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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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(番外編)ブレグリズの執事修行

 ――――話は少し前にさかのぼる。


「……そういうわけですので、オルヴィリア様に不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、どうかブレグリズのことをよろしくお願いいたします」


 整った肉食の相貌を持ち執事服を身にまとう黒狼、ヴァルデックは事のあらましを説明して準備を終えた。ヴァルが準備したお茶セットは香しい湯気を立ち上らせ、部屋を安らぎで満たしていく。それを確認した黒狼は満足気に頷いたのち、一礼すると音もなく部屋を出ていった。

 ギルドを改築して作った無駄に豪華な部屋に残されたのはおれと――ヴァルと同じ執事服に身を包んだブレグリズ。緊張した面持ちであぎとを震わせ、ふとましい尻尾をのそりと動かすこの竜が、ヴァルの言っていた頼み事だ。

 普段は鎧を着こみ大剣を振り上げる竜騎士が、なぜ門外漢な仕事に従事しているのか。理由を言ってしまえば実に簡単で、この働き者でワーカーホリックな真面目一直線の巨漢は仕事がないと死んでしまうのだ。おれには理解できない感情ではあるが。


 ギルドに届けられた依頼はハンテルやレートビィがかっさらってしまい、門番をしようにも侵入者などいるわけがない。戦うことしかできない竜には、することがないのだ。

 仕事がしたくてしたくてたまらない。だけど何をしていいのかわからない。そこでヴァルが提案し、ブレズの執事修行が始まったというわけ。


「執事としては未熟でありますが、姫様のお世話をさせていただきます。至らない点があれば、存分に指摘してください」


 そこで一礼するのだが、ヴァルに比べると優雅さに欠け武骨な印象を受ける。やはり騎士という事もあって、一挙一動に覇気のようなものがあるな。爬虫類に近い竜の眼光に鋭さが残っているのは職業病のようなものだろう。

 挨拶を終えると、ブレズは部屋の片隅で待機することにしたようだ。ここらへんはヴァルに言いつけられていたのだろう。ヴァルは呼んだらどこにいても駆けつけてくれるからあんまり感じなかったんだけど、ブレズのようないかつい巨漢にじっと見つめられるとかなり息苦しい。


 ああ、目が語ってるよ。仕事をくれって。きっとおれが何を言っても嬉しそうな顔で許諾するんだろうなあ。こいつが仕事を拒む姿を想像できないもん。

 ためしに意地悪な頼みごとをしてみようかなんて思ってみたけれど、頭を振ってすぐにかき消した。こういう生真面目な奴は限度を知らなさそうだし、絶対ろくな結果にならないだろう。髪の毛をかき上げながらため息を吐き、この重い空気への対処法に頭を悩ませる。


 超絶美少女になったおれの顔がカップの液面に映る。困った顔をしながら手持無沙汰を持て余すようにカップを持ち、褐色の液体を流し込む。空になった器がソーサーと音を奏でても、ブレズは何も反応せず生真面目な顔で突っ立っている。


「……ブレグリズ」

「はい! なんでしょう!」


 やる気があるのはわかったから。そんな大声出さないでほしい。ここは戦場じゃないんだからさ。

 尻尾をぴんと立てて目を輝かせる竜は仕事の気配を感じて実に嬉しそうだ。

 それを見ると他愛無い仕事の一つでも与えてやろうという思考が横切るのだけど、ヴァルデックから言われたことを思いかえし口を噤んでしまう。


『ブレグリズは勤勉で優秀ではありますが、いかんせん問題提起能力に欠けている男でございます。自分で仕事を探す能力を身に付けるのもまた、執事として必要なこと。つきましては、仕事を欲しがる子犬みたいな目に惑わされず、どうか厳しく接してくださいませ』


 ……こんなことを言われてしまっては仕事を与え辛い。だからこそ、ヴァルはブレズをこの部屋に待機させているのだと思うけど、おれが耐えられないんだよ!

 まあ、言わんとしていることはわかる。こいつは騎士として任務に忠実であり、与えられた仕事に命を捧げている。その反面、自ら仕事を探すことに関してはそれほど重要視していない所がある。おれの言うことが絶対であるが故に、それ以外をあまり振りかえらない。

 そういう欠点を補うことで立派な執事になれるらしい。言われてみれば、ヴァルはいつもおれが何も言わなくても準備してくれてるし、欲しいと思った時にはお茶が届いている。……執事としてはこれ以上ないほど優秀だが、駄目人間製造機として見ても優秀すぎるな。


 そういうのをブレズにも求めているのはわかるけど、わかるけど……。ごめん、もう耐えられない。


「執事としての仕事ってどういうのがあるんだ?」


 このくらいの助け舟はいいだろう。ブレズはしばし逡巡した後、牙が並ぶ口をわずかに開いた。


「そうですね……姫様の身の回りのお世話を中心に、料理や掃除、来客の対応、あとは外敵の排除、敵対者の暗殺なども執事の仕事だそうですね」

「それは執事ではないな!」


 後半の執事観は確実にヴァルの偏見が入っていると思うんだ。え、なに、あいつおれに隠れてそんなことしてたりするわけ? 危うくお茶を噴き出しそうになってしまった。いかんいかん、こいつらが思う美少女としてそれは落第点だ。


「暗殺って……お前はそういうの向いてないだろう」

「その通りでございます。私は大群に真っ向より挑むことに特化した騎士型、できることと言えば敵対勢力のすべてを我が竜と共に殲滅するのみかと」

「一々物騒だなこいつら……まあいいや。そういえば、竜騎士だったなお前。騎乗用の竜は召喚できるのか?」

「試してはございませんが、おそらく可能かと思います。ご所望でしたら外に召喚してみましょうか?」

「やめておこう。町が大騒ぎになる」

「かしこまりました」


 召喚魔法自体はそれほどレベルの高いものではないが、呼び出すものが下手すれば神話に出てもおかしくないレベルだからな。あまりうかつなことはしない方がいい。

 例を挙げるならブレズが呼べるドラゴンの一人に『火炎魔竜ハルバヴォルグ』っていうのがいる。こいつはモンスターの解説に『炎を司る炎竜の中でも最高位に位置する存在で、太陽の涙から生まれ落ちた飛竜。慈悲深く優しい性格だが、近づくものすべてを燃やす性質を持っているため、自らを地獄に封じた厄災の象徴』って書いてあるんだよな。さすがに召喚した瞬間町が蒸発するなんてことはないだろうけど、どう考えてもほいほい呼んでいい存在なわけがないよな。

 召喚条件を満たすのはめんどくさかったが、呼べるようになった今ではいい戦力だ。単騎の強さで言うなら、ブレグリズよりちょっと劣るくらい。あれだね、敵だと強かった奴が仲間になると弱くなる法則。


 おっと、思考が飛んで行ってしまった。今はブレズがどう仕事をするのかを見なければ。


「んで、今は何をしてるんだ?」

「今は待機中です。命令があれば何なりと」


 こいつ、おれが何も言わなければ一日中突っ立ってそうだよなあ。


「立ちっぱなしで辛くないか?」

「全く。こうして姫様にお仕えできる喜びの前では、そんなことは些細なことです」


 ずーっと立ってても嬉しいとか、頭大丈夫かこいつ。ちょっと本気で心配になってきた。


「……今のお前の仕事は?」

「姫様のご要望に応えるため、待機することです」


 機械かこいつは。気づいてくれ、おれはもうお茶を飲みほしたんだ。ヴァルなら颯爽と入れてくれる場面だ。気づいてくれ、頼む。

 他人に敬われる経験ないてないし、執事がかいがいしく世話をしてくれる経験もなかった。だから、お茶が無くなったら自分で目の前のポットから注ぎたいし、お代わりぐらい自分で取りに行きたい。

 だけど、それをしたら絶対ブレズは絶望の顔をする。至らない自分を責めたて膝を折るなんて想像に難くない。でも、自分からのお願いはヴァルに口止めされている。


 ……かなり胃に悪いなこの状況。茶菓子が喉を通らないぞ。


「ほら、気づかないか、今目の前にお前の仕事が待っているんだぞ?」

「?」


 竜の顔が首をかしげて疑問符を頭に浮かべる。どんだけ鈍感なんだこいつ……! というか、どんな仕事を教えられてきたんだ。


 おれはもう仕方なく、本当にしょうがないので、空になったコップをこれ見よがしに竜の前でちらちらと振ってやる。

 するとようやく自分のすべきことが分かったのか、途端にいかつい相貌がぱぁっと華やいだ。


「お茶ですね、かしこまりました」


 などと息巻いてポッドを手に持ったまではよかったのだけど、あまりに慌てて振り向いたので。


 ――――勢いよくすっころんだ。それも自分の尻尾を踏んで。


「ぶべっ!」


 つんのめる巨体の手から解き放たれたポッドは宙を舞い、きれいな放物線運動で……ちょっと待て、おれに向かってきてないこれ?!


 白磁がまぶしい茶器は寸分の狂いなくおれに飛び込んできている。逃げられる俊敏さなんて当然あるわけもないので、このままいくと美少女の頭がずぶぬれだ。ブレズの土下座確定コースが目に見える。


 と思っていたのだが、救いは唐突に訪れた。


「失礼します」


 あわや大惨事、というところで冷静極まりない狼がドアを開けて、風のような速度でポッドをキャッチしておれの机に置いた。あまりの出来事に目を何度も瞬かせたけれど、ヴァルはすました顔でおれのカップにお代わりを注いでいる姿に変わりはない。


 うん、お前どこにいたの? とかさすがに万能過ぎない? とかとか言いたいことしかなかったけれど。


 それよりも先に竜の慌てた声がすべてを上書きした。


「姫様っ、申し訳ございません!」

「なあブレズ、私は何度も何度も口を酸っぱくしていったはずだが、慌てるなと。お前は慌てると途端に失敗をするのだから」

「……面目次第もない」


 注ぎ終わったカップをこっちに差し出しながら、狼はブレズに反省を促した。ブレズはしゅんと尻尾もしおれさせ、随一の巨体を丸めて悲嘆をあらわにする。


 今まで気づかなかったのだけど、ブレズってひょっとしなくてもドジっ子属性をお持ちなのだろうか。生真面目でおっとりしたところもあるお兄さん的キャラかと思ったら、意外な一面まであると。

 そんな設定を付けた覚えはないので、これは後天的なものに違いない。これはこれで新鮮な気持ちになるので悪い気はしないな。お茶をぶっかけられることがなければ。


「それでは姫様、私は夕食の準備をいたしますので何かあれはブレズにお申し付けください。今回のことでお分かりかと思いますが、彼は少々抜けているところがあるので、恐縮ですがどうか広い心で接していただきますようお願いしたします。もちろん、何かあればすぐに私が打ち首にいたしますのでご安心を」


 何も安心できねえよ。おれの機嫌を損ねたらすぐ打ち首とか、そんな法律が通じるファンタジーとか嫌だぞ。


 ヴァルは流れるような動作で部屋を出て行って、また部屋にはおれと竜が残された。ブレズはさきの失敗を受けて緊張をみなぎらせていて、おれにまで空気の硬さが伝わってくるようだ。

 息が詰まりそうになって、結局入れてもらったお茶が喉を通らない。あまりに本末転倒すぎるので、換気しようと会話するとしようか。


「そんなに緊張しなくていいと思うんだが……もっと、楽にさ」


 いかん、ブレズの緊張に当てられておれまで緊張してきた。コミュ力が足りてないおれに他人の緊張をほぐすとか無理だったわ。


「いえ、このような失敗は二度とあってはいけないことです。執事の失態は姫様の失態であると、ヴァルよりきつく言いつけられております」

「いや、それは別にいいんだけど……」


 そもそもおれには傷つくような名誉とか特にないし。なにせ転移したてだ。


 一体こいつらはおれをなんだと思ってるんだろうな。もっとフレンドリーに接してほしいんだが、何度言っても治らないんだ。


 こうなったら今日はもっとブレズと親しくなろうと決意して、わずかばかりのコミュ力を全力投球して挑むことにしよう。おれは練習した美少女スマイルを発動して、声をかけた。


「なあ立ってばかりだと疲れるだろ。向かいに座ったらどうだ?」

「いえ、今は仕事中ですので、お気持ちだけありがたく受け取っておきます」


 まじめか! 知ってたけど!


 やべえな、歩み寄りどころか一定の距離から近寄ってこないぞ。これを詰めるのはおれのコミュ力では無理な気がしてきた。

 そもそも座らせたとして、何をしゃべるというのか。ネタなんてないぞ。なにせゲームしかしてなかったし。


 しかし、ブレズは何やら思い至ったようで、またもいかつい相貌をぱぁっと輝かせた。


「かしこまりました。それではしばらくお待ちください!」


 と言ってブレズはどたどたと駆け出して部屋を出ていってしまった。もう嫌な予感しかしねえ。

 少し間があって、ブレズが戻ってきた。小脇に抱えているのは、ハンテル……?

 どんな筋力をしてれば我らが守備隊長を片手で抱えられるんだ。部屋着は鎧より軽いだろうけど、それでもあの巨体は相当重いはずだぞ。


 あっけにとられたおれの前に、ブレズは椅子を置いてそこにハンテルを座らせた。かわいそうな虎も何が起こっているのか理解できていないようで、目を白黒させて戸惑っている。


「なあ、ブレズ。なんでおれここまで拉致されてんの?」

「姫様は退屈を憂いておられる。話をすることでその退屈を紛らわせられるのではと思った次第だ」

「それが姫様の望みなら喜び勇んではせ参じるけどさ……おれ、今からレビィと依頼に行く約束してるんだけど」


 どうやらおれが何度も話しかけたせいで暇人だと思われたようだ。まあ暇なんですけどね。ニートの最大の敵は退屈だし、間違ってはない。

 ハンテルは頭痛を耐えるような表情をして、大きなため息をつく。おれの表情から的を外していることを察したのだろう、縞模様の尻尾をくねらせ頬を掻く仕草をした。


「どうやらおれはお呼びじゃないようだぞ」

「悪いなハンテル。ブレズが迷惑をかけた」

「姫様が謝ることじゃねえよ。この石頭が悪い」


 今度は二人そろってため息を一つ。それを見たブレズはわけがわから無いようで、またも首をかしげている。


 ――――立派な執事にはまだまだ遠そうだ。



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