いた。
「なるほど、わかりました。でしたら今からブレズと材料を集めてまいります。ご入用のさいは『思考伝達』をお飛ばしください。姫様が思うおせち料理に近づけるために、最善を尽くすことを約束いたします」
「さすがはヴァル。どんな料理かわかったのか。私は聞いていてもさっぱりわからなくて……。何を集めたらいいんだ?」
狼の隣で竜が申し訳なさそうに聞いている。おれの説明で理解したヴァルがすごすぎるだけなので、そんなに落ち込まないでほしい。
「要は縁起というものに即した料理が振舞われるということだ。赤と白、金色などといった色にまつわるものや、子宝やそういった考えを料理の中に取り入れるのだ」
「なるほど……。それではその材料とは?」
「子供だ」
んん、今すんごく不穏な単語を口にしませんでした?
「子宝や色を考えるに、大量に出産するげっ歯類がふさわしい。奴らの子供を鍋に入れ、その血で赤をもらい、白いクリームソースで彩りを加えたスープがもっとも適しているのではと考えている」
おせち料理は黒魔術のサバトと関係ないんですけど?! それでもヴァルが料理すると食べれちゃうから余計嫌だなあ?!
「ほうほう、他には?」
「あとはお餅という米穀を練って焼いたものがあるそうだ」
お、今度は普通そうだ。
「話に聞くと穀物の一種であるそうなので、私はパンを作ることにした」
なんでだよ!
いやいや冷静に考えるとしょうがないぞこれは。そういえばここはなんちゃって中世ファンタジーの世界だった。米とか確かに見たことないや。ここらへんで作れないか今度聞いてみよう……。
「なあヴァル。なんだか姫様がすべてをあきらめた顔をしていらっしゃるのだが?」
「何かお気に召さないことでも……ああ、失礼しました。もちろん姫様のおっしゃっていた餅つきはさせていただきます。レートビィが先ほどから自分が杵を振るいたいと息巻いておりますので」
おれが突っ込みたいのはそっちじゃないんだけど、みんな楽しそうだからいいかなあ……。
このままいくとネズミの血のスープとさんざん杵でたたかれたパンが並ぶことになるぞ。サバトかな?
ブレズは相変わらず何の疑問も抱いていないようで、力仕事ならお任せくださいとやる気十分だし。血のスープをお前も飲むことになるんだがいいのか?
「そういえば、長生きする生き物を食べることで縁起を担ぐと姫様がおっしゃっていた気がするのだが、それはどうするのだヴァル」
「もちろん抜かりはない。ここから離れたところにある山岳地帯で長くを生きたとされる賢竜がいる。それで縁起を担ごう」
なんでお前はさっきから血なまぐさい料理しか提案しないの?! 紅白の概念から少し離れて!
「どうやらうろこ付きのまま背開きにする鬼殻焼きというものがあるそうなので、生きたままもって来よう」
あれはエビだからまだ許されるのであって、竜とかですると圧倒的スプラッタだからやめて! お願い! ここがファンタジーだってことを忘れて甲殻類とか言ったおれが悪かったです!
「ご安心を。ブレズの火力をもってすればドラゴン一体など軽く丸焼きにできます」
そんなところ心配してねえんだよ!
……
…………
閑話休題。つっこみのしすぎて喉を枯らしかけたので、コタツでのんびりとお茶を飲むとしよう。はあ、最高だな。
コタツに紅茶というちぐはぐな組み合わせだけど、喉が潤えばもう何でもいいや。ぽろりと緑茶が飲みたいなあとこぼしたら、すぐさまホリークとヴァルから質問攻めにされたので、ようやく休めるってものだ。
「同じ茶葉でも使い方によって名称が変わるのか。面白いなその国は」
向かいに座っているホリークがおれから得た情報をかみ砕きながら興味深そうに頷いた。
確かにこいつらは似非中世ファンタジーのキャラクターよろしく、布団という概念を知らなかったからな。緑茶やお正月も知らなくても無理ないか。
でも、おれの記憶が正しければ、和風の国も存在していたはずだ。そもそも、リュシアとかいうロリババアが着ていた服も結構エスニックな感じだったし。
「ふむ、一応極東にある国には似たような文化があるとは目にしたことがあるな。ただ、最近は近辺の情報整理に忙しく、そこまで手が回っていない。暇ができたら、そこら辺の文献にも目を通しておこう」
勤勉と知識欲の塊であるホリーク君がカップにくちばしをつける。コタツにファンタジーローブの相性は最悪なのだけど、それを言ったらおれも人のことを言えないので黙っておくことにした。
隣では温かさに負けたレートビィがぐっすりと眠っており、逆側では机に頬をくっつけたハンテルが締まりのない顔でコタツを堪能している。
雰囲気は完全にだらけたお正月。何がすごいってコタツ一つでこの空気ができたことだと思うんだ。お正月とはコタツだったのか、真理に至ったわ。
「いいなあこれ。なあお試しお正月が終わってもこれは設置しておこうぜ。なんならおれの部屋に欲しいんだが」
ハンテルが相当気に入ったのならそれもいいと思うけど、時々はおれもお邪魔させてほしいなあ。ヴァルデザインのきらびやかお姫様ルームにはさすがに持ってこれないし。
おれがいいんじゃないかなというとハンテルは嬉しそうに様相を崩し、にへらーと緩みきった笑みを見せた。猫はやはりコタツが好きなんだろうか。
「やったー。ありがとな姫様。んじゃあ、あとはヴァルのおせち料理を待つだけか」
それなんだが、ちゃんとしたものができるのか不安なんだよなあ。一応つっこみ連打で何となくはわかってくれたはずなんだけど。
お正月をイコールで血の祭典にするのは本当にやめていただきたい。ドラゴンの鬼殻焼きとか悪夢に出そうなレベルでダメでしょ。骨髄液をすする趣味なんて持ち合わせてないんですよこっちは。
「みんなで餅つきをして、おせちを食う。これがお正月ってやつだな」
ハンテルが楽しそうにひげを揺らしているところを見るに、結構満足してもらえているようだ。雰囲気的にも正月っぽいし、正しいイベントに近づいているのは確かだ。
臼と杵はブレズが速攻で調達してくれたから、あとはヴァルのパンを待つだけ。そもそも木材の塊だから調達自体は簡単なんだよな。加工もホリークが一瞬で終わらせてくれたし。
そういうところはスキル万歳だな。
「お待たせしました。準備が整いましたので、今ご用意させていただきます」
噂をすればなんとやら。トレーを持ったヴァルと臼を担いだブレズが部屋にやってきた。
香ばしい匂いがホールに充満し、否応なく空腹を思い出させてくれた。眠い目をこすって起きたレートビィがすぐさま気力で光を灯し、はち切れんばかりに星を詰めた目で臼に駆け寄った。
好奇心の塊である兎と虎はどちらが杵を振るうかで揉めていたが、交代というところに落ち着いた。ホリークはコタツから出ることもなく心底どうでもよさそうな視線を注ぐだけ。相変わらずのノリの悪さである。
……ん、香ばしい匂い?
「それでは姫様、ただいまより餅つきを始めさせていただきます。あいにく餅を準備する時間がなくて代替品としてパンを使用させていただきますが、楽しんでいただければと思います」
恭しく告げるヴァルに構う余裕もなく、嫌な予感に突き動かされるように近寄る。
それをどう受け取ったのか、ヴァルはさらに補足が必要だと感じたらしく、パンを臼にセットしながら言葉をつづけた。
「あまり近寄ると危ないかと。もちろん、姫様から聞いたきな粉や砂糖醤油に近いものもご用意した次第です。しかし、なにぶん口にしたことがない調味料でして、姫様の希望に添えているか若干の不安がございますが」
おれを思っての補足だったのだけど、あいにく耳に入ってこなかった。おれは自身の説明力のなさを痛感し、どうしたものかと頭を悩ませていたからだ。
いや、うん、そんなことよりさ。うん。
――――そのパン焼いた後のだよね?
そうだよなあ、おれ言っちゃったわ。お持ちの作り方を説明するときに、『最初にもち米を蒸す』って。そのあと臼と杵で練るんだよーって。
それをパンでしたら焼きあがったものが来るのは当然だった。完璧におれの想像力のなさが招いた事態だぞこれ。勝手に練ってから焼くものだとばかり思ってた。
どうしようかな。別に焼いた後のパンを練っても食べられないことはないんだろうけど。
「パンをひっくり返す役はこのブレグリズが務めさせていただきます。もし杵が当たっても痛くないので、安心してください」
そーーだった。杵で突くときに水にぬれた手でひっくり返すんだった。
つまり今から焼きあがったパンを思いっきり叩いてこねて濡れた手でひっくり返すと。
……無理だな。食べられるものになる気がしない。そんなことするくらいなら、そのパンを今食べたい。
腕まくりを始めたブレズとハンテルを見ながら、さすがにそろそろ止めた方がいいかなと思い始めてくる。このままいけば大惨事しか見えない。
「よーし、まずはおれからだな」
「次は僕だからね!」
「わかってるって。じゃあ行くぞ、あけましておめでとうございます!」
「あけましておめでとうございます!」
その挨拶はそんな頻繁に使うものじゃないからな! 完全に日本文化を勘違いした外国人になってるから!
お正月体感イベントでの公式挨拶として、みんなが口々にあけおめしてるのはどう見ても異様だ。なんだか背筋がむずがゆいぞ。間違った使われ方をしてるせいか、日本人の血が拒否反応を起こしてる。今おれの体は完全に異世界人なのだけどな!
日本人としてお正月がおいしくないと思われるのがちょっと嫌だ。自分の中で愛国心に近い感情があったのも驚きだけど、あいつらにお正月を勘違いしてほしくない。
だから、ハンテルが杵を持ち上げる前に、おれはこう切り出すのだ。
「お正月を中止します!」