かわいいのは知っている
手っ取り早く結論だけ言うと、なんかいろいろあった。
まず、王都に入るまでが大変だった。『地殻豪竜ドラティザス』に馬車をひかせていたせいでモンスターはほとんど近づかなかったので楽だったのはいい。ただ、道行く人に腰を抜かされまくったので、次からは普通の馬車にしようと心に決めた。
『地殻豪竜ドラティザス』は四足歩行の地竜型ドラゴンだ。申し訳程度に小さい羽根があるものの、飛ぶことはできず圧倒的な防御力に物を言わせて突進する兵器みたいなモンスターだ。褐色の巨体は小さな山みたいで、そんなモンスターに馬車をひかせるとか贅沢の極みだと思う。騎乗用ということもあって、ドラティザス君はまんざらでもない顔してたけど。
ローの百倍以上強いモンスターが出歩いてたらそりゃ騒然となるよな。おれら基準で考えてたからすっかり失念してた。最終的にそこらへんのモンスターをおれが調教のスキルで手なずけて馬車につなげることにした。ドラティザス君は不満そうな顔してたけど。
んで、王都についてもめんどくさかった。まあ人外だし、多少はねちねち来るだろうなと思ったら、それどころじゃなかった。
周囲に満ちる蔑みの視線のひどいことひどいこと。なんで人外なだけでそんな目線を向けられなきゃいけないんだ。エルフ系のおれはまた違ったみたいだけど。
おれが美少女じゃなかったらもっと時間を食っていたはずだ。あいつらはおれのかわいさに目がくらんでいたせいで、懐柔しやすかった。
……あーーーー、自分のことをかわいいとか表現する日が来るなんて思わなかったなーーーーっ! 戻りたい!
「お疲れ様、ようやく王都だね」
どんよりしたおれを気づかうようにレートビィが励ましてくれる。自分も疲れているはずなのに、というか、主な軽蔑の視線はこいつらに来ていたはずなのに、それをおくびにも出してこない。小柄な割に強い意思を持った子だ。
おれもそれを見習って、ぐんっと背筋を伸ばして見る。慣れ始めたヒールがカツンと音をたてて、気弱な気持ちを叱咤してくれた。男どもの目がうっとおしいのでフードを深くかぶったおかげで、だれもおれが美少女だと気付かない。これで観光が楽になるはずだ。
目線を上げて見る景色はおれらがいるネーストよりずっと活気に満ちていて、人の往来が激しい都会という感じだ。中世ファンタジーらしく石造りの家々が大通りに並んでおり、その前にあるいくつもの屋台がにぎやかな音を奏でていく。
道行く人々も様々な格好をしており、布の服だけでなく鎧やローブ、または盗賊みたいな軽装をした人たちもいる。彼らは一見して冒険者だとわかるような雰囲気を持っており、一般人より強いんだということがすぐにうかがい知れる。
「それでは、今晩の宿はどういたしましょう。移動魔法『一足飛び』でネーストのギルドに帰るというのなら、一足先に戻って部屋を掃除しようかと思うのですが」
そういえばそんな魔法もってたな。家から出ないニート生活をしてたせいで忘れてた。
一度行ったことのある町なら瞬間移動できるテンプレ移動魔法があるし、すぐに帰ることもできるのか。そう考えたら行きのピクニックって結構貴重な体験だったんだな。
帰ってもいい。帰った方がお金はかからないし、何より安心だ。
でも、せっかく旅行に来たのにそれはどうなんだろう。みんなをざっと見てみると、虎と兎は明らかにお泊りを楽しみたいオーラが出てる。なので、おれもそれに便乗することにしよう。
「せっかく新しい町に来たんだ、宿を楽しんだって良いだろう? お金の心配は、まあ、おれが強くいえたことじゃないけど、お前もたまにはのんびりしたらいい」
「なんと優しい心遣い。その申し出だけで私は満ち足りた思いでございます」
「だったら、宿を探さないとな。ギルドでの会議までまだ時間はあるんだ」
「いえ、それには及びません。そのような仕事は従者たる私の仕事です。姫様はここら辺を堪能してきてくださいませ。私の探知スキルで見失うことなどありませんし」
「……ん? まあ、お前がそういうなら」
単独行動は危険といっていたはずなのに、なんで率先して単独行動をとるのか。理由はあまりわからなかったけど、ヴァルならそうそう間違いもないだろう。結構強い口調だったし、なにかわけがありそうだ。
機械みたいにきっちりした一礼をして、黒狼はすぐに消えてしまった。あの隠密担当が本気を出したら、おれなんかじゃ見つけられない。おとなしく戻ってくるのを待とうか。
「ひ、姫様。あれ、あの、あれ……」
レートビィが控えめにおれの服を引っ張っている。なんだと思い視線の先を見ると、そこには美味しそうな匂いをさせた屋台があった。どうやらパンケーキなどの甘味を売っている店らしい。
「あれが欲しいのか?」
「うん……でも、ご飯前だし、その、だめ……かな?」
ああなるほど、ご飯前だから遠慮すべきなんだけど、あれを食べたいという欲求があると。うんうん、かわいらしいことだ。いつだろうとがつがつ食らうハンテルにも見習ってほしい心構えだ。兎の可愛らしい顔でそんなこと言われたら断れるわけがないよな。
おれがいいよと言ったら、レートビィの顔がパァと明るくなった。この子は甘いものが好きで子供らしい子なんだけど、それを表に出すことが嫌いらしい。ようするに、大人ぶりたい子供ってわけだ。
だから、手をつないで屋台に行こうとしても、それをやんわりと振りほどいて先行していってしまう。斥候こそ使命と言わんばかりだが、もう一度手をつなぐと恥ずかしそうに握り返してくれる。ちょっとしたツンデレみたいだなこの子。普段は本当に子供らしいのに、こういう人前だと大人ぶろうとするんだよな。
目当ての屋台はパンケーキがメインらしく、子供や女性が笑顔で並んでいる。小麦色に膨らんだケーキはおれの世界とそん色なくて、あれならおれでも気兼ねなく食べれそうだ。
「あのね、僕、クリームたくさんのせていいかな?」
「ああ、遠慮せずにのせるといい。ただし、こぼさないように食べるんだぞ」
「じゃあおれは、あの野イチゴのジャムをたくさんのせていいか?」
「好きにしていいぞ。というか、いちいちおれの許可なんていらないだろうが」
便乗するハンテルも嬉しそうに鼻をスンスンと動かしている。竜はそんなおれらを微笑ましそうな目で見守り、鷲は興味なさそうにあくびをかます。
さあ、ヴァルが来るまで美味しいものでも食べようか、なんて思って並ぼうとすると、急に雰囲気が固くなった。
むき出しのそれは間違えようもなく嫌悪の視線。排他的な壁を作り、おれらが近づくのを拒んでいた。レートビィがぎゅっとおれの手を握って、怯えるように瞳を震わせた。
日本に生まれ育ったおれにとって、ここまであからさまな拒絶はかなり効いた。ぬるま湯のような人間関係で暮らしてきた温室育ちには、幾分か刺激が強すぎる。ぐらりと足元がおぼつかない感じがして、レートビィの手を握り返すことでおれも足に力を込める。
「大丈夫だいじょーぶだって、金ならあるんだし間違ったことしてるわけじゃねえじゃん」
この虎のメンタルは本当に強いな。頭一つとびぬけた巨体は格好の的であるはずなのに、なんてことないように言ってのける。それに救われた気持ちになって、おれは艶やかな口元をきゅっと結んだ。
獣臭いだの暑苦しいなど、これみよがしにつぶやかれる悪口をにへらと受け流し、ハンテルは背筋を曲げる。威圧しないように身長を低くし、害意はないのだと態度で語るようだ。ちらりと後ろを見ると、保護者面していた竜と鷲はすぐにでも飛び掛かれるように構えを取っていた。
このままではたとえ並び終わったとしても買えないかもしれなし、今でさえ実力行使ではじかれるかもしれない。あたりにはびこる嫌悪の視線は、それを彷彿とさせるには十分すぎる。
だから、ふぅと一呼吸入れておれは意を決する。あまり使いたくない手ではあるのだが、それが効果的なのはこれまでの生活で十分に理解していた。こんなことぐらいで平穏に過ごせるのなら、それを厭う道理はない。
深くかぶったフードに手をかけ外し、疎ましい相貌を白日の下に晒す。日の光を浴びて透き通るような輝きを放ちながら、おれの顔が衆目を集めた。
効果は絶大だ。人外を連れているということで否が応でも人目に触れていたせいもあり、おれの姿が目に焼き付いたことだろう。嫌悪は一瞬になりをひそめ、陶酔としたうっとおしい視線がおれに絡みつき始めた。
しょうがない、しょうがない、と何度も自分を説得し、浮かべるのは微笑。こういう時が来るかもしれないと鏡を前にこっそり練習した、完璧美少女の微笑み。女の子らしさを求めた屈辱で舌を噛み切りたくなるような笑みで、おれは屋台に並ぶ。
あー死にたい。でも、この顔めっちゃかわいいんだよな。知ってる。
そんな悶絶などおくびにも出さず、嫌悪の視線をふりまいていた観衆に視線を合わせてほほ笑みを渡す。なにか用でもあるんですか? とでも言いたげに首をかしげてやれば、差別の視線はあっさりカットよ。さすが美少女は世界の宝。
これがおれじゃなければもっとよかったんだけどな!
「すげぇな……みんな見とれちまってる」
ハンテルが感心したように辺りを見渡してつぶやく。
「姫様、その行為はありがてえけど口元が痙攣してるぞ」
「慣れないことをしてるんだ、少しくらいは大目に見てくれ。買い物が終わったら速攻でフードをかぶるからな」
「あと女の子らしく股を閉めて、手は前で組むとよりおれ好みだ」
「お前の好みかよ」
だがまあ、そのほうがたおやかになるのはわかる。なので、ハンテルの助言通りの姿勢で待機するとしようか。
「姫様、ありがと!」
レートビィが裾を握りながらにっこりと笑ってくれた。これが何よりの褒美だな。
喋れば地が出るので無言のまま口角を痙攣させ、レートビィの頭をなでてやる。もう心配ないぞとアピールしたつもりだったが、隣のハンテルがすごく羨ましそうな目をしてきやがる。お前は後な、人前で虎の大男をなでるのは別の意味で注目を集めるだろうが。
思いのほかあっさりと見とれている店主からパンケーキを買え、その甘さに舌鼓を打つことができた。ブレズとホリークの分も渡してやると、ほくほくした顔で甘味を咀嚼する。
それを見て、思う。
この顔も案外悪くないのかもしれないな、と。
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「私の分まで用意していただけるとは、宿探しを頑張ったかいがあったというものです。ありがたく、頂戴いたします」
戻ってきたヴァルにもパンケーキを渡すと、ものすごく大仰に感謝された。いつものことなのでさらっと流して首尾を聞くと、どうやら宿の確保には成功したらしい。それも超高級の。
こいつに任せた時点でわかっていたことだけど、その金の使い方はどうなんだといつも思う。ニートの罪悪感がちくりと痛むが、そろそろこの扱いに慣れないと心身が疲労してしまいそうだ。言いたいことは飲み込んで、ここはヴァルをねぎらうのが最良だろう。
宿探しも終わったということで観光をしたかったのだが、毎回あんな差別的視線にさらされるのを思うとなかなか動けない。というか、おれがそういう視線にさらされるのをみんなが嫌がったので、おとなしくギルドで待機することにした。ちなみに、おれはもうフードをかぶっている。
大きさこそおれらの拠点とは雲泥の差があるものの、基本的な作りは同じだ。酒場になっているホールで、おれらは遅い昼食をいただいている。味の方は、まあ、大衆向けだなと思うのだが、雰囲気がやはりどことなく不穏だ。その理由は言わずもがなおれら人外の群れが我が物顔で席を取っていることにあるのだけど、一応は差別なく冒険者を受け入れる建前なので今のところ文句は言われていない。
「単独行動は予期せぬ危険に見舞われますが、かといって団体だとかなり目を引いてしまうようですね」
ブレズが困ったようにうなり、尻尾で床を打つ。
確かに人外の団体だっていうだけで道行く人からわざとぶつかられそうになったり、これみよがしな悪口を叩かれる。歩くだけでも一苦労だ。
この町にも獣人やらの人外はいた。だが、彼らは皆一様にフードをかぶり腰を低くし、生きていることを申し訳なさそうに思わせる仕草でこそこそと動いていたのだ。そりゃ、そんな町でどうどうと屋台に並ぶのなんて阿呆のすることだったよな。今更ながら痛感するけど、だったら他の人外はどうやって暮らしているんだろうか。
おれが何となく投げかけた疑問に答えてくれたのはヴァルだった。
「この町に暮らす獣人種のほとんどは奴隷のような扱いで労働に準しているようですね。ドワーフはその技巧を買われなんとか人並みの生活を保障されており、姫様のようなエルフは排他的な集落を形成しておりめったに人前に表れないとのことです」
はいはい、そこらへんの設定はまだ覚えてるぞ。べただなあって思った記憶があるもん。
というか、いつの間にお前はそこらへんの情報を仕入れてたんだ。
「帰り道にみすぼらしい恰好の獣人種を見つけましたので、金で情報を買いました。町の噂話から差別の実態まで、アンダーな情報網に関しての話も聞けましたので、お望みでしたらいかなる情報も拾ってまいります」
あいっかわらず有能だよな。この町に来た目的である仲間の探索をしっかり覚えていて、その上で効率的な動きをしてるんだもんなあ。
「なら、おれは図書館にでも行くかな。さすがに団体で行くようなもんじゃないし、個人行動でも許されるだろう?」
ホリークがのそりと立ち上がり頭をがしがしとかいた。めんどくさそうな声音がデフォな奴だけど、仕事は真面目にこなすタイプだ。せっかくの王都なので、情報収集は基本だと思っているのだろう。
「お、もういくのか? 会議が終わってからでもいいんじゃねえの?」
「会議なんてめんどくさいだけだろうが。どうせろくでもないことになるのは目に見えてるんだ。だったら人手を割いて、時間を有意義に使った方がいいだろ」
その言には一理ある。人外の町に来た要請なんて、なにがあるかわかったもんじゃない。いい思いは絶対しないだろうし、有効活用という点ならホリークに分があるだろう。
「ねえねえ、だったら僕も情報収集に行こうか? ヴァルが聞いてくれた情報網をたどる人は必要だと思うんだけど?」
元気よく手を上げてレートビィが提案する。探索を主とするレートビィなら町のことについてもきちんと調べてくれるはずだ。
「それはありがたい。本来なら私が行くのだが、これからの会議にそなえ姫様の傍を離れるわけにはいかないからな」
ヴァルの了承を得て、レートビィが嬉しそうに飛んだ。新しい町を探検したいと言っていた子だ、それが嬉しくてたまらないのだろう。耳をぴくぴくと動かし、今にも走り出しそうだ。
それにしても、やっぱりおれが会議に出ることは決定事項なんだよな。そりゃ、こいつらのトップみたいなものだし、当然と言えば当然なんだけど。気が重いなあ。
「おれらは姫様の騎士だから、きちんとお供しますよ」
「お任せください、何があろうとその身をお守りいたします」
ハンテルとブレズは一緒に参加するようで、おれを安心させるように微笑んだ。そんなに不安が顔にでていただろうか。ちょっと恥ずかしくなってフードをかぶり直してしまう。
「それでは、そろそろお時間が差し迫ってまいりました。姫様のご準備はよろしいでしょうか?」
ヴァルがギルドの壁にかけられた時計を見ながらつぶやいた。さすが王都のギルドだけあって、時計も完備していたか。中世ファンタジーの世界観的に結構なレアアイテムだから探すのを怠ってたな。まあ、ニートに時間の概念なんて必要ないんですけどね。
「んじゃ、いってくるぞ姫様。ま、あんまり期待しないで待っててくれや」
「どうしてホリークはそう悲観的なんだよ。ほら、頑張って探せばきっといい情報があるって。僕も頑張るから、姫様も会議頑張ってね!」
「はいはい、お前はいつも元気だな。疲れないのか、それ」
「僕としてはいっつもだるーんとしてるホリークの方が疲れそうって思うな」
「だるーんってなんだよ、だるーんって……」
背中を丸めてとぼとぼ歩くホリークと飛び跳ねるように歩くレートビィは対照的な雰囲気でギルドを後にする。いい情報が見つかることを願いつつ、おれも腹をくくらないとな。
「姫様」
いざゆかんと気持ちを奮い立たせていると、唐突にヴァルが囁いた。おそらく、気負っているおれに励ましをくれるのだろうと、軽い気持ちで先を聞いてみる。
「私の得意分野が暗殺であることをお忘れなきよう」
「……は?」
「痴れ者は、私が責任をもって抹殺いたしますので、姫様はいつも通りに会議にお臨みください」
余計不安になるわ! お前なりの励ましなのはわかったけど、それ逆に怖いからな。
そういうのはいいと言外の意味を込めやんわり押し返すと、ヴァルが珍しく微笑した。おれが心配していると気付いての行動だろう。この執事は全く持って有能なのだから。
普段冷徹な狼の顔がほころび、感情の柔らかさを露呈させる。そして、こっそりと、まるで秘め事を紡ぐような声音で彼は言う。
「安心してください。証拠など一切残しませんから」
……そういうのを心配してるんじゃねえんだよ!