*帰りたいギルド会議
インギルド会議! 今の気持ちは? 帰りたい!
まず空気が重い。なんでいるのみたいな視線がすごく痛い。
円卓が置かれたいかにも会議室のような部屋に通され、勝手に席に着く。どうやらパーティごとに固まって座っていいらしく、おれらは部屋の片隅にちょこんと陣取らせてもらう。
従者が座る道理などないと、おれ以外の三人は立ったまま。そのせいでおれがトップというのがあからさまになってしまい、視線がばしばしくるのでやめてほしい。
ああ、わかる。わかるよ。いかにも屈強そうな三人を差し置いて、なんでお前がリーダーなんだって思ってるよな。わかる。おれもそう思う。態度だって三人に比べてきょどっているのが丸わかりだし、そりゃフードをさらに深くかぶりたくなるってもんだ。
この場にいるのはどれも強そうなメンバーばかり。まあ、Sランク依頼に呼ばれたのだから、それ相応の実力は持っているはずだ。
そのうちの一人、なんかひげ面のおっさんが口火を切った。
「して、此度の依頼はどんなものなんだ?」
ブレズほどではないがごつい体格を持ち、黒々としたひげを鎖骨まで伸ばしている甲冑の騎士。おそらくジェネラル系統の職業だと思われるおっさんは、鋭い眼光であたりを見渡した。
塊から判断すると、おれらを除きここにいるパーティは三つ。名前なんか知るわけがないけれど、このおっさんはその一つのリーダー格のようだ。
「まあまだギルドマスターも来てないんだし待とうよ。せっかく新顔がいるんだから、ここはまず自己紹介からじゃないのかい?」
別のパーティからたしなめるような声が上がった。見てみると、糸目のローブ姿の男性が湯呑でお茶を飲みながらほほ笑んでいた。見るからに魔法職な糸目は能面みたいな表情のまま、ひげ面を押しとどめる。
誰も何も言わないのを見て、糸目は納得するように数回頷いたのちに自己紹介を始めた。
「みなさま初めまして。『落丁した辞書の束』のリーダーっぽいことをやらせてもらってます。ハウゼンです。好きなことは昼寝で、嫌いなことは夜寝です。主に遺跡の調査などを得意としてますが、一応戦闘もできます。あと……」
「待て待て待て。お前が話し始めると無駄に長くなるからかなわん。ラップス! ラップス、早くしてくれ!」
「任せて」
ひげ面が煩わしそうに叫びだしたかと思ったら、糸目の後ろから唐突に手が伸びた。その手はハウゼンの口をふさぎ、言葉を聞こえなくしてしまった。
後ろから現れたのはおかっぱの女性で、こちらは忍者のような軽装をしている。左右から伸ばした手でハウゼンの口をふさいだ後、軽く頭を下げた。
「ラップス。『落丁した辞書の束』の副リーダーをしてるわ。主な仕事は、見ての通りリーダーの口をふさぐこと」
何がすごいって、口をふさがれてもぺらぺら話すのをやめないハウゼンがすごいよ。口をふさがれたことに本人は気付いてるのかすら疑問だ。よく見ると、『落丁した辞書の束』のメンバーは全員フードを目深にかぶっており、あまり顔がよく見えない。
だが、これでようやく場が落ち着いたようだ。今度はひげ面のおっさんが咳払いをしてから、話し始める。
「それで、わしが『刃こぼれした戦斧の集』リーダー、ウォーガンだ」
「ロリコン」
「断じて違う! お前はいい加減そのデマを広げるのをやめろ!」
ラップスの軽口にウォーガンは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。しかし、ウォーガンの後ろに控えているいかにも脳筋っぽいメンバーたちの頷きを見るに、あまりデマとも言い切れなさそうだ。
「ウォーガン。友として忠告させてもらうけど、そろそろ幼女に入れ込むのをやめたほうがいい。君もそろそろいい年なのだから結婚を視野に入れてだね――」
「ラップス! なんでこいつの口輪を解いたんだ!」
口の前で組んでいた指を解除すると、ハウゼンの忠言が出てくるわ出てくるわ。組んでいた手をパカって開くと会話が再開するシステムなんだな。
ウォーガンはわなわなとふるえながら机をどんどん叩いて断固抗議の姿勢を取っている。まあ、いわれのない罵倒は確かにイラつくもんな。
「ドワーフは見た目が小さいだけで断じて幼いわけではないんだぞ!」
こいつがちのロリコンじゃねえか。ゲームでもドワーフつかいはロリコンってよく言われてたし、これはもうしょうがないな。
そろそろ本気で壊れるのではと思うほど机を叩くウォーガンから視線を外し、ハウゼンは三つ目のパーティに目線を配った。
「さて、それじゃあ新顔さん。最後に君らのことを聞かせておくれよ」
……あ、これおれらは無視されてるパターンだ。
最後と言われた三つ目のパーティは、初めて顔を合わせたようでひどく委縮しきっていた。やはり、先の二つのパーティはそこそこ高名らしい。おれは全く知らないが。
リーダーらしき人物は長い黒髪が特徴の女性で、背中に構えた銃から察するに銃士系の
ジョブなのではないだろうか。きりっとした切れ長の瞳が印象的な美人だが、その表情がすべてを台無しにしている。
その女性は股に手を入れもじもじとしながら、途切れ途切れに挨拶をしていく。
「『百発百中の弾丸』、の、リーダー、ロードです。私たちは、まだAランクをようやくクリアできるくらいなのに、こんなたいそうな場所に呼ばれて、とても居心地が悪く。控えめに言って、同じ空気を吸いたくない、です」
謙遜しているようだけどただの悪口にしか聞こえないぞ。
「そんなことないよ。『百発百中の弾丸』といえば、最近台頭してきたチームじゃないか。もっと胸を張って、そう、その豊満な胸――」
「これ以上はセクハラに当たると判断し、お口をチャックさせていただきます」
ハウゼンの言葉を途中で遮って、ラップスは開いていた手を閉ざして口輪を作り直す。よく見ると、結構圧がかかっているらしくハウゼンの頬が凹んでいる。きっと口はタコみたいになっていることだろう。
褒められたロードは照れながら身をよじり、その豊満な肉体を見せつける。軽装なのでいたるところが目の毒だなこの人。
「ああ、百科事典の目次、とも言われているハウゼンさんに褒められるなんて。大変恐縮です。控えめに言って胸糞悪いです」
胸糞悪いはどの文脈で使っても悪口なんじゃないかな!
おれがつっこみたくてこんなに我慢しているというのに、なんで他のみんなはそれを当然のように会話できているんだ。と思ったがどうやらそういうこともないらしく、ウォーガンはひげをなでながらため息交じりにつぶやいた。
「噂にたがわぬ謙遜っぷりだな。癪に障る謙遜、と聞くだけのことはある」
やっぱり噂になってるのね。そりゃそうか。こんな変な人がいたらそりゃ噂されるよ。美人だけにもったいない。
これで自己紹介は終わったようで、おれらの出番がないまま会議は進行するようだ。かなり居心地は悪いが、荒波立てるよりはましかなあ。こんな差別のはびこる町じゃ、追い出されないだけいい方なのかも。
そんな事なかれ主義で雰囲気を楽しんでいると、突然凛とした声が上がりおれの安堵を打ち砕いた。
「お待ちください。まだ、我らがオルヴィリア様の紹介がすんでおりません」
ヴァルううううう! いいから、そういうの! やめて、おれのハートはお前らが思ってるほど強くはないの。
ヴァルが声を放った瞬間、和気あいあいとしていた雰囲気がすぐさま硬直していく。敵だと認識した眼光が幾対もおれらを穿つ。
あーあ、やっちゃたかあ。帰りたい。
「ふん、最近Aランクをたびたびこなしているとのうわさだが。貴様ら程度の新参が、よくこの敷居を跨げたものだ。確かに現状人手が足りないとはいえ、よもやあの町にまで要請していたとは。ギルド本部も余計なことをしてくれる」
「いやー僕としては破竹の勢いとうわさの君らを見てみたかったんだけどさ。ウォーガンが極度の人外嫌いだからね。無視しようって誘われてるから君らのことはいないものとして扱うね」
「ラップス! 今すぐこいつの口を閉じろ! 今すぐだ!」
「大丈夫。もう見たから満足したし、君らは帰っていいよ。ギルドマスター君もよく彼らを招いたもんだ」
「全くだ、平等主義だか何だか知らないが、部屋を獣臭くしないでもらいたい」
うわぁ、辛辣。こんな奴らと一緒じゃ、依頼をするどころじゃないな。帰っていいと言うのなら、もう帰って観光に勤しみたいところだ。
「とのことですが、いかがいたしましょう姫様」
「うん、ああ言ってるし、帰ろうか」
「よろしいので?」
「この調子じゃ依頼をこなすのに不都合が生じるし、最悪後ろから刺されかねない。それに、目的は他にもあるんだ。情報収集だけでも悪手ってわけじゃない」
もっと正直に言えば、こんな居心地の悪い空間からは一刻も早くおさらばしたいってことだな。だれがお前らと協力なんてするか、おれは帰りたいぞ!
これはあくまで、そう、戦略的撤退というだけ。
「腰抜けが、そんな軟弱者に背中は預けられん。リーダーが腑抜けだと貴様らも大変だな」
「見たところ、君は女の子だね。姫様と呼ばれてるからには身分も高いのかな。遊びじゃないから、帰っておままごとでもしているといいよ」
ああ、こいつらがそんな言葉を吐いてしまったのが運のつき。おれの後ろで「よし、殺るか」みたいな空気が流れてくるのが肌でわかる。
さすがに誉れ高そうな面々相手に喧嘩を売るのは得策ではないだろうし、人外であるおれらが悪者にされるのが目に見えている。勝てない喧嘩ではないが、状況は圧倒的不利。だったら引くのがいいはずだ。
「ふう、帰るよみんな。おとなしくして」
「おいおい、姫様! あいつら姫様のこと侮辱しやがったんだぞ。許されるわけないだろう!」
「別に、何を言われようと構うもんか。君らが代わりに怒ってくれる、だからおれはそれでいい」
本来ならここは怒るべきところなのだろう。息巻いて依頼をかっさらい、自分たちだけで解決し、こいつらの鼻を明かすのが主人公というものだ。
でも、おれは違う。おれが優先しているのは我が子との再会であり、帰る方法などだ。こんなめんどくさそうな案件に関わるのは時間の無駄とすら思っている。
言いたければ好き勝手に言えばいい。おれが冒険者をしているのは平和だとかお金だとかじゃ断じてない。ここでいざこざを起こすのはどう考えても悪手だ。
だけど、あいつらはおとなしくおれらを撤退させてはくれないらしい。おれが撤退を表明すると、我が意を得たりとばかりにひげ面が見下したように笑うじゃないか。
「ほら、やっぱり嘘だったじゃないか。おかしいと思ったんだ、短期間にいくつものAランクを踏破するなんて。あいつらに聞いた通り、誰かから成果を横取りしてやがったんだ」
何を言っているんだろうこいつは。その意図するところがわからなくて、おれらは警戒を強める。
会議室に渦巻く猜疑が嘲笑となって降り注ぐ。誰もかれもが薄ら笑いを張り付けておれらをあざ笑う。
そんな冷ややかな嵐の中、ヴァルが進んでその意を問うた。
「申し訳ありませんが、何を言っているのかわかりやすく教えていただけないでしょうか?」
ハウゼンの口輪がぱかっと開いて、その答えが語られる。
「『朱高の頂』、聞き覚えはないかな?」
確か、ブレズが盗賊退治の時にであった冒険者の名前だ。ブレズを魔物だと因縁つけて襲ったやつらが、確かそんな名前だったはず。
嫌な予感が確信へと形を変える。それは害意をふりまくとげのある形となって胃に落ちていく。
「彼らの主張はこうだ『ケダモノに依頼を取られた』。これの意味するところは、君らが自力で依頼を達成したのではなく、誰かから成果を奪ったということ。証拠はないから不問に処されているけれど、これが正しければ君らにはAランクを達成できるだけの力はないということになる」
ハウゼンの言葉はまさしく必殺の勢いを持って、おれの心に穴を空けた。
他者の悪意によるレッテルはひどく不快で、おれらの行いを不当に貶めるものだ。しかしここは人の町。おれらの立場はひどく脆い。
だが、ではどうする? 信頼もない状態で依頼を一緒にこなしたいと今から言うか? 無下に棄却されるのが目に見えている。信頼がないということは今後うちのギルドに依頼が送られてこない可能性もある。そうなるとさすがにいろいろまずい。
「ギルドの緊急依頼に呼ばれるのは冒険者としての力量を認められた名誉あること。それを足蹴にするのは本来の実力がばれることを恐れてのことであるとハウゼンは結論付けた」
「うん、そうだけど。僕の発言ってことにして勝手に腹話術で語るのやめな――」
話を口輪で遮られたハウゼンが呻いているが、そんなものは耳に入ってこなかった。
いろんな可能性が頭を駆け巡る。だけど、そんなことより熱を帯びて止まらないのが一点。思考を加速的に熱していく部分がある。
たとえ何を言われても、それだけは駄目だと言う一点。自分が馬鹿にされてもなお、譲れない部分が叫べと熱を上げていく。
それは低く、でもはっきりとした声音でおれの口から漏れた。
「……こいつらがAランク程度の依頼をこなせないほど弱いと?」
ぴたりと、場のざわめきが止まる。憤怒を煮詰めたような声が響き渡るとともに、人共はおれの様子を窺った。
おれが丹精込めて制作したこいつらが弱い? それは認められない冗談だ。心血注いで作り上げた最高傑作たちが、いいようにののしられている。
ケダモノだと言われるのは見た目のせいで、世界の偏見だ。個人的趣向が混じったそれは、好悪の感情によるところが大きいので許してきた。けど、性能は、おれの自慢は、おれの誇りは、踏みにじられることを断固として認めない。
純然たる事実として、こいつらは強い。なぜなら、おれがそう作ったからだ。
抗うのは得策ではないと冷静なおれは結論付けた。その理由ははっきりとわかっているつもりだ。
ああ、でも、だけれども、だ。
ヒールを鳴らせ。前を向け。おれのかわいい自信作が見ているんだ。
立場が人を作る、ああ上等だ。精一杯の虚勢を、今ここで放て。
「おれの誇りを汚すのは許さない。こいつらは貴様らよりずっと強いんだ。馬鹿も休み休み言え」
視界が遮られるフードが邪魔だ。煩わしいそれを脱ぎ捨て、純白の相貌を露わにする。
青い目に揺らめく炎が怒りを灯し、おれの自信作への罵倒を許さない。その炎を活力に、去りかけた椅子にまたも座り直す。てこでも動かない、そんな意思を宿して。
初めこそおれの顔に見とれて驚いていた面々だが、おれの言葉を嚥下していくにしたがって怒りを宿すようになってきた。ケダモノ風情がなにを、とでも言いたげな顔がひどく癪に障る。
だから、顔を真っ赤にしてわめく寸前のウォーガンを遮って、問う。
「ヴァルデック」
「こちらに」
「こいつらを全員倒すのに、どれほどかかる?」
「数分もいただければ十分かと。姫様の尊き白が汚れないように配慮いたしますのでそれくらいをお見積りください」
「だ、そうだ。つまりお前らはその程度の雑魚だってことなんだよ」
意趣返しとして見下す視線をくれてやると、この場の全員が色めき立つ。中でもウォーガンの怒りはすさまじく、頭から湯気がでてもおかしくない熱に染まっている。
でも、そんなこと知ったもんか。おれはあくまで冷静を装いながら、怒りを隠しきれない目で全員を見据えて言い放つ。
「こんな依頼、おれらだけで十分だ。お前らはおとなしくヴァルたちの活躍を見てればいい」
「てめえ、言わせておけば好き勝手に言いやがって!」
「……ヴァルデック」
今にも殴りかかろうとしたウォーガンだが、ヴァルが瞬時に後ろに回り込んで相手の体勢を崩させた。したたかに机に体を打ち据え、ひげ親父は床に転げ落ちていく。誰の目にも止まらなかったのだろう、驚愕の色が辺りを包んだのはウォーガンが床に転がってからだった。
ヴァルは冷たい輝きを瞳に宿し、辺りをけん制しながらウォーガンを踏みつける。
「姫様、この不届き者をいかがいたしましょう。声を奪いましょうか、視界を、動きを、それとも――――命を?」
逼迫した空気が破裂寸前にまで膨らみ、緊張感が満ちていく。すでに矛先を収めることはできない雰囲気であり、おれの自信作を見せつけるチャンスでもある。
戦えば確実におれらが勝つ。その自信を胸に、ヴァルへ命令を下そうとしたその時だ。
明瞭とした声が飛び込んできた。
「双方、刃を収めよ。そんな不毛な争いをするために呼んだわけではないのだぞ?」
それは威厳ある声だ。普通の人なら出せない、思わず背筋を正してしまうような、そんな声。
でも、それだけにそのトーンの高さは浮いていた。高いというか、幼いと言った方が近い。
誰かがギルドマスターとつぶやいたのが耳に入ってきた。視線を向けるとそこにいたのは長くきれいな金の髪を持ち、小さな体を威厳たっぷりのローブで包んだ幼女。
……幼女であった。意志の強い光を目に宿しているが、引き締まった口元は知性をなみなみと湛えているが、幼女である。
何度目を瞬かせても結果は変わらず、小さな歩幅で歩み寄る姿は揺らがない。
――そのギルドマスターはまごうことなき幼女であった。




