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美女?と野獣の異世界建国戦記  作者: とりあえず
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斥候という意味

 まずは謝罪から入ろう。こんなめんどくさいことになったのは確実におれのせいなのだから。


「いや、そんなことねえよ。姫様がガツンと言ってくれたおかげで、おれも溜飲が下がるってもんだ」


 ハンテルはにこやかに言い切ってくれるが、やはり気持ちは晴れない。自然とため息が多くなり、うっそうとした森をより陰鬱に仕立て上げる。

 情報収集から帰ってきたレートビィとホリークとも合流し、全員で目的地へと向かって馬車に乗っているところだ。事のあらましは簡単に説明し終わっているが、何度反芻してもこんなことになっている理由がわからない。

 屋根のないトラックみたいな馬車はお世辞にも乗り心地が良いとは言えず。下手をすると舌を噛みそうになる。森の中なんだし文句は言えないが、もうちょっと整備してほしいとは心で文句を言っておこう。まあ、普通の馬が引く馬車なんて初めてだし、楽しめるところは楽しみたい。


「しかし、あのギルドマスターはなかなかどうして切れ者かと。こうしてお咎めなしで放任されていることを考えると、平等主義というのもあながち間違いではないのでしょう」


 馬車に揺られながらブレズに言われた言葉を噛み砕く。確かに、あんな小さなロリのくせに判断が迅速だったな。

 あの状況を見て即判決と行動を言い渡され、おれらはこうして馬車に揺られているというわけだ。すなわち……


「斥候として目的地を探索し情報を持ちかえれ、ねえ」


 冷静に考えるとよくできた指示だ。自分たちだけでもできると見栄を切ったおれらに対し、人外なんか入れられないと息巻く他者。その妥協点として、おれらの実力を見せつける機会を、こうして与えられたということだろう。

 結果さえ持ち帰れば、あいつらも認めざるを得ない。それにはおれらが単独で行動することに意味があり、馬車で移動中というわけだ。


『皆の協力が必要だと判断したから要請したのだ、見た目に惑わされて協調性を欠くなど、世界をまたにかける冒険者にあってはならない怠慢だと知れ』


 過ぎ行く木漏れ日に目を細めながら、あの幼女に想いを馳せる。あんなに小さいのに、ギルドマスターなのか。ゲームで見たことないはずだから、この世界特有の存在なのだろう。ひょっとして、純潔の人種ではない可能性もある。なにせあのロリでギルドマスターなのだから。

 それに馬車も貸し出してくれたし、差別的思考はないように思う。それもまた、人ならざるものであるせいかもしれないが。


「姫様大丈夫? 道が悪いから、酔っちゃった?」

「ああ、いや、考え事をしてただけだから、大丈夫だよ」


 憂うような顔でぼーっとしていたせいか、レートビィに心配をかけてしまったようだ。周りへの警戒は完全に任せきりなので、そういう油断が顔に出てしまっていたのかもしれない。今は依頼のことを考えないと。頭を切り替えよう。


 『魔物の凶暴化』。題をつけるならこんな簡単な依頼。しかし、なにやらきなくさい現象が多発しているらしい。

 いわく、雑魚モンスターが突然進化した。いわく、モンスターの姿が混ざり合ったような不完全な姿で目撃された。など、不可解な話題に事欠かない。

 それに襲われたり襲われなかったりする人がでて、ここら一帯はかなりの危険地域に指定されている。

 最終的に原因を突き止めたのち、王都の兵どもでいっせいに駆逐する予定なのだが。その原因がわからない。放置するにもリスクが高く、まずは原因を冒険者にさぐらせようという方針で決まった。……らしい。


「しかも、厄介なことにこれら不気味なモンスター共は通常より強化されているそうですね。そのおかげで、並みの冒険者では手が出ないとか」


 馬車を走らせているヴァルが手綱を握りながら声だけを向ける。ほんとにこいつは何でもできるなあと思いながら、ついつい任せてしまっている。


「んで、そのモンスターが多数目撃されているのがここら辺と」

「さようでございます。多数の目撃情報からその中心点たるところを割り出すことに成功したのを考えますに、王都の猿共も知恵を使うすべくらいは心得ているようです。まあ、知的生命体の頂点をうたっているのですから、この程度はこなしていただかないと困りますが」


 あのギルドでのいざこざ以降、ヴァルの人間嫌いが加速してるなあ。宿をとる時にも一悶着あったみたいだし、差別対象になってるせいか治る見込みがない。


「あの猿共、あろうことか姫様に無体を働くなど、まったくもって許しがたい。姫様、どいつから暗殺いたしましょう」

「うん、誰も殺さなくていいからね。ヴァルの殺気で馬がおびえてるから落ち着いて」


 表情だけは普段の澄ました狼なのに、なにか黒いものが漏れまくってるんだよ。馬車がこんなに揺れるのも、馬の生存本能が走れと怯えているせいなのかもしれないな。


「ヴァル、ヴァル。次はおれに運転させてくれよ!」

「僕も僕も! せっかくなんだし運転教えてよ」

「断る。ブレズの時みたいに馬車を転倒させたらどうする。騎士だからといって無条件に馬に乗れると思うなよ」


 やめて、騎士なのに馬を操れなかったブレグリズさんがめちゃくちゃ落ち込んだから。竜騎士だから馬の運転もお任せあれと、意気揚々と乗り込んでロデオを繰り広げたブレグリズさんが落ち込んだからやめてあげなさい。

 竜の騎乗スキルと馬に対する騎乗スキルは別物なのだろうか。騎乗スキルは一種類しかなかったはずなんだけどなあ。ただ単に相性の問題なのかもしれない。だからそんなに落ち込まないで。


「魔物の突然変異。どんな魔法か楽しみだ」


 この揺れの中でも平常運転なホリークが、魔法書から顔を上げることなくほくそ笑んだ。図書館から借りてきた分厚い書物を並べ、新しい知識を得るのに夢中になっているようだ。

 読みながら出てきた知識をさらに別の本で調べる、といったことをしているため様々な本を並行して読みふけっており、しおり代わりにむしった自分の羽根も結構な量になっているはず。お前の羽根の使い方はそれでいいのかと問いたい。


「ホリーク、そんなに本ばかり読んで酔わないの?」

「問題はない。気分が悪くなったら姫様に回復でもかけてもらうさ」


 レートビィも心配して呼びかけるが、ホリークは意にも返さない。没頭すると音が聞こえなくなることもある奴だ。会話しているという事はきちんとあたりを警戒しているということだろう。

 運転を変わってもらえない所為で暇を持て余したハンテルも絡みだし、ホリークがうっとおしそうに猛禽類の眼光を光らせる。


「暇だからさ、カードでもしようぜ」

「お前は隙あらば遊ぼうとするのをやめろ。これから死地に赴くんだ、少しでも情報を蓄えとかないと姫様があぶないだろうが」

「モンスターを凶暴化させる魔法だっけか。そこらへんは姫様の得意分野だからな。実際見てもらったらすぐに解決しそうなもんだが」

「確かに、突然変異や基礎性能強化は姫様が修めている魔法だ。聞いてみるのが手っ取り早いか」

「そうそう、本もいいけど、知ってる人に聞くのが一番の近道だぞ」

「一理ある。そういうわけで、何か知らないか姫様?」


 おっと、急に話を振られてしまったか。それに伴って馬車にいるやつらの視線がすべておれに注がれて、新情報を期待する感情に晒される。

 実をいうならば、思い当たるところがないわけではない。突然変異というが、そのモンスターの特徴を聞くと、単なる進化の過程ではないのかと疑う要素があるからだ。

 進化させ、強化させ、使役する。それこそを最も得意とし、それだけを極めるために一人黙々とゲームを遊んでいたおれだ。その経験者として、なにかをつかめる可能性は高い。


「しかし、生態系をいじる魔法は禁忌枠であるはず。そんなものをおいそれと扱える魔法使いが姫様のほかにいるとは、あまり考えづらいのだが」


 そうなんだよねえ。禁忌枠。なんでもこれらの魔法は、修めるだけでも重罪人として裁かれるんだってさ。つまり、おれがそんな魔法を使えることがばれたら、それだけでゲームオーバーってわけだ。その情報を聞かされた時、本格的におれにできる仕事が減ったよな。もうおれに残された道はニートしかないのでは、とその時は本気で思った。

 そういうさ、ゲームとは違う設定を当たり前のように出さないでもらいたい。本当に。


 なので、この異変が禁忌枠の魔法に近いと思われたのもまた、解決を急ぐ要因の一つだろう。騎士をもってすべて駆逐するというやりすぎ感も、これなら納得できるというものだ。


 ガタンゴトンと馬車が揺れ、事態の割に緩んだ空気が流れている。たとえ本当に禁忌枠の魔法が使えたとしても、あまりレベルの高い魔法使いではないようだからしょうがないとは思うけど。

 はっきり言うと、おれならもっとうまくやれる。おれならそんな低レベルモンスターを生み出すなんてそもそもしない。もっとえげつないモンスターを産み、一騎当千の力を与えてやる。質より量という点で、犯人とは気が合わなさそうだ。


 早く見てみたい。その生み出されたかもしれない魔物を。

 なんて思っていたら、急に空気が固くなった。ホリークたちの醸す雰囲気が臨戦に挑む猛者のものとなり、危険が近づいているのだと無言で教えてくれた。

 しかし、ヴァルは馬車を止めない。警戒だけは怠らず、ただ馬を走らせる。

 止めて、戦闘をしなくてもいいのだろうか。


「それにはおよばないかと思います。どうやら奴らの縄張りに入ったようですが、襲ってこないということはそういうことなのでしょう」

「何が言いたい?」

「凶暴化した魔物が襲う条件に、我々が当てはまらないということです」

「……どういうことだ?」


 待て待て、お前は何を理解しているんだ。事前に与えられた情報に差異はなかったはずだろう。ヴァルは納得したかのようにうなずき、不愉快そうに少しだけ眉をしかめた。

 おれの物言いたげな視線を頭部に受けて、ヴァルはなおも言いつのろうとしたが、それをホリークが遮った。


「ヴァルは馬車の運転がある。おれが変わろう」

「頼む」


 ホリークがくちばしを開くと、状況を理解していないやつら――主におれとレートビィの視線が注がれた。ブレズは話を聞くよりも、突発的事態に備えるため目線を森に注いでいる。


「まず、そもそもがおかしいんだ。斥候と言われたが、それは馬車とかいう隠密性の全くない移動手段で敵地のど真ん中に侵入することじゃないだろう」

「そう言われればそうだな。前にみんなが斥候といいつつ盗賊のアジトを壊滅させたことがあったからあんまり気にしなかったけど、普通に考えたら全く忍んでねえなこれ」

「あのギルドマスターとかいうやつ、なかなかの食わせ者だぞ。おそらく、元からおれたちを斥候とするために召集してたはずだ。それをうまいこと言いくるめて予定通り動かしたにすぎん」

「ふーむなるほど。んで、なんでそんなことを?」

「簡単な話だ。『突然変異した魔物は人外を襲わない』のだよ、見ての通りな」


 ホリークの放った言葉は衝撃的だったが、理解できてしまうといろんなことが腑に落ちた。全員が息を飲むようにはっとし、その狡猾さに気付く。

 それでわざわざ忌み嫌われている人外の町に召集を送ったのか。事前に聞かされた情報で、襲われた人と襲われない人がいたのはそういうことだったと。そんな法則性はすぐにわかることで、だからこそ、それを逆手に取るためにおれらを求めた。そういうところか。


「だから、おれらには馬車を与え、その事実関係を確認する意味も含めて斥候として放ったのだろう。おれが何の情報も持ちかえらなくても、その事実さえあれば奴らにとっては収穫なのさ」

「猿共が。姫様を餌扱いだと? 戻ったなら全員のはらわたを魚のえさにしてやる」


 うんだからヴァルさん落ち着いて。ヴァルさんのむき出しの殺意で木が揺れたの、絶対にモンスターが驚いたからだと思うんだ。


 それにしても、そういう裏があったのか。その言を裏付けるかのように、モンスターが襲ってくる気配はない。

 ホリークの話にがぜん信ぴょう性が増していく中、ハンテルがにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「つまり、人外を襲わないという事実さえ確認できたなら、後はもう期待されてないわけだなこれが」

「いや、その事実が確認できたなら、戻ってきたおれらには別の仕事を与えられるぞ。……不意打ちを目的とした先発部隊としてのな」

「つまりそれって、魔物の数を減らすことに専念して後発部隊に見せ場を譲るってことだろ? もうすっげえ舐められてんのな」


 にへらと、ハンテルがいつものひょうひょうとした笑みを浮かべる。でも、その心が穏やかでないのは、逆立った毛が物語っている。

 あくまでいつもの調子のまま、虎は竜に問う。


「なあ、ブレズはどう思う?」

「私は、誰に舐められようとどうでもいい。私の役目は姫様の剣であり盾だ」


 しかし、と竜は続ける。普段は優しいブレグリズに、ゆらりと炎がともる。


「我らが姫様をそこまで愚弄されると、いささか不愉快だ。その威光を知らしめる必要があると、私は愚考する」

「ほんとだよー! 姫様のこと、餌ぐらいにしか思ってないんだよきっと! 人外だからって見下すのはどうかと僕は思うよ」


 レートビィも頬を膨らませてぷりぷりと怒っている。素直な子だから、人外だというだけで差別されるのには我慢ならないのだろう。


 魔物が襲ってこなくてある意味正解だ。今襲ってきたら、意気揚々と八つ裂きにされていただろうから。それほどまでに、おれらの士気は高い。


「ふむ、これはひょっとして、じゃあおれらだけで解決しようって流れなのか?」

「当然だろホリーク。お前はむかつかないのかよ」

「では逆に聞こうハンテル、腹が立たないと思っているのか?」


 ゴウッとホリークを中心に風が吹き、ローブがはためいて揺れる。剣呑な光を宿し、猛禽類は手を広げた。圧倒的覇者の気配を前に、木々のざわめきが一層悲鳴を強くする。

 おおう、ホリークも珍しく眉をとがらせてるな。そんな表情をされると、普段の気だるげなイメージとは打って変わった精悍な顔つきになる。


「我らが姫様をないがしろにされたとあっては、立ちあがらない道理がない」

「しかり。我らが主たる清楚な花で害虫を釣ろうなどと誰が許せる。……ヴァル、運転を変わってくれ」


 しっかりとした声でブレズが言うと、今度のヴァルはおとなしく席を替わった。手綱を握ると一瞬馬が反抗的にいなないたものの、今のブレズに逆らう気など起きないようで、おとなしく足を動かしていく。さっきはあのほんわかした人柄のせいで舐められてたんだろうか。

 速度を上げた馬車は目的地へと着実に距離を詰め、不審な洋館を視界に映しだす。おそらくあれが敵のアジトだ。


「姫様、目的地が見えてまいりました。お覚悟のほどはよろしいでしょうか」


 最後にブレグリズが聞いてくるが、いまさら何を、と言ったところだ。

 おれは今の自分が美少女だということも忘れ、不敵に口角を釣り上げた。舐められっぱなしで鬱憤がたまっていたのは、おれも同じなのだ。


「覚悟ねえ。お前らにとって斥候って言葉は『勝手にさっさと事件を解決する』ことだと思っていたよ。最初の盗賊討伐依頼のこと、忘れたとは言わせないぞ」

「ははっ! そうこなくっちゃ姫様! それじゃあ斥候らしく勝手にさっさと事件を解決しますか!」


 ハンテルの笑い声を受けて、ブレズが手綱を握る手を強める。洋館との距離はすでに近く、このままいけば激突してしまうだろう。

 でも、それに慌てるやつは一人もいない。


「しっかりとおつかまりください! では、いざゆかん! 騎乗スキル『蹄鉄を鳴らせ(シュー・ド・ブリガン)』発動!」


 馬のみならず馬車自体を強化するスキルをブレズが発動させ、一喝をもって手綱を鳴らす。馬は自らの限界を超えた強化によって加速し、館へつっこんでいく。

 立てつけが悪そうな扉に向けて、馬が駆ける。ブレズのスキルによって門など何の障害にもならない。もはや普通の剣では傷一つつけられないであろう馬車が、扉にぶつかった。


「軍馬よ、恐れることなく道を切り開け!」


 轟音と共に、おれらの斥候としての活動が開始する――!


次の土日と三が日では番外編を投稿する予定です。

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